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05か」との難題を抱えている。選挙で選ばれていない政権であるため、共産党統治の正当性と合法性を立証するには、国民を幸せにする経済発展しかない。ちなみに、国連が公表している世界各国の幸福指数において、中国は79番目(2017年)だった。図2に示したのは、中国の所得格差を表すジニ係数の推移である。値が1に近いほど格差が大きいことを示す。これだけをみれば、ジニ係数が高い2006〜10年の前後において、中国で反日デモが頻発した。むろん、2010年以降、ジニ係数はいくらか低下したものの、2017年時点でも0.476と依然として高い。すなわち、中国社会の不安は払拭されていない。習近平政権はこうした現実を変えるため、政権発足直後から反腐敗に軸足をおいて、最初の5年間で150万人以上の腐敗幹部が追放されたといわれている。追放された幹部のほとんどは、日本円で数千万円から数百億円の賄賂を受け取っていたといわれている。なかには1000億円以上の賄賂をもらった幹部も含まれている。こうした反腐敗キャンペーンが国民から広く支持されている。ただし、一部の中国人政治学者は、習近平政権の反腐敗キャンペーンは、政敵を粛清するための「選択性反腐敗」と指摘している。習近平政権にとって反腐敗が権力基盤を固める重要な措置であったことは間違いない。ただし、これだけの腐敗幹部を追放した政党は権力基盤がほんとうに固まるのだろうか。常識的に考えれば、逆効果の可能性が高い。なぜならば、腐敗した政党への求心力が低下するからである。反腐敗だけでは、権力基盤を固めることができな撃を受けた。ブッシュ(息子)政権は、その後に中東でテロ掃討作戦をはじめた。結果、アメリカのアジア戦略は、徐々に希薄化していった。ようやくオバマ政権になってから、ヒラリー国務長官はアジアの軍事と外交安全保障に積極的に関与していくリバランス戦略を発表した*1。このアジアリバランス戦略は、中国の拡張的海洋戦略をけん制するためのものといわれている。要するに、アメリカのグローバル戦略の軸足は、中東地域からアジア太平洋地域に移動するとされたのである。習近平政権の「強国復権」の戦略2米中国交回復以降、両国政府は正面衝突を極力避けてきた*2。30年前の1989年に、鄧小平が民主化を要求する学生と市民に向かって軍に発砲を命じる天安門事件が起きた。民主主義と人権を国是とするアメリカは、それを看過できなかった。先進国を中心に対中経済制裁が行われた。それでも、中国政府は、「中国のような大国が混乱に陥った場合、世界にとって悲劇になる」という論法でアメリカの朝野の政治家を根気よく説得した結果、対中包囲網は徐々に解かれた。その突破口となったのは、1991年に日本の海部首相(当時)が先進国の首脳として中国を訪問したことだった。その翌年に、日本の天皇陛下も訪中した。見方を変えれば、日本の協力によって中国の外交は勝利したことになる。しかし、日中関係の歩みは決して順風満帆ではなかった。日本国内では、首相が訪中するたびに、過去の戦争について繰り返して頭を下げて謝罪することに対して、ある種の嫌悪感が湧き起こっていた。要するに、おじいさんが犯した罪について孫の代になっても、許してもらえないという嫌悪感である。一方、「かつての戦争に対して反省する」と口では謝っているものの、侵略戦争の事実を認めない日本の一部の政治家と有識者の言論が後を絶たない。このことから、日本人の政治家はドイツ人の政治家にもっと学ぶべきとの指摘が中国では多い。実は、こうした対日感情は中国人だけでなく、韓国人も強い不信感と不快感を抱えている*3。中国共産党は一貫して「いかに国民を結束させる経済成長の恩恵を享受できない国民に不満が広がる。図2●中国のジニ係数の推移2017年200620072008200920102011201220132014201520160.4950.490.4850.480.4750.470.4650.46出典:CEIC