R-2022-006
教員の長時間労働の元凶の一つだとして、「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」への批判が高まっている。給料月額の4%を上乗せする代わりに時間外手当を支給しないと規定するが、あらかじめ織り込み済みの「定額働かせ放題[1]」は、勤務時間のルーズな運用だけでなく、なすべき仕事の境界まで曖昧にする弊害を常態化する。教員は疲弊するばかりだ。教員が安心して働ける環境の整備は、子どもたちの学びの場を充実させ、学ぶ権利を保証するうえで欠かせない。廃止も含めた給特法の見直しは、十分な人数のすぐれた人材を教育現場に集めるための第一歩だ。第一歩に過ぎないが、大きな一歩といえる。
1 「特殊」な働き方をさせる「優遇法」 2 悪化し続ける長時間労働の実態 3 優遇されていない給与 4 子どもの学びの場はどう変わるか |
1 「特殊」な働き方をさせる「優遇法」
■労働基準法との違い
1971年に制定された給特法は、教員を一般の労働者はもちろん、公務員とも異なる存在として扱う特別ルールだ。労働基準法、地方公務員法とも異なる存在とする特殊な規定が明記されている。
まずは、給料月額の4%に当たる「教職調整額」の支給(給特法第3条)だ。残業をしてもしなくても一律に支給され、退職手当にも反映される。一律に支給されるために、個別の時間外勤務手当や休日手当はない(給特法第3条2項)。
そのうえで、教員に時間外勤務を命じることを原則として禁止。認められるのは、校外学習と修学旅行、職員会議、非常災害——の「超勤4項目」に限られる(公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令 )。
■時間外手当不支給の歴史
労働時間に応じて対価が支払われるのは、労基法の大原則だ。それと矛盾する教員への時間外勤務手当の不支給だが、それが採用されたのは、給特法が初めてではない。敗戦3年後、1948年の公務員給与制度改革にさかのぼる。公務員給与を1週間の拘束時間の長短に応じて支給する一方、教員は「1週48時間以上勤務」とみなし、一般公務員より1割程度高い給料を支給することになった。そして翌年、文部省は超過勤務を命じないよう文部事務次官通達を出した。
ところが1957年、公務員給与が「等級別給与」に変更。金額が毎年改定されるようになり、教員給与の優位は失われた。一方で超過勤務が横行したため、手当支給を求める「超勤訴訟」が全国で相次ぎ、自治体側の敗訴が続いた。中には「時間外勤務手当請求権は認められるべき」とした判決も出され、上告を受けた最高裁も原審を「正当」と認めている[2]。
こうした混乱に一石を投じたのは、人事院だ。1964年8月、国家公務員の給与改善に向けた勧告の中で、教員の処遇改善について触れた。当時の人事院総裁・佐藤達夫名で出された、池田勇人内閣総理大臣あての勧告には次のように書かれている。
「最近問題となっているものに、教員の超過勤務に関する問題がある。現行制度のもとに立つ限り、成規(原文のまま)の時間外勤務に対しては、これに応ずる超過勤務手当を支給する措置が講ぜられるべきは当然であるが、他方、この問題は、教員の勤務時間についての現行制度が適当であるかどうかの根本にもつながる事柄であることに顧み、関係諸制度改正の要否については、この点をも考慮しつつ、さらに慎重に検討する必要があると考える」[3](下線は筆者)
人事院の「超過勤務手当の支給は当然」という考えは、それまでの国の姿勢とは相容れない。教員の働き方は「特殊」とも言及していない。だがこれは、7年後の1971年2月、国会と内閣に対して出された「教職調整額の支給等に関する意見の申出」で一転する。
「教員の勤務時間については、教育が特に教員の自発性、創造性に基づく勤務に期待する面が大きいこと及び夏休みのように長期の学校休業期間があること等を考慮すると、その勤務のすべてにわたって一般の行政事務に従事する職員と同様な時間的管理を行う ことは必ずしも適当でなく、とりわけ超過勤務手当制度は教員にはなじまない」[4]教員の「自発性、創造性」に着目し、「夏休みのような長期休業」があることを理由に、超過勤務手当の適用を否定した。当初の意見書から7年。文部省と大臣レベルでの会談を含め協議を重ねた末の人事院の見解だった。
■半世紀前の「優遇策」
給特法の原型は、この「意見の申出」の中で人事院が提案した内容に盛り込まれている。超過勤務手当の不支給の代替措置として「俸給月額の100分の4に相当する額の教職調整額を支給」と明記された。勤務評価に関しても「勤務時間の内外を問わず、包括的に評価すること」と記された。
