東京財団政策研究所 No. 8

公益財団法人東京財団政策研究所のリーフレットです。非営利・独立の民間シンクタンクとして、外交・安全保障、経済・社会保障、環境・社会分野の政策提言・普及活動と、国内外で実施する各種人材育成プログラムを行っています。


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02を物語るエピソードがある。当時、北京空港に降り立ったニクソン大統領は、空港から市内に行く道中で「打倒美帝国主義」(米国帝国主義を打倒せよ)などのスローガンを目にしていた。ニクソン大統領と毛沢東国家主席(当時)との会見のとき、ヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官(当時)は毛に対して、「なぜところどころに『米国帝国主義を打倒せよ』のスローガンがあるのでしょうか」と尋ねた。それに対して、毛は「あれは空砲だ」と返したという。毛がいう空砲とは、「中国はアメリカと本気で戦うつもりはない」ということだったのだろう。当時の中国国内事情は、経済情勢が極端に悪化していたため、国民の不満を解消する必要があった。いつの時代も、愛国心、すなわちナショナリズムは、混乱した社会でモルヒネ(鎮痛剤)のような役割を果たすものである。それからの四十余年間、米中関係は紆余曲折を経ながら、何とか維持されてきた。それを支えたのはアメリカの対中エンゲージメント(関与)政策だった。発展途上にある中国を受け入れ、中国の経済発展に協力して中国経済が発展すれば、徐々に民主化するだろうと目論んでいたのだ。2010年に中国の経済規模は世界で2番目に拡大した。しかし、アメリカの思惑とは異なり、中国が民主化する気配はない。それどころか、習近平政権発足以降、強権政治へと闊歩して逆戻りしている。目下の米中関係悪化の直接的な原因は、トランプ政権に喧嘩を売られた中国政府が、断ることなくその喧嘩を買い続けているためである。この対立は、両国の利益相反によるものというよりも、文明の衝突と総括することができると考えている。今回のレポートでは、米中「新冷戦」の行方と文明衝突への道程を明らかにしていこう。対立の理由は「文明の衝突」米中国交正常化の起点は1972年のニクソン訪中だったが、そのきっかけとなったのが名古屋で開かれた「第31回世界卓球選手権」だったことはあまり知られていない。具体的には、アメリカ人選手のグレン・コーワンが、中国人選手の乗るバスに間違って乗り込んだことで、荘則棟と土産や記念品を交換し、交流をはじめたことに端を発する*1。もちろん、この「ピンポン外交」は米中国交正常化のきっかけを作ったにすぎない。本格的に国交が正常化した背景には、中ソ関係の悪化による「中国の孤立化」がある。中国にとって極度の孤立を切り抜けるには、対米関係を改善するという戦略的大転換しかないと毛沢東は考えた。しかし、ニクソン大統領(当時)の訪中について中国側は事前の準備が十分にできていなかった。それ序論/なぜ、アメリカは中国を受け入れてきたのか?米中関係が維持されてきた理由とその裏側にある両国の思惑中国南京市生まれ。1988年来日。92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院経済学研究科修士課程修了。長銀総合研究所を経て富士通総研経済研究所の主任研究員に。2018年より現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授・広島経済大学特別客員教授兼務。主な著書に『中国「強国復権」の条件「一帯一路」の大望とリスク』(慶應義塾大学出版会、第13回樫山純三賞受賞)、『中国の不良債権問題―高成長と非効率のはざまで』(日本経済新聞出版社)など多数。柯隆東京財団政策研究所主席研究員アメリカの思惑に反し、民主化する気のない中国……ChinaWatch6


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