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「所有者不明土地」の問題構造と政策課題(下):戦前も戦後も終わっていない――不動産登記法をめぐる課題

December 15, 2017

第110回東京財団フォーラムレポート 「『所有者不明土地』の問題構造と政策課題(上)19坪の土地に51人の相続人現る」 を読む

「登記を義務化すべき」か

鈴木 お二人のお話では、「所有者不明土地」問題の大きな要因は相続未登記にあるということです。そこで、不動産登記法がご専門の山野目先生にうかがいます。今後、問題の解決策を探る中で、この未登記の問題が論点の一つになると思われます。「登記を義務化すべき」といった意見も報道等で目にしますが、法的課題はどのようなところにありますか。

山野目 先日、ある人が私の所にやってきて、「手元にある資料は昔の登記簿のみだが、土地の所有者を探し当てたい」という相談を受けました。図の囲み部分をご覧ください。「昭和6年5月8日受付で、昭和6年4月28日家督相続により、水後郡欧取村大字湯元明智小五郎のため所有権の取得を登記す」とあります。

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<→→ 図を大きく表示する>

現在の登記簿の状況は、法務局で調べることができます。手数料がかかりますが、誰でも請求できます。くだんの土地も、登記簿を確認すれば、現在の所有者がわかる可能性はあります。しかし、相続登記(不動産の名義変更)がきちんとなされておらず、昭和6年の情報のままになっている可能性もあります。その場合は厄介です。
このケースを問1~6の手順で検証していきます。みなさんも、まずはご自身で考えてみてください。
まず、問1「この土地は、所有者がわからない土地か」。登記簿上、明智小五郎の名前が掲載されているので、直ちに所有者がわからない土地であるとはいえません。とりあえず「(2)所有者がわからない土地であるとはいえない」としておきましょう。
では、問2「明智小五郎氏は、存命であるか」。存命かどうかは戸籍関係の証明書でわかります。明智氏の住所のある地の役所から始め、本籍のある役所を探して戸籍情報の請求をします。ただし、弁護士でも司法書士でもない、明智氏と正当な利害関係のない人間が戸籍情報を請求することはできません。誰がどういう資格で戸籍情報にアクセスするかという問題がまず横たわります。
それから、どこの役所に請求するのかという問題もあります。行政区画の変更がなされて、登記当時と現在とでは地名が異なっていることも往々にしてあります。この水後郡の中心部は、現在、水後市になっています。欧取村は、現在、欧取町になっています。
また、戸籍簿とは別に住民登録をした住所に住民票があり、これが本籍の探索に役立つことがあります。けれども、5年以上前に死亡していると住民票の除票が廃棄されていることがあります。
このように、次々と問題に直面します。登記簿を見ただけでは登記名義人が生きているかどうかがわからない。死亡していた場合、いつ死亡したのかがわからないわけです。ITが発達した今日、登記簿と戸籍簿のネットワークをつないで効率化することは理論上可能です。今後、政府が取り組むべき政策課題だと思います。
いずれにしても、明智氏が死亡しているとなると、問1は「(1)所有者がわからない土地である」となってきそうです。
昔になされた登記を頼りに現在の所有者を訪ねようとするとき、その間の戸籍情報を収集し事実確認をしてたどっていけば相続人が見定められるかというと、そうとも限りません。場合によっては、法律的な知見、あるいは実務処理の経験が要求されます。例えば、明智氏が亡くなった時期が、戦後の民法が適用される時期であればいいのですが、明治民法が適用される時期、あるいは新憲法施行に伴う民法の応急的措置が適用される時期だと話は面倒になってきます。また、沖縄や南西諸島以南に本籍がある人は、戦後に相続が開始していたとしても、新民法が適用される扱いになっていない時期があります。
このように、空間的にも時間的にもはなはだ複雑な状況になっています。戦前はまだ終わっていない。したがって、戦後も終わっていない。こういう状況でわれわれはこの問題に取り組んでいかなければならないのです。
さて、問3「現在の所有者が登記をしていないことについて、罰則を設けるべきか」。どうでしょうか。相続登記はしてほしいけれど、登記しなければ刑務所に入れられる、刑事罰が与えられるといったことに親しむ事柄でしょうか。では、「(2)過料に処すべきである」か。従来の例からすると、10万円相当でしょうか。問題は実効性です。罰則があればみんな登記を欠かさないようになるかというと、そういう問題ではないように思います。ですから、私は(0)をつくって「どちらもよろしくない」というふうな気持ちでいます。
問4「現在の所有者が登記をすることについて、登録免許税を課すべきか」。今、相続登記などの申請をする場合は、法律(登録免許税法等)で定められた登録免許税を納付する必要があります。政府全体として、登録免許税の減免が可能かどうかを考えていく必要があると思います。こうした方策を入れるとすると、登録免許税の本則ではなくて、相続登記推進のための租税特別措置として入れることになるでしょう。主税当局を説得する論理を、われわれ全体で考えていかなければいけないという課題があります。
問5、所有者がわかったとしても「この土地は、魅力がなく、現在の所有者は、土地を手放すことを望んでいる」場合です。「(1)所有権の放棄を認めるべきである」か。認めてあげたい気持ちはしますが、バブル期には土地をもっていていい思いをしたのです。なのに、うまくいかなくなったからと放り出し、市町村に負担させることをどう考えるか。他方、「(2)随意にする所有権の放棄を許すべきではない」とするならば、どういう手順なら市町村に引き取ってもらえるのかを政府全体で考えていく必要があります。
問6「防災や復興に役立てるため、この土地を使いたい」場合。この土地がある意味では魅力のある土地で、防災や復興に必要な場合です。仲村さんがなさったご苦労は繰り返してはなりません。そして忘れてはならないのは、次の災害は明日起こるかもしれないということです。東日本大震災レベルの災害に備え、体制を整えておく必要があります。政府としては「(2)手続を経て、公共が使用することを認めるべきである」という発想に立って検討していくことになるでしょう。
法務省も関係しますが、どちらかというと国土交通大臣の諮問機関である国土審議会がまず検討すべきことです。

