山崎純・外務省領事局参事官兼国際協力局参事官(地球規模課題担当)
はじめに
2002年春から2007年夏までニューヨークの国連日本政府代表部で国連の行財政を担当した。分担金でまかなわれる国連のあらゆる活動を予算面から把握することが出来た。国連の行財政といってもよくわからない方が多いと思うので、小生がやっていたこと、中でも世間から多くの関心を呼び、また、待ったなしの対応を国連事務局そして加盟国に迫るという意味で他の多くの国連活動と性格を異にする平和維持活動(PKO)に関しどのような仕事をしていたかにつき述べてみたい。なお、ここでいう国連は、「専門機関」(例えばWHO、ILOなど)やいわゆる「基金及び計画」((例えばUNDP、UNICEF、UNHCR、WFPなど)は含んでいない。「専門機関」も「基金及び計画」も、加盟国に対し説明責任をはたす場としての理事会をそれぞれ有していることから、国連総会はこれら機関の行財政には関与していない。なお、本稿は、執筆者個人の見解を述べたものであり、日本政府あるいは外務省の立場ではないことをお断りしておく。
国連予算決定のメカニズム
事務総長が提案する予算案を審議し、これにつき決定を行うのは国連総会(第5委員会)である。基本的にはコンセンサスで決定を行うことになっているが、192カ国で予算案を審議することは実質上不可能である。そのため、予め予算案のどこをどう削るかなどにつき一案を作成する少人数(途上国・先進国いずれにも偏らないよう地域配分がなされた16名)の委員が総会により選出されている。この委員は個人の資格で選出される。これら委員で構成するのが国連行財政問題諮問委員会(Advisory Committee on Administrative and Budgetary Questions。頭文字をとってACABQという)である。同委員会は、専門的立場から予算を検討する。小生は、4年半この委員を務めた。1974年以来、日本はこの委員を出し続けている。ACABQの勧告を参照しつつ、総会は予算案についての決定を行う。ACABQ勧告のラインが相当程度生かされた結論となる場合が多い。
ACABQの活動
ACABQは、いまや年間9ヶ月間、月曜から金曜まで毎日6時間様々な予算を審議している。以前は、審議日数は現在に比べかなり少なかった時代もあったようであるが、後述のPKO予算が増えたことなどから、1月、4月及び8月以外は平日は毎日予算と格闘である。審議の数日前まで予算案が事務局から出てこないこともしばしばである。審議当日までに、無駄・重複した活動がないかなど分厚い予算書を子細に分析する。審議当日は、予算案につき詳細なヒアリングを行う。国連の会議は、各国代表が自らの考えを一方的に述べあうものが多いが、ACABQは全く違う。各委員より、矢継ぎ早に、大小様々な事項につき質問し、予算案の担当部局代表(多くの場合事務次長)がこれに次々と答える。その場で答えられないと予算案が認められないこともあるので事務局は必死に答える。ヒアリングが終わると、ACABQとしてどのような勧告をまとめるか16名の委員だけで激論を交わせる。ここでは、国連財政規則、累次の関連総会決議などを引用しつつ、あらゆる手を尽くして、自らの主張の正当性を簡潔かつ説得力を持って開陳する。また、ここでの議論に先立ち、影響力の大きい委員にあらかじめ賛成してくれるよう根回しすることも必要である。自分の意見が多数意見になっても気を抜くことは出来ない。委員間での議論を踏まえ作成されるACABQ報告書ドラフトが議論を正しく反映したものとなっているかチェックする必要がある。このプロセスで、また、委員間で激論になることもしばしばである。すべての予算案について、このプロセスが繰り返される。小生の場合、いかに予算増大を抑えるかに腐心した。
様々な国連予算
国連通常予算は2暦年を一会計年度としており、年額では20数億ドル。奇数年の年末、ちょうどこの原稿が掲載されるクリスマスイブ頃、総会が次の2ヵ年予算案を承認する。それに先立つ5月から7月にかけ、ACABQは事務総長予算案に対する勧告をまとめている。通常予算はニューヨーク本部のみならず、ジュネーブ、ウィーン、ケニアなどの国連本部経費も賄っている。このため、予算全体で非ドル通貨支出が4割を超えることから、近年のドル安傾向は通常予算押し上げ要因となっている。また、2003年夏のバグダッド国連事務所に対する攻撃に見られるように、国連そのものが攻撃対象になってきており、国連施設・要員の安全対策経費もかなり計上せざるを得なくなっている。更に、特別政治ミッションと呼ばれる、PKOではないものの、フィールドに一定の要員を展開するミッションも通常予算に含まれており、この部分も最近かなり伸びている。例えば、イラクやアフガニスタンの国連ミッションである。
