たらい回しの起きにくいサービス体制に向けて
東京都多摩市を中心に医療・介護サービスを複合的に展開する医療法人財団「天翁会」理事長の天本宏さん、高齢化の進んだ新宿戸山ハイツで高齢者の健康相談を受け付ける「暮らしの保健室」を設置した秋山正子さん、英国で家庭医専門資格を取得した澤憲明さんをお招きし、「地域におけるプライマリ・ケアをどう具体化するか」「プライマリ・ケアの責任主体をどう作っていくべきか」といった点を議論しました。
第60回 東京財団フォーラム
― 医療・介護制度改革を考える連続フォーラム <第1回>
【日時】 2013年5月15日(水)14:00-16:00(受付13:30-)
【会場】 日本財団ビル2階 会議室(港区赤坂1-2-2)
【テーマ】 「たらい回しの起きにくい良質なサービス体制に向けて」
【スピーカー】
- 天本 宏 (医療法人財団天翁会理事長)
- 秋山正子 (暮らしの保健室長、ケアーズ白十字訪問看護ステーション代表取締役)
- 澤 憲明 (英国家庭医療専門医)
【モデレーター】
三原 岳 (東京財団研究員兼政策プロデューサー)
資料
・天本氏のプレゼン資料は こちら からご覧になれます。
・秋山氏のプレゼン資料は こちら からご覧になれます。
・澤氏のプレゼン資料は こちら からご覧になれます。
・事務局のプレゼン資料は こちら からご覧になれます。
議事要旨
(1)天本氏のプレゼン
▽約30年前に認知症を統計学的に研究した結果、「認知症が一般的な病気になり、精神医療に限界がある」と考えた。厚生労働省が昨年9月、「認知症施策推進5カ年計画(オレンジプラン)」という対策を取りまとめたが、その先駆け的な考えだった。
▽90歳以上人口の増加に伴い、「モデル無き挑戦」が始まる。90歳以上の人口は毎年、550万人増え続ける。その後、20年間は減らない。
▽90歳以上の認知症の出現率は50%以上。認知症の原因が不明なので、介護の観点が欠かせない。認知症の人が生涯、生きて行くための施設を市街地に造った時、最初は違和感を覚えられたが、今では地域の人が多く使っている。
▽認知症の症状は生活に支障が出て来る。人口の高齢化で救急患者が増えて来る。平均寿命が伸びているのに、健康寿命が付いて行かないので、要介護高齢者も増える。ベッドが減るのに、多くの人が死ぬ。さらに、高齢者だけの世帯が増える。これまで介護は家族が担うことを前提としてきたが、どうするか。
▽しかし、今の医療機関には医療管理が優先し、生活に配慮する個別性が足りない。介護は生活重視だけど、医療がないので。(医師の配置が義務付けられている)介護老人保健施設も同じ。その分だけ利用者が施設(の基準)に合わせて、合わなければ別の場所に移しており、たらい回しが起きやすくなる。個別ニーズに合わせたサービス構造に転換することが目標。
▽今の医療は医師主導、病院死が前提。疾病偏重となっており、患者・利用者のネガティブデータを集める余り、ポジティブデータまで失っている。医療が原因となる「医原病」が起きる。
▽対人医療、生活・総合医療への転換、自立支援、緩和ケア・自然死にシフトしなければならない。在宅でできない医療は手術など大きな機器が必要な措置ぐらい。多職種共同で解決していく。ケアを中心とした医療供給体制を再構築する必要がある。
▽「お任せ医療」じゃ困る。患者・利用者も自然死、寿命を考えて行く必要がある。食べなくなったら胃ろうで良いのか。今は家族による決定が中心。本人の意思決定が少ない。
▽認知症であっても生涯、地域で生活し続ける体制整備を考えた。理念は「信頼と安心の創造」。戦略として、「地域を病棟として考える」「搬送医療から訪問診療への転換」「保健・医療・介護・福祉の複合型サービスの構築」を掲げた上で、「あいセーフティーネット」を構築した。認知症を排除するのではなく、徘徊を容認するケアの構築。戦闘計画としては、いつでもどこでも24時間365日の対応。我々が出掛けて行く。
▽この中で重視したのがサービスの「細胞分裂」。病院は医療、看護、ホテル機能全てを持っているが、提供方法が画一的。このため、機能を地域に細胞分裂させ、福祉サービス(家事援助など)、介護保険(訪問看護など)、医療保険(訪問診療など)に分ける必要がある。
▽しかし、誰が責任を持つかが大事。病院の中では責任主体が明確。チーム医療ではマネジメント手法が入っていない。各種サービスを個別ニーズに応じて再統合しなければならない。
▽天翁会では「多摩ニュータウン版地域包括ケアシステム」として、地域密着サービスを展開している。同時に、自分が何をして欲しいか、患者・利用者に啓発活動を展開している。
▽定時、随時で本人にとって必要で多様なサービスの横断的・水平統合が必要。垂直的な意思決定システムも必要。今は利用者が一人なのに、多職種がバラバラの目的でサービスを提供している。多職種が一つの目標の下で、システムラインを作る必要。
▽医療・介護両方を知っているのは看護。家庭医の存在も重要になる。その人達が上手く調整しなければならない。利用者本位で一貫性を確保する上では、入院・地域で同じ家庭医、看護師が継続して見守る必要がある
▽ケアプランも介護に限られており、本人の意思が反映されていない。
▽生涯、地域で生活し続けるには生活、介護、医療、居場所の支援が必要。
▽必要なエッセンスは「多様な問題を解決するための多様なサービスの組み合わせ」「24時間365日、切れ目ないサービスの運用」「連携と継続性、一貫性の確保」「サービスの統合」「安心できる居場所としての住宅」「多職種協働、他運営業者との協業」「個別性、自己決定」「組織としての体制整備」「日常生活圏域住み慣れた地域・住居」―など。
▽高齢者自身が「自宅で死にたい」と要望してくれれば、優先順位を付けつつサービスを提供できる。価値観が重要。
▽今までは「死に目」を大切にする文化だったが、生前の関わりやプロセス重視に転換する必要がある。病院は「死との戦いの場」と位置付けられており、治療に成功しなかったケースとして死を受け止めている。
▽しかし、90歳以上の高齢者が増えると、治らない治療に延々と長期入院することになる。(慢性的に)進行していく病気が増える。病院に来てプラスになることがあるか。当事者を延命する医療が実施されている。看取りまで親との関わり合いを考えるべき。
▽当事者を余命するのが本来の医療か。エンド・オブ・ライフとして相応しくない。治らない病気が増えると、本人の意向が尊重される生活医療がベースになる。がん患者は終末、余命期間が想定しやすく、90歳以上は認知症も含めて終末・余命期間が想定しにくい。高齢者の最期は人生を過ごしてきた空間を中心に緩和ケアを導入すべきであり、高齢者や住民を巻き込んだまちづくりが必要。モデルなき医療への挑戦が必要。苦しみを取る医療の目的も認めるべき。
▽急変時は医者が関わらないと全てできないのが今のルール。1949年の医師法、看護法が残っているのはバカな話。救急トリアージの導入に加えて、救急搬送して治療優先の考え方を苦痛緩和を前提とした医療に変えるべきだ。
▽救命救急士は救急車の外を出ると何もできない。医者から看護職、看護から介護に権限移譲など法律的な枠組みを議論すべきだ。
▽在宅医療は医師一人ではできない。チーム、多職種で対応すべきであり、システム論を医療界としても議論すべきだ。
▽高齢者住宅についても、「生活の場」じゃなきゃならない。地域の社会資源を兼ねたベースキャンプとなり、日常生活圏域に開かれる形で、運営業者が医療界と連携することが重要。抱え込みは危険。サービス付き高齢者住宅が内部だけで完結すると、今までの介護施設と変わりない。
