財政と金融の悪循環を反転させよ | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

財政と金融の悪循環を反転させよ
画像提供:Getty Images

財政と金融の悪循環を反転させよ

March 9, 2023

R-2022-132

新しい日本銀行総裁・副総裁の顔ぶれが決まり、金融政策の今後のあり方について関心が高まっている。ここでは、金融政策だけでなく、財政と金融の相互作用を含む今後のマクロ経済政策の方向性について考えてみたい。

巨額の公的債務を日本銀行が無制限に買い支えている現状は、正常な状態とは言えない。さらに、そこに世界的なインフレと金利上昇、防衛費・子育て支援・GXなど巨額の財政支出の必要性、外貨建て貯蓄手段の普及(ホームバイアスの希薄化)など、大きな変化が起きている。こうした変化は「財政と国債市場の安定は、これまで大丈夫だったからこれからも大丈夫」とは言えなくなってきた可能性を示唆している。

さらに、昨年秋の英国の市場混乱は、しっかりした政策運営をしていると思われた国でも市場の信認を失い得る、と示された点で我が国にとっても大きな教訓である。

・緩和的な財政金融政策は成長を鈍化させるか
・財政悪化と金融緩和の悪循
・MMTと日本の心性

緩和的な財政金融政策は成長を鈍化させるか

緩和的な財政金融政策は、長期停滞を助長する副作用を持つ可能性がある。

Kobayashi and Ueda (2022) は、財政破綻のテールリスクが資本蓄積を阻害し、経済成長を低下させていた可能性があることを理論的に示した。財政破綻が起きると民間主体が蓄積した資本ストックが一時的な資産課税等によって政府に奪われると仮定する。すると、将来に財政破綻が起きるリスクがわずかにでもあると、破綻時の資本喪失を嫌って、民間主体は資本ストックの蓄積を減らすようになり、その結果、長期的に経済成長率が下がるのである。この研究では、コンピュータシミュレーションにより、1990年以降の30年間のGDPの成長鈍化のうち3分の1程度が財政についての将来不安の結果として説明可能であることを示した。

異次元の金融緩和が長期的に続いたことも、経済成長率を低下させた可能性があることを、Kiyotaki, Moore and Zhang (2021)が指摘している。金融緩和は、短期的には借入による投資を増やし、景気を強く押し上げるが、長期的には均衡成長経路(Balanced Growth Path)の成長率が低くなってしまう、と示したのである。長期的には、低金利環境はイノベーティブなスタートアップ企業の資金調達を困難にするので、技術進歩がスローダウンし、経済成長率が低下する。スタートアップ企業の資金調達が難しくなる理由は、事業開始のために必要な金額(土地の購入代金など)は低金利の環境では増えるのに、スタートアップが提供できる担保は少ないため、銀行の貸出姿勢は厳しくなるためである。

Kiyotaki et al. (2021) が指摘する上記の理由以外にも、金融緩和の長期化は、民間企業の経営環境を「ぬるま湯」的にし、本来は継続できない低収益事業(ゾンビ事業)を多数生き延びさせてきた、という指摘もある。これは日本のビジネス界でアネクドートとして言われていることだが、簡単な理論的説明も可能である(筆者は2022年10月12日の日本経済新聞経済教室欄で簡単な理論モデルを模式的に図示した)。

緩和的な財政金融政策が経済成長にネガティブな副作用をもたらしていると考えると、まず財政の長期的な持続性を確保することが、将来不安を軽減し、現在の経済を活性化すると考えられる。財政の持続性と経済成長は、同時に、整合的に取り組むべき政策課題である。また、金融政策については、一時的な金融緩和は景気刺激の効果があるが、長期的な金融緩和の継続は成長阻害的な効果があるという可能性を真剣に考慮するべきである。中長期的には正常な金利を目指しつつ、短期的な悪影響が大きくならないように注意した金融政策運営が求められる。

財政悪化と金融緩和の悪循環

緩和的な財政政策と金融政策が経済成長を阻害する効果を持つことは、財政政策と金融政策とが、互いが互いを招来するという相互作用または悪循環を生み出している。1月30日に発表された令和臨調の緊急提言は、財政と金融の悪循環について次のように論じている。