「100分の4」の数字は、1966年度に文部省が行った「教員勤務状況調査」を根拠にしている(表1)。
文部省はこの調査にかなり力を入れていたようだ。全国約10万人の教員を対象に、1年にわたって勤務実態を記録。さらにこの種の調査としては初めて「電子計算機」による集計を行ったという[5]。
超過勤務手当の支払いを求める訴訟で敗訴が続けば、財政負担が大きくなることを政府は承知していた。かと言って不払いを続ければ、教員のなり手はいなくなる。時は高度成長期。優秀な人材が民間企業の就職を志向していることが国会でも問題視され、政府は打開策として「優遇策」の打ち出しを図った。中央教育審議会も中間まとめで「教員の給与は、すぐれた人材が進んで教職を志望することを助長するにたる高い水準とし、同時により高い専門性と管理指導上の責任に対応する十分な給与が受けられるように給与体系を改めること」[6]と求めた。その結果、生まれたのが給特法だ。制定に向けた当時の坂田道太文部大臣の国会答弁には、特別優遇であることを強調したい思惑がくっきりと表れている。
「ともかく来年(1972年)1月から一般の先生方に4000円プラスするんです。あるいは年金その他退職金には相当の額が跳ね返っていくわけです。(略)本年度、とにもかくにも40億予算をとりましてご審議をわずらわして、これは通過しておる。(略)そういうもので400数億になるわけでございますから、これは相当の給与改善の法案だ、優遇法案だというふうに私は信じておるのです」[7]。
補正予算で40億円、年間400数億円。国家予算11兆4422億円規模の中で、確かにそれなりの優遇策だった[8]。さらに国は、給特法制定3年後の1974年、教員給与を一般公務員より優遇することを定めた「人材確保法(学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法)」を制定。1978年度までに合計25%を引き上げる予算措置を行った。
2 悪化し続ける長時間労働の実態
■国際調査でもダントツ
「特別優遇」で勤務時間外手当に「教職調整額」という法の網をかぶせたものの、長時間労働そのものの抑制にはつながらなかった。国が一定の制限をかけたのは、それから約30年後の2003年。前述の「超勤4項目」だ。
だが、長時間労働は是正されず、むしろ悪化し続けた。文科省が2006年と2016年に勤務実態を調査したところ、教員の1週間あたりの勤務時間には歯止めがかかっていないことが改めて明らかになった(表2)。
正規の勤務時間は、2016年が38時間45分で10年前に比べて1時間15分短縮したにもかかわらず、実際の勤務時間は小学校で約4時間、中学校で約5時間増えている。50年前比では、小学校で約8時間、中学校で12時間以上もの増加となる。しかも、2006年と2016年調査は1966年調査に比べ短期間で、いずれも年度末・初めなどの多忙な時期を含んでいない。対象人数も少ない。それでもこれだけ勤務時間が増えているのは、国際的に見ても異様な状況だ。
2013年のOECD「国際教員指導環境調査」(TALIS)[9]によると、1週間あたりの仕事にかける時間は参加34か国・地域の平均が38時間だったのに対し、日本はトップの54時間だった。
内訳を見ると、教員が「授業につかった」と回答した時間は週18時間で、参加国平均の19時間と大差がない。日本の場合、授業以外の「一般的事務業務」に時間が取られていた。
その後、2018年のTALISには、日本を含む48か国・地域が参加。日本では、小学校197校の19校長197人と教員3321人、中学校196校の校長196人と教員3568人が回答した。この調査でも、日本の教員の1週間あたりの仕事にかける時間は小学校54.4時間、中学校56時間で、いずれも最も長かった。そのうち一般的事務業務に充てる時間が、小学校5.2時間、中学校5.6時間。中学校で見ると、参加国・地域平均の2.7時間の倍以上だった。
■1年単位の変形労働時間制
そうした国際比較なども背景に、文科省は2019年、教員の働き方改革を目指す改正給特法を公布した。①自治体は1年単位の変形労働時間制を学校現場で採用できる②文科相は教員の業務量の適切な管理等に関する指針を定める——の二つが柱だ。
1年単位の変形労働時間制とは、1か月を超え1年以内の一定の期間を平均し、1週間あたりの労働時間が40時間以下の範囲で、特定の日または週に1日8時間または1週40時間を超えて一定限度の労働をさせることができる制度だ。導入に当たって、使用者と労働組合など労使の代表が協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出ることが義務付けられている。労使協定には、対象期間や、対象期間における労働日、労働日ごとの労働時間を特定することなどを明示しなくてはならない。[10]改正給特法は、労使協定は不要で、自治体が必要と判断すれば条例で制度を施行することができると定めている。労基署への届出も要らず、問題が起きても労基署の強制調査や改善命令は出てこない。教員は直属の校長か教育委員会と直接対峙し、自分で自分の身を守る以外にない。
その一方、文科省はその前年に策定した「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を法的根拠のある「指針」に格上げした[11]。文科省が各教育委員会に宛てた事務連絡によると、教員の勤務時間労働の大半は超勤4項目に関する業務以外と認めたうえで、「超勤4項目以外であっても、「校長や教育委員会は、教職員の健康を管理し働きすぎを防ぐ責任がある」と明記している。「定額働かせ放題」の教職調整額を維持したまま時間管理をすることに、どのような効果が期待できるだろうか。
3 優遇されていない給与
■4%はいくらか
そもそも教職調整額の「4%」とは、どのぐらいの金額なのだろうか。
文科省や総務省の調査をもとにした試算によると、2016年の小中学校教員の平均的な教職調整額は14512円だった。[12]
この金額は、現実を正確に反映しているようだ。毎月平均60時間の時間外労働をしたのに労働基準法が求める残業代を支払わないのは違法として、埼玉県に約240万円の支払いを求めた小学校教員の訴状によると、2017年から18年は、1万6160円〜1万6305円だった。文科省調査の小学校教員の平均的な勤務時間よりも長い労働時間でも、この程度の金額だ。
この訴えに対し、さいたま地裁は「現時点においては、昭和41年当時の教員の勤務状況を基準として定められた給料月額の4%の割合による教職調整額の支給をもってしては、現在における時間外勤務を行う教員の職務のすべてを正当に評価していないとする原告の問題点の指摘は正鵠を射ている」と評価している。反面、「教員の業務の本質は、現在でも変わるところがなく、労基法37条を適用除外して、教職調整額の支給制度を設けた根拠は全く失われていない」とし、教員の訴えを棄却した。教員は東京高等裁判所に控訴している。
■ない袖はふれない?
2016年調査に仮に時間外手当が支払われたとしたら幾らになるかの試算もある[13]。
計算式は、小中学校の教員の平均時間単価2517円×1.25(勤務日の割増率)×残業時間数。
それによると、小学校教員には59684円、中学校教員には78027円の時間外手当を毎月支払わなくてはならなかったという。ここから先述の教職調整額14512円を減じた額が、不払い賃金となる。つまり、小学校教員は毎月45172円、年間542064円、中学校教員は毎月63515円、年間762180円もただ働きさせられたことになる。
こうした実態を看過してまで、なぜ教職調整額は維持されるのか。
その大きな理由は、財源の問題だろう。教職調整額は現在、総額で約500億円弱、国庫負担分は約120億円。これをもし残業代方式で払えば、国庫負担分だけで3000億円超、全体ではその3倍[14]に達すると推測される。赤字財政の中では、重い数字だ。
しかし、これまで振り返ったように、半世紀前の調査をもとにした優遇策の賞味期限はとうに終わっている。今や1週間あたり7時間から12時間も増えた労働時間に見合う対価とはいえない。
優遇を上乗せする形で制定された人材確保法にしても、行政改革の進行の中で効果が失われた。閣議決定され
た「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針)2006」では、「人材確保法に基づく優遇措置を縮減するとともに、メリハリを付けた教員給与体系を検討する」とされた。これを受けて2008年度から2013年度までの間に調整が終了。義務教育費国庫負担金全体では約210億円の縮減となった。問題と解答は、ますます乖離している。
4 子どもの学びの場はどう変わるか
■授業準備と研修時間が激減
教員の勤務実態の変化は、子どもたちの学びにどのような影響を及ぼしているのだろうか。
1966年と2018年の文科省調査を比較すると、労働時間全体が膨らむ一方で、激減している時間があることがわかる(表3)。
