R-2022-037
「水道の現在地」[1][2][3]では水道インフラの危機的な状況をヒト、モノ、カネの視点から見てきた。近年いくつかの水道事業者(自治体)が事業改革を行っているが、先行者は何を考え、どう動き、どんな効果を上げたか。全国の事業者、首長、議員、市民と共有すべき水インフラ改革のキーワードは何か。第3回目のキーワードは「地域ごとの標準をつくる」。多様な地域連携を図ってきた北九州市に学ぶ。
・水道広域化の進捗状況 ・「多様な形態による広域連携」を位置づける ・水巻町との事業統合のケース ・北部福岡緊急連絡管事業・北九州市水道用水供給事業のケース ・宗像地区事務組合から包括業務受託のケース ・地域に技術を残すことが最大の目的 |
水道広域化の進捗状況
持続性が危ぶまれる水道事業に、国は広域化という対策を打ち出してきた。
2016年に発表された「国民生活を支える水道事業の基盤強化等に向けて講ずる施策について」(水道事業の維持・向上に関する専門委員会)[4]には、
「単独で事業の基盤強化を図ることが困難な中小規模の水道事業者及び水道用水供給事業者においては、地域の実情を踏まえつつ、職員確保や経営面でのスケールメリットの創出につながり、災害対応能力の確保にも有効な広域連携を図ることが必要」
「民間企業の技術、経営ノウハウ及び人材の活用を図る官民連携も、水道施設等の維持・管理、運営等の向上を図り、水道事業の基盤を強化していく上で有効な方策の一つ」と述べられている。
2018年12月には改正水道法[5]が公布され、「水道基盤強化計画」(改正法第5条)の策定による広域連携がさらに推奨された。広域連携と一口で言っても、その方法は多種多様で、主なものとしては以下を上げることができる。
図1 広域連携の形態
厚生労働省資料「広域連携の推進」[6]より筆者作成
次に都道府県による広域連携の進捗状況である。「水道広域化推進プラン」(厚生労働省)の策定の進捗状況[7]によると、①「広域化推進プラン」「策定済み」自治体は5団体(大阪府、兵庫県、広島県、香川県、佐賀県)、②同プランの策定中の自治体は42団体。42団体中で水道広域化の「現状把握」を行っているのは22団体、③広域化の「将来見通し」まで18団体、「広域化シミュレーション」まで3団体(山形県、滋賀県、徳島県)で、「推進プラン」をほぼ策定したいえる自治体は、①の5団体と③の3団体の8団体に留まっている。
「多様な形態による広域連携」を位置づける
北九州市は多様な広域化に取り組んできた。これまで事業統合、施設の共同化(福岡県と共同で緊急連絡管の設置と管理)、水道用水供給事業、包括業務受託/第三者委託に取り組んでいる。
北九州市の水道事業は、1911年、国際港都として栄えた旧門司市で始まった。同市によると現在、日平均送水量約300,000㎥を北九州市および近隣自治体に供給している。国際港都で育まれた文化から視野は海外にも広がり、さまざまなノウハウや技術を世界各地の水環境改善に活かし、1990年より30年以上にわたり、世界各地に専門家を派遣してきた。こうした経験が近隣自治体との連携にも生かされている。
北九州市の水道事業は、旧5市(門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市)合併後、水道施設及び組織の統廃合を積極的に進めてきた。現在は全国の水道事業者と同様、収益減少、施設の老朽化に伴う更新需要の増加、技術承継などの課題に直面している。
同市は2016年に策定した「北九州市上下水道事業中期経営計画」において、重点施策の1つに「多様な形態による広域連携」を位置づけ、「北九州都市圏域全体に相乗効果が期待できる上下水道事業の発展的広域化に積極的に取組む」、「広域連携を通じて職員の技術の継承や実務能力の向上を図る」こととしている。
背景には総務省が進める連携中枢都市圏構想がある。構想の目的は「人口減少・少子高齢社会にあっても、地域を活性化し経済を持続可能なものとし、国民が安心して快適な暮らしを営んでいける」ことであり、そのため「相当の規模と中核性を備える圏域の中心都市が近隣の市町村と連携し、コンパクト化とネットワーク化」を図り、「経済成長のけん引」、「高次都市機能の集積・強化」、「生活関連機能サービスの向上」を行うことである。[8]
北九州都市圏域もその1つ。5市12町で北九州都市圏域連携中枢都市圏ビジョンを策定し、上水道事業においても「発展的広域化の検討を推進し、合意形成が図られたものから実現に向けて取り組んでいく」としている。
水巻町との事業統合のケース
北九州市は、これまで「事業統合」、「水道用水供給事業」、「包括業務受託」及び「水道技術研修の受入れ」など多様な形態による広域連携を実施している。北九州市上下水道局広域事業課長(現計画課長)・一田大作氏によると「2つの事業者で連携する場合、双方にメリットがあることが基本。市民、議会の理解を得るためにも必須のもの。また、推進役である県の役割も重要。」と言う。
北九州市は隣接する水巻町に1969年から分水を開始し、その後、水質試験を受託したり、緊急時の応援協定を結んだりした。ただし、分水は水道法に規定されていない事業形態だ。厚労省の「水道事業等の認可の手引き」(令和元年版)には「他の水道事業者への浄水の分水は、法上の責任の所在が不明確であるため、分水の受水者への安全かつ安定的な水の供給が法的に担保されていない。よって、分水の供受給を実施している各水道事業者においては、分水の受水者に支障を生じさせないことを前提に、協定書等で責任の所在を明確にした上で、分水状態の解消に向けて計画的に取り組むことが必要」とされている。[9]
具体的な分水解消の方策としては以下の対応が考えられる。
①分水を行う水道事業者における水道用水供給事業の創設
②分水を行う水道事業者における給水区域の拡張
③分水の関係水道事業者における事業統合
④分水を受ける水道事業者から分水を行う水道事業者への第三者委託
北九州市と水巻町は双方にとって有益な手法を模索して様々なシミュレーションを重ね③を選択した。検討段階で、水巻町の水道事業を経営面、施設面から精査すると、管路の更新状況、鉛製水道管の残存(鉛製水道管は人体に悪影響を及ぼす危険があると判明してから使われなくなっている)など、施設水準に北九州市との差異がわかった。差異の解消に必要な財源は、水巻町の水道事業の剰余金、国庫補助金を活用したが、それでも財源が不足したため、統合後も水巻町の水道料金は据え置かれたが、1年後に北九州市の水道料金に統一した。北九州市、水巻町のメリットは以下のとおり。
図2 北九州市、水巻町のメリット
北九州市資料より筆者作成
北部福岡緊急連絡管事業・北九州市水道用水供給事業のケース
2002年12月、福岡県知事、福岡・北九州両市長によって広域的な水利用について合意が図られた。渇水や災害に備え、福岡市と北九州市の間に送水管を敷設して相互に水融通するという構想は1994年からあり、同時に沿線の水道事業者への水供給も検討されていた。新宮町、古賀市、福津市、宗像市は、地下水や小規模河川などの自己水源が不安定、浄水場など施設の老朽化という課題を抱え、広域水利用によってそれらを解消しようとした。
図3 北部福岡緊急連絡管事業・北九州市水道用水供給事業の概要
北九州市資料より筆者作成
しかし、福岡県、福岡都市圏、沿線の事業者及び北九州市など関係者が多数であったことや、事業主体、水利権、水需給などの課題も多く、広域水利用協議会で議論を重ねたが事業化には至らなかった。
そうしたなか2005年3月、西方沖地震が発生。再度、福岡県知事、福岡・北九州両市長の会談が行われ、「北部福岡緊急連絡管事業」[10]の早期実施で合意した。緊急連絡管事業は緊急時に北九州市と福岡都市圏で1日最大5万m³の水道用水を相互融通する。
ただし、水質や機能を維持するには常時、用水を流しておく必要がある。そこで緊急連絡管の維持用水を活用した「北九州市水道用水供給事業」[11]を創設し、沿線の水道事業者に1日最大2万m³の水道用水を供給した。この事業による北九州市、福岡都市圏、受水事業者(自治体)のメリットは以下のとおり。
図4 北九州市、福岡都市圏、受水事業者(自治体)のメリット
北九州市資料より筆者作成
ただし、西方沖地震が発生していなければ、事業主体、水利権等の問題から、この事業は実施されなかった可能性がある。広域化と広域連携の推進役や水利権の関係について今後研究を深めていきたい。
宗像地区事務組合から包括業務受託のケース
さらに2011年、北九州市は宗像地区事務組合への水道用水の供給を開始し、緊急時の相互応援、技術研修等への職員の受入れ、広域連携の推進等の技術協力協定を締結。その後、北九州市は宗像地区事務組合の業務を包括的に受託した。事業の全体像を以下の図にまとめる。
図5 宗像地区事務組合からの包括業務受託の概要
北九州市資料より筆者作成
北九州市が宗像地区事務組合から受託した業務は、水道の管理に関する技術上の業務であり、宗像地区事務組合自らが引き続き実施する業務は、水道統計の区分上にある建設改良工事、営業業務(議会対応や予算決算実務等)のみとなっている。図中①の業務は水道法の第三者委託制度を適用し、②は地方自治法の代替執行、③は私法上の委託(特命随意契約)、④私法上の委託 (プロポーザル方式)を活用している。③の業務については、北九州市の外郭団体であり官民が共同で出資した株式会社北九州ウォーターサービスを活用した。同社は北九州市の上下水道OBが主体で出資企業からの民間職員も加わっている。さらに④の営業業務は他の民間事業に委託された。多様なプレーヤーが連携しながら水道事業を行なっている。
地域に技術を残すことが最大の目的
現在、北九州市は北九州都市圏域の水道事業者の職員を中心に「水道広域セミナー」や「広域連携に関する勉強会」を行ないながら広域化の議論を行なっている。
写真1:職員研修の様子
北九州ウォーターサービス提供
周辺自治体の職員の技術力向上とともに、国や有識者に講師を依頼し、北九州都市圏域の職員のレベルアップを狙う。拙論『水道の現在地3「AI?ヒト?将来の水道の担い手を考える」』で詳述したが、全国的に水道職員は減少傾向にあり、技術力の喪失が大きな課題となっている。
北九州都市圏域の自治体のなかにも、2,3人程度で水道事業全般を行う事業者もある。それぞれは自分たちの実情に合った業務を行うが、人数の少なさに加え、人事異動もあって専門人材が育ちにくい。
北九州ウォーターサービス代表取締役社長・有田仁志氏は広域化のメリットは人材の育成と語る。
「広域化のメリットとして経営規模を拡張することで経費節減ができると言われている。たしかに大口の発注などでコスト削減は可能だが、水道は設備産業であるため一定の材料費、施工費(労務費)、維持管理費はかかる。だから経費節減だけを強調すると誤解を招きかねない。むしろ広域化のメリットは職員の技術力の向上にある」