しかし、今や分担金額でより大きいのは、PKO予算である。小生がニューヨークを離任した今年8月までは年額50億ドル超であったが、その後ダルフール・ミッションが設立されている。これひとつが加わるだけでPKO予算年間総額が1.5倍に増える。PKO各ミッション設立、そのマンデート、部隊要員上限数、存続期間などを決定するのは安全保障理事会である。各ミッションの大枠が安保理で決まると、事務総長は、新規PKOの場合は新規予算案を、また、既存PKOのマンデート変更などの場合は改訂予算案を、編成する。安保理は必要があれば一年中いつでも決定を行い得る。ということは、PKO予算については、事務総長は予見出来ないタイミングでの編成を余儀なくされる。加盟国による予算承認手続きに一定の予見性を導入するために、90年代半ば以降、PKO予算は7月1日から始まる1年間予算として編成しているが、最近数年は、これでは対応しきれないで補正予算を編成することも多くなっている。また、PKOミッション立ち上げ時の緊急に必要な場合で予算編成が間に合わない状況では、一定額(50百万ドル)までACABQのみの了承で事務総長が暫定的に支出を行うことも認められている。一年中いつPKOの財政需要が発生するか予想がつかない状況で、一旦それが発生したならば迅速に対応する体制が作られ、ACABQに一定の権限が与えられてきているわけである。
PKO予算に対する工夫
さて、そのPKO予算案であるが、ACABQは、予算額増大を抑制するために様々な工夫、努力をしてきた。例えば、ミッション経費の半分以上を占める人件費については、部隊要員上限数は安保理決議で規定されるにせよ、その部隊要員を支援する文民(例えば、政務官、選挙支援要員、武装解除要員、ガバナンス関連要員、人権要員、また、人事、財務、調達、航空管制などロジスティックス要員など)の数は本当に事務総長が要求するほど必要か、部隊要員の糧食単価は適正か、新規ミッションの場合の部隊要員展開計画に合わせた予算計上となっているか、文民ポストはリクルートに時間がかかるのでそれを勘案した空席率を前提とした予算となっているか、文民の中で国際スタッフと現地スタッフで給与水準にかなりの開きがある中で、出来るだけ現地スタッフを使う計画となっているか、最近のPKOミッションは複合型と呼ばれ、多岐にわたるマンデートを安保理から与えられているが、これらマンデート遂行にあたり部分的なりとも国連の他の機関の要員が行うことは出来ないのか、といった点を各ミッションの予算ごとに精査してきた。また、オペレーション経費については、アフリカに展開するミッションの多くが経験するように、道路、鉄道、河川いずれの交通手段も未整備ないし利用可能でない状況で航空輸送に頼らざるを得ないにしても、最も高くつく航空輸送に依存する度合いを少しでも軽減するためにどのような努力が払われているか、燃料の適正管理がなされているか、航空機数は需要に見合った配置となっているか、などの点を精査してきた。近隣国に展開するPKOとの間でモノ、ヒトを融通する余地はないかといった視点も提起してきた。更には、そもそもPKOミッションは所期の目的を達成すれば収束することが想定されているので、ミッションの完了戦略をどう考え、どう実施するのかという点は、各ミッション毎に繰り返し質問した。この点は、安保理が決める事項であることは十分分かった上で敢えて質問した点である。
PKOの管理に関連する諸問題
非常に荒っぽく云うと、国連通常予算でカバーする経費の一定部分は、伝統的な国連の活動、つまり会議開催に伴う経費(そのための職員経費、光熱費、文書印刷費など)である。この世界では、人的資源管理政策にしろ、調達政策にしろ、ある程度時間をかけて対応することが許されてきた。むしろ様々な手続きを踏むことを加盟国は求めてきた。しかし、近年、国連活動全体の中でPKO活動の占める比重が増大、というよりもPKO活動が扱うカネ、ヒト、モノがその他の国連活動をはるかに凌駕するようになっている状況では、人的資源管理政策、調達政策など国連における仕事のやり方を変える必要が生じてきている。パン新事務総長が、今年、就任早々に、国連本部のPKO局の組織改編を強く推進したのもこのような背景がある。一言で言えば、これまでよりもスピーディーに仕事を処理する必要性、フィールドへの権限委譲、PKOにかかわる一定のコア人材の確保といった点が求められている。小生がこの夏国連を去った時点では、これらの問題に最終的決着はついていなかった。というのも、それぞれ考慮に入れるべき点があるからである。例えば、フィールドへの権限委譲を進めるためには、フィールドの活動をモニターする機能の向上を伴う必要がある。また、公正性と迅速性はトレードオフの関係にある。更に、国連職員の採用にあたり、特定の地域や国に偏らないよう分担率や人口などをもとにした各国別の望ましい職員数の範囲が設定されているが、実際に勤務している日本人職員数がこの範囲の下限を大きく下回っている状況がある。この邦人職員過少代表の問題は、本部PKO局あるいはPKOフィールドミッションにおいて特に顕著である。
おわりに
このように、時代の要請に合わせて、国連は徐々に変容を遂げていく過程にあると考えられるが、加盟国としては、いかに、財政規律を保ちつつ、また、事務局による適切なマネジメントを確保しながら、この機構を有効に活用していくことが出来るかを考えていく必要がある。そのための努力がなされてきたし、現在もそのような努力は進行形であると思うが、取り組むべき課題もまだ多くあるというのが実感である。