異次元の金融緩和の下、日本銀行は国債購入によって政府の歳出拡大を事実上無制限に支えている。日本銀行が長期金利をゼロ%近くに固定してきたため、国債発行が増えてもそのリスクは金利に反映されない。金利負担がまったく無い状態が長年続いているため、政治家や政策関係者に「国はいくら借金してもコストがかからない」という感覚が広がり、バラマキ的な財政支出に歯止めがなくなっている。2013年1月22日の「政府・日本銀行の共同声明」では、政府の重要な役割は、成長力向上に不可欠な構造改革や規制改革を行うことだったが、国債発行への規律が弛緩し、また、景気対策として歳出拡大が優先されたこともあり、それらの施策は実質的に先送りされてきた。その結果、経済の新陳代謝は遅れ、生産性は低迷し、低成長が続いた。そしてこの経済停滞が金融政策の正常化を妨げるという悪循環である。この悪循環を逆回転させなければならない。

2013年の共同声明は、日本銀行が2%インフレの目標設定を約束することに主眼があり、政府の責務も規定されたものの、実施が不十分だった。これからは、政府の責務の実行と検証を重視すべきだ。一定の時間軸の中で金融政策が正常化するという見通しが立つだけで、財政膨張への歯止めになる。それは政府の退路を断ち、成長力向上のための改革を実施する推進力となる。また、低金利に慣れて鈍化した民間の改革意欲に刺激を与えることにもなる。なにより、マクロ経済環境の長期的な安定が見込めれば、将来不安が軽減し、長期的な経済成長を実現するための環境ができる。ただし、マクロ経済政策は市場環境を整えるだけで、経済成長の原動力はあくまで民間経済主体のイノベーションである。

MMTと日本の心性

政策指導者たちの間にある「いくら政府が借金してもコストはかからない」という感覚を正当化する理論として、MMT(現代貨幣理論)は根強い人気がある。自国通貨建ての国債はいくらでも発行できると主張するMMTから言えることとして、「国債を発行すればその分の民間預金が信用創造されるので、『国債発行額が民間資金の総額を超える』ということは起きない」は正しい。つまり、「必ず国債が売れなくなる」という事態は起きない、という点はMMTが正しいと言っても良い。しかし、逆に民間資金は必ず国債の買いに使われるという保証もないので、民間資金は常に十分な金額があるといっても、「国債は必ず売れる」と言い切ることはできない。理論的には、内外の投資家が日本の国債を一斉に売って外貨建て資産に乗り換えるという資本逃避(キャピタルフライト)はいつでも起きる可能性がある。

また、財政状況に応じて物価水準がどう変化するか、MMTはなにも言えず、インフレ高進や経済混乱が起きるリスクを評価も解決もできない。急激な通貨安になれば、輸入物価の上昇により国富の流出につながるかもしれない。MMTはインフレが行き過ぎれば増税してブレーキをかければ良いと主張するが、増税には年単位の時間がかかるので、インフレのコントロールの手段としては非現実的だ。

こうした議論が人気を博するのが日本独特の現象だとは言わないが、過去30年の日本経済の経験と関連はしているだろう。1990年代の不良債権問題でも、政策当局は目先の短期的な弥縫策に走り、長期的な視野で経済全体を立て直す全体戦略を考える腹がなかなか決まらなかった。政策指導者たちは当面の責任回避のために問題の先送りをしたが、それが異常にも10年近く続いた。政策指導層の深層心理には、「戦後日本というシステムは押し付けられた借り物で、自分たちが命を賭して守るべき価値ではない」という現実拒否感があったように筆者には感じられた。その心性は現在の私たちに流れ込んでいる。

私たちの世代は、この流れを克服し、真に持続的な日本を後世に引き継ぐために、長期的な全体戦略を構想し実行する責任を引き受けるべきではないだろうか。

 


【参考文献】

Kiyotaki, Nobuhiro, John Moore, and Shengxing Zhang (2021) “Credit Horizons,’’ NBER Working Paper 28742.

Kobayashi, Keiichiro, and Kozo Ueda (2022) “Secular Stagnation and Low Interest Rates under the Fear of a Government Debt Crisis.’’ Journal of Money, Credit and Banking, 54 (4): 779-824.

注:本稿は、日本経済新聞朝刊『経済教室』(2023年2月15日付)に掲載された筆者の論考を大幅に加筆修正したものである。

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

PROGRAM-RELATED CONTENT

この研究員が所属するプログラムのコンテンツ

VIEW MORE

DOMAIN-RELATED CONTENT

同じ研究領域のコンテンツ

VIEW MORE

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム