レポート:医療・介護制度改革を考える連続フォーラム <第4回> | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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レポート:医療・介護制度改革を考える連続フォーラム <第4回>

April 16, 2014

「ケア」先進地から探る医療・介護制度改革のヒント」


現在、国は在宅を中心に医療・介護サービスを切れ目なく提供するシステムとして、「地域包括ケア構想」を進めています。しかし、国の描くイメージ図だけが独り歩きしており、実現に向けた道筋は見えていません。

住民を巻き込みつつ、医療・介護・福祉連携を進める宮城県「涌谷町町民医療福祉センター」長の青沼孝徳さん、「社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス東埼玉総合病院」在宅医療連携推進室長の中野智紀さんをお迎えし、それぞれの取り組みをご紹介頂くとともに、地域包括ケアの推進に必要な方策として、医療・介護連携や政策決定の分権化、住民参加の必要性などを話し合いました。

第76回 東京財団フォーラム
― 医療・介護制度改革を考える連続フォーラム <第4回>


【日時】2014年4月3日(木)18:30~20:00(開場18:00)
【会場】日本財団ビル2階会議室
【テーマ】「『ケア』先進地から探る医療・介護制度改革のヒント」
【スピーカー】
青沼孝徳(涌谷町町民医療福祉センター長)
中野智紀(社会医療法人JMA東埼玉総合病院在宅医療連携拠点事業推進室長)
三原 岳(東京財団研究員兼政策プロデューサー)
【モデレーター】
冨田清行(東京財団研究員兼政策プロデューサー)

資料

・青沼氏のプレゼン資料は こちら からご覧になれます。
・中野氏のプレゼン資料は こちら からご覧になれます。

議事要旨

(1)青沼孝徳氏のプレゼン

(宮城県涌谷町における取組)

▽日本が直面している超少子高齢化社会に向けて色々と対策が打たれているが、地域包括ケアシステムの確立と、それを支える「総合医」の養成が最も重要。

▽地域包括ケアシステムは住民の安心、安全、健康づくりに役立ち、医療費と介護費の削減効果もある。大災害時も地域包括ケアシステムに根差したまちづくりを進めていると、住民の安心、安全、健康を守れる。

▽地域医療は100通りの地域があれば、100通りのやり方がある。それが地域医療の難しさであり、醍醐味だ。涌谷町は一つの試みとして取り組んだ事例。

▽涌谷町は町村合併を選ばなかった。合併をやると、今まで作り上げた地域が壊れるという判断で、住民投票を経て合併しなかった。人口は最多で2万1000人だった時期もあるが、今は1万7388人。一般的な地方の街。高齢化率は2013年度現在で28.5%。

▽涌谷町で働き始めて27年になるが、今の「医療福祉センター」を作るに当たって住民とワークショップを開催し、どのようなセンターにしたら良いか住民と意見交換した。その結果、「町民と医療福祉センターが相互に協力しあって町民すべてが『涌谷に住んでよかった』、他の町の人からも『涌谷に住んでみたい』と思われるような町づくりを目指します」という目標を掲げた。

▽これを具体化させたものとして、 「(町民ひとりひとりが)安らかにうまれ 健やかに育ち 朗らかに働き 和やかに老いることをとおしてその人らしい、かけがえのない人生を送ることを目指します」という基本方針を掲げた。「自分の人生に悔いなし。そういう人生を送れる町が幸せな町、住んで良かった町なのではないか」という議論になった。

▽しかし、医者や看護師を呼ぶだけでシステムは完結しない。町民の皆さん自身も努力して欲しいとお願いした。そこで町民のつとめとして、「個人は自分の健康に責任を持つ、家族は役割を分かち合う、地域は手を取り合うことが大切である」と掲げた。