「研修で回数を重ねて話すうちに、参加者から困りごとがぽつりぽつりと出てくる。自分たちの事業は自分たちで解決しなくてはならないと思っているケースが多いので対話を重ねることが重要で、相談から事業に発展するケースも多い」
研修会に参加した職員は成長する。とくに緊急時の対応、業務の勘所の見極めや優先順位付けを身につけ、実務を担う民間企業へ指示が適切になる。
研修会は職員が自分の頭で考える機会にもなる。広域化を図るにしろ独立を維持するにしろまずは各事業者が自立的に考える必要がある。水源、施設、居住地域の状況を踏まえると広域化を図るとかえって多額の費用がかかるケースもある。そうした個別事情を検討するには技術面、経営面での判断基準が必要で、研修会で議論を行なっている。技能の標準化をすることで技能レベルを向上させることが狙いだ。
北九州市の事例を見ると、中心となる大都市が、周辺自治体と双方にメリットのある事業展開を模索しながら、北九州ウォーターサービス、地域/専門企業などと連携しながら、標準化を進めている。水道事業の持続には広域化と官民連携が大切と言われる。広域化を図る場合、どの範囲で連携を図るか、誰がそれを担うのかが大事で、それが水道に携わる人材を地域で育むことにつながる。北九州ウォーターサービス取締役・川上貴幸氏は以下の図を示しながら語る。
図6 4つのPの良さを最大限活かす連携
川上貴幸氏提供
「創業以来、民間企業出身者が行政主体の組織である北九州ウォーターサービスに入り、行政職員(現職・元職)と同じフロア・目線で働いている。水道の持続のための広域化という一つの目標にむかって官民一体で活動している。それぞれの官、それぞれの民、4つのP(上図)の最大限の良さを引き出し『連携』していくことが広域化の成功につながる」
標準を先につくって枠に当てはめるのは難しい。地域の実情や歴史を踏まえたうえで、中核都市がリーダーシップを発揮し、前向きな話し合いを行う必要がある。
[1] 水道の現在地1「進まない耐震化・老朽化対策」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3841(最終閲覧2022年8月17日7時)
[2] 水道の現在地2「水道料金はどのように決まるのか。なぜ水道料金は上がるのか」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3875(最終閲覧2022年8月17日7時)
[3] 水道の現在地3「AI?ヒト?将来の水道の担い手を考える」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3900(最終閲覧2022年8月17日7時)
[4] 「国民生活を支える水道事業の基盤強化等に向けて講ずる施策について」(水道事業の維持・向上に関する専門委員会)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000145345.pdf(最終閲覧2022年8月17日7時)
[5] 改正水道法
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/suishitsu/index_00001.html#:~:text=%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E6%B8%9B%E5%B0%91%E3%81%AB%E4%BC%B4%E3%81%86%E6%B0%B4,10%E6%9C%88%EF%BC%91%E6%97%A5%E6%96%BD%E8%A1%8C%EF%BC%89 (最終閲覧2022年8月17日7時)
[6]「広域連携の推進」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000087512_00003.html(最終閲覧2022年8月17日7時)
[7] 「水道広域化推進プラン」の策定取組状況について」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000874314.pdf(最終閲覧2022年8月17日7時)
[8] 「連携中枢都市圏構想」(総務省)
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/renkeichusutoshiken/index.html(最終閲覧2022年8月17日7時)
[9] 「国民生活を支える水道事業の基盤強化等に向けて講ずべき施策について」(平成28年11月/厚生科学審議会生活環境水道部会水道事業の維持・向上に関する専門委員会)
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000476645.pdf(最終閲覧2022年8月17日7時)
[10]北部福岡緊急連絡管事業
http://www.fukken-fukuoka.jp/kaiho/h19/kaiho192munak.pdf
[11] 北九州市水道用水供給事業
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/suidou/s00500006.html