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日本の農政を斬る! 第1回「日本のWTO交渉方針は国益に沿っているのか?」

July 24, 2008

山下一仁 東京財団上席研究員

WTO交渉の構図

途上国が先進国の農産物関税の引き下げやアメリカの農業補助金の削減、先進国が途上国の工業製品の関税引き下げを求めているのが、交渉の大きな構図である。農業分野では、わが国は関税の引き下げに抵抗し、その例外品目の拡大を要求している。

WTO交渉への対応は各国の農業政策を反映している。次の表は各国の政策比較である。アメリカもEUも直接支払いによって農家所得を維持するという政策を採っているのに対し、日本は高い関税に裏付けられた高い価格で農業を保護している。したがって、関税引き下げに抵抗せざるをえない。


2003年アメリカ、EUは一定以上の関税は認めないという上限関税率に合意した。今では日本を除いて主要国のほとんどが100%の上限関税率を受け入れている。

既に、高い関税の品目には高い削減率を課すという方式が合意されている。高関税品目が多い日本はできる限り多くの品目についてこの例外扱いを求めている。しかし、原則に対し例外を要求すれば、代償として低税率の関税割当数量の拡大が求められる。これがWTOの交渉ルールである。ウルグァイ・ラウンド交渉では、コメについて関税化の例外を得る代償として、関税化すれば消費量の5%ですむ関税割当量(ミニマムアクセス)を年々拡大して8%とすることを日本は受け入れた。しかし、関税割当量の拡大による農業の縮小を回避するため、1999年に関税化に移行し、現在では7.2%の関税割当量にとどめている。

農業交渉議長案の内容

議長案では、75%以上の関税については66~73%の削減が必要とされる。778%のコメの関税は210~265%まで引き下がるということになる。(なお、以下、幅で示されている数字は、この範囲内で交渉が行われ具体的な数字が決定されるよう議長が示したものである。)

これには「重要品目」について例外も認められるが、それは全関税品目数の4~6%に限定される。日本の全関税品目数は1,332で4~6%とは53~80である。しかし、75%以上の関税の対象品目は、コメ、小麦、大麦、乳製品、砂糖、でんぷんなど134品目、それ以外の重要品目である牛肉(26)を含めると、160品目、全関税品目数の12%となってしまう。したがって、日本政府は「重要品目」の大幅な拡充を要求している。

しかしながら、ウルグァイ・ラウンド交渉の際のコメと同様、例外扱いの代償として関税割当量の拡大が要求される。原則として求められる関税削減率(上記では66~73%)の2/3の削減率のときは消費量の3~5%、1/2の削減率のときは消費量の3.5~5.5%、1/3の削減率のときは消費量の4~6%の関税割当量を新たに設定しなければならなくなる。

それだけではない。日本政府は議長案に上限関税率の記述がないことを交渉の成果としている。しかし、議長案は100%を超える関税品目が全関税品目数の4%を超える結果となれば、関税削減の例外としたすべての「重要品目」についてさらに消費量の0.5%の関税割当量を追加すると規定している。上限関税率回避の代償はすでに盛り込まれている。

日本が関税について1/3の削減率を適用するとコメの関税率は589~609%となるが、現在の77万トンの関税割当量に加え、消費量9百万トンの4.5~6.5%に当たる41~59万トンの関税割当量を設定しなければならないということである。関税割当量118~136万トンは国内消費量の13~15%に達し、(これを国内で処分すれば)過剰でコメ500万トンに相当する水田の4割の面積を減反しているにもかかわらず、コメの自給率は85~87%に低下する。1999年のコメの関税化への移行は7.2%から8%への0.8%の関税割当量の拡大を回避しようとしたものであったことから考えると、大幅な拡大である。小麦についても関税割当量は消費量の90%以上になってしまい、麦作振興による自給率向上の余地は絶たれてしまう。

つまり、「重要品目」に指定することによって関税削減の例外と上限関税率回避の二重の代償を支払う必要があるのだ。しかも、政府はこのペナルティを受ける品目をさらに拡大するよう交渉しているのである。これによって日本農業は大幅に縮小し、食料自給率もさらに低下してしまう。

高い関税は必要なのか?

そもそも関税削減の例外や上限関税率反対を主張しなければならないほど、高い関税は必要なのだろうか?

コメの60kgあたり20千円という関税(前述の778%という数字はこの関税を安いタイ米価格と比較したものである)は今の国内米価14千円より高いので、輸入米価格が0円でも輸入されない。しかも、コメ、麦、砂糖、乳製品などの国際価格は近年上昇している。日本米と品質的に近い中国産短粒種米の実際の輸入価格は平成10年の3千円から10千円まで上昇している。国内米価からすれば関税は100%も要らない。現に農林水産省が徴収しているマークアップといわれる関税見合い額(これが必要な関税率に相当する)はここ3年間50~80%に過ぎない。

EUのように生産調整を廃止して価格を下げ、影響を受ける農家に直接支払いをしてはどうか。中国から輸入されるコメよりも国内価格は下がるので、今まで日本を苦しめてきた77万トンのコメのミニマムアクセス(関税割当量)のかなりは輸入されなくなる。関税も要らない。それだけではない。EUが穀物価格の引下げでアメリカから輸入していた飼料穀物を域内穀物で代替したように、価格低下は輸出という新しい需要も取り込むことができる。

関税引下げによる価格低下に対しては直接支払いで対抗できる。しかし、内外価格差を残した中で関税引下げ特例の代償として関税割当数量が拡大されれば国内生産縮小という対応しかない。食料自給率の向上を考えるのであれば、関税引下げ、関税割当拡大のいずれかを求められる場合は迷わず関税引下げを選ぶべきだ。

客観的に考えると、日本で重要品目に指定して関税の大幅引き下げを回避するするメリットがあるのは、関税収入を畜産振興に当てている「牛肉」だけである。コメも含め、他の品目については、食料自給率低下というデメリットしかない。日本は交渉方針を見直すべきである。


◆山下一仁上席研究員の論評は、10回のシリーズ「日本の農政を斬る!」として、月2回のペースで公開します。次回は8月7日(木)を予定しています。どうぞ、お楽しみに。

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