▽地域包括ケアシステムは昭和50年代から国民健康保険診療所が掲げていた。広島県旧御調町(現尾道市)でシステム構築に尽力した山口昇医師は以下のように定義している。
・地域に包括医療・ケアを、社会的要因を配慮しつつ継続して実践し、住民が住み慣れた場所で安心して生活できるようQOL(生活の質)向上をめざすもの
・包括医療・ケアとは治療(キュア)のみならず保健サービス(健康づくり)、在宅ケア、リハビリテーション、福祉・介護サービスのすべてを包含するもので、施設ケアと在宅ケアとの連携及び住民参加のもとに、地域ぐるみの生活・ノーマライゼーションを視野に入れた全人的医療・ケア
・換言すれば保健(予防)・医療・介護・福祉と生活の連携(システム)である
・地域とは単なる行政単位(Area)ではなく、人の繋がりや文化的背景を考慮した「Community」を指す

▽元々、涌谷町は病院の無いまちだったが、センターを立ち上げる際、「包括的なケアシステムは組織・体制が重要」と当時の町長にお願いした。我々のセンターでは、治療する病院も一部門。行政の保健・福祉部門、高齢者部門、訪問看護センターなどを全て同じ建物に入れており、保健、医療、福祉、介護など健康問題に関して相談に来たい時、センターに来てもらうという体制を取った。

▽人間は誰しも病気にならないのが幸せだが、人間は一定の確率で病気になるので、医療は必要。しかし、今の医療ではパーフェクトに病気を治せないので、介護や障害が必要となった人を支えるため、保健、医療、福祉、介護を一体的に提供しなければ、住民は安全、安心に暮らせない。

▽さらに、健康づくりが極めて重要。住民の参加や主体性がないとできない。そこで、町が実施する保健事業への協力や自主的な活動等を通して地域における健康づくりの担い手として、「健康推進員制度」を提案した。

▽元々、何処の街でも制度化している「保健協力員」(1963年10月~)、食生活改善推進員(1972年4月~)を1989年4月、「健康推進員」制度として発展的に統合した。現在は316人で、18.5世帯に1人。主な活動としては、(1)地域住民への情報の提供及び収集(2)高齢者への支援、安否の確認(3)地域健康教室等の自主開催(4)町の健康づくり事業や健診等の支援協力(5)子育て支援活動(6)日赤奉仕団活動―など。

▽39地区でどんな健康教室を開催しようか、保健師と住民、推進員が協議する。推進員は特定健診の説明や働き掛けもやっている。

▽予防活動に力を入れており、私は「予防に勝る治療はない」と思っている、高齢者向け介護予防事業として、体操教室の開催、血糖の高い人に集まって貰う料理体験学習に取り組んでいる。歯科医の協力を仰ぎ、障害者通所施設での検診や地域での嚥下教室、子ども達向けの予防活動、親と子の料理教室開催なども展開。健康推進員が子ども達に対し、食べ物の大事さや骨を形成する食べ物などを寸劇で教える「出前講座」の開催といった活動を展開している。

(医療費、介護費の削減効果)
▽特に、減塩運動に取り組んだ。東北地区は塩の摂取量が多く、国は8~9グラムを推奨しているが、今でも14グラムと少し高い。しかし、当時は今よりも高く、私が涌谷町に赴任した当時、脳卒中は死因の2番目だった。しかし、減塩運動の結果、10年ぐらいで脳卒中が減っており、死因の4番目になった。地域の公衆衛生活動、住民主体の運動が行動変容に繋がった。

▽それが医療費に現れた。医療費は西高東低と言われており、1人当たり国保加入者の宮城県は全国平均よりも低く、涌谷町は当初、宮城県平均と同じぐらいだった。しかし、1998~1999年頃から県内平均を下回るようになった。2012年には宮城県内の医療費が全国平均を超えたのは(震災対策として)医療費を無料化したため。アクセスを良くすると医療費は増えるので、グンと上がっている。しかし、それでも町の医療費は県内平均を下回る。

▽国保加入者1人当たりのデータを市町村別に見ると、平均は29万3732円だが、涌谷町は26万5749円。国保保険料も県内平均は7万5513円だが、涌谷町は6万8746円。

▽町議会で病院の赤字を指摘される時があるが、「病院が赤字だったとしても、医療費や保険料が低い分、町民の負担は少ないのではないか」「病院が黒字になって、国保が赤字になるのは如何なものか」と言っている。

▽介護にも好影響を与えている。高齢化率は全国23.3%、宮城県22.2%だが、涌谷町は27.2%と高い。一方、要介護認定を受けた人の比率全国17.6%、宮城県18.4%に対し、涌谷町は16.7%。高齢者が多い割に要介護認定者が少ない。

▽このため、介護保険受給者1人当たり費用を見ると、全国平均は188万5000円、県内平均は178万5000円だが、涌谷町は149万1000円。介護保険料に影響しており、県内加重平均は4501円だが、涌谷町は4000円と低い。

▽私は地域医療を進める上でのポイントを以下のように整理している。
1)その地域を愛し誇りをもつこと
2)医療者のための医療ではなく、住民に喜ばれ評価される医療であること
3)行政と仲よくすること
4)地域包括医療・ケアを展開すること、医療を通して地域社会( 町づくり、村づくり) に貢献すること

(震災時の対応)
▽2011年3月の東日本大震災の際、地域包括ケア体制の蓄積が役立った。避難所を地域集会所に18カ所設置し、避難者529人を受け入れた。1週間後、勤労福祉センター1カ所に集約し、約20人が避難。2週間後には社会福祉協議会に福祉避難所を設置し、12世帯23人が避難。6月には全ての避難所を閉鎖した。

▽一般避難所での支援としては、保健師や医師が訪問しつつ、以下の活動を展開した。電気が使えないので、安否確認は職員の記憶に基づいた。
1)血圧などの健康チェック=精神不安、衛生面の指導、避難所での物資の補給相談、避難所に馴染めない方への対応
2)受診病院の確認や内服確認・指導、食事の確認
3)入院入所の相談=人工透析の通院相談、精神病院への通院の相談
4)家族関係の調整=住居や経済的問題、避難所生活での生活用品の補充
5)今後の生活に関する問題=証明や申請手続きの支援

▽さらに、透析患者の把握(39人)と搬送手段の確保、糖尿病やぜんそく患者など命に関わる患者リストの抽出・配布にも努めた。

▽5月には保健師による健康相談も開催し、町外の被災者に対して町の温泉施設を開放した。

▽この結果、東日本大震災における震災関連死は町内で一人も出ていない。石巻市に隣接し、被害も大きかったのだが、私達としては地域の力と思っている。

▽震災の視点から考えるキーワードとしては、以下の3点。
(1)リーダーシップ(Leadership) → 指導力、統率力
(2)ガバナンス(Governance)→ 統治、管理
(3)コミュニティ(Community)→ 地域社会、共同体

▽高い防潮堤を設置する話が持ち上がっているが、究極のリスクマネジメントは「絆」(つながり、助け合い)、「仁」(思いやり、いたわり、優しい心)である。

▽最後に、「総合医」の養成と地域包括医療・ケアの推進を提言したい。まず、1.5万人~2万人規模のコミュニティ(中学校区単位程度)で、保健・医療・介護・福祉の連携した総合施設を設置し、全人的なケアを提供する総合医を中心に地域包括医療・ケアを展開する。そこに訪問看護ステーションやヘルパーステーション、幼稚園・保育一元施設や小中学校、役所の支所機能を持つ施設、複合型公益施設などを配置する。その際、施設は安全な高台に置く。その上で、15~20万人規模で臓器別専門医を集めた急性期専門病院を置く。役所機能として管理部門を持つ包括的な施設、高校・大学などの教育施設も置く。

※全人的かつ継続的なケアを提供する医師として、「総合診療医」の専門教育が2017度から始まることが決まっており、以下の表記は「総合診療医」で統一。

(2)中野智紀氏のプレゼン

(幸手市、杉戸町における取り組み)

▽東埼玉総合病院は埼玉県幸手市、杉戸町の10万人を対象にしている。我々は「限られた資源で、急速に進む高齢化にどう対処するか」という課題を追い求めている。東京近郊は急速な高齢化で大きな影響を受ける。

▽「Aging in place」「living in place」など様々な言い方をしているが、「住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最後まで続けていくには、どうしたら良いのか?」という国の大きな問い。「国の示した地域包括ケアの絵が仕組みだ」という印象を与えがちだが、目的を提示して全国の英知を集めようという取り組みと捉えている。

