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光成美紀
一般社団法人土地再生推進協会代表理事
はじめに
空き家・空き地とともに、所有者や管理者が不明な土地資産、いわゆる所有者不明土地が増加している。少子高齢化、核家族化、都市化の進行、そして相続や事業継承時の未登記など、その理由は多岐にわたるであろうが、増加する自然災害やインフラの老朽化等、個別の土地建物にとどまらず、地域の経済・環境・インフラの維持管理にも影響を与える要因となりうる。
筆者は、過去20年にわたり国内外の産業跡地の再生にかかわる環境問題を研究テーマにしてきた。その中で、現在、所有者不明土地の受け皿として検討されている米国のランドバンクをはじめ、森林や土地の保全・再生を担う仕組みや法政策、組織、企業の取り組みを学んだ。
空き家や産業跡地の増加は、日本だけでなく多くの国に共通する課題である。
米国には空き地や荒廃地、産業跡地の再生について政策的支援も厚く、多様な組織による取り組みがある。本稿では、所有者不明土地の受け皿として検討が進んでいるランドバンクをはじめとする米国の空き家の受け皿組織とその取り組みを紹介したい。
ランドバンク
ランドバンクは、空き家や所有者・管理者が不明な土地建物を取得・管理する受け皿として設立される公的組織である。もともと1970年代に設立され、その後ミシガン州、オハイオ州などで発展した。さらに、2008年のリーマン・ショックによる金融危機後、空き家の増加により新たな設立の動きは急速に進み、2010年以降、ニューヨーク州、ペンシルベニア州、オレゴン州などに広がっている。ランドバンクは、市や郡(county)など地域行政単位で設立されるものが多いため、現在、全米で150以上が設立されている。
ランドバンクが、どのような空き家や空き地を引き受けるか、その手続きや処分の方法、要件などはそれぞれの州法で規定されているが、連邦政府の住宅都市開発省(Department of Housing and Urban Development, HUD)でランドバンクの設立マニュアルや各種ひな形を発行していることもあり、各地のランドバンクには共通項も多い。
具体的には、固定資産税等の滞納が一定期間ある空き家等について、専門家等から構成される委員会等が空き家認定をし、ランドバンクが引き受ける。そこで、物件の状態をはじめ、地域の不動産市況や周辺地域の状況を踏まえて物件を整備し、処分するか、あるいは緑地化するかなどが決定される。
多くの物件には、老朽化した建物や草木、廃棄物などもあり、その整備解体撤去に費用がかかる。ランドバンクで引き取り、整備した土地や住宅を売却・賃貸することによって得られる収入はランドバンクの事業収入となる。とはいうものの、実際にこれらの事業収入だけで安定的な運営をすることは容易ではない。このため、州予算や連邦政府の基金等から一定の財政支援が行われている。
空き地を利用した街の緑化とグリーンインフラ整備
こうした建物の撤去を含めた空き家・空き地の整備を、個別不動産の問題としてではなく、街全体の不動産管理として実施すると共に、長期的な緑地化やインフラ整備に活かす取り組みが注目されている。
米国東部のフィラデルフィア市では、空き地を緑地化するランドケア・プログラム(LandCare Program)を実施し、“クリーン&グリーン”をコンセプトに街の再活性化と緑地化を推進。2013年にはランドバンクとも連携し、空き地(ロット)のデータベースを活用して、市内の雨水インフラを整備している。ランドケア・プログラムでは、2000年以降、1万2,000ロット(合計140ヘクタール)の土地を清掃・緑地化等しているが、市の水管理部門、公有不動産再開発部門、ランドバンク等と連携して、取得した空き地の地下に緑地化を活用したグリーンインフラを整備している。具体的には、空き地地下の雨水管をつなげて雨水処理整備区域を拡大することで合流式の下水管への流入量を低減させ、下水処理の負担軽減と水質改善を実現している。
この仕組みにより、これまで達成できなかった排水基準を達成できるうえ、従来の工事費の約3分の1にあたる56億ドル(約6,000億円)の予算削減につながる見込みであるという。市内の下水環境を低コストで改善した実績は連邦環境保護庁からも優れたグリーンインフラとして認められ、現在、フィラデルフィア市と協定を締結して設計技術や普及に取り組んでおりクリーブランド市やデトロイト市などの他の都市にも同様の取り組みが広がっているという。
産業跡地再生基金・企業
産業跡地を受け入れているランドバンクもある。西部オレゴン州には、2016年にガソリンスタンドやクリーニング工場などの産業跡地を受け入れるランドバンクが設立された。また、産業跡地向けの連邦政府基金もある。例えば、大手自動車メーカーゼネラル・モーターズ(GM)が2009年に経営破綻して一時的に国有化された際、中西部に所在する約60カ所の工場跡地を整備し、再開発等を監督する連邦政府基金が設立され、現在も土地の再生・再開発が進められている。
産業跡地は、一般の住宅地や森林等と違い、工場操業時に使用された有害物質等による汚染の問題がある場合が多く、その再生には多額の費用と時間がかかる。そのうえ、米国には土壌汚染対策に関する責任を過去の所有者や事業者にも課す厳格な法制度があるため、売買や開発が進まず、また、浄化責任者が見つからずに放置されるケースもある。
産業跡地を放置することは、空き家以上に、地域の環境や治安悪化の懸念を生じさせることから、公的に土地再生を支援する取り組みが1990年代から実施されている。トランプ政権では、これらの産業跡地もインフラ投資の対象の一部とし、今年3月の法改正では自治体等が保有する場合の免責規定を追加した。今後、産業跡地やウォーターフロントの再生も進められることが期待されている。
非営利団体
森林や湿地、水域等を中心に土地とその自然資源を保有管理する大規模な非営利団体(NPO)もある。環境関連の科学者(エコロジスト)が自然環境と生態系を保全することを目的に設立したザ・ネーチャー・コンサーバンシー(The Nature Conservancy, TNC)は、総資産約70億ドル(約7,700億円)の世界最大規模のNPOである。年間8億ドル(約900億円)の予算で、全米をはじめ世界70カ国以上で土地および自然環境等の保全活動を行っている。これらの土地や森林の多くは、個人や財団から寄贈されたものだ。TNCは生態系管理の専門家のノウハウと潤沢な資金によって、維持管理されない自然資源を土地ごと保全する受け皿組織となっているのである。
おわりに
米国と日本では、法制度や寄付税制等、社会的また法制度上の相違点もあるが、空き家や空き地、産業跡地の増加、森林等の管理の必要性等、共通点も少なくない。本稿で紹介した米国のランドバンクやNPO等以外にも、土地収用法を改訂して州が空き家物件を保全団体等に処分する手続きを法制化しているケースがあり、また、裁判所による法的手続きを経て、地方自治体や指定するNPO等が空き家を管理する手続きを法制化している州もあるなど多様な取り組みが行われている。また、地理情報システム(GIS)などのITの活用や保険によるリスク管理等の手法も進んでいる。一方、こうした有用な受け皿の枠組みにおいても地域の特性や運営方法の相違もあり、課題もあるようだ。今後、国内における所有者不明土地の受け皿組織の検討においては、米国をはじめ各国の取り組みが参考となる部分もあるであろう。
国内においても、長期的な国土と自然環境の保全、そして各地域の安全で持続的な維持管理が可能な街づくりのために、有用な受け皿ができることを期待したい。
図 米国の空き家等の受け皿組織(ランドバンク等)の概要(イメージ)
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出所:各種資料より筆者作成
参考文献
- Alan Mallach,“The Empty House Next Door,” Lincoln Institute of Land Policy , 2018.
- フィラデルフィア市の水管理部門(Philadelphia Water Department)のウェブサイト, https://www.phila.gov/departments/water-department/
- Our World, Our Story, 2017Annual Report , The Nature Conservancy, 2018, https://www.nature.org/media/annualreport/2017-annual-report.pdf
- 各地ランドバンクのウェブサイト等
光成美紀(みつなり みき)
株式会社FINEV(ファインブ)代表取締役、一般社団法人土地再生推進協会代表理事。慶應義塾大学経済学部卒業、米ペンシルベニア大学大学院環境学修了(修士)。大手不動産会社、大手金融グループシンクタンク勤務後、株式会社FINEV設立。経済産業省産業構造審議会環境問題小委員会臨時委員のほか、一般社団法人、公益財団法人、民間企業の役員等を兼任。著作に『実務Q&A資産除去債務と環境債務』(共著書)、「 海外における汚染地再生による経済活性化の紹介――我が国の汚染地の有効利用促進に向けて 」(『不動産証券化ジャーナル』2016年9-10月号)など。産業跡地、土壌汚染、海外環境規制関連の執筆、講演等多数実施。国内外の環境・労働安全防災の遵法支援等を行う。
関連寄稿「 トランプ政権の重要鉱物政策 」
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