▽(随時対応の受け入れ先として空きベッドなど)24時間対応にはスタンバイしとくためには費用が必要。
▽身柄が施設を転々とするのではなく、居場所が移るには(状態の)ステップアップが必要。安心した場所で一人ひとりの個別性と、状況に応じた臨機応変の対応が重要。今までの環境を維持し続けることが重要。
▽今までの医療は自然科学だけで良かったが、本人の意思を尊重する人文科学、社会科学も必要になる。プライマリ・ケアを担う医師像が重要として、知識と知恵、判断、行動を連鎖させ、一人だけで物事を決めるのではなくチームでプロセスを決定しつつ。個別的医療を実施できる医師像が必要。
(2)秋山氏のプレゼン
▽今までのサービス供給体制は「病院ありき」で始めていたが、日常の療養支援を真ん中に据えて、最低限の医療的なキュア(治療)でなるべく早く地域に戻り、その先に看取りがある仕組みに変わりつある。多職種連携が進まないと、在宅は進まない。
▽訪問看護は医療・介護の双方にまたがる。サービスを受けるまでの制度が複雑。現在は出来高払いで単価が高いので、敬遠されがち。しかも、かかりつけ医の指示書が必要な点がネックとなっている。これは老人保健法の改正で訪問看護ステーションが創設された制度初期から続いている。介護保険が始まる時、外す話があったが、今も続いている。
▽新宿区では16カ所の訪問看護ステーション。位置指定があるわけじゃなく、自主的に探した結果として地域に分散しており、互いに協力して仕事している。介護情報誌に訪問看護事業所の場所や連絡先を紹介しているが、病院の連携室に持って行かないと、患者に届きにくい状況。
▽全国で訪問看護ステーションは6000カ所。10人以上のスタッフは約1割。白十字訪問看護ステーションは167?170人程度の利用者に対しサービスを提供している。サービス対象者は半径3キロ。中重度な人が多く、4分の3が介護保険適用者。医療保険は難病、がんの人。サービスが入って3日で亡くなるなど数が変動しやすい。
▽今は病院でしか亡くなる事ができない状況。超高齢化社会で亡くなる人が当然増えるのに、「病院でなければ死ねない」と思っている。救命救急に死亡確認を任せるなど救急医療の在り方が変容している。End of Life careをどうするか急性期病院を含めて早急に検討すべき時期が来ている。
▽元々、在宅ホスピスから訪問看護の世界に1992年に入った。がんは早期発見、早期治療で治る病気になりつつある。しかし、がんと診断されて頭が真っ白になる。早期から相談支援、フォローが必要。さらに、慢性的な長い経過の中で、最後まで化学療法を続けると、緩和的に抗がん剤を使ったとしても、患者や家族は「治るはず」と思っている。ギリギリの段階で緩和ケアや在宅ケアとなると、「見放された」という誤解が生じている。「治療が効果的ではない」「緩和に切り替えましょう」と言われて在宅にかかる人が大半。在宅のイメージが湧きにくい。
▽このため、適切な時期に在宅に繋がって来ない。通院している途中から在宅に繋がることが大事であり、手術前から相談を受けることが大事。病院の相談支援センターに行くと、「予約がいっぱい」と言われて、たらい回しの状況。イギリス・スコットランドの「マギーズキャンサーケアリングセンター」のような形で、本人や家族から話を聞いて必要な情報を渡す相談窓口が必要と思っていた。
▽暮らしの保健室に来た人から相談を聞くと、落ち着いて物が考えられるようになる。相談支援は自分自身を取り戻し、自己決定できる所まで支えるのが役目。がん治療から緩和ケアに転換することで、自己決定を支援することが必要。心理的な不安を取り除くことも緩和ケアの一つ。どの段階でも相談支援が行われることで、不要な不安が生じて病院に駆け込むことが減る。
▽急性期医療が重介護状態を作り出している。例えば、高齢者が脱水症状⇒意識障害⇒転倒⇒骨折という状況となり、在宅から救急車で急性期医療に運ばれると、その先に待っているのは何か。
