飯塚恵子 読売新聞編集局国際部長
米大統領選は5月3日、不動産王ドナルド・トランプ氏(69)がついに共和党指名候補の座を確定させた。2位のテッド・クルーズ上院議員(45)、3位のジョン・ケーシック・オハイオ州知事(63)が相次いで撤退を表明し、トランプ氏本人も意表を突かれるあっけなさで決まってしまった。
明けて4日から、トランプ氏はその独自路線の主張を一段とエスカレートさせている。キーワードは「米国第一(America First)」。米国を1番にするためなら、それ以外(=外国)は2番以下。対外関係を傷めても米国の国益やビジネスを最優先させる、という孤立主義につながる発想だ。
トランプ発言の中で、同盟関係の話はかなりわかりやすい。その肝は、「安全保障」政策ではなく、金で動く「ビジネス」ととらえていることだ。
4日、CNNとのインタビューでは、日本や韓国、そしてドイツなどでの米軍の駐留経費について、「なぜ(同盟国の負担が)100%じゃないんだ。膨大な労力、エネルギー、兵器にどれだけ金がかかってるか。我々は対価をもらっていない。40年前とは違う。彼らは全額支払うべきだ」と立て板に水で語った。
トランプ氏は、全額負担に応じなければ米軍撤退を検討する考えも表明。そのうえで、日本や韓国の核武装について、「覚悟はできている。彼らは自分で自分を守らないといけない」と述べた。
発言は、ビジネスの観点から見ると、実は論理的だ。「自分で守れ」と核武装まで認めるにいたっては、ある意味、フェアだともいえる。
しかし、トランプ氏の言う通りにして、世界中で核保有国が急増し、各地に核戦争の種がまかれれば、米国の安全も重大な危機に陥る。もはや金では解決できない次元となる。これが安全保障の世界である。だから、トランプ氏のような理屈はこれまで、常識外れの異端な主張であり続けた。
ただ、同盟国・日本の国民として注目しないといけないのは、トランプ氏がなぜこの主張にこだわるのか、という点だ。
米国の保守層の間では伝統的に、対外的な関与を避けて国内の強化に努めるべきだとの思想がある。さらに、トランプ氏の言うように近年、「貧乏で弱くなった米国」では、世界の安全保障で応分の負担を同盟国に求める、という考え方が、保守層以外からも聞かれるようになった。
その代表格が、オバマ大統領である。オバマ氏は米誌「アトランティック」(4月号)のインタビューで、サウジアラビアや英国などの同盟国を「ただ乗り国家」と断じた。「英国が少なくとも国内総生産(GDP)の2%を防衛に充てないなら、もはや米国との『特別な関係』は主張できない」とまで言い切った。
むろんオバマ氏は、日本の核武装までは言及していない。が、根本的にはトランプ氏に通ずる視点がある。
筆者は、オバマ氏のこの発言を読んでも、基本的には軍事分野での米国の国際関与を低めたいオバマ氏だからこそ出てくるのだ、と考えていた。
だが、4月初め、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのジェラルド・ベーカー編集局長に自分でインタビューした際、どうやらそんな限定的な話ではないらしい、と実感した。
ベーカー氏は、日本での駐在経験もあり、バランス感覚のあるベテランジャーナリストだ。トランプ発言についてたずねると、以下のような答えが返ってきた。
「米国は世界で最大の軍隊を維持している。冷戦中は、欧州や日本、韓国をソ連や中国などから守るためだ、と米国民は思ってきた。しかし今日の米国にはそんな余裕はない。もう本国に帰って自分たちのことをする時だ、と多くの米国民が感じている」
「日本を守るために今もなぜこんな金を払わないといけないのか、と怒っている人々が大勢いる。日本はここ20年は厳しい経済状況だったが、それでも裕福な国だ。なんで自分で守れないのか。多くの米国民がそう感じている」
「つまり、ことの本質は『ただ乗り』問題だ。オバマ大統領ですら言及している」
「トランプ氏は、大勢の米国民の思いをうまくすくい上げている。人々は、『その通り』『よくわかってくれた』と彼を支持する。ただ乗り問題は、その格好のテーマだ。この発言でトランプ氏がダメージを受けることはない」
ベーカー氏は最後に、「この問題は、トランプ氏が大々的に言及したことで、今後もますます顕在化するだろう」と指摘した。
つまり、問題は、トランプ発言そのものよりも、トランプ氏が見抜いた米国民の間に漂う空気なのである。安全保障に無知なビジネスマン、トランプ氏の特異な主張ではなく、軍事関与に消極的な現職大統領、オバマ氏の頼りない安全保障観でもなく、保守、リベラル問わず米国内を覆う疑念と不満だ。
参考ながら、米国防総省が2004年にまとめた報告書によれば、日本政府は米軍駐留経費の74・5%(約44億ドル=現在のレートで約4700億円)を負担している。韓国(40・0%)やドイツ(32・6%)よりも負担割合はずっと高い。
こうした現状も含め、仮にトランプ氏が大統領に就任して安全保障問題への理解を深めれば、さすがに「改心」するのでは、といった希望的観測もある。しかし、「同盟国は、防衛に対する対価を払え」という彼の単純な主張は、今に始まったものではないことも、最近改めてわかってきた。
1987年9月2日付の米紙ワシントン・ポストなど、主要紙に載ったトランプ氏個人による全面広告は、こう訴えている。
「日本人は長年、自分たちを守るための莫大なコストを払うことなく、前例のない黒字と共に、強力で活発な経済を構築した・・・今、時代の流れは変わり、円はドルに対して強くなった・・・日本に我々の赤字を払わせる時が来た」
現在の主張と何ら変わらない。彼の信念ともいえるこの考え方は、「米国第一」理論の真骨頂である。米国世論に沈殿する不満を覚醒させ、相互に反響させ合い、今後も波紋を広げる可能性が大きい。仮に大統領に就任しなくとも、トランプ氏は同盟関係にすでに無視できないダメージを与えている。日本国民にとって憂慮すべき事態はすでに始まっている。