最たるものが、研修時間だ。命令研修とは、校長命令で学校敷地内で受ける研修。お互いの授業を見学し、内容や構成について議論した。国際的にも高い評価を得た研修で、1966年には小中学校いずれも2時間前後が充てられていた。承認研修とは、同じく校長命令であっても勤務時間内に敷地外で行われる研究会への参加をいう。校内での研修よりも長い3時間以上が充てられていた。教員自身が大いに学んでいたことがデータからわかる。
これに対し、2018年調査では、校内研修は小学校で1時間6分、中学校に至っては30分だった。
教員は絶えず研究と修養に努めることが求められている(教育公務員特例法第21条)。校長の承認を受けて校外で研修を受けることもできる(同法第22条)。教員の自主性だけに任せず、文科省は教員らの資質向上を図るための指針を定めることが義務付けられている。その指針に基づき、教育委員会や校長は研修計画を立て、教員の研鑽を支えなくてはいけない。いずれも同法に明記されている。それだけに、2018年調査に表れた状況に疑問を禁じ得ない。かつての半分以下の時間に減った研修時間は、どのような指針と計画に基づいたものなのだろうか。
■授業準備は1コマ20分
肝心の授業準備の時間も激減している。小学校では9時間19分が6時間48分に、中学校では10時間15分が6時間43分に。1日あたりに換算すれば、小中学校とも1時間20分前後になる。1日5〜6コマの授業があるとすると、一つの授業の準備時間は20分程度。これで果たして授業の準備が整うのだろうか。そして、どんな授業を子どもたちに提供できているのだろうか。
実際、調査に関するNHKの取材に対し、ある男性教員は「授業準備に5分ぐらいしか充てられない。申し訳ない」[15]と明かしていた。教員に課せられる業務全体が膨らんでいるからだ。2006年、2016年の文科省調査の項目を見ると、それがわかる[16]。
現状を変えるには、給特法の廃止も含めた教員の働き方に関する抜本的な見直しが不可欠だ。とりわけ4%の定額残業制度がある限り、本気の労働時間管理は進まない。「(管理を)やっても、やらなくても同じ」という感覚は校長ら管理職の気持ちを弛緩させ、教員に諦め感覚を根付かせる。結果、教員の業務は無制限に膨らんでいく。教員の処遇を労働基準法、地方公務員法の中で考えるべきではないだろうか。
給特法廃止となれば、財源の問題が発生する。だが、財源がないから払わない、法も変えないでは、本末転倒。発生する残業代は支払うことを前提に、制度を見直し、予算を組むべきだろう。でなければ、良い教員人材を確保できず、子どもたちの学びは劣化していく。ひいては国の衰退につながるだろう。どこを削ってどこに出すか。社会保障費も含めて考えるべき時に来ており、最たるものは教育ではないか。給特法が損なっているのは、教員の意欲や健康だけでなく、国の礎そのものであることを忘れてはならない。
[1]内田良、斉藤ひでみ「教師のブラック残業」学陽書房 2018年
[2] 時間外勤務手当請求事件 最高裁 1972年12月26日
[3]人事院月報 1964年9月号 第163号
[4]人事院月報 1971年3月号 第241号
[5] 沢田徹「「昭和四一年度教職員の勤務状況調査」結果の解説」 教育委員会月報1967年9月号
[6]中央教育審議会「初等・中等教育の改革に関する基本構想」中間まとめ 1970年
[7] 文教委員会議録第15号 1971年4月28日
[8]大蔵省財政史室編「昭和財政史昭和27年〜48年度」 東洋経済新報社
[9]2008年に第1回、日本は2013年の第2回から参加。日本の中学校・中等教育学校10863校の289125人が対象となった。
[10]厚生労働省ホームページhttps://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/kijunkyoku/week/970415-3.htm 2022年4月30日閲覧
[11]文科省事務連絡2020年7月17日付
[12]上林陽治「教員給与は適正に優遇されているのか」自治総研2020年3月号
[13]上記、上林と同じ
[14]学校における働き方改革特別部会(第8回)議事録 2017年11月28日
[15]NHK「クローズアップ現代」2022年4月27日放送
[16]文科省ホームページ:https://www.mext.go.jp/sports/content/20211202-spt_sseisaku02-000019265_2.pdf