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CSR白書2024――パーパス実現に向けた人的資本の可視化と定量化
画像提供:Getty Images

CSR白書2024――パーパス実現に向けた人的資本の可視化と定量化

February 13, 2025

C-2024-001-4W

SOMPOホールディングス株式会社 
サステナブル経営推進部長 平野友輔
サステナブル経営推進部 課長代理 蛯子遥喜

1. はじめに
2. パーパス経営や人的資本経営に関わる現状と課題
3. SOMPOグループの取組み
4. 取組みの全体設計
5内なる変化を促す実際の取組み
6. おわりに(人的資本の取組みをパーパスの実現につなげるために必要なこと)

1.はじめに

近年、企業経営を語るにあたり、パーパス経営や人的資本経営といった概念が中心的なテーマとして注目を集めている。特にここ10年間において、世界規模の社会的課題や環境問題への意識の高まり、そして新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機とした働き方改革が、企業の在り方(存在意義)や社員の価値に対する見方を大きく変えてきた。

こうした潮流を受けて、国籍や業界を問わず多くの企業がパーパスや人的資本を経営の中心に据えて戦略や事業活動を行おうとしているが、これらの取組みを実装することの難しさを感じている企業も多く、当社もそういった企業の1つであると思う。

本論考では、パーパス経営や人的資本経営に関わる潮流や現状と課題といった全体感を概観したうえで、実際のSOMPOグループにおけるパーパス浸透や人的資本の向上およびその可視化・定量化に向けた取組みの紹介を通じ、昨今のパーパス経営や人的資本経営のリアルと未来について考えていきたい。 

2.パーパス経営や人的資本経営に関わる現状と課題

パーパス経営や人的資本経営の盛り上がりの背景には、サステナビリティをめぐるより広範な潮流がある。時系列で整理すると、2006年に国連により策定された「責任投資原則(PRIPrinciples for Responsible Investment)」の動きに後押しされたESGに始まり、企業が経済価値と社会価値を同時に追求する新たな経営手法として2010年代に提唱されたCSV、そして2015年に国連が採択した2030年までに達成するべき17の持続可能な開発目標であるSDGsによって、サステナビリティへの関心が高まってきた。

こうした動きの中で、企業の持続可能な成長に向け、自社の戦略にサステナビリティをどのように取り入れるかが問われ始め、パーパス経営という概念が2020年頃から注目され、株主だけに主眼を置くこれまでの資本主義からの脱却がグローバルで進んでいる。具体的には、2019年の米国の経営者団体Business Roundtableによるステークホルダー資本主義への転換宣言や2020年の米国証券取引委員会(SEC)および2021年の欧州連合(EU)による人的資本に関する情報開示の義務化・強化などの流れが挙げられる。

日本においても、伊藤邦雄氏による「人材版伊藤レポート」(経済産業省2020,経済産業省2022a,経済産業省2022c)や名和高司氏が提唱した「志本経営企業」(名和2021)などの提言に代表されるように、パーパス経営の必要性とともに、その実装に向けて組織能力を高めるための人的資本とは何かへの注目が時を同じくして高まってきている。

また、2022年には英国規格協会(BSIThe British Standards Institution)からパーパスドリブンな組織を認定するための世界初の国際規格である「PAS 808(パーパス・ドリブン・オーガニゼーション持続可能性に向けた世界観、原則、行動)」が発表されるなど、企業のパーパス経営を推進する流れが各方面で作られている。

これらの流れを受けて、パーパス経営や人的資本経営に取り組む企業が増加し、一定期間が経過してきたが、問題意識や警鐘を鳴らす意見を目にするようになった。

例えば、BSI2022年に行った海外や日本の消費者とビジネスリーダーを対象とした意識調査では、「『(自社に)明文化されたパーパスがある』と回答した日本のビジネスリーダーは40%(中国93%、インド86%、米国72%、英国63%)と、他国と比較し著しく低い結果」と、日本は他国に比べて遅れを取っていることを述べている(BSIジャパン2023)。

また、20225月に経済産業省から出たレポートの中では、「『企業理念・存在意義・経営戦略の明確化』が進む一方で、『経営戦略と人材戦略の連動』の進捗は相対的に遅れている」と指摘している(経済産業省2022b)。さらに、2023年のJBpressの記事にて専門家の小林祐児氏は、

 

パーパスを打ち出してその浸透を狙っても、社員は簡単について来るわけではありません。多くの理念やパーパスは、「上層部が言っているきれいごと」として受け流されてしまうケースが多々あります。社内にしらけムードが漂う会社も少なくありません(JBpress 2023)。

 

と述べ、パーパス経営の実装に関する課題を明らかにしている。

パーパス経営や人的資本経営は、長期的な取組みであり、ここ数年間の内容で有効性などに結論を出せるものではない。一方で、その実装に向けた道程を企業単独で見つけることはたやすいものでもない。そのため、本論考を通じて、パーパスや人的資本に関わるSOMPOグループの取組みを整理しつつ、これまでに得た気付きを紹介することで、パーパス実現に向けた人的資本の向上による価値創造について共に考えていく一助にしたい。 

3SOMPOグループの取組み

まずは、当社の概要を簡潔に記述する。SOMPOグループは、国内損害保険、海外保険、ウェルビーイング(国内生命保険、介護)を主な事業として国内外に商品やサービスを展開している。そして、グループのパーパスとして「安心・安全・健康であふれる未来へ」を掲げ、その実現に向けて事業活動を行っている。

グループ全体で74,904人(2023年度末時点)の役職員が従事し、無形の商品やサービスを日々扱い、お客さまに価値提供を行っている。グループの価値創造の源泉は社員一人ひとりであり、人的資本の向上はグループにとって最重要の経営課題として取り組んできた。

しかし、2023年度に、国内損害保険事業において、中古車販売店による自動車保険金不正請求への対応、企業向け保険の保険料調整行為などの一連の問題が顕在化し、トップラインやマーケットシェアを過度に重視する企業文化が問題視されることとなった。

2021年度より中期経営計画の柱の1つとしてパーパス浸透や働き方改革をはじめとする人的資本向上の取組みを続けてきたが、その浸透のスピードが追いつかず、ビジネスの土台として根付かせることができなかったことが明らかになった。

このように、パーパス経営や人的資本経営の実装の難しさに直面しているSOMPOグループが、どのような全体設計を行い、取組みを進めてきたか、そしてそこから生まれた変化や課題などを具体的な施策の実例やデータを用いて紹介することが、パーパス経営や人的資本経営の実装に向けた道程を見つける参考になるのではないかと考える。 

4.取組みの全体設計

1)アプローチの基底となる考え方

SOMPOグループでは、2021年にパーパスを策定し、その実現に向けてトランスフォーメーションを続けるという経営戦略とともに、会社と個人の2つのパーパスを中心に置き、それらを重ね合わせながら、人と組織を原動力に、事業活動を通じて価値提供をしていくという価値創造ストーリーを描いた(図表1)。 

図表1:会社のパーパスと個人のパーパスの重ね合わせ

 

SOMPOが目指す姿に向かうためには、ビジネスの変革とともに、社員一人ひとりの質的変化が必要であり、そのためには、「会社の中に自分の人生を置く」という考え方から「自分の人生の中に会社を置く」という考え方への価値観のパラダイムシフトが必要である。そして、社員一人ひとりが自分の想いや志を持ち、それに突き動かされ、組織のパーパスとのつながりを感じながら働く、これが価値創造ストーリーの意味するところである。

当社では、この個人の想いや志を「MYパーパス」と呼び、2021年頃からこれを起点としたパーパス浸透や人的資本の向上に取り組んでいる。MYパーパスとは、自分自身はどのような人間なのか、自分にとっての幸せとは何か、自分自身が人生において成し遂げたいことは何か、といった「人生の目的」あるいは「働く意義」を指し、一人ひとりがすでに自分の内側に持っているものである。SOMPOグループでは、社員一人ひとりが「WANT(内発的動機)」「MUST(社会的責務)」「CAN(保有能力)」の3つの観点で自分自身を振り返り、それらの重なる部分が自らを突き動かすもの=「志」として言語化することで、自分自身の人生やキャリアの指針、さらには原動力としている(図表2)。 

図表2:MYパーパスとは

 

一方で、MYパーパスを起点として変革のきっかけを作り、関連する数多くの施策や制度変更などを実施したとしても、それだけでパーパス経営や人的資本の向上の実装ができるほど簡単ではない。中長期の時間軸で継続的に取り組み、ビジネスと連動させて持続的な価値創造につなげることが必要であり、当初から次の点を意識して全体の設計を行った。

 

①MYパーパスを起点に、いかに人的資本を向上させ、ビジネスにおいて実際に価値を生み出していくのか、その具体的なストーリーと、実践につながる仕組みや枠組みを作る。

これらの取組みは、中長期の時間軸で将来的な財務価値につながるものである一方、短期的な財務への効果は見えにくい。取組み当初より、将来の財務につながる道筋を可視化したうえで、その進捗を定量的に示していく方針とする。

特にMYパーパスを起点にエンゲージメントを高めるまでのプロセスでは、変化のメカニズムを明らかにし、それに則した施策の検討、効果測定を行うPDCAを回す。

人的資本を原動力に中長期の視点でアウトカムを生み出し続けるにはイノベーションの力学が不可欠であり、その鍵となる、チャレンジの増加や高度な知識の蓄積と社内外を問わず知識の共有を生み出す仕組みや組織づくりを行う。

 

ここまで述べたパーパス実現に向けたストーリーを設計図に落とし込んだものが、図表3のインパクトパスである。インパクトパスでは、MYパーパスの追求や多様な働き方の推進に関わるアクションを起点として、組織内のエンゲージメント向上につながる変化(「内なる変化」)を生み、さらに行動(チャレンジ)の増加を促す変化(「表出する変化」)を経て、短期、中期、長期の視点で財務価値(アウトカム)、ひいてはパーパスの実現につながる一連の道筋を描いている。

 

図表3:インパクトパス

 

このインパクトパスで表すように、SOMPOは、MYパーパスを起点として人的資本の向上を促し、最終的にビジネスと連動させながら価値創造そしてパーパスの実現に結び付けるためのメカニズムを明らかにし、その進捗をトラッキングしながら、その歩みを進めていきたいと考えている。当然のことであるが、パーパスの浸透や人的資本の向上はそれ自体が最終的な目的ではなく、ビジネスを通じてステークホルダーに対する価値を創造するためのものである。インパクトパスによる人的資本の可視化や定量化の取組みを通じ、一つ一つの施策間のつながりの仮説を立てながら検証し、ビジネスにつながるまでのパスの上で価値を生み出すための再現性を高める基本となるセオリーを示すことで、その目的に資するよう活用していきたい。 

2)可視化、定量化に向けたさらなる体系化の取組み

このインパクトパスは現場のリアルにもとづき、イノベーションを生むためのSECIモデル[1] に整合する流れを実践して作り込んだものである。つまり、パス上のストーリーに合わせて、どんな価値が生まれるかの仮説を立てたうえで、施策を打ち、現場のデータを取って、分析をして仮説を検証しながら、一歩一歩前に進め、財務へのつながりを示してきた。なぜSOMPOがこのような体系化を行ったかというと、取組みを始めた当時に、我々が求めるような一人ひとりを起点とした価値創造モデルがなく、自分たちで試行錯誤する必要があったためである。

具体的には、ビジネスを通じた価値創出がまさに行われている現場にこそ解がある、ないし解を導くためのヒントがある、という考えを基本に据え、徹底的に現場を分析してメカニズムを突き止めていった。さまざまな機会を通して、パーパスドリブンな運営がされ、組織力が高まりチャレンジが生み出されている約150の現場の声をヒアリングやインタビューで集め、暗黙知を蓄積した。それらの分析をもとに実践知にし、エンゲージメントの向上に至るまでの組織に起こる変化のメカニズムを体系化している。さらに、業界や職種などビジネスによって差異が大きいチャレンジ以降に見られる具体的な変化については、社外の力も借りながら一定の型化まで行っている。図表4に上記を通じて作成した詳細なインパクトパスのイメージを示す。

 

図表4:インパクトパス(詳細版イメージ)

 

この取組みを通じて、エンゲージメントの向上につながる内なる変化には、「個人の変化」「関係性の変化」「組織の変化」の3つの要素があり、それらの要素が絡み合いながらエンゲージメントが上がり、個人および組織の力も増していくメカニズムがわかってきた。

そして、現場において、これらの3つの変化を起こしインパクトパス上の流れを再現できるように、先進事例にもとづいた取組みをグループ全体で展開し、それぞれの項目に沿った変化を促す施策を打ち出し、データを取りながら定量的にも検証して進めている。このような狙いを持って実施している施策の一覧は図表5の通りである(内なる変化以外の施策は末尾の図表10を参照)。

 

図表5:内なる変化を促す施策一覧(抜粋)

 

5.内なる変化を促す実際の取組み

本章では、内なる変化の3つの要素(「(1)個人の変化」「(2)関係性の変化」「(3)組織の変化」)に絞り、代表的な取組みについて、具体的に観測される変化と定量データについて論じる。 

1)個人の変化

個人の変化は、先述したMYパーパスの策定・深掘りなどを通じた内省や対話によって、一人ひとりの中で起こる変化である。この過程において、一人ひとりが、すでに自分自身の中にある、自分の大切にしているものや、自分らしさ、幸福感、やりがいなどを明らかにし、それを実感しながら働くことが、エンゲージメントの向上、そして内発的動機にもとづくチャレンジやイノベーションの創出の基盤になる。

グループ横断の取組みでは、全社員を対象としたMYパーパスの策定を支援する「MYパーパス導入研修」や、リーダー層を対象としたメンバーのMYパーパスの深堀りやそれにもとづく対話スキルを学習する「MYパーパス1 on 1研修」などを展開し、グループ社員がMYパーパスを作成し、それにもとづく対話を行うよう取り組んでいる。

これらの社員一人ひとりの深い内省を促すプロセスは、成人発達理論[2]でいう他者依存段階(慣習的段階)から自己主導段階への成長に似た変化を個人の中で生むことを目的としている。この段階に成長すると、自分なりの価値観や意思決定基準を明確に持つことができ、周りに流されない自分の意見の主張や目的に即した自律的な行動や学習が増えるといった効果がある(加藤2016, 252頁)。

こうした個人の変化がエンゲージメントの向上に寄与し得ることを、グループの社員を対象にしたエンゲージメント・サーベイのデータを継続的に分析することで定量的に確認している[3] 。図表6は、損保ジャパンにおける20247月に実施したエンゲージメント・サーベイの結果を課支社単位(n943)で分析した結果であるが、MYパーパスを言語化し、MYパーパスとSOMPOのパーパスとの重なりを認識している組織ほど、エンゲージメントが高い傾向にあり、MYパーパス関連の取組みが日々の業務に対する意欲を高める土台となっている、といえる。

 

図表6:個人の変化に関するデータ検証

 

2)関係性の変化

関係性の変化は、MYパーパスに向き合ったマネジメント層や職場のメンバーがMYパーパスの開示や、それにもとづく対話を行うことで生じる、社員間の関係性の変化である。「個人の変化」と「関係性の変化」は相互に作用する関係であり、他者との関わりの中でさまざまな視点を獲得し、相互に気付きを与え合うことで、双方の変化を加速させ、新たな価値を生み出す土壌を作る。

グループ横断で、各組織において上司と部下による「MYパーパスにもとづく対話(1 on 1)」や職場のメンバーでの「MYパーパスの開示」や「MYパーパス共有会」を促進しており、これらの取組みを進めている組織の紹介やベストプラクティスの共有などを行っている。

このようなMYパーパスにもとづく対話や共有は、社員間の相互理解を深め、多様な価値観や意見を認め合う関係を醸成することを目的としている。組織内で他者と関わることで、互いに刺激を与え成長し合うことに気付けると、価値観や意見を共有し合いながらのコミュニケーションを積極的に行ったり、相手を尊重する声かけ・意思決定が増えたりする効果がある。

こうした取組みを通じて、MYパーパスにもとづいた対話を行い、お互いの価値観を認め合うことは、多様性を高めエンゲージメントの向上に寄与する、と相関を分析することで定量的に確認している。例えば、MYパーパスにもとづく対話を実施し、お互いの価値観を認めている組織ほど、エンゲージメントが高い傾向を示している(図表7)(相関係数はそれぞれ0.640.84、分析の要件については個人の変化と同様n943)。

 

図表7:関係性の変化に関するデータ検証

 

3)組織の変化

組織の変化は、「個人の変化」「関係性の変化」を経て、チームでの価値創造に向けた意欲が高まり、それぞれが持っている知見(ナレッジ)の共有が増加するなど組織全体が活性化する変化である。こうした変化が起きる組織では、エンゲージメントが高まると同時に、挑戦の促進やそれに伴う失敗が許容される雰囲気が醸成され、結果として、チャレンジ意欲が創出され、イノベーションを生み出しやすくなる効果がある。

「個人」「関係性」「組織」の3つの変化は、必ずしもその順番で生じるものではなく、MYパーパスを起点に相互に関連し、循環しながら、組織としての成長を続けていく、これがパーパスドリブンな組織と考える。

グループ横断の取組みでは、このようなパーパスドリブンな組織を増やすことを企図して、その鍵となるマネジメント層の変革を促すさまざまな施策を展開している。例えば、「パーパスマネジメントワークショップ」では、パーパスマネジメントを実践している組織の先行事例の共有とマネジメント同士での議論を定期的に行っている。また、そのワークショップから組織変革に意欲的なマネジメント同士が所属の垣根を越えてつながり「パーパスマネジメントコミュニティ」を自発的に組成し、パーパスマネジメントの実践に向けて自身の経験や知識などの共有を行っている。こうした取組みを通じて、マネジメント層自身の変革を促し、これからのグループの変革をリードすることができる人材への成長につなげている。また、変革を主導する人材の育成に向けては、人事や評価などの制度面での担保も重要であるため、その環境整備も進めている。

一連の問題が顕在化した中であるが、このようなMYパーパスにもとづくマネジメントが組織のレジリエンスを高めていることも定量的に確認している[4] 。具体的には、MYパーパスにもとづく対話がされている組織では、2023年度と比較してエンゲージメントが維持される傾向があった。また、エンゲージメントが高い組織ではチャレンジ意欲の低下幅が小さい傾向もデータから読み取れた(図表8)。これらは、パーパスドリブンなマネジメントは、厳しい状況の中でも変化に向けて前向きに挑戦しようとする組織づくりにつながることの証左と考える(分析の要件については、個人の変化と同様、n943)。

 

図表8:組織の変化に関するデータ検証

 

4)その他のデータ検証による裏付け

補足として、前述の他に定量的な分析を通じて分かってきたことをまとめて書くと、次の4つのポイントが挙げられる(図表9)(分析の要件については、個人の変化と同様、n943)。 

図表9:その他のデータ検証の一覧[5]



「自分らしく働きたい」という実感が1 pt上昇すると、「多様な価値観を認め合う組織」の実感値が0.84 pt上昇する傾向にある

「多様な価値観を認め合う組織」の実感値が1 pt上昇すると、「エンゲージメントスコア」が0.63 pt上昇する傾向にある

「エンゲージメントスコア」が1 pt上昇すると、「チャレンジ意欲」が0.90 pt上昇する傾向にある

「エンゲージメントスコア」が1 pt上昇すると、「職場で価値創造に向けて社内外の環境について話し合うなど関心が向けられ、自身の業務やミッションとのつながり」の実感値が1.21 pt上昇する傾向にある

 

ここまで見てきたように、当初我々が全体設計で想定していた仮説と概ね同じ変化が確認され、整合するデータもついてきている。このようなインパクトパス上のストーリーを相関分析や回帰分析でつないでいくことで、我々は因果関係があることを見出せるのではないかと考えており、具体的な取組みや組織で観測される変化の実例、関連する統計分析の結果などを現場から集めて社内外に発信している。 

6.おわりに(人的資本の取組みをパーパスの実現につなげるために必要なこと)

SOMPOグループはMYパーパスを起点として人的資本を向上させることで、パーパスの実現を図る取組みを行ってきた。ここまで述べたように、これらの取組みが3つの変化を起こしエンゲージメント向上につながることを確認し、一部では狙い通りの変化も起きてきている。しかし、これまで数年間の取組みを続けてきたが十分ではなく、現に、2023年度から一連の問題も顕在化しており、道半ばであることが露呈し、これらを組織のカルチャーとして定着させ、実際の価値創造にまでつなげていくことは容易ではないことを痛感した。これからは、パーパス浸透や人的資本の取組みを、現在の延長線上ではなく、本当にSOMPOが生まれ変わるための取組みに昇華させる必要がある。

そのためには、ビジネスとの連動が欠かせないが、ここが最も難しく障壁が高いと実感している。つまり、パーパスの浸透やエンゲージメントの向上といった、我々のインパクトパスでいう左側の取組みだけでは会社は変わらず、ビジネスモデルの変革と企業文化の変革をセットで同時に進行し、やり遂げることが必要である。目指すべき姿に向かって、どのように価値を創造していくのかを見据え、企業文化とビジネスモデルの変革を統合していかに取り組んでいくのか、これが、今後のパーパス経営および人的資本向上の取組みの鍵となるのだと思う。我々もMYパーパスを起点に個人のトランスフォーメーション(質的な変化)を促しつつ、SOMPOが目指す姿に全員で向き合いながら、グループの文化・ビジネス両面でのトランスフォーメーションの実現に向けて、歩みを進めていきたい。 

