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新たな土地法制と「地域」への期待ー国による窓口機関の設置と人材確保が急務
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新たな土地法制と「地域」への期待ー国による窓口機関の設置と人材確保が急務

March 18, 2024

R-2023-109

PDF版は【こちら】

1.はじめに
2.近年の主な政策動向
3.基底にある考え方――「所有者以外の者の役割」の導出
4.「地域」に期待される役割と現実――事例としての地域福利増進事業
5.今後必要な対策――国による窓口機関の設置と人材確保が急務
6.おわりに

1.はじめに

人口減少・高齢化が進み、手入れの行き届かない空き地・空き家の増加が社会課題となる中、日本の土地政策が大きな転換期を迎えている。

世帯の所有する空き地は過去10年で倍増し、その7割超は相続による[1]。相続人にとって、特段の利用予定や売却見込みもない低未利用の土地は、日常的な手入れや相続登記を適時に行うインセンティブが低く、放置されがちだ。そうした土地が、時間の経過とともに、やがて雑草が生い茂るなど周囲に悪影響を及ぼす管理不全土地[2]や、不動産登記簿からは現在の所有者やその所在が直ちには判明しない所有者不明土地になれば、まちづくりや災害復興の現場をはじめ、公共事業や空き家対策等、様々な場面で土地利用の足かせになるおそれがある。

こうした問題に対応するため、近年、国は関連諸制度の見直しに取り組んできた(表1)。2018年6月の「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」(以下、「所有者不明土地法」という。)の制定を皮切りに、2020年3月には土地政策の基本理念を定めた土地基本法が30年ぶりに見直され、土地の適正な「利用」と並んで「管理」の重要性が土地政策の基本に位置付けられた。2023年4月には改正民法が施行され、所有者不明土地や管理不全土地に特化した新たな管理制度や、相続制度・共有制度等に関する新規律の運用が始まった。同月には、所有者不明土地の予防策として、相続により取得した土地を手放して国庫に帰属させることを可能とする「相続土地国庫帰属制度」もスタートした。2024年4月からはいよいよ相続登記の申請義務化が始まる。 

表1 所有者不明土地問題への主な政策対応

2018年

1月 所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議 設置

6月 所有者不明土地法 制定

2020年

3月 土地基本法改正

2021年

4月 民事基本法制の見直し

(1)不動産登記法改正(2023.4.1より段階的に施行)

(2)民法改正(2023.4.1施行)

(3)相続土地国庫帰属制度 創設(2023.4.27施行)

2022年

4月 所有者不明土地法 改正 

出典:筆者作成

また、これらの法整備と並行して、人口減少下の国土管理の新たな手法として、国、都道府県、市町村、地域の各レベルで現状把握と将来予測をもとに土地の管理のあり方を検討する「国土の管理構想」の仕組みが2021年6月に策定され、全国で展開を図ることが次期国土形成計画(2023年7月27日閣議決定)に盛り込まれた[3]

こうした近年の政策動向において特徴的といえるのが、土地所有者の責務の明確化と「地域」の役割の重視、という点である。人口減少が進む中、私的所有権の対象であると同時に公共性の高い財である土地を適切に利用・管理していくため、新たな土地法制では土地所有者の責務をはじめて規定したとともに、それを補完する役割を担う主体として「地域」を様々に位置付けている。はたして、これらの諸制度における「地域」とは何か。それはどのような考え方にもとづき、どのような役割を与えられているのだろうか。

本稿では、こうした問題意識のもと、近年の所有者不明土地問題を契機とする一連の土地制度見直しの全体像を概括し、その基底にある考え方を整理する。そして、事例として、所有者不明土地法における「地域福利増進事業」制度の現状に着目し、「地域」を軸とする制度の運用上の課題を分析した上で、国による窓口機関の構築と人材確保の必要性を提言する。 

2.近年の主な政策動向

(1)所有者不明土地法

国による一連の制度見直しの中で1つ目の柱といえるのが、2018年6月に成立した所有者不明土地法である。本法では、所有者不明土地の利用促進に向けた新たな仕組みとして、「地域福利増進事業」制度が創設された。これは所有者不明土地に一定期間、使用権を設定し、地域の公共的な事業のために利用できる制度で、対象となる事業は公園、公民館、購買施設の整備など幅広く想定されている。事業を実施する者(事業者)は限定されておらず、地方公共団体をはじめ、自治会・町内会やNPO、民間企業等も含まれる[4]

本法は、次項で述べる土地基本法や民事基本法制の見直しを踏まえ、早くも2020年4月に改正されている。「地域福利増進事業」については、事業期間の上限延長(10年から20年へ)や、対象事業の追加(備蓄倉庫等の災害対策に関する施設等)などが行われた。

また、地域において所有者不明土地等に関する課題の解決に向けた活動を行うNPO等からの申立てを受けて、市町村長が当該団体を「所有者不明土地利用円滑化等推進法人」(以下「推進法人」という。)として指定することができる指定制度も創設された(47条)。指定を受けた法人は、公的な信用力が与えられた者として、地域福利増進事業の実施をはじめ、所有者不明土地等の利活用希望者や所有者に対する情報の提供・相談や、低未利用土地の適正な利用及び管理の促進のための事業等を行う(48条)。また、市町村に対し、所有者不明土地管理制度等(後記(3)②参照)の活用を要請することや(51条)、所有者不明土地対策計画の作成・変更の提案をする権能が付与される(52条)[5]。改正法では、他にも、新たに管理不全の所有者不明土地について、災害等の発生を防止する観点から、市町村長による勧告・命令・代執行制度が創設されるなど、多岐にわたる制度拡充が図られた。

(2)土地基本法の改正

国による一連の制度見直しの2つ目の柱が、2020年3月の土地基本法の改正である。土地基本法は、1989年(平成元年)、バブル経済期の地価高騰や投機的な取引の社会問題化を背景に、「適正な土地利用の確保」と「正常な需給関係と適正な地価の形成」を土地対策の主目的として制定された。だが、その後、社会・経済状況が大きく変化する中、土地対策は「利用」や「取引」を対象とするのみではもはや十分ではなく、所有者不明土地の発生抑制や、災害予防・復興など、持続可能な地域の形成を図るための適正な「管理」を推進することが重要課題として認識されるようになった。

こうした社会の変化を踏まえて、約30年ぶりとなる今回の改正では、まず目的規定(1条)が大きく見直され(表1)、法全般で土地の適正な「利用」と並んで「管理」の確保の必要性が明示された。また、土地所有者の責務が初めて法定され、所有者は登記手続きその他の権利関係の明確化と所有権の境界の明確化の努力義務を負うことが定められた(6条)。さらに、土地所有者の利用・管理を「地域住民その他の土地所有者等以外の者」が補完する取組が明記され、これを国及び地方公共団体が支援する努力義務が規定された(7条)。こうした改正土地基本法の理念や方向性は、今後の土地政策の立脚点となるものであり、次項で見る民事基本法制の見直しにおいても、その理論的根拠として重要な役割を果たしている。 

表2 土地基本法第1条の新旧対照表(下線は改正部分)

改正後

改正前

(目的)
第一条 この法律は、土地についての基本理念を定め、並びに土地所有者等、国、地方公共団体、事業者及び国民の土地についての基本理念に係る責務を明らかにするとともに、土地に関する施策の基本となる事項を定めることにより、土地が有する効用の十分な発揮、現在及び将来における地域の良好な環境の確保並びに災害予防、災害応急対策、災害復旧及び災害からの復興に資する適正な土地の利用及び管理並びにこれらを促進するための土地の取引の円滑化及び適正な地価の形成に関する施策を総合的に推進し、もって地域の活性化及び安全で持続可能な社会の形成を図り、国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

(目的)
第一条 この法律は、土地についての基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業者及び国民の土地についての基本理念に係る責務を明らかにするとともに、土地に関する施策の基本となる事項を定めることにより、適正な土地利用の確保を図りつつ正常な需給関係と適正な地価の形成を図るための土地対策を総合的に推進し、 もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に 寄与することを目的とする。

出典:国土交通省「土地基本法等の一部を改正する法律案新旧対照条文」より抜粋

(3)民事基本法制の見直し

そして、こうした積み重ねの上に実現したのが、一連の改正の最大の山場ともいえる、民事基本法制の抜本見直しである。2021年4月、所有者不明土地の「発生予防」と「利用の円滑化」の観点から、①不動産登記法の改正、②民法の改正、そして、③相続土地国庫帰属法の制定が行われた。広範にわたる改正内容のうち、以下では本稿の趣旨に照らしてとくに重要な点を取り上げる[6]

① 不動産登記法

まず、不動産登記法の改正では、特筆すべき点として、これまで任意であった相続登記の申請が義務化された。所有者不明土地の主な発生原因が、土地の所有者が死亡しても相続登記がされないことにあるためだ(図1)。今後、相続によって不動産を取得した相続人は、その事実を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならず、正当な理由なく義務に違反した場合は10万円以下の過料の適用対象となる。制度の開始は2024年4月1日だが、それ以前に発生した相続にも遡って適用される。

図1 所有者不明土地の割合

出典:法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」(令和6年1月版)1頁。

② 民法

民法については、財産管理制度、共有制度、相続制度(遺産分割)、そして、相隣関係の大きく4つの領域において抜本的な見直しが行われた。とくに、財産管理制度については、新たに、所有者不明の土地・建物、及び、管理不全の状態にある土地・建物に特化した管理制度が創設された。従来の相続財産管理制度や不在者財産管理制度は、対象者の財産全般を管理する「人単位」の仕組みのため、費用や手続きの負担が大きく、また、そもそも所有者が不明の場合は利用が難しい。そこで、今回の改正では、個々の土地・建物ごとに管理を行うことができ、所有者が特定できないケースにも対応できるよう、これらの新たな管理制度が設けられた。管理人は、保存・利用・改良行為を行うほか、裁判所の許可を得て、所有者不明土地・建物の処分(売却、建物の取壊し等)も行うことができる。いわゆる「ごみ屋敷」など管理不全の状態や所有者不明になっている土地・建物への解決手段の1つとして、地域で活用することが期待される。これらを含む改正民法は、2023年4月1日より施行されている。

③ 相続土地国庫帰属制度

今般の民事基本法制の見直しでは、所有者不明土地の発生予防策の1つとして、新たに、相続または遺贈によって取得した土地を国に引き取ってもらうことを可能とする「相続土地国庫帰属制度」も創設された。申請の要件として、管理コストの国への不当な転嫁や所有者が通常の管理を怠るなどのモラルハザードを防ぐ観点から、建物がある土地や境界が明らかでない土地等は不可であり、また、10年分の土地管理費相当額の負担金を納めることが必要とされる。同制度は2023年4月27日に施行され、法務省によると、同年2月22日の事前相談開始から11月30日までの約9カ月で、全国50か所の法務局に対して約2万件の相談が寄せられたという[7]。すでに1,661件の申請があり、うち117件の国庫帰属が確定している(2024年1月31日現在)[8]

(4)地域管理構想(国土の管理構想)[9]

さらに、こうした一連の制度見直しと並行して打ち出されたのが、冒頭で述べた「国土の管理構想」の仕組みである。国、都道府県、市町村、地域の各レベルにおいて土地の管理構想の策定を目指すものであり、地域レベルの「地域管理構想」は、地域住民の発意と合意形成を基礎として策定するとされる。人口減少下では全ての土地についてこれまでと同様に労力や費用を投下し管理することは困難であるとの認識のもと、国土管理に関わる課題が深刻化しつつある中山間地域などを中心に策定が進むことが期待されている。地域住民は、市町村のサポートを受けつつ、ワークショップの開催による話し合いをもとに地域の将来像を描き、土地の管理のあり方について地域管理構想図として地図化するとともに、具体的な利用・管理の手法や実施主体等を行動計画として整理する。各地域において策定された地域管理構想図は、市町村が市町村管理構想との齟齬がないかを確認した上で市町村管理構想図に随時反映することが想定されている[10]。 

3.基底にある考え方――「所有者以外の者の役割」の導出[11]

以上に通覧したように、近時の立法では、土地所有者の責務を初めて規定し、民法の関連規定の改正や相続登記の申請義務化、相続土地国庫帰属制度の創設等が行われたとともに、土地の適正な利用・管理を支える観点から、地域福利増進事業や地域管理構想など地域住民等が公共的な活動を担う仕組みが複数設けられた。

こうした政策はいかなる考えに基づいて形成されたのだろうか。その一端を示すものに、国土審議会土地政策分科会特別部会の議論がある。所有者不明土地法、及び、土地基本法の見直しの方向性の議論を行った同部会は、「とりまとめ」(2019年2月公表)の中で、次のように述べている。

人口減少等に伴う社会経済状況の変化に伴い、適切に管理されない土地が増加する中で、(略)、土地の利用・管理に関する制度・施策を再構築する必要があり、その前提として、所有者、近隣住民・地域コミュニティ等、地方公共団体、国などの土地に関係する者の適切な役割分担を明らかにすべきである。[12]

こうした考えのもと、同「とりまとめ」では、まず所有者の責務について、「土地所有権には一定の責務が伴い、第一次的には所有者自らが土地の適切な利用・管理 (物理的管理・法的管理)を確保することが求められる」とした上で、所有者がその責務を十分に果たせない場合に所有者を補完するアクターとして、「所有者以外の者」、具体的には、「国・地方公共団体等」と「近隣住民・地域コミュニティ等」の存在を導出した。そして、それらが行う利用・管理によって、所有権が一定の制限を受ける場合があることを明言した[13]

この整理によって、土地政策の射程は、従来の「所有者」による「利用」を中心としたものから、「所有者以外の者」による「管理」をも含むものへと広がったといえる。そして、「近隣住民・地域コミュニティ等」が、土地政策の担い手の1つとして明確に位置付けられることとなった。

ここで着目すべきは、近隣住民・地域コミュニティ等には、所有者を補完することを通じて、間接的に市町村の役割をも補完することが期待されているという点である。市町村には土地に関する専門的な職員は少なく、財政的・人的にも十分な対応は難しい[14]。そこで、同「とりまとめ」は、近隣住民・地域コミュニティ等に期待される役割として、土地所有者への協力とともに、「地域の実情に応じて、市町村等の役割を一部分担し、連携・協力して土地の適切な利用・管理の確保を促進する」[15]ことを挙げ、行政を補完する主体としても位置付けた。

近年の一連の制度見直しは、こうした考え方を土台として、公法系法制と民事基本法制の両面から、所有者、市町村、近隣住民・地域コミュニティ等[16]のそれぞれについて、取り得る方策の拡充が図られてきたといえよう(表3)。そして、近時の立法の根底にある「地域」への期待とは、これらの主体のうち、「所有者以外の者」(市町村、地域住民等)、とりわけ地域住民等の役割への期待と解することができよう。

表3 土地の適正な利用・管理に向けた新たな手法と主体 

出典:筆者作成

4.「地域」に期待される役割と現実――事例としての地域福利増進事業

それでは、こうした「地域」への期待を内包した諸制度は、実際にどのように機能していくだろうか。以下では、事例として、施行から4年が経過した「地域福利増進事業」制度に着目し、現状と課題を分析する。

先述のとおり、「地域福利増進事業」制度とは、所有者不明土地に使用権を設定し、広場や防空空地など地域の公共的な事業のために活用できるとしたもので、民間事業者や市町村等が主体となり取り組むことができる画期的な仕組みである。だが、これまで本制度を使って所有者不明土地の活用に至った事例は、新潟県粟島浦村(自治体)による1件に留まる(2023年12月時点)[17]。筆者はその要因を探るため、国土交通省が同事業の普及に向けて実施した14件のモデル事業の取組成果について分析を行った[18]。その結果、同制度の活用にあたって、以下のように、業務内容と費用負担という大きく2つの課題のあることが見えてきた。

(1)業務内容

地域福利増進事業を実施するためには、事業者はまず、都道府県知事に対して所有者不明土地に使用権を設定するための裁定申請を行う必要がある。これは事業実施に向けた準備段階だが、すでにこの時点で事業者は多岐にわたる業務を行うことが求められる。具体的には、事業対象の土地が「所有者不明土地」であることを確認するための所有者探索[19]、補償金(土地の使用の対価)として供託すべき金額の算定、事業により整備する施設の詳細や資金計画等を盛り込んだ事業計画書の作成、当該土地の測量、周辺住民への事業説明などだ。

こうした業務には、不動産や法律の実務的な知識に加え、所有者情報の請求先である市町村や、裁定申請先である都道府県、所有者探索に携わる司法書士など、多くの関係者との連携が必要であり、事業者は多様な主体を繋ぐコーディネーターとしての役割も担う。

これらの業務のうち、とりわけ負担が大きいのが所有者探索である。所有者不明土地法では、所有者探索を合理化するため、探索の範囲について政令で明確に定めるとともに、地域福利増進事業の実施を希望する民間事業者に対して住民票や戸籍、固定資産課税台帳等の公的情報の利用を可能とする仕組みを設けており(43条)、それ自体は画期的なことといえる。しかし、事業者が市町村へ情報請求を行うにあたっては、個人情報保護の観点から、同一の所有者であっても戸籍や住民票など請求する情報ごとに、その都度、資料一式を揃えて申請し直す必要があるなど、事業者だけでなく市町村にとっても大きな事務負担がかかることが指摘されている[20]

また、所有者探索の結果、仮に所有者が判明しても、直ちに権利関係の調整ができるとは限らない。とくに相続登記が長期間未了で現在の所有者(法定相続人)が多数に上る「多数共有」の場合、事業者は、所在や状況も様々な相続人一人ひとりの連絡先を調べ、土地の賃借や譲渡について調整しなければならない[21]。仮に所有自覚のない相続人や回答のない相続人がいた場合には、権利関係の確定まで長期間を要することも珍しくない[22]

(2)費用負担

地域福利増進事業の実施におけるもう1つの課題が、費用負担である。同事業の実施のためには、事業者は、対象土地の不動産鑑定費、測量費、所有者探索の費用、裁定申請の手数料、供託する補償金(土地の使用の対価)、原状回復の費用等など、少なくとも数十万円から、土地の立地や面積によっては百万円単位の費用を負担する必要がある[23]。仮に事業者が先述(前記2(1))の「推進法人」の指定を受け、市町村の作成する所有者不明土地対策計画に基づき事業を行う場合には、国の「所有者不明土地等対策事業費補助金」の活用が可能となり、事業者の負担は3分の1まで抑えることができる[24]。ただし、補助金を活用するためには、まず市町村において所有者不明土地対策計画を策定して、推進法人に求められる業務内容や指定の基本方針等の審査基準を明らかにし[25]、市町村が負担する分の予算を確保することが前提となる。市町村においても一定の準備が必要であり、そうした対応が期待できない場合には、事業者は全額を負担することになる。そのため、自治会等の地縁団体を母体とする事業者にとっては費用の工面は依然として大きな課題といえよう[26]

こうした現状を見ると、現行の仕組みのままでは、事業者はもとより市町村にとっても制度利用のハードルは高いといわざるをえない。地域福利増進事業の事業者には、多様な業務内容を担うための法律実務や不動産実務に関する一定の専門性に加えて、個人の財産や情報を取り扱い、多くの関係者の合意形成を図る者としての信頼性も求められる。また、こうした活動は善意だけで続けられるものではなく、採算性が不可欠だが、そもそも所有者不明土地は利活用の見込みが低いために放置されたことを考えれば、事業収益を挙げることも容易ではない。

こうした専門性・信頼性の確保や手続き・費用負担の課題は、地域福利増進事業に限ったものではない。所有者不明や管理不全など人口減少時代の土地問題において、財産権の保護と地域の公益のバランス、そして、採算性をどう確保するかという根本問題であり、今後、改正民法にもとづく管理制度や、地域管理構想など、新たな諸制度の活用を図っていく上でも、同様の課題は出てくるであろう。 

5.今後必要な対策――国による窓口機関の設置と人材確保が急務

それでは、これらの課題を乗り越え、地域において新たな諸制度の活用を進めていくためにはどのような対策が必要だろうか。本稿では、1つの方向性として、国の出先機関による、より直接的な支援と専門人材の確保を提言したい。

(1)国による直接的な支援の必要性

土地政策の中に様々な形で「地域」を位置付けようとする近年の政策の流れは、人口減少・高齢化が進む中、これまで特段の制度がなくとも集落や自治会・町内会などによって自律的に調整が図られてきた土地の利用・管理を、国の政策の中に位置付け直し、支援する試みともいえる。しかし、地域社会における合意形成は、かつては互いに顔の見える関係の中での対話が中心だったものが、今日では、地域から人が減り空き地・空き家が増える中、遠方に住む相続人の探索や権利調整が必要になるなど、その内実は大きく変わってきている[27]。行政の担当者にとってすら容易ではないそうした所有者探索や合意形成のプロセスを、部分的ではあるにせよ地域住民等が担っていくことは、一朝一夕に実現できるものではない。

市町村にとっても、土地の問題は基本的には住民の財産という民事の問題であり、たとえ所有者不明土地・低未利用土地であっても、草木の繁茂や不法投棄といった管理不全による具体的な不利益が周辺に及ばない限り、積極的な対応に乗り出すインセンティブは低い[28]。そもそも市町村には土地問題の専門部署がないところが多く、担当課を決めるところから始めなければならないところが大半だろう[29]

そうした状況に鑑みれば、所有者不明土地や管理不全土地など土地問題の予防・解決において、地域住民等や市町村に多くの手続きや費用負担を求めることは現実的ではない。今後、地域住民等や市町村が地域の土地の適正な利用・管理に向けて積極的な役割を担っていくためには、まずはその前提となる各種の手続き業務や費用負担をできるだけ軽くすることが不可欠であり、そのための国による直接的な支援が必要だ。

