2月28日、上村敏之 関西学院大学経済学部教授より「『公的年金と財源の経済学』の公的年金論」と題する報告を受け,その後メンバーで議論を行った。
1. 政治哲学からみた公的年金
通常の新古典派経済学はもとより、政治哲学におけるリバタリアニズムや個人主義における「市場と政府の二元論」は、公的年金のあり方を説明するには単純すぎる。自らを規制することで社会が成立し、市場も発達するという点をみれば、市場と政府は切り離すことはできない。公的年金も、社会の安定化を目的としたものとして考えることができ、したがって社会契約論の考え方によってその誕生を説明できるのではないか。
2. 公的年金の誕生-積立方式と賦課方式
無政府状態を想定する。この状態でも、高齢者の無所得の問題は無くならないので、多数の私的年金協会が設立され(中世のギルドは、私的年金の機能も持っていた)、合併と統合を繰り返す。しかし、低所得者など自発的な未加入者のリスクに対応するために、政府が税を財源に生活保護サービスを提供するようになると、個人が保険料を払うインセンティブは損なわれ、私的年金協会は破綻する。結局、政府が関わることで、拠出に強制力を発揮させる積立方式の公的年金制度が誕生することになる。これがノージックの考えに沿った積立方式の年金の誕生であるが、誕生時点での生活困窮高齢者のため、財源は強制的な保険料の他に租税が充てられる。
賦課方式の公的年金という「世代間扶養」の誕生については、まず、ロールズの「原初状態」における「無知のヴェール」を想定する。これは契約当事者が自らに関する情報(年齢・性別・職業etc… )を剥奪された状態である。この状態で、「原初状態」以後の社会制度を検討すると、年金成立時に生活困窮高齢者になる可能性のある各契約当事者は、その対応として、利己的に世代間扶養=賦課方式を設計することになる。重要なのは、無知のヴェール状態の議論においては世代間の対立は無く、賦課方式の選択によって当事者全員の厚生が高まっている点である。
3. 年金改革の議論のあり方
実際の公的年金に世代間で不公平があることは事実である。しかし、公的年金の目的の一つが社会統合であることを考慮すれば、世代間の不公平の是正を強調することで、社会の分断をもたらすのは望ましくない。議論の方向性として、すべての利害関係者が負担を分かち合うような社会契約的な改革を模索すべきではないか。具体的には、社会保険料方式を維持した上で、消費税や年金課税の強化による国庫負担部分の増加や、支給開始年齢の引き上げなどによる年金給付の削減が考えられる。また、超党派による社会保障会議を常設で設置し、5年ごとに社会契約として社会保障制度を検討することが必要であろう。
4. 議論
・超党派による社会保障会議といっても、各議員は無知のヴェールのために党の利害を捨てることができるか。また、このような社会保障会議で長期的な視野の議論が可能か。
・社会保険料方式について。月に5万程度を給付するために、40年もの期間にわたって個人の拠出履歴をとることが、果たしてコストに見合っているか。高齢化・非正規雇用の増大の現状において、保険料を払ったひとだけが給付を受ける社会保険料方式の維持に意味があるか。
→税方式へ変更するとしても、大きなコストが発生する。拠出履歴は緩やかな貯蓄として考えるべき。
・世代間の不公平の是正を前面に出さずして改革を迫れるか。
→世代間の不公平は完全に無くすことは出来ず、ある程度前提とせざるを得ない。この解消を迫るやり方では、社会が分断せざるを得ない。