図表10:内なる変化以外の施策

 

【参考文献】

BSI2022),PAS808Purpose-driven organizations-Worldviews, principles and behaviours for delivering sustainability-Guide, https://www.bsigroup.com/en-IN/Standards-and-Publications/pas-808/2024926日)

Business Roundtable2019),“Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote‘An Economy That Serves All Americansʼ ”
https://www.businessroundtable.org/business-roundtable-redefines-the-purpose-of-a-corporation-to-promote-an-economy-that-serves-all-americans2024926日)

European Commision, “Corporate sustainability reporting”
https://finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en#review 2024821日)

SEC2023),“Draft Recommendation of the SEC Investor Advisory Committeeʼs Investor-as-Owner Subcommittee regarding Human Capital Management Disclosure”
https://www.sec.gov/files/20230914-draft-recommendation-regarding-hcm.pdf2024926日)

BSIジャパン(2023)「BSIグループ(英国規格協会)、パーパス・ドリブンな組織に関する世界初の規格『PAS 808』を発表【参考資料】」
https://www.bsigroup.com/globalassets/localfiles/ja-jp/pressrelease/2023/02_-pas-808/bsipas-808.pdf?force_isolation=true2024926日)

JBpress2023)「失敗だらけの『パーパス経営』、社畜の心も離れトップダウンにしらけムード」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/77500

加藤洋平(2016)『なぜ部下とうまくいかないのか――組織も人も変わることができる!「自他変革」の発達心理学』日本能率協会マネジメントセンター

キーガン・ロバート、リサ・ラスコウ・レイヒー(2013)『なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践』池村千秋訳,英治出版

経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf2024926日)

経済産業省(2022a)「伊藤レポート3.0SX版伊藤レポート)サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)報告書」
https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220831004/20220831004-a.pdf2024926日)

経済産業省(2022b)「人的資本経営に関する調査 集計結果」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/survey_summary.pdf2024926日)

経済産業省(2022c)「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf2024926日)

内閣官房(2022)「人的資本可視化指針」
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf2024926日)

名和高司(2021)『パーパス経営30年先の視点から現在を捉える』東洋経済新報社

野中郁次郎、竹内弘高(2020a)『知識創造企業(新装版)』梅本勝博訳,東洋経済新報社

野中郁次郎、竹内弘高(2020b)『ワイズカンパニー――知識創造から知識実践への新しいモデル』黒輪篤嗣訳,東洋経済新報社


[1] SECIモデルとは、野中郁次郎氏と竹内弘高氏が提唱している知識創造のプロセスである。同モデルでは、組織において知識・情報といったナレッジ(形式知および暗黙知)をマネジメントする過程で、「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」のプロセスを繰り返しながら、知識を相互作用させることでイノベーションを創出する理論を述べている(野中、竹内2020a,野中、竹内2020b)。

[2] 成人発達理論は、個人レベルおよび組織レベルの双方で学習と内省を繰り返すことで、変革を達成することを目的とし、そのために不可欠な大人の知性の発達プロセスを示しながら、リーダーシップおよび能力開発(成長)の理論と実践方法を体系的に整理している(キーガン、レイヒー2013)。

[3] 本論考のデータ分析については、SOMPOインスティチュート・プラス社の藤沢美穂氏にご協力いただいている。

[4] 本分析では、対象となる組織を抽出(上位25%および下位25%)し、該当設問における昨年と今年のスコアの平均値の差分についてウェルチのt検定を用いて統計的に有意な差があることを検証した(有意水準5%)。

[5] 本分析では、単回帰分析を行い、変数間の関連性について統計的に有意であることを確認している(有意水準5%)。回帰係数とは、ある結果を予測するための要因が「1」変化した場合に結果がどれくらい変動するかという「結果に与える影響度(感応度)」を表している。



『CSR白書2024 ――パーパス実現に向けた人的資本の可視化と定量化』
(東京財団政策研究所、2024)pp. 113-128より転載

*CSR白書2024の詳細は こちら

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