「縦割り」の強さを発揮して

鈴木 法的にも課題が多く、一筋縄ではいかないということですね。
これまでお三方に現状と課題を整理していただきました。では、今後どのような政策が求められるでしょうか。吉原さん、制度の見直しという観点で、これまでの調査からどんな論点が浮かび上がってきていますか。

吉原 政策に関する論点は大きく3つあります。
第一に、「所有者不明土地」の発生や拡大を防ぐために、今の制度の中でいかに相続登記を促進していくか、ということ。第二に、受け皿づくり。人口が減少する中で、田舎の土地を相続したものの、利用予定がなく、売却の見通しも立たない、という人は今後増えるでしょう。土地が使われないまま放置され、相続未登記のまま荒地となっていくことを防ぐため、適切な受け皿をつくっていくことが必要です。一朝一夕にできるものではないので、米国のランドバンクなどの先行事例を参考に、モデル地区をつくって実験的にやってみるといったことが必要だと思います。第三に、情報基盤の問題。自治体がもっているさまざまな情報や台帳を最大限に活用し、必要な基礎情報を効率的に共有できる仕組みとルールが必要です。

鈴木 情報基盤の効率化については、先ほど山野目先生も指摘されました。「所有者不明土地問題」を特集して放送する際、「土地の所有者を誰も把握していないなんてことがあるのか」「土地をもっていれば固定資産税の支払いがあるから、行政は把握しているはずだろう」といった指摘が内部検討の段階から多々ありました。多くの人がこのように感じているのではないでしょうか。行政がもつ各種台帳の情報を統合して一元的に把握できる仕組みの構築は難しいのでしょうか。
実際に自治体ではどんな情報をもっていて、今後それをどう活かしていけるのか。例えば、所有者が亡くなった場合、どのように情報が伝えられるのでしょう。仲村さん、いかがですか。

仲村 ある人が亡くなった場合、まず、ご家族、親族等が市町村に死亡届を提出します。提出先は亡くなった方の本籍地、死亡地、現住所の役所である場合があります。
亡くなった方の現住所にある役所に死亡届が出された場合で申しますと、まず住民課等の窓口で受理し、本籍地の役所に戸籍届書を送って、戸籍に死亡の記載をしていただきます。住所地では住民票の除票をします。
役所の戸籍担当は所轄税務署長に「死亡届」による死亡事実の通知を行う義務を負っています。これは相続税法第58条で定められています。通知を受けた税務署では相続税の申告に向けた調査に入ります。
市町村における死亡届の受理は、国からの機関委任事務で、市町村の固有事務ではありません。戸籍届書は約1カ月間本籍地の市町村役場で保管された後に、その市町村を管轄する法務局(またはその支局)に送付されることになっています。
このように、市町村の役所の担当課、法務局や税務署など、さまざまなところに情報が伝えられます。

鈴木 まずは役所の窓口に死亡届が提出されるということですが、私が取材した中で、京都府精華町は死亡届を受理すると、関係各課に連絡すると同時に、提出しに来た方にその場で必要な手続きを案内しています。そうした細やかな対応をするようになって、相続に関する届け出件数が増加したということです。このような事例もあります。
不動産登記制度は長い年月をかけて積み上げられてきたもので、見直しといっても並大抵のことではないと思います。山野目先生、今後どのように議論を進めていけばいいのでしょうか。

山野目 日本の官僚機構は、「縦割り」と批判されることが多いのですが、司令塔がしっかりしたときの縦割りほど強いものはありません。「骨太の方針2017」が今年6月に閣議決定されましたから、それに則って今後、各省の大臣が動いていくでしょう。その見取り図を大ざっぱにいうと、相続のあり方そのものと、そのルールを踏まえた登記手続きは法務省の担当です。とはいえ、法務省に任せっきりにすると通達行政になってしまいますし、法務局の役人とよく勉強をしている司法書士だけがルールを知っている状況になってしまいます。ルールを可視的にするために、国民の側からも、不動産登記に関する法令等の必要な変更について要求していくことも大事です。
空き地対策などの制度創設は国交省の担当です。それは、既に成立している「空家等対策の推進に関する特別措置法」と同じ格好にはならないかもしれません。土地収用法が対象とする公共事業以外の用途の用地取得に関する法的手段創設の必要性も出てくるでしょう。都市計画や財産権保障のあり方に目配りしながら、既存の枠にとらわれずに、深刻化する空き地等の問題を解決するために必要な政策や法制度のメニューを考える必要があります。

覚悟を決めて辛抱強く

鈴木 さて、会場から「自分は不在地主で、田舎の土地を今後どうしたらいいかわからない」「対策を知りたい」といった声が届いています。吉原さん、いかがでしょう。

吉原 一ついえるのは、選択肢を増やしていくことです。問題が深刻化する前に、どうやったら親族みんなが納得をして管理を預けられるか、あるいは手放す方法、再利用するための方策を複数用意していく必要があります。利用を前提としない保全のあり方を、試験的に地域で試してみることが必要だろうと思います。
ご質問のような悩みを抱える人は多いと思います。これは相続のとき、被災をしたときといった一生に1、2度という稀な経験の中で制度の困難さに直面をしたり、気付いたりする問題です。ですので、平素からこの問題について知っていく、考えていく機会を増やすことも大事だろうと思います。そういう意味では教育が大事です。

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山野目 学校教育で土地について考える機会を与える必要がある、というのはそのとおりだと思います。しかし、教える内容をわれわれ大人がもっているでしょうか。教える以前に、われわれが学ばなければいけない状態にあるのではないか。
例えば、土地政策の基本理念を定める土地基本法には、土地に関する考え方が示されていますが、不満な点が大きく二つあります。一つは、国や事業者の義務については記されているけれど、土地の所有者の心持ちについては何も書かれてないことです。もう一つは、時代の制約があってやむをえないとはいえ、バブル期に成立した法律なので、土地の価格が上がる背景で条文ができていることです。そろそろ改正すべきときです。大人が教えるべき土地基本法を確認した上で、学校教育で次の世代に伝えていくことが求められるのではないでしょうか。
われわれが覚悟しなければならないのは、土地問題が完璧に解決されることはありえないということです。土地問題だけでなく、少子高齢化、子どもの貧困など21世紀に日本社会が直面する問題はどれもそうです。だからといって後ろ向きになるのではなく、何かをやってく覚悟を確認した上で辛抱強く一歩一歩進めていかなければなりません。

鈴木 土地の所有権のあり方をどう考えるかという根本の問題にまで議論が及びました。
本日は、所有者不明土地問題の構造と課題について、さまざまな角度から重層的に論じていただきました。国、都道府県、自治体、それぞれに今起きていることへの対処と、事態をこれ以上悪化させないための対策が必要です。
本日はありがとうございました。■


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