TPPと日本農業 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

TPPと日本農業

December 13, 2011

原田 泰
東京財団上席研究員・大和総研顧問

日本がTPPに参加することで、日本農業は壊滅的打撃を受けるという議論がある。農林水産省は、米、小麦、甘味資源作物、牛乳乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵等の19品目を対象として試算した結果、農産物の生産減少額が4.1兆円、農業及び関連産業への影響でGDPが7.9兆円減少すると試算している(包括的経済連携に関する資料「農林水産省試算」2010年10月22日)。一方、TPPに参加してもしなくても日本農業の衰退は止まらない。であるなら、TPPを契機として、日本農業の構造改革を図り、むしろ打って出るべきであるという議論もある。これらの議論を検討する前に、そもそも、日本農業がどのような状況にあるのかをまず考えてみよう。

日本農業の概観図

日本の農業(林業、水産業を含まない。以下、断らない限り同じ)総生産額(売り上げから機械、肥料、農薬などの投入費用を除いた付加価値)は、5.3兆円、農産物輸入額が4.8兆円、農業予算(林業、水産業予算を含むが大部分は農業である)が2.3兆円である。農産物の関税収入は0.5兆円である(関税・外国為替等審議会第4回総会(2007.4.20)提出資料)。また、OECD Producer and Consumer Support Estimates 2010によると、日本の国内価格は、国際価格の1.56倍である。ここの数字では国内農業生産額/(国内農業生産額+農産物輸入額)で表される食糧自給率は約5割となり、通常用いられている4割という数字より高いが、これは通常のものがカロリーベースであるの対して、ここでの数字が金額ベースだからである 。これらの数字を用いて、日本農業の現状を模式的に示したのが図1である。



現在の日本の農産物供給は、国内消費のほぼ半分を賄うものであり、農業総生産額は前述のように5.3兆円である。これは2.3兆円の農業予算、すなわち農業への補助金と1.56倍の価格引上げという補助、すなわち1.9兆円(=5.3×0.56÷1.56)の価格維持による補助を与えられた結果である。すなわち、図の補助金がないときの供給曲線から、2.3兆円の補助金と1.9兆円の価格維持、合計して4.2兆円の補助によって供給曲線を右方にシフトさせ、生産を維持した姿が、現在の日本の農産物生産ということになる。すると、もし補助がなければ、日本農業の生産は5.3兆円マイナス4.2兆円で1兆円ということになる。すなわち、壊滅してもおかしくない農業生産を4.2兆円の補助で支えてなんとか5.2兆円の付加価値を作り出していることになる。しかも、消費者がより高い農産物を買わされているコストは、国内消費量と内外価格の差であるから1.9兆円と本来あるべき関税収入2.7兆円の和の4.6兆円にもなる。さらに、関税収入は輸入額×0.56で2.7兆円あっても良いはずだが、現実には0.5兆円しかない。何か、非常に奇妙なことが行われているのではないだろうか。

確かに、繰り返しになるが、もし補助がなければ、日本農業の生産は5.3兆円マイナス4.2兆円で1兆円ということになるから、農業を自由化すれば大変だという人がいるのは分かる。しかし、ほとんど保護されていないにもかかわらず、着実に生産している分野も多い。

2011年11月4日の本欄論考「TPPを契機に農産物の差別を止めよ」で述べたように、日本は、同じ農林水産業でありながら、農産物によって保護の程度があまりにも異なる。例えば、大豆、トウモロコシの関税率は0%であり、野菜の関税率も3~9%である。それに対して、こんにゃくいも1700%、コメ778%、タピオカでんぷん583%、バター360%、砂糖328%、小麦252%、いもでんぷん234%、脱脂粉乳218%、牛肉38.5%、オレンジ40%(季節により20%)、加工用トマト20%である。

すると、保護されていない分野は自立して生産を行い、保護されている分野は保護されているにもかかわらずいつまでも自立して生産できるようにはならないということになる。もちろん、因果関係は逆で、構造的に日本において生産性が上がらない分野だからだということはある。

日本の農業でも大規模化が進んでいる

図2は販売額ごとの農家の全体に占めるシェアを示したものである。例えば、ブロイラーについてみると、売上げ1000万円以上の経営体の全生産額に占めるシェアは98.1%となっている。売上げ1000万円以上のシェアが高いのは他に採卵鶏、豚、乳用牛で、いずれも97%以上である。

これに対して、果樹、稲、野菜類は1000万円以上の売上げを持つ経営体のシェアが低く、それぞれ38.8%、50.5%、63.0%である。この間に、シェアの高い順に肉用牛、麦類、その他の作物、工芸農作物、花き類・花木、豆類、いも類、雑穀が並ぶ。稲は本来大規模な経営に適しているが、それを小規模農家でも経営できるように保護をしてきた結果だろう。果樹や野菜は人手がかかり、外国人労働力を大量に使うことの困難な日本では、規模拡大には限度があるということだろう。しかし、規制や保護がなければ、それぞれの作物の特質によって大規模がもっと進んでいただろう。そして、規制や保護のある状況でも、いくつかの作物では大規模化が進んだということである。すなわち、実際の生産の多くは、すでに大規模化が進み、それ以外は小規模の兼業農家が田畑を耕しているという姿が見えてくる。



広大な土地を持つ新大陸に比べて、穀物生産などは不利である。しかし、人口に対する土地の面積が重要なのではなく、農業者に対する耕地面積が重要なのである。農業者が減少すれば、農業者当たりの耕地面積は拡大する。新大陸でも、これほど大規模化が進んだのは、農民やその子どもが都市に移動した結果でもある。

日本の場合、むしろ、政治的な理由で、農業者をあえて減らさないようにしてきたから平均で見た農家一戸当たり耕地面積が小さいのであろう。日本の総農家数は253万戸だが、専業農家は44万戸である。耕地面積は459万ヘクタールだから、総農家戸数で割れば一戸当たり1.8ヘクタールに過ぎないが、専業農家戸数で割れば一戸当たり10.4ヘクタールになる。

農水省のデータとは定義が異なるが、FAO統計(FAOS TAT)から耕地面積を農林水産業就業者で割ると、一人当たりは、日本2.6、韓国1.2、中国0.2、アメリカ63.8、カナダ132.3、オーストラリア99.4、イギリス12.4、イタリア7.8、オランダ4.7、ベルギー13.4、フランス7.3、ドイツ4.2ヘクタールなどとなる。アメリカなど新大陸の国にはかなわないが、ヨーロッパの国には十分対抗できるのではないか。日本の一人当たり耕地面積は、韓国や中国などに比べればすでに広い。

    • 元東京財団上席研究員・早稲田大学政治経済学部教授
    • 原田 泰
    • 原田 泰

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム