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なぜ、土地所有者不明問題は日本で顕在化するのか――人口論と国際比較からみえてくるもの

July 23, 2018

飯國芳明
高知大学人文社会科学部教授

1. はじめに

日本の中山間地域では1990年代初頭から土地所有者不明問題の兆候が観察されるようになった。それは、当初、森林を中心にした土地境界がわからなくなったり、域外の土地所有権者が増加する形で現れた。しかし、今世紀になると、地域を支えてきた昭和一桁生まれ世代の人口の急速な減少が始まる。域内外の人的なネットワークは切れ切れになり、土地所有者との連絡が格段にむずかしくなっている。頼みの綱となる登記簿は相続登記が土地収益の低さから遅々として進んでおらず、土地所有者不明問題は中山間地域で広範にしかも急速に拡大し続けている。一連の問題は、大野晃高知大学名誉教授が限界集落問題と呼んだ集落の人口減少や高齢化さらには消滅の危機と表裏を一にしながら展開してきた。

これらの問題の発現は、経済発展が進む中では必然的な帰結と映るかもしれない。しかし、経済発展が大きく先行した西ヨーロッパ諸国のいわゆる条件不利地域で、集落の消滅や所有者不明問題がこれほど深刻化し、その対策が急がれたという話は聞かない。日本に続いて、急速な経済発展を遂げてきた東・東南アジア諸国でも同様である。

では、いまなぜ日本でこれほどまでに問題が顕在化しているのであろうか。諸外国との比較の中から、日本の土地所有者不明問題の起源や特徴を明らかにすることは、その対策を具体化する上でも重要な作業であろう。

そこで、以下では、土地所有者不明問題の比較作業を進めてみたい。その際、この問題の原因は土地の所有権者がこれを利用・管理するインセンティブを持たないことにあると捉える。利用・管理のインセンティブがないからこそ、その土地の正当な権利者が自分であることを第三者に知らせる仕組み(登記制度など)の利用が進まず所有者が不明となるとの理解である。また、インセンティブの大小は土地の価値に大きく規定され、その価値はそれを利用する人の数(地域の人口)や経済状況に左右される。その意味で、人口と経済の動向を射程に置く人口論は、この問題を整理するのに適したツールであり、見通しのよい分析枠組みを与えてくれる。

2. 人口動態を捉える3つの人口論

人口の動態を整理する手法としては人口転換論がよく知られている。ここでは、これに人口ボーナス論、人口オーナス論を加えて分析の枠組みとする。分析に入る前にこれらの人口論を要約しておこう。

まず、3つの人口論うち人口転換論は他の2つの基礎をなす。多産多死から少産少死へと移る過程を定式化した人口学の古典的なモデルである。この議論は第二次世界大戦前後に途上国の人口が爆発して世界の資源を枯渇させるのではないかという懸念から生まれている。説明には図1で示されるタイプの人口推移図がしばしば用いられてきた。

図1 人口転換期、人口ボーナス期および人口オーナス期

出所)シェネ(1992) [1] およびブルームほか(1998) [2] を参考に筆者作成。

近代化が始まる前の社会では、出生率、死亡率とも高い水準にあった(図1の左端の状況)。多産多死の社会である。近代化が始まるとまず死亡率が低下する。死亡率が低下する要因には、医療の発達や公衆衛生の普及および生活や栄養水準の向上などがある。この段階では死亡率だけが先行して低下するため、人口の自然増加率(出生率-死亡率)は急速に増加する。

続く局面は、出生率の低下によって始まる。死亡率の低下は家族や社会の維持のために高い出生率を維持する必要がなくなり、やがては出生率が低下する。避妊が普及し、都市化や個人主義が広まるにつれて農村で形成された伝統的な避妊へのタブーから解放される過程でもある。出生率と死亡率の減少率が同じ水準になると人口の自然増加率はピークを迎えて、その後は出生率の低下が死亡率のそれを上回り、自然増加率は低下する。出生率と死亡率の差が人口転換の開始時と同じ水準に達すると、人口転換は終わる。人口転換論では、この転換期に人口が劇的に増大し、世界は資源の争奪で不安定になると予測されたのである。

人口ボーナス論は戦後の東アジアの驚異的な経済発展を説明するために生まれた。この議論は人口転換論の上に展開されている。再び図1をご覧いただきたい。自然増加率がピークを過ぎ、人口増加が減速する局面では、死亡率がボトムに近づく一方で、出生率が急速に低下している。このとき、人口ボーナスの種が生まれる。すなわち、出生率が急減する前に生まれた年代が生産年齢に達する頃には、出生率が大きく低下しており、子供の数が激減する。このため、扶養すべき子供の数は減り、他方で生産に従事できる人口(生産年齢人口[15歳以上で65歳未満の人口])が増大する。図1で言えば、生産年齢人口比率が上昇し、大量の労働を市場に投入できる状況が発生する。デービッド・ブルーム ハーバード大学教授らはこの労働力の増大こそが東アジアの経済成長を支えたことを実証した [3]

人口オーナス論は人口ボーナス論を引き継ぐ議論である。もっぱら、日本を中心とする東アジアで盛んに議論されてきた。オーナスとは重荷を意味する。人口ボーナスに増大した生産年齢人口が高齢化とともに、出生率の低下が生産年齢人口比率を低下させ、経済成長の停滞と社会福祉負担の増大をもたらす。これがオーナス(重荷)の中身である。

なお、ここではブルームらに従って、生産年齢人口比率が上昇する局面を人口ボーナス期とする。したがって、その低下局面が人口オーナス期である。

3. キャッチアップ型経済が生み出した土地所有者不明問題

言うまでもなく、上に述べた3つの人口論は地域を問わない一般論である。

そこで、指数の変化が社会経済に直接的にインパクトを与える生産年齢人口比率に着目して、イギリス、日本そして東アジアの3カ国の動態を比較してみた。図2がそれである。ここで生産年齢人口指標とは、依存人口(14歳以下人口+65歳以上人口)に対する生産年齢人口の比率である。この指標と図1でみた生産年齢人口比率の変化は同じ動きをしており、人口ボーナスとオーナスの転換時点を判断できる。また、この指標は一人の依存人口について何人の生産年齢人口がいるかを示しており、解釈もしやすい。

図2 生産年齢人口指標の推移

出所)1950年までのイギリスと日本のデータは、フローラ(1987) [4] および総務省統計局 「日本の長期統計系列」 [5] による。それ以降のデータは、United Nations(2015) [6] による。

日本では戦後5年間に生まれた団塊世代が人口ボーナスを生み出す母体となった。また、ジュニア世代と合わせて生産年齢人口指数を押し上げ、指数が2以上(1人の依存人口に対して生産労働人口が2人以上)の状態が40年も続いている。これに対して、イギリスの場合、出生率や死亡率の動態から見る限り、第二次世界大戦前に人口ボーナス期を迎えている可能性が高い。それは大戦間にあり、しかも、指数が2を超える人口ボーナスが発現する期間はたかだか20年余りである。

日本の人口ボーナスはイギリスのそれより明らかに規模が大きく、長期にわたって発現している。両者を分けているものはおそらく経済発展の経路であろう。イギリスの場合、産業革命以来、自ら技術を開発しながら時間をかけて経済を発展させてきた経緯がある。しかし、日本の場合、欧米の技術を移転する形で経済発展を遂げてきた。いわゆるキャッチアップ型の経済発展である。このタイプの経済発展では短期間で急激な発展が可能となる。急速な発展は、短期間に医療技術や価値観の変化を促して、高い水準の出生率を一気に低下させる。これによって、大きな人口ボーナスが生まれるのである。