(2)相続土地国庫帰属制度の運用体制の例

国による支援のあり方を考えるための一例として、相続土地国庫帰属制度(前記2(3)参照)を見てみよう。先述のとおり、同制度では2023年4月末の施行から12月末までの8ヵ月で1,661件の承認申請があり、うち117件の国庫帰属が確定している。こうした制度普及の速さは、土地を手放したいと考えている人々の多さを示しているとともに、国の出先機関の機能の重要性を示しているともいえる。今回、相続土地国庫帰属制度というわが国において前例のない制度をゼロから立ち上げ、運用するにあたって、所管省庁である法務省は出先機関である全国50か所(各都府県及び北海道4か所)の法務局に人員を配置し、申請内容の審査をはじめ、住民からの問い合わせへの対応や、審査過程における市町村への情報照会などを行っている。国の出先機関がこうした業務を直接担い、地域住民・市町村と制度との橋渡しを担うことで、市町村に実務上の過度な負担をかけることなく、安定的な制度運用が可能になっている[30]。また、各法務局から本省に申請状況についての最新情報が随時報告されることで、国は制度の運用状況や課題を適時に把握・分析することも可能だ[31]。土地政策の普及のあり方を考える上で、興味深い事例といえる[32]

写真3 相続土地国庫帰属制度の担当部署

(2023年12月、宮崎地方法務局にて筆者撮影)

(3)土地政策の普及を支える窓口機関を

今後、土地に関する諸制度の普及にあたっては、上記のような事例も参考に、地域住民等や市町村の取組を支える国直轄の窓口機関を各都道府県レベルで設けていくことが必要であろう。

現在、国による土地政策の推進組織としては、「土地政策推進連携協議会」(旧:「所有者不明土地連携協議会」)がある。これは2019年に、所有者不明土地法の施行に伴い、全国10地区[33]において、地方整備局等の行政機関、都道府県、弁護士会等の関係士業団体を構成員として設置された組織である。2022年の同法の改正を契機に、市町村、中小不動産関係団体などを新たな構成員として加え、活動内容を土地政策全般へと広げて発展的に改組された。活動内容として、「所有者不明土地法の円滑な施行、関係諸制度の周知や活用の支援、用地業務のノウハウの提供・共有、地籍調査の推進といった土地に関するテーマを広く取り扱いながら、所有者不明土地問題を始めとした土地に関する課題解決や地域づくりに取り組む地方公共団体を支援していく」とされ、講習会・講演会や情報提供、相談会などが行われている[34]

このように土地政策の普及に向けた連携の基礎はすでに構築されており、今後はこの仕組みを最大限活用していくことが重要だ。本稿で見てきたように、今後、地域住民等や市町村が地域の土地の適正な利用・管理に向けて積極的な役割を担っていくためには、まずはその前提となる各種の手続き業務や費用負担をできるだけ軽くすることが不可欠であることを考えると、現行の連携協議会を、よりきめ細かく都道府県単位で構築し、地域にとってより身近で実働を伴う土地政策の窓口機関として位置付けていくことが望ましい。

都道府県レベルで窓口機関が設置されることで、市町村にとっては、所有者不明土地対策計画の策定や推進法人の指定をはじめ、新たな諸制度の運用について国の機関に相談することが容易になり、たとえ役場の中に土地に関する専門の職員がいない場合でも、制度の活用の可能性が高まるだろう。

また、こうした窓口機関が、各市町村をはじめ、地元の関係士業団体や不動産関係団体等のネットワーク拠点となることで、新たな諸制度の実務を担う専門人材の育成や、専門家の連携の強化が期待できよう。同時に、そうした地元の専門人材が窓口機関を通じて土地所有者や地域住民等への相談対応や情報提供を行うことで、人材の活躍の場が広がるとともに、土地所有者や地域住民等にとって信頼できる相談先の1つにもなるだろう。

さらに、地域の土地の適正な利用・管理を支える観点から、実務面でもこうした窓口機関が市町村や民間事業者をサポートすることも望まれる。例えば、地域福利増進事業について、地域の専門人材が窓口機関を通じて市町村と連携し、事業の候補地となる所有者不明土地を洗い出し、権利関係の確定まで担うことができれば[35]、事業者は所有者探索に多大な労力や費用を割くことなく、土地の活用そのものに迅速に着手、注力できるようになるだろう。

6.おわりに

以上、本稿では、近年の所有者不明土地問題を契機とする一連の土地制度見直しの全体像を概括し、その基底にある「地域」の役割への期待に着目しながら、制度の運用上の課題と今後必要な対策について考察した。