▽全国的に行われているのはケアのインテグレーション。様々な職種がプロフェッショナリズムを発揮し、ケアを統合して患者に提供することで、素晴らしいケアが提供される。これは今後も追い求めるべきテーマ。

▽良い医師や専門職にかかれば幸せだが、それは個人最適。全体最適も考えなければシステムとは言えない。

▽「integrated care」はサービス、組織を超えた多職種連携、それを支えるシステムで構成している。我々は幸手を中心に、地域課題を解決するシステムを構築しているので、それを示したい。しかも、それをコミュニティベースで根付かせる必要がある。今度の介護保険改正で地域が請け負った宿題と言える。

▽幸手、杉戸が課題する3つの課題。1つ目が「医療資源の不足」。2つ目が「急速な高齢化と疾病構造の変化」。まだ今は医療システムが変化に追い付いていない。3つ目が「家族機能、地域機能の低下」。高度成長で多くの人が他の地域から引っ越してきたため、半分は地域の人、半分は地域外であり、非常に住民構成が多様。こうした中で、「限られた地域資源で超高齢社会における医療介護の大量需要を如何にして乗り切っていくのか?」が課題。

▽十年来の1つ目の課題に対応し、地域完結型医療をやって行こうとするのが「とねっと」(埼玉利根保健医療圏地域医療ネットワークシステム)。国の地域医療再生基金を活用し、119の医療機関と圏域の全救急車が協力して診療するシステムを発足させている。7市2町の行政、5郡市医師会、2保健所、10基幹病院が協議会を構成し、ICTを使ったネットワークで繋がり、地域の救急や疾病管理に活用している。既に1万8900人の住民が加入しており、「かかりつけ医カード」を配布している。

▽しかし、医師不足を補うための地域完結型医療が住民にとって、病院の入り口を分かりにくくした。東埼玉総合病院は幸手団地(3021戸)と呼ばれる団地群に隣接しており、病床数は173床。しかし、幸手団地の高い所では高齢化率が33%に届こうとしている。救命救急を年2500回受け入れており、平均在院日数も11~12日と高速で回しているが、今後の急速な高齢化で急性期機能は完全にマヒすることが予想される。

▽しかし、これを救急の委員会で話し合っても答えが出て来ない。問題は地域コミュニティで起きている。高齢化の最中で医療介護連携が不足すると悪循環スパイラルが生じる。悪循環は加齢に始まり、「潜在的なリスクの見過ごし→疾病の発症・顕在化→発見の遅れ→対応や医療機関との連携の遅れ→重症化と不可逆化による長期入院→主病名が治っても副病名が治らないので、リスク残存のまま退院→高い再入院率→…」というプロセスを辿る。こうして全体のADL(日常生活動作)が落ち込んでいる。

▽一つの仮説は医療・介護連携の不足。医療に介護が必要な生活上のリスクを抱える患者が多数潜在しており、介護にも医療が必要な健康リスクを抱える利用者が多数潜在しているため、シームレスな連携が必要になる。最も顕著な影響を患者に与えるのは、医療と介護における包括的なアセスメントの不足。例えば、医療機関にも介護が必要であるにも関わらず、アセスメントの不足で必要な生活上の支援が提供されていないため、新たな健康上の問題を引き起こしているケースも散見される。入院患者の退院時に在宅での電動ベッドの有無を確認せず、褥瘡を悪化させてしまうケース、脳梗塞を経験している患者に対して口腔ケアを行わないまま栄養障害と肺炎を発症してしまったケースが典型例。

▽その一方で、医療も介護も必要なのに、地域コミュニティでは本人の訴えがないため、潜在的な健康や生活リスクが放置されているという仮説も持った。本人の訴えが無く、サービスが提供されていないため、健康や生活のリスクを悪化させてしまっている住民が多数潜在している可能性だ。つまり健康と生活に関する包括的なアセスメントを行い、適切な地域包括ケアサービスに繋げ、自立支援と重症化予防を進めるべきという結論になった。ここにアクセスしなければ、ヘルスケアの向上や地域全体の医療システム構築は難しい。

▽仮に今の時点で均衡が保たれているとしても、2025年には救急医療難民の急増は避けられないと恐れている。高齢化に伴う医療難民はシステムエラ-と言える。予防無きセーフティネット型の急性期中心医療システムが制度疲労を起こしている。

▽そこで、東埼玉総合病院は「在宅医療連携推進室 菜のはな」を立ち上げて、4人で活動を始めた。私とソーシャルワーカー、ケアマネジャー資格と訪問看護の経験を持ったコミュニティナースと呼んでいる看護師、専門事務員。

▽東埼玉総合病院は2008年度から地域糖尿病センターとして糖尿病地域連携パスと疾病管理による慢性疾患重症化予防などに取り組んでおり、2011年度から国の在宅医療連携拠点事業として、超高齢社会に対応できる在宅医療の推進と地域包括ケアシステムの構築を目指している。在宅医療連携拠点事業は2013年度から地域医療推進事業で進められている。

▽「地域包括ケアシステム」という言葉が独り歩きしているが「何を解決するためのシステムか?」が明確にならないまま、「システム」という名のネットワークを作ろうとしているのではないか。システムは何らかの地域の課題を解決するソリューションであるべきであり、地域コミュニティの課題が何か分からない限り、ソリューションであるシステムの全体像は見えてこない。

▽在宅医療連携拠点は地域包括支援センターのカウンターパート。地域包括ケアにおける医療側の扉として、ともに歩んでいる。2012年度の事業はコミュニティに入って行こうという作戦を採った。とねっとの地域完結型医療では対応できない潜在患者に対応するのが目的。

▽在宅医療は全国的に進んでおり、東埼玉総合病院でも年間20人以上を看取っているが、決して住民全体に提供されていない。本当は在宅医療を提供した方が良いケアを受けられる人がいるかもしれないのに、支援まで繋がっていない。地域包括ケアの時代では医療を必要としている患者を地域コミュニティから抽出し、適切な医療機関に繋げて重症化予防を行う新しい仕組みが必要であり、これを地域レベルの問題と考えた。

▽そこで一つ目の課題として、ヘルスケアとのチャンネルを作る連携。地域トリアージを住民主体で作ることを目指した。2番目に多職種協働教育とネットワークを張る。第3に、適切な連携体制の構築が必要。4番目に、地域完結型医療、市内コミュニティヘルス、在宅医療の3つのプラットホームを束ねる司令塔が必要。

▽しかし、司令塔を一民間病院である東埼玉総合病院が単独で行うと、地域の医師会で大きな問題となってしまうので、公的な立場でやらなければならない。このため、2013年度は幸手市が実施主体、北葛北部医師会が事業委託、東埼玉総合病院が実行部隊として遂行していく体制となった。これが2013年度の大きな山場だった。

▽住民が地域コミュニティの支え合いで、自分らしい暮らしを末永く続けていくことができる超高齢社会対応型地域システムの構築を目指すとしており、地域コミュニティに根ざした地区単位での地域包括ケアシステムの構築、地域に不足する資源の問題、かかりつけ医が在宅医療に参加できる環境整備、住民の自立を促すエンパワーメント、支え合いのコミュニティ基盤づくりなど、種々のコミュニティケアプログラムを実施することにしている。事務局として東埼玉総合病院が立ち回るが、自治体と医師会の関与するフレームを作ることで、前に進める体制が整備できた。

(暮らしの保健室を核にした地域活動)
▽具体的には以下の柱で構成する。
(1)高齢化や災害にも強い支え合いのコミュニティ基盤づくり
・暮らしの保健室“菜のはな”の増設
・複数地域での健康生活アセスメント調査
・地域協働による介護予防マニュアルづくり
・地域協働による災害時医療マニュアル作成と災害訓練

(2)高齢者を地域で支えるための地域包括ケアシステムの構築
・ケアカフェ(仮称)の定期開催
・人材育成(インターネットを活用した研修システム、先進地視察、ワールドカフェ)
・