キャッチアップ型の経済は、また、都市と農村間の不均等な経済発展を生みやすい。キャッチアップのための技術移転は工業では容易に進むものの、第一次産業ではむずかしい。これは、自然条件に加えて、土地や水資源に関わる制度が国によって異なるからである。移転された技術で都市での発展が農村のそれを上回れば、人口は都市に吸収され、農村では人口減少と経済の停滞に悩まされる。欧州でも都市への人口移動は発生している。しかし、その発展経路ゆえに、日本の人口移動は欧州をはるかに上回るペースで進み、農村の土地の価値を大きく引き下げてきた。その後、経済成長期に地域に残った人口(昭和一桁生まれ世代)の多くが他界するようになると、所有者不明土地問題は相続未登記の形をとって広い範囲で発生している。

また、大きな 人口ボーナス は大きな 人口オーナス を生む。1995年頃に人口オーナス期に入った日本では大きな人口ボーナスの代償として少子高齢化と経済の衰退が進む。地方都市ではこの傾向が顕著で、いまや所有者不明土地問題は全国各地でみられる問題となっている。

こうしてみると日本のキャッチアップ型の経済発展が人口転換の中で生み出した大きな人口ボーナスとその都市集積こそが日本の土地所有者不明問題を作り出してきたといえそうである。

4. 土地所有者の不明化が進展しない東・東南アジア諸国

それでは、アジア諸国で所有者不明問題の現状はどのようになっているのだろうか。

図2にみるように台湾、韓国そして中国では日本を上回る水準の人口ボーナスが発生している。いずれの国でも、生産年齢人口指数は3に迫る勢いであり、指数の増加も著しい。土地所有者不明問題の予兆は、いずれの国で観察されてもおかしくはない。しかし、筆者らのフィールド調査(台湾・韓国)では、土地所有者不明問題は今後も起こりえないという意見が大半を占めた。

否定的な意見の背景には、もちろん人口オーナスへの転換時期の違いがある。日本は1995年頃に人口ボーナスから人口オーナスへの転換点を迎えている。これに対して、調査対象国の中でこの転換時期が早い台湾や韓国においても、その転換時期は2015年頃である。土地所有者不明問題を実感するには早すぎるかもしれない。

しかし、東・東南アジア各国の調査からは、転換時期の相違以外にも問題を抑制するさまざまな要因が確認された。『土地所有権の空洞化』 [7] を執筆した共同研究者との研究成果を基にまとめれば次のようになる。

第1の要因は遠隔地に居住する少数民族の存在である。これは台湾で観察された。台湾の山間地の住民の多くは、漢民族が定住する前から居住してきた原住民である。台湾では、原住民と漢民族の統合が必ずしも十分に進んでいないことから、都市部の労働市場への原住民の参入は制限されたままである。このため、多くの原住民は青年期に都市部で一旦は労働者となった後、出身地に還流する傾向が強く、日本の中山間地域でみられるような大量の人口流出は引き起こされていない。

第2の要因は、土地への意識の違いである。韓国のフィールド調査での高齢者へのヒアリングでは、自分が利用しなくなった土地は売るか貸すという回答が数多く聞かれた。これは日本の農村でみられる土地は家の財産(家財)であるといった意識からは考えにくい行動である。土地継承へのこだわりの少ない韓国文化は土地取引の流動性を生み、土地の価値を下げにくくしている。

第3の要因は、逆都市化と呼ばれる人口の動きである。これも韓国で観察された。2010年の都市から農村への人口移動は93万人であるのに対し、農村から都市への移動は83万人であった。農村地域への純流入は10万人に達しており、逆都市化により農村人口の減少に歯止めがかかりつつある。この傾向は現在も続いている。

第4の要因は、海外労働力の受け入れである。これはマレーシアのボルネオ島サラワク州で観察された。サラワク州では、木材の伐採作業が盛んな時期から、多数のインドネシア人が合法・非合法滞在者の形で雇用されてきた。経済発展が進んでいるにもかかわらず、この外国人労働力によって森林伐採やアブラヤシプランテーションが維持され、土地の価値は下がっていない。

最後の要因はフィリピンで観察された。人口構成からみればすでに人口ボーナス期にありながら、フィリピンの経済は加速せず停滞している。地方の人口も地方で循環と滞留を繰り返しており、土地の価値が低下する兆候はみられない。

5. モンスーン・アジア的な特質と社会関係資本

以上の比較分析からは、日本の土地所有者不明問題が世界に類例をみないほど広範囲で、しかも、深刻な形で立ち現れている様子がみえてきた。原因は、キャッチアップ型の経済発展により、問題が発生する基層が形づくられたばかりか、その問題を押しとどめる要因が揃っていないことにある。

問題の厳しさから、解決策は単一ではなく、多く手法を積み重ねて作り上げる必要がある。

そうした手法の一つに住民と域外に居住する親戚・家族のネットワークの強化をあげることができる。これは制度的な議論が先行する中で、やや置き去りにされてきた論点である。

多くの地域がモンスーン・アジアに位置する日本では、高温多雨の環境下で植物の生長が促される。このため、自然は人間に豊な食料を供給し、人口密度の高い社会の形成を可能にしてきた。言い換えれば、それぞれの家族は比較的小さな土地で生活ができたのである。しかし、経済発展と技術革新が進むと、これまで家族が所有してきた土地だけでは農林業からは十分な所得を上げることができなくなる。そこで、土地を集積して、一定の規模の土地を確保する必要が出てくる。この作業は土地集積あるいは団地化と呼ばれている。

土地集積が進めば、登記のインセンティブは確保できる。しかし、そもそも土地集積を進めるには土地の所有者を知る必要があるというやや矛盾した状況がそこには発生する。

これまでは、冒頭に述べたように昭和一桁生まれ世代が中心となり地域内外の人的なネットワークで土地所有者を見つけた上で、土地集積のための合意形成を図ってきた。しかし、2015年を過ぎるとこの世代がすべて80歳を越え、ネットワークの維持が難しくなってきている。

こうした中で、高知県のある山村集落では、実質的な住民数が2名にまで減少した状況で、集落内の大半の山の施業を森林組合に委託することに成功した。森林組合はタワーヤーダーなどの最新設備を導入して、所有者へ利益還元を実現している。2名と域外の旧住民の関係は年に1度の運動会で維持されてきたという。ネットワークの一部は森林組合に引き継がれたのである。

この事例はこれまで培われてきた地域内外の信頼のネットネットワーク、すなわち、社会関係資本(social capital)をいかにして維持し、継承していくかという問題をわれわれに投げかけている。

 

[1] Chesnais, J.C. (1992), The Demographic Transition , Oxford University Press.

[2] Bloom, D. E. and J. G. Williamson (1998), “Demographic Transitions and Economic Miracles in Emerging Asia,” The World Bank Economic Review , 12(3), pp.419-455.

[3] 前掲書。

[4] ペーター・フローラ(1987)『国家・経済・社会――ヨーロッパ歴史統計1815-1975(下巻)』原書房。

[5] 総務省統計局『 日本の長期統計系列 』。

[6] United Nations DESA/Population Division, World Population Prospects 2015 .

[7] 飯國芳明・程 明修・金 泰坤・松本充郎編著(2018)『 土地所有権の空洞化――東アジアからの人口論的展望 』ナカニシヤ出版。

 

飯國芳明 (いいぐに よしあき)

1958年島根県生まれ。1981年島根大学農学部卒業、1986年京都大学大学院農学研究科指導認定修得退学、博士(農学)。専攻は農業経済学。1986年石川県農業短期大学助手、1988年高知大学農学部講師、1998年高知大学人文学部教授を経て2016年より現職。この問題に関連する著書・論文として、飯國芳明・程 明修・金 泰坤・松本充郎編著『土地所有権の空洞化 東アジアからの人口論的展望 』(ナカニシヤ出版、2018年)、「中山間地域における土地所有権の空洞化と所有情報の構造」『農林業問題研究』2014 年 50 巻 1 号、「ポスト人口転換期の条件不利地域問題 -東アジアの基本構図-」『高知論叢』2018年 社会科学 第114号 がある。

 

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