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日本の農政を斬る! 第10回「今年は農政改革元年になる」

January 14, 2009

山下一仁 東京財団上席研究員

石破発言の真意

2008年9月に行われた自民党総裁選で、他の候補が汚染米問題について常識的な発言しかしないなかで、後に農水相となった農政通の石破茂候補は「汚染米問題の核心は高い関税で農業を守るという農政の根幹にあり、これを見直すべきだ」と主張した。汚染米と関税が関係しているという連想ゲームを解ける人は農水省の中にも片手もいないだろう。石破発言の意味は何だったのだろうか?

汚染米のほとんどは高い米関税を維持する代償として輸入しているミニマムアクセス米である。輸入しても基本的には国内米市場に売却しないという政策をとっているため長期間保管される在庫が増え、カビに汚染されるやすくなるのだ。このミニマムアクセス米は今回のWTOドーハ・ラウンド交渉でどうなるのだろうか? 恐ろしいことに、政府は現在の消費量の8%に相当するミニマムアクセスをさらに消費量の5%上乗せし120万トン以上に拡大する方向で交渉を進めているのである。なぜか? 800%近い米の関税の削減を最小限にとどめ高い関税を維持したいからである。その代償としてミニマムアクセスの拡大が要求されているのだ。なぜ高い関税が必要なのか? 国内の高い米価を維持したいからである。高い米価は何で維持されているのか? 水田の4割に米を作らないという供給制限カルテル、減反である。

カルテルとは業者が結託することによって市場への供給を制限したり、高い価格を維持したりすることである。これは独占禁止法で禁止されている行為であるが、農協は独占禁止法の適用除外とされているのだ。しかし、カルテル参加者に供給を制限させ高い価格を実現させながら、カルテルに参加しないアウトサイダーが自由に生産すれば、このアウトサイダーは必ず儲かってしまう。したがって、カルテル破りが起きないような別の措置が必要となる。このため、政府は毎年2000億円、累計で7兆円に上る補助金というアメを出して農家に減反カルテルに参加させている。こうして納税者の負担によって高米価という消費者負担を高めているのだ。国民・消費者は二重の負担をしているのに気づいていない。

この高米価で農家所得を維持するという戦後農政が行き着いた先の矛盾や破綻がミニマムアクセス、汚染米の発生として現れてきているのだ。石破自民党総裁候補の発言は、「減反→高米価→高関税→ミニマムアクセス→汚染米」という農政の根本問題の核心を突いていたのだ。

さらに、2008年12月28日某テレビ局の農業問題特集番組で、私の「減反政策を廃止して、価格低下分を主業農家に直接支払いすべきだ」という主張に、石破農水相はいつもながらの慎重な表現ではあるが「いろいろな角度から減反政策について見直す。タブーを設けず、あらゆることが可能性として排除されない」と発言した。およそ行政担当者がある政策を見直すと言う場合、その政策が問題を含んでいることを言明していることは明らかである。

また、石破農水相は2008年末に農水省の官房長の辞任に伴う幹部職員の異動を発表した。官房長の辞任は彼が担当者だった総合食料局長時代の汚染米処理の不手際の責任と採ったものと省の内外では受け止められている。しかし、汚染米の責任は大臣と事務次官が福田前総理に事実上更迭されたことで処置済みである。

もうすこし想像力を働かせると別の見方もできる。小泉内閣の時代、農水省には「改革を唱えなければ人ではない」式の「にわか農政改革者」が跋扈・横行した。新人の採用文書の中で農水省は改革の省ですといったPRもしていた。これらの人達は2007年自民党が参議院選挙で大敗し、農政が「逆コース」にはいる中で元の「守旧派」に復帰した。当時の事務方の大幹部は農水省の文書から「改革」という文字をひたすら消しまくったという。

辞任した官房長は、2007年の米価低下時に減反強化を進めた担当者である総合食料局長だった。「逆コース」の中で、減反をこれまでの国・都道府県・市町村の行政が推進するのではなく農協に任せるという米政策の改革は実施初年度である2007年に撤回され、農水省、都道府県、市町村が全面的に実施するという従来どおりの体制に戻った。さらに、「生産調整目標の達成に向けて考えられるあらゆる措置を講じる」など4項目にわたる「合意書」に、農水省総合食料局長と農協など関係8団体のトップが連名で署名するなど、40年近い減反の歴史のなかでも異例の対応を行った。

さすがに消費者が納得しないのではという批判が出て引っ込められたが、迫り来る衆議院選挙に不安を感じた多数の自民党農林幹部は法律で農家に減反を強制すべきであると強く主張していた。減反政策だけではなく、農水省は構造改革のために検討していた農地制度の改革案も「逆コース」のなかで、引っ込めてしまった。

しかし、高米価、高関税を維持する以上、ミニマムアクセス米の拡大、自給率の低下、農業の衰退は避けられない。妥結寸前までいった2008年7月のWTO閣僚会議の際、農水省に集まった自民党農林関係議員は、なすすべもなくまるで通夜のようだったと聞く。これはアメリカとインドの対立で妥結しなくてすんだものの、農政改革をしなければ合意案を丸呑みさせられるという覚悟が農水大臣を引き受けた石破氏にはあったはずだ。

自ら身を引いたのかどうかは定かではないが、官房長辞任という石破農水相の人事は、「逆コース」を反転させ、構造改革を推進するための布陣ではないだろうか。汚染米事件発覚後の省内改革チームのメンバーも「正論を言って疎んじられてきた」(石破農水相)若手課長ら約十人で構成した。民主党の小沢代表は「役所はキーマンを2~3人押さえておけば動かせる」と言っている。石破農水相は年末の人事で農水省には稀な筋金入りの一人の「農政改革者」をキーマンとして政策決定の中枢に据えた。今回の人事は石破農水相の改革断行の意思表示ではないかと思われる。

単刀直入に私の希望的観測を述べると、石破農水相の真意は「減反の廃止による価格引下げと対象者を絞った直接支払いの導入による構造改革」という政策の実践ではないだろうか。あるいはそうであってほしい。

石破発言の背景

しかし、減反見直しという発言自体、政治家としては、減反を支持してきた農協を敵に回し選挙で落選するかもしれないという政治生命をかけたものである。私が発言するのとは重みが違う。ついにルビコン河を渡った石破農水相の勇気をたたえなければならない。選挙に怯える凡庸な政治家のなしうる業ではない。

もちろん、石破農水相には、昨年の金融危機によって農政改革に抵抗してきた農協のシステムが動揺しているという読みがあるに違いない。サブプライム問題に端を発した世界的な金融危機の深刻化はわが国有数の機関投資家であり、農協グループの信用(金融)事業の全国団体である農林中金に大打撃を与えている。11月、農林中金は、金融市場の混乱で1017億円の損失を計上、当初3500億円と見込んでいた今年3月通期の経常利益予想を71.6%減の1000億円程度に下方修正した。農林中金は資産の多くを有価証券などで運用しているため、保有資産の価格低下によって時価が簿価を下回る「含み損」は1兆6000億円に達している。農林中金は損失処理などの拡大による自己資本の目減りを防ぐため、全国のJA農協グループから1兆円の出資を要請している。

食管制度の下での米価引上げ、減反による米価維持は、米販売や高い農薬・肥料・農機具等の販売を通じて農協の手数料収入を増加させ、農協の組織維持のために有効に機能した。60年代以降の米価闘争を農協がリードしたのはこのためだ。高米価政策により零細な兼業農家が滞留したが、多数の兼業農家の維持は農協の政治力維持にもつながった。農協は、主業農家を育成しようとする農業の構造改革に選別政策だとして一貫して反対した。農協は兼業農家に軸足を置くことによって、農業から脱農しようとしている兼業農家の農外所得や莫大な農地転用利益を預金として吸い上げ、これを運用して経済的にも目覚しい発展を遂げた。JA農協は金融でも保険でも我が国トップレベルの企業体である。戦前の地主制は寄生地主と呼ばれた。今の農協制も寄生農協なのだろう。

しかし、零細農家を相手にする非効率な農協の農産物販売や農業資材の購入などの農業関連事業は大幅な赤字であり、農協はそれを信用事業や共済事業の黒字で穴埋めしてきた。農林中金は有価証券の運用益を活用して、毎年3000億円もの損失補填を行ってきたのである。金融危機によってこの資金の流れが動かなくなれば、JAの農業関連事業を担当する全農は解体されざるを得なくなる。JA農協グループの「農業」からの撤退である。

改革の行方と選挙

農業を保護することとどのような手段で保護するかは別の問題である。関税はあくまで手段にすぎず、目的とすべきは農業の発展や国民への食料の安定供給であって関税の維持ではない。にもかかわらず、WTO交渉やFTA(自由貿易協定)交渉で、政府は、GDPに占める割合が高々1%に過ぎず、また生産額もパナソニック1社にも及ばない農業のために、他の経済セクターの利益を無視しても徹底的に米などの農産物関税削減に抵抗している。これはアメリカやEUが価格支持から直接支払いへと農業保護の仕方を変更しているにもかかわらず、依然として高い価格で農家を保護しようとしてきたからである。

減反をやめれば米価は低下する。高いコストで生産している零細な兼業農家は農地を貸し出すようになる。現在は受け手の主業農家も2000年以降の米価低下で地代負担能力が低下し農地が引き取れられずに耕作放棄されているが、主業農家に直接支払いを行い地代負担能力を高めれば、農地は主業農家に集積し、規模が拡大し、コストは低下する。こうして日本の米作の価格競争力が高まれば、アジア市場に米を輸出することが可能となる。週末片手間にしか農業を行えない兼業農家より、規模の大きい農家の方が肥料や農薬の投入量を減らす環境に優しい農業を行うことができる。兼業農家が農業から退出すると、JA農協の政治力も減退する。

もちろん、自民党農林関係議員が石破農水相の動きをただ傍観することはないだろう。農協とともに守旧派の巻き返しが予想される。農地制度の改革も、企業のリース方式による参入を耕作放棄地の多い地域だけでなく全国に展開しようとしていることは評価できるが、土地利用規制(ゾーニング)、転用規制の強化は不十分である。しかし、結論がどうだろうと、減反廃止等の構造改革の推進、逆コースからの反転攻勢という旗を立てたことに石破農水相発言の意義がある。

農商務省時代からの歴代農相のなかで傑出した人物に、事務次官時代に昭和農村恐慌に対処するため農村経済更生運動を展開するとともに戦前小作人の地位向上に心血を注いだ石黒忠篤、戦後いち早く農地改革の必要性を強調し第一次農地改革を行おうとした筋金入りの自作農主義者である松村謙三、吉田内閣で事務次官を飛び越えて局長から大臣になり第二次農地改革を実行するとともに後に経済安定本部長官として戦後の経済復興に尽くした和田博雄がいる。

業績としてはこれらの人物に劣るが、米の統制撤廃論やJA農協からの政治活動・金融事業の分離を主唱した河野一郎、農地流動化のための事業団構想を提言した赤木宗徳も農政の歴史に名をとどめている。このうち、石黒と和田は、経済学者シュンペーターの高弟である東畑精一から明治百年の農業十傑に数えられるとともに、吉田茂をして「農民のための農林省を代表するのは石黒忠篤と和田博雄だ」とまで言わしめている。減反見直しという旗を立てた石破農水相もこれらの人物の域に達しつつある。

石破農水相の動きに減反について廃止から維持に転向した民主党はどう出るのか。民主党の農林族と自民党の農林族は大同小異である。しかし、小沢代表の関税ゼロでも食糧自給率100%という主張には減反廃止が前提にあるはずである。民主党は2007年の参議院選挙の経緯からJA農協グループに敵対する姿勢を強めている。また同党にも改革派がいる。民主党からも目が離せない。

選挙の年、農業、農政にとってワクワク、ドキドキする年となることは間違いない。

    • 元東京財団上席研究員
    • 山下 一仁
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