西川 賢 津田塾大学学芸学部准教授
現在の共和党内部では、ポピュリスト(ドナルド・トランプ)、ティーパーティに連なる原理主義的な右派(テッド・クルーズ)、「エスタブリッシュメント」と呼ばれる比較的穏健かつ現実的で柔軟な姿勢を持つ保守本流(ジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオ、クリス・クリスティ、ジョン・ケーシック)という三派がそれぞれ候補を擁して「内戦」を繰り広げている。これが2016年1月時点における共和党内部での選挙対立の構図である。
やや大袈裟にいうと、2016年の予備選挙は共和党内の三派のうち、今後共和党内で覇権を確立するのはどの勢力かを左右する争いにもなるのではないだろうか。
過去の類例を示せば、1964年の共和党予備選挙においては、バリー・ゴールドウォーターが大混戦を制した。この選挙以降、共和党内部で当時の穏健主流派が凋落し、保守派の支配が確立していった(この経緯は拙著『分極化するアメリカとその起源-共和党中道路線の盛哀』に詳しい)。また、1992年の民主党予備選挙ではビル・クリントンが苦戦の末に民主党大統領候補の座を射止めたが、これは党内のリーダーシップが、主流のリベラル派から傍流的存在であった穏健中道派のニュー・デモクラッツに移行する潮目であったと考えられている。
現在の共和党内部では、エスタブリッシュメントに対するアンチパシーが吹き荒れているように見受けられる。現在の共和党内部では、エスタブリッシュメントに対するアンチパシーが吹き荒れているように見受けられる。ブレント・ボゼルは、ポピュリストのトランプや右派のクルーズへの支持の高まりは、「続発する国内外でのテロ」、「オバマケア」、「女性向けの医療サービス団体のプランド・ペアレントフッドへの財源供与」、「オバマ大統領が乱発する大統領令による移民政策と銃規制」のいずれも阻止できなかったことと、共和党の中核的理念である「小さな政府の実現」、「家族の価値の尊重」、「安全保障の強化」といった目標を実現できなかったことなどの、「エスタブリッシュメントが主導する共和党首脳部の犯罪的無能に対する拒絶反応」であると指摘している。
エスタブリッシュメントは、一時はロムニーを担ぎ出そうという動きさえ見せたが、このような一見突拍子もないと思われる作戦も、エスタブリッシュメントに漂う危機感を考慮すれば当然ともいえる。エスタブリッシュメント、例えばミット・ロムニーなどからは、プライマリー(予備選)でポピュリストや右派が躍進を続ければ、共和党の「ブランド」に深刻な悪影響を与えるのではないかと危惧する声が上がっている。
だが、共和党系ストラテジストであるアレックス・カステラノスは、エスタブリッシュメントにもはや打つ手はないと指摘する。すなわち、エスタブリッシュメントはトランプを攻撃して彼が撤退すれば(あるいは第三政党から出馬してくれば)クルーズを利することになり、クルーズを追い込めばトランプが有利になり、どのみちエスタブリッシュメントが不利に追い込まれる――こうして、ぐずぐずと手をこまねいているうちに、有効な戦略を打てる時機を逸したというのである。
確かに、エスタブリッシュメントは候補者を一本化できない状況が続いている。政治分析サイトであるFiveThirtyEightが独自のウェイト付けをした指標を用いて、候補者に対するインサイダーからの支援を分析するためのデータを構築・公開していることは 前回のコラム でも触れた。
2016年1月の段階でインサイダーからの支持を最も得ている候補は相変わらずブッシュだが、彼は昨年秋以降、ほとんど新規の支持を取り付けることができていない。対して、新規の支持を最も多く獲得しているのはルビオだが、いずれにしても、これは過去30年ほどの共和党の「影の予備選」で最低の数値である。アイオワやニュー・ハンプシャーの選挙結果次第では、クルーズなどにインサイダーの支持が傾く可能性もある。
このように、2016年の「影の予備選」は共和党エスタブリッシュメントの後退を強く印象付けるものであった。だが、躍進しているトランプやクルーズにもいくつか懸念すべき材料が残っている。
アイオワ州の共和党支持層には宗教保守の割合が多いといわれており、同州のコーカス(党員集会)勝者は2008年がハッカビー、2012年はサントラムであった。総合的に判断して、現在のところクルーズ優位という観測が多いようである。ただし、クルーズについてはカナダで出生したことが憲法第二条の規定に反するのではないかという議論がくすぶり続けており、これがアイオワ州のコーカスで影響する可能性なども指摘されている。
これに対して、ニュー・ハンプシャーではトランプが優位を保ち続けている。ネイト・コーンの分析によれば、トランプの潜在的支持層には有権者登録上は民主党員である「トランプ・デモクラット」が多いともいわれる。支持政党を問わず自由に投票できるオープン・プライマリーの州ではこれが有利に作用する可能性はあるが、ニュー・ハンプシャーのようなクローズド・プライマリーを採用している州では不利に作用する可能性もある。
3月末までのプライマリーはオープン形式が多く、4月から6月にかけて行われるプライマリーはクローズド形式が多い。このことから、トランプはプライマリー後半にいくほど不利なのではないかという予想も提起されている。
このような諸条件を総合的に考慮して、政治評論家であるチャーリー・クックの予想は、初期のプライマリーやコーカスのいくつかで有権者の怒りはある程度ガス抜きされ、その後は有権者の抱える怒りと反エスタブリッシュメント感情を体現しつつも、より当選可能性の高い候補者を真剣に選ぶようになると予測している。
いずれにせよ、共和党エスタブリッシュメントが置かれている現在の状況は極めて厳しいといわざるを得ないのではないだろうか。