▽高齢者が入院すると、廃用症候群になる。無闇に救急車を呼ばないことが重要。さらに、安心て過ごし続けられる場所と、出来るだけ緊急入院しない地域を作る。医療を適切にアクセスできる人を作る。
▽高齢者が入院すると、医療安全の立場から転倒・転落の防止が第一になり、経口摂取を止めて点滴が始まる、口腔ケアが不十分な所も多い、そうなると誤嚥が起きやすくなる。食事が始まったとしても急性期病院の場合、食事介助で見守りできないので、誤嚥が繰り返されるようになり、胃ろうを薦められる。
▽しかし、急性期病院は一定期間を過ぎると「次」を薦められるが、「胃ろうにしないと次に送れません」「胃ろうになると在宅は無理でしょう」と言われる。実際、胃ろうだと在宅サービスの選択肢を狭まる上、多くの場合の在宅サービスは断られる。
▽胃ろう造設前後では介護の手間がかかる。痰の吸引などについて、介護福祉士をトレーニングする仕組みが創設されたが、なかなかうまく行っておらず、現場が困っている。吸引の回数が増えると、「誰が診るのか?」「誰も診られない」「何処かに引き取るべきだ」という話になっている。
▽新宿区の『在宅療養ハンドブック』では救急車を呼ぶ際の注意事項を紹介。かかりつけ医に相談するか迷った際に相談する「♯7119」も紹介している。さらに、急性期の看護師に在宅療養のことを知ってもらいたいと思って、区の高齢者保健福祉計画に反映させた。推進協議会委員として参加し、計画の見直しに意見を述べた。この結果、高齢者保健福祉計画の重点施策に「在宅療養体制の整備」「在宅療養体制の充実」が盛り込まれた。
▽行政と協働する過程で、急性期病院の看護師を1年間30日、区内16カ所の訪問看護ステーションで研修を引き受ける仕組みを作っており、効果を上げている。急性期の医療関係者が在宅関係者と交流し、情報を共有することで、どんな状態か分かった上で進めて行くことが重要。
▽しかし、病院志向の市民も変えて行かなければならない。「在宅療養推進シンポジウム」を継続して開催。シンポジウムを聞いてくれた空き店舗のオーナーが協力を申し出てくれて、戸山ハイツの空き店舗の一角を借りて、暮らしの保健室を開設することになった。
▽戸山ハイツの高齢化率は40%以上。マギーズセンター的な施設を希望していたので、1番目に暮らしや健康の相談に続き、2番にがん相談を盛り込んだ。ワンストップの相談支援の場所として、誰でも無料で相談可能。サロン的な要素も含まれており、色んな人が来る。がん治療を受けた人が「リンパ腫の手術を受けたので、外を歩きにくい」と相談。子供や子供連れの母親も相談に来る。
▽看取り経験者を中心にボランティアが協力してくれており、区内の人的資源が協力してくれている。
▽2011年―2012年度は厚生労働省の「在宅医療連携拠点事業」で予算を確保。5つの連携会議を開催し、多職種が集まって毎月事例を検討。医師、ヘルパー、薬剤師、社会福祉協議会、看護大学教員、区役所職員、ケアマネジャーなど多様な人が参加して、事例を挙げて議論しつつ、顔と顔の見える関係を構築している。
▽事例としては、癌の弟を面倒見ることになった70歳代の女性から相談があった。連携は目に見えないが、可視化を通じて道筋を付けて行き、必要な関係機関に情報共有を働き掛けて行く。誰が介護保険の意見書を書けば良いのか働き掛けて行く。たらい回しされている人達の相談のついて、暮らしの保健室がワンストップで受け付ける。
▽臓器別専門医による洗い回しの最たる例もある。喉がつかえる感覚があったため、病院に行ったら消化器の先生が対応してくれたとのこと。しかし、この時は胃カメラがスムーズに喉を通ったため、今度は耳鼻科に行くと「自分の守備範囲ではない」と言われたという。その後、別の病院で処方された血圧の薬が喉につかえたため、苦しくなって耳鼻科に駆け込み、半年ぐらい経って食道がんと判明した。そこで、今度は「放射線の治療をしましょう」ということで放射線科に。耳が遠いので医師が言っていることを分からない。自分の方を向いてはっきりと喋ってくれると口の動きで分かるのに、医師は患者の方を見ないし、マスクを着けているのでさっぱり分からない。男性が乗り出して聞こうとすると「頷いた」と思われて、放射線検査を受ける直前になって手術台から逃げた。病院は「高カロリー輸液が必要」と言って、有名なクリニックを紹介してくれたが、男性は「病院とクリニックがつるんでいる」と思い込んでおり、暮らしの保健室に相談に来た。暮らしの保健室で連携の組み替えを実施した。かかりつけ医的なクリニックに訪問診療することを確認した上で、大学病院で情報提供書をクリニックに出してもらった。
▽その男性に暮らしの保健室で「のどは渇きませんか?」と聞いたところ、「良く乾く。水はむせるので呑めない」と答えるので、点滴と同じ成分のゼリーを薦めるとツルツル入り、苦も無く飲めて日々の生活には影響が少なく済んでいる。しかし、半年前から体重が減ったのに誰も指摘されなかった。生活に困っている人にどうアプローチするのか、医療と介護で連絡が取れていない。
▽別の事例では1人開業の先生をサポートするので、様々な工夫を講じた。認知症で肝臓がんの人を在宅で看取るため、病院とクリニックの二頭立てにしつつ、24時間訪問診療の医師にバックアップに付いてもらい、二頭立てで看取っている。
▽最初からターミナルケアをやって来たが、川上の予防からやらないと難しい。さらに初期の予防だけでなく、こじれた人を対象に途中から支援する必要もある。しかし、これは制度の中には乗っていない。
▽暮らしの保健室は医療や行政サービスを受けていない人も利用可能。診療に至っていないけど、病院にかかっていない人も対象。問題解決に至らない人も利用できる。利用者中心の連携を制度の外で実施している。こうした健康や暮らしの窓口が必要になっているのではないか。連携は「つながっていく意思」を表明しないと、つながって行かない。
※暮らしの保健室に関しては、 「第46回 介護現場の声を聴く!」で詳しく紹介しています。
(3)澤氏のプレゼン
▽日本もイギリスも医療の公的な色合いは似ている。『OECDヘルスデータ2012』を見ると、国民総医療費に占める公的医療費の割合は日本81%、英国84%。財政方式は違うが、本質的な所は似ている。『2012年版のヘルスデータ』を見ると、日英ともに「中」医療費国家。OECD平均9.5%に対し、日本は9.5%、イギリスは9.6%。財政が厳しい中で効率的な医療を提供しようとするスタンスは似ている。
▽一方、日本は患者が自由に医療機関を選べるフリーアクセス。評判の良い先生に行く。英国の場合、1次医療からスタートする仕組み。2次医療は入院が必要な疾患。3次医療は2次医療で対応できない医療。
▽私が英国を訪問したのは1998年。NHS(国民保健サービス)が機能していなかった。ブレア首相は「医療と教育は成功させなければならない」と言って10年間の計画を策定。この結果、待機時間は15週間から4週間に減少。今、病院外来は2週間だが、健康問題や症状の度合いでトリアージしている。例えば、虫垂炎の疑いがある時は直ちに入院。関節が痛くて人工関節に置き換える手術の時は長くなる。外来でも「体重を落としているし、尿に血が混じっている」という訴えが来た場合、がんを疑って専門外来に紹介する。1―2週間で外来にかかることになる。
▽昔は「病院に行くな。病院に行ったら生きて帰って来れない」とジョークで言われていたが、院内感染は減少傾向。。
▽毎年1回、患者を対象にアンケート調査が実施されており、患者満足度は医療サービス全体で92%、GP診療所も約9割の患者が満足。
▽プライマリケアの台頭は10年程度の世界的傾向。家庭医療科の人気が上昇しており、初期研修医の卒業者8500人のうち、6000人が初期研修医がGPに応募。競争率は2倍程度で、内科と同水準。昔は専門医の方が給料が高かったが、今はGPと同じぐらい。それだけ診療報酬が重点配分されている。家庭医療後期研修プログラムは88%満足。
▽国際医療制度ランキングはオランダが1位。英国は2位。プライマリケア制度を導入している国のランクが高い。
▽英国家庭医の役割は以下の6点。
1)あらゆる相談に乗り、適切に専門家を紹介
2)患者中心の継続的なケアの提供
>3)重大な疾患を逃さない臨床能力
4)生活・地域目線による包括医療
5)コストパフォーマンスの努力
6)患者をバランス良くサポート
▽風邪、下痢、めまい・高血圧、糖尿病、骨粗しょう症、腰痛・関節炎、切り傷、ヘルニア、扁桃腺炎、乳幼児健診、周産期ケア・避妊、うつ病、にきび、虫刺され、皮膚炎・髄膜炎、緩和ケアなど、日常的に掛かりやすい病気をGPが対応
▽時々、GPの役割に対して、「ゲートキーパーで医療費を抑制しているのでは」という声を聞くが、そう感じることはほとんどない。患者に対して、「私のケアを通じて、あなたの理想的な医療を実現させて下さい。これが私の考えていることです」「あなたの考え方を尊重し、あなたの理想とする医療を実現する」と働き掛ける。むしろ、「ゲートオープナー」というべき存在。
▽1次医療の領域では医療の窓口である診療所に来て、必要な医療や望む医療を他の専門家と連携して提供する。
▽プライマリケアチームによる多職種医療。8500人の住民が登録されており、私の診療所ではGPが5人、プライマリ・ケア専門看護師が3人。准看護師に相当する人が2人、ヘルストレーナーが1人、理学療法士が1人、助産師が1人、保健師が1人在籍している。そのほかにカウンセラー、訪問看護師、ソーシャルワーカーが外部で必要なケアを提供する。
▽患者中心の継続的なケアの提供については、ここ10年ぐらい続けてきた。「患者に対する情報提供」「患者による選択の自由」「患者による参加」という視点が重視されており、病院や診療所に関して客観的な情報を患者に与えた上で、自分の望む医療機関を選べるようになっている。住民が地域の医療政策に関わる部分も増えている。
▽診療所は1年に1回、患者のアンケート調査でチェックされる。その結果はNHSのウエブサイトで発表される。郵便番号を打ち込むと、診療所や病院の患者満足度が出て来る。それを基に診療所を自由に選べる。グループ診療が基本なので、他のGPと協力して診る。
▽受療の流れは時間内診療と時間外診療に分かれる。倒れる寸前の重大な疾患の場合は「999」を鳴らす。それほどでもない相談は「111」コールを鳴らす。
▽GPは予約制が基本で、勤務時間の診察は50%が慢性枠、50%が急性枠に分かれている。急性枠が埋まった時、「オンコールGP」で予約外の問題に対応できる。もし相談内容が電話で解決できない時には外来で対応。外来が難しい場合、オンコールGPが往診する。
▽電子カルテが導入されており、病院と診療所が患者データにアクセスできる。患者が退院すると、退院サマリーが診療所に送られて電子カルテにスキャンされる。時間外診療は専門GPが担当しているが、電子カルテが統合されているため、診療所の患者データにアクセスできる。
▽家庭医と臓器別専門医のアプローチは全く違う。臓器別専門医は「症状の原因は何か?」とチェックするが、家庭医の場合には「見落としてはいけない疾患は何か?」を考える。問診や触診を賢く活用し、初期症状から見落としてはいけない重大疾患を診る能力を専門的にトレーニングする。
▽さらに、食生活、運動、喫煙、飲酒など生活習慣をアドバイスする。インフルエンザワクチン、小児予防接種など予防にも力点。
▽イギリスは3つの報酬制度を持っている。患者が登録される人頭払い制度と出来高払い制度に加えて、「QOF」と呼ばれる業績払い制度がある。電子カルテ上に健康データがコード化されており、地域の健康データを把握できる。例えば、診療所登録の住民のうち、高血圧を罹患している患者の割合に応じて報酬が支払われる。
▽信頼性の高いエビデンス(NICEガイドライン)に基づき、不適切な医療化を回避する。例えば、腰痛で診療所に来た時、X線検査で何か見付かる可能性は3000分の1しかない。検査で医学的に重大じゃないことが見付かり、新たな検査や治療が始まる結果、医療化の負のスパイラルも出て来るかもしれない。
▽風邪で抗生物質を打つかどうか。風邪の薬で咳が止まる確率は5000分の1しかないので、患者とディスカッションして治療法を決める。
▽「スクリプト・スイッチ」という機能がある。薬を処方する時、電子カルテで最も安価な薬に変更するオプションが自動的に表示される。
▽患者と会話を交わす中で、医療に対する過度の依存を回避する。例えば、診察で医学的なことが認められない場合、日頃のフラストレーションやライフスタイルに影響することが多いので、「どうですか?」と聞くと、家庭上の問題を告げられたりする。その時、GPは患者を医学面からサポートするだけでなく、カウンセラーを紹介したり、職場に休暇取得を促したりすることで、生活上の支援を実施する。家庭医的なトレーニングを受けていないと、「医療の負のスパイラル」が始まる。
▽「病院から地域へ」「治療から予防へ」「医師単独からチームケアへ」というパラダイムシフトが起きている。コミュニティ医療の強化が不可欠。必要な時に適切な場所で、最小の費用で医療の提供を可能にする新しいシステムの構築が求められる。
(4)質疑応答、意見交換
【プライマリ・ケアやチーム医療の在り方】
▽イギリスの特徴としてチームケアが進んでいる。プライマリ・ケアのチームにナースが加わっており、独立した専門家として個室を持ち、簡単な風邪や腰痛は全て診ている。軽度な症状の時はナースにかかってもらうし、処方できる。
▽日本は提供者側の都合や効率性で制度が作られている。利用者は制度を渡り歩かなければならず、たらい回しが起きやすくなる。
▽天翁会も道半ば。地域当直医が相談に応じて対応しているが、まだまだ課題はある。例えば、夜間のコール対応はドクター、ナース、地域包括支援センターの相談窓口があるが、アクセスの改善や体制整備は必要。
▽患者・利用者の満足度を上げる上で、医療化しないでケアすることが可能では。
▽20年近く在宅医療・在宅介護を両方やってきたので、どんな資源が何処に何があるか概ね分かっている。しかし、私だからできるのではなく、保健師ができるはず。保健師を活用した上で、予防的なプライマリケアが進むことに期待したい。
▽イギリスも試行錯誤。しかし、現状を把握した上で、次の手を打つ勇気ある行動を取っている。現在の課題は高齢化による医療ニーズの増大。ブレア政権の時に医療費を増大させたが、「国民に医療費を上げる」と言っても納得してくれない。医療の効率化を図る必要がある。現在は病院は閉鎖・統合しており、ベッド数が減っている。その分だけプライマリ・ケアが進んでおり、心電図などの検査機器は診療所にそろっている。エコーやエックス線、胃カメラを持つ診療所も増えている。検査まで何週間も持つ状況だったが、患者が望めば病院やオープンクリニックに行くことは可能であり、(待ち時間の長さなどは)少しずつ改善している。
▽認知症患者の実態調査を踏まえた上で対策を取っている。今までの日本は現況を把握しないまま、一個の事象を全てと見做して政策を打つ場当たり的な歴史。本当の意味で現場を知った上で、政策を取らなければならない。
▽地域医療には自然科学だけでなく、人文科学、社会科学を持たないと、地域包括ケアのリーダーになれない。教育をどうしていくか?
▽地域を診る目を持った看護職を育てる必要がある。地域で看護を提供すると、スキルが上がる。病院の診療だけでなく、地域のマネジャー機能を持てるようになる。
▽しかし、その際にケアマネジャーをどうクロスするのか議論の余地がある。
▽団塊ジュニアの大量出産期に保健師がたくさん採用されているので、再活用すれば随分と状況が変わる。
▽イギリスでは風邪から緩和ケアまでGPが診ているが、日本では専門クリニックが診ている、現状では患者の健康問題をトータルで診る医師が一番弱い。ソーシャルケアも重要になって来るし、教育の中から入れ込むべきだ。組織の一員としてマネジメントを学ぶ必要もある。
▽イギリスのGPは「ゲートキーパー」というイメージがこびりついているが、「ゲートオープナー」という制度的な位置付けとなっている。患者・利用者に対して責任を負うシステムが重要。
【国―都道府県―市町村の関係】
▽今、日本の自治体レベルではプライマリ・ケアを何処でも議論していない。都道府県の医療計画は病床規制の調整。市町村は介護保険計画を策定しており、役割分担が不明確。どう考え直すか重要。
▽イギリスは公的な医療システムと捉えて、地域の医療ニーズをデザインしやすいシステム。国から入って来る予算はプライマリケアトラスト(PCT)が受け皿になる。その上で、地域の経営マネジャーを地域の医療ニーズを評価し、「この地域には診療所が必要」と評価する。概ねNHSの医療費の10%を使っている。しかし、マネジャーがバッシングを受けたため、PCTが4月から排除されて「GPコンソーシアム」という仕組みに変わった。GPが地域医療マネージャーとなり、診療所に所属する30カ所ぐらいGPの代表が議論して、医療政策を決められる仕組みになった。
▽現在は医療計画を都道府県、介護計画険を市町村がやっており、市町村がプライマリ・ケアにどう関わって行くのか。がん対策基本法を参考にしつつ、「プライマリ・ケア推進法」の制定が必要なのでは。
▽地域包括ケアシステムは構想に過ぎない。介護保険は市町村、高齢者住宅計画と医療計画は都道府県。横軸としてのサービスの整理だけでなく、国―東京都―市町村の縦の関係も考える必要がある。高齢化のピークは50年。国、東京都の資源を活用しないと、中所得層以上の人は高齢者住宅に入れないので、日常生活以外の地域に住むことになる。国家戦略として地域包括ケアシステムを言い始めたのであれば、整理して欲しい。
▽高齢化が始まるまで大都市には時間がない。このままでは低所得者層がサービス付き高齢住宅に住めない。どの人も受けられるようにするべきだ。確かに施設の個室は重要だが、受け入れを他府県にお願いするのか。国は現場や自治体に指示するだけ。医療・介護・住宅の「横軸」、国―都道府県―市町村の「縦軸」を整理すべきではないか。
【患者のエンパワーメント、自己決定】
▽日曜の外来診療をやっているが、相談や家族への関わり方に力を入れている。ベースキャンプとして、我々が地域に出向き、「ゲートオープナー」として機能する。「ゲートキーパー」として患者や利用者を排除する発想ではなく、受け入れつつ地域で完結していく。
▽その際「何故(いきなり)病院に行ってはダメなのか?」という点を患者・利用者も意識しなければならない。
▽病院にフリーアクセスできる今の状況で良いのか。かかりつけ医としての家庭医が相談に乗って、振り分けてくれないと過剰な医療になる。
【その他】
▽障害者のレスパイト(一時預かり)が制度として確立されていない。特に、障害者総合福祉法で支援対象に加わった難病患者のレスパイトをどうするかが課題。
▽東京都では障害者に対するレスパイトを病院で診ている。しかし、病院に入ると、集団的なワン・オブ・ゼムの扱い。訪問看護サービスが病院に入って個別ケアを提供すればいい。
▽ハコモノだけの地域医療計画ではない考え方が重要。専門クリニックをどう生かすかが考える必要がある。
▽訪問看護サービスを拠点にした定期巡回サービスが2012年度に創設された。そこで対応できるかもしれない。しかし、訪問看護ステーションは小規模経営の典型例。事業所税の書類だけで大変な負担となっている。
▽予防を考えた時に連携の在り方をどう考えるか。GPが住民の健康をどう後押しするか。
▽イギリスの場合、インフルエンザワクチンを例に取ると、公的な資金で成り立っている。必要な人に提供するのがイギリスの考え方。効果がないと思った人には提供しない。エビデンス的に若くて健康な人が「打って下さい」と言っても、効果がないのでプライベート診療になる。例えば、65歳以上の人や医療現場で働いている人、糖尿病患者、ぜんそく患者などはハイリスクの人に限定する。電子カルテで調べると、8500人のデータが分かるので、手紙を書き、往診に来たらナースが注射を打ってくれる。その後、「必要な人に80%」を打ったという実績が評価されて、NHSから金が入る仕組みになっている。