明治以来、人口増加と「土地は有利な資産」という前提のもと構築されてきた日本の土地制度は、急激な人口減少と空き地・空き家の増加の中、いま大きな転換点にある。地域住民等を土地政策の担い手の1つとして位置付け、間接的に市町村の役割をも補完することを期待する新たな土地政策の流れは、こうした時代変化の中で不可避ともいえよう。しかし、本稿で見たように、その実現は容易ではない。土地とは個人の財産としての価値と公共性という性質を合わせ持つものであり、その利用・管理に第三者が関与するにあたっては、私法上の権利を保護しつつ、共通利益の実現に向けた合意形成を丁寧に図る必要がある。そうした複雑な役割の一端を「地域」で担っていくためには、それを支える国の役割がこれまで以上に重要になる。その意味で、土地政策における「地域」に期待される役割の変容は、行政と地域住民等の関係のあり方、さらには国と地方自治体の役割分担にもかかわる大きな課題といえる。今後、新たな諸制度が実効性を持ち、地域の土地問題の円滑な解決に繋がるよう、普及状況を注視し、検証とさらなる見直しを地道に積み重ねていくことが必要である。




[1] 国土交通省「平成30年土地基本調査総合報告書」57頁・65頁。
[2] 国土交通省の調査(2019年)によると、過去3年間で近隣住民等から雑草・雑木の繁茂、草木の越境、ごみ等の投棄など、管理不全土地に関する苦情が寄せられたと回答した自治体は全体(n=1,029)の約6割あり、人口5万人以上~50万人未満の都市では8割を超えている。(第39回国土審議会土地政策分科会企画部会「(資料1)管理不全土地対策に関する調査について(空き地条例関係等)」2021年2月4日、3頁・5頁・7頁。)
[3] 国土交通省「国土形成計画(全国計画)」(2023年7月)40-44頁。
[4] 同法では、このほかにも、所有者不明土地の収用手続きの合理化や、所有者探索にあたって利用・提供できる公的情報の拡大が図られたほか、相続登記が長期間未了である土地について登記官が申請を促す制度(長期相続登記等未了土地解消作業)などが創設された。さらに、所有者不明土地の適切な管理のために必要と認める場合には、地方公共団体の長等が、財産管理人選任の申立てを行うことが可能であるとする民法の特例も設けられた。
[5] 本制度の普及・定着に向けたモデル調査が2022年度より行われている。国土交通省ウェブサイト「地域での土地対策への取組を支援します!~所有者不明土地や低未利用土地の対策への取組の募集を開始します~」参照。
[6] 民事基本法制の見直しに関する各種資料が法務省ウェブサイト「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)で公開されている。
[7] 法務省民事局資料「相続土地国庫帰属制度(R5.4.27施行)」2023年12月。
[8] 法務省ウェブサイト「相続土地国庫帰属制度の統計」参照。
[9] 国土交通省国土政策局総合計画課国土管理企画室「今、持続可能な国土管理を進めよう~市町村管理構想・地域管理構想策定の手引き~」2022年9月、4頁・8頁・18頁。
[10] 市町村管理構想・地域管理構想の策定推進に向けたモデル形成事業が2022年度より行われている。国土交通省ウェブサイト「令和5年度 市町村管理構想・地域管理構想策定推進対策事業 モデル形成実施自治体の公募について」参照。
[11] 本項目は、拙著「国土管理・土地利用と『地域』」法律時報、2023年9月号、8-9頁をもとに執筆。
[12] 国土審議会土地政策分科会特別部会「とりまとめ」2019年2月、8頁・13-14頁。
[13] 土地基本法は、「土地については、公共の福祉を優先させるものとする」(2条)と定める。
[14] 例えば、全国町村会は、所有者不明土地対策について、「土地基本方針に基づく個別施策の推進に当たっては、町村は土地に関する専門的な職員が少なく、財政的・人的にも対応が困難であることや地域の実態を踏まえ、新たな計画の策定や役割について、一律に義務付けを行わないこと」との要望を政府に提出している。全国町村会「令和6年度政府予算編成及び施策に関する要望」2023年7月6日、31頁参照。
[15] 前掲注12)10頁。
[16] 「地域コミュニティ等」とは、具体的には自治会・町内会、NPO、民間事業者などが想定される。本稿では、以下、「近隣住民・地域コミュニティ等」を「地域住民等」と総称する。
[17] 第55回国土審議会土地政策分科会企画部会「(資料1)土地基本方針関連施策の評価」2023年12月14日、6頁。
[18] 全国14のモデル事業者による報告書全20件(2019~2021年度分)を分析した。また、次の3つの事業者への現地ヒアリングを実施した。一般社団法人やちよ・ひと・まちサポートセンター(千葉県八千代市、2022年10月4日)、花屋敷山手町をよくする会(兵庫県川西市市、2023年9月28日)、一般社団法人みどり福祉会(新潟県田上町、同年10月26日~27日)。
[19] 同法では、法の対象とする「所有者不明土地」を、「相当な努力が払われたと認められるものとして政令で定める方法により探索を行ってもなおその所有者の全部又は一部を確知することができない一筆の土地」(2条)と定義する。
[20] 一般社団法人みどり福祉会「令和3年度報告書」21頁。
[21] 所有者探索の負担や、その根底にある多数共有の問題については、今般の一連の法改正でも抜本的な解決策は打ち出されていない。今後、相続登記の義務化によって、不動産登記簿から現在の所有者が直ちに判明するようになることが期待されるが、制度の開始は先述のとおり2024年4月であり、その効果が表れるまでには一定の時間を要すると見込まれる。
[22] 裁定申請に至った粟島浦村も、所有者探索から申請まで約2年を要している。同村のケースでは、所有者探索の結果、所在が判明した相続人61名に「土地所有者であることの確認書」を郵便したところ、「所有者である」との回答は6名のみであり、他は、「所有者ではない」26人、「不明」2名、「未回答」6名、「未受取」18名、「宛先不明」3名であった。粟島浦村「令和元年度(平成31年度)報告書」13頁参照。
[23] 拙稿「改正所有者不明土地法の活用に向けて――地域福利増進事業から見える根本課題」土地総合研究30巻3号、2022年、33-35頁。
[24] 国・地方公共団体・当該推進法人が費用の3分の1ずつを負担する(地方公共団体負担分の2分の1は特別交付税によって措置)。国土交通省ウェブサイト「所有者不明土地等対策のための予算・税制・支援体制」参照。
[25] 推進法人の審査基準は市町村が独自に定めることができる。審査基準要綱・要領として定めることもできるが、所有者不明土地対策計画がある場合にはそこに記載することも考えられる。国土交通省不動産・建設経済局「所有者不明土地利用円滑化等推進法人指定の手引き」2024年1月、9頁参照。
[26] 土地所有者が不明の場合、管理に要する費用を所有者から回収することは難しい。地域福利増進事業の実施に必要なこうした費用は、本来、所有者が適切に土地を利用・管理していれば発生しなかったものであり、それを地域住民等が負担する構図になっている。
[27] 2024年元日に発生した能登半島地震で大きな被害の出た石川県珠洲市では、所有者のはっきりしない空き家が倒壊したまま、地域住民が勝手に撤去することもできず、復旧の妨げになっている。中日新聞「空き家倒壊 悩みの種  所有者不明で解体・撤去妨げに」2024年2月2日付朝刊参照。
[28] 例えば、「〔合意形成研究会〕縮減社会の合意形成――人口減少時代の空間制御と自治――(上)」自治総研通巻487号、2019年、112頁、板垣勝彦氏発言参照。
[29] 例えば、地域福利増進事業のモデル事業者の報告書のうち、一般社団法人チームまちづくり「令和元年度(平成31年度)報告書19頁、NPO法人グラウンドワーク西神楽「令和2年度報告書」19頁参照。
[30] 法務省の各種資料及び関係者ヒアリングをもとに考察。
[31] 前掲注8)参照。
[32] 相続土地国庫帰属制度の承認要件や費用(負担金)のあり方など、制度の内容面については、施行から日が浅く十分に分析できる段階ではないことから、本稿での考察は控える。
[33] 国土交通省の出先機関である全国8か所の地方整備局(東北、関東、北陸、中部、近畿、中国四国、九州)と北海道開発局、および内閣府沖縄総合事務局の合計10か所に事務局が置かれている。 
[34] 国土交通省ウェブサイト「土地政策推進連携協議会(旧 所有者不明土地連携協議会)」参照。
[35] 所有者不明土地法にもとづき法務省が実施している「長期相続登記等未了土地解消作業」では、長期間にわたり相続登記がされていない土地について、公共事業等の実施主体からの求めに応じて、法務局の登記官が法定相続人を探索し、法定相続人情報を事業実施主体へ提供する作業を進めている。2022年4月時点で所有権の登記名義人8万2千人分、筆数で約22万5千筆の土地について探索結果が地方公共団体等に提供されている(第47回国土審議会土地政策分科会企画部会「(資料2)長期相続登記等未了土地解消作業の見直し等について」2022年4月21日)。この作業の対象範囲を拡大し、地域福利増進事業をはじめとする所有者不明土地関連の各種政策の推進において法務局による所有者探索のサポートを得られることとすれば、諸制度の活用促進に繋がるだけでなく、所有者探索実務の合理化、標準化に大きく資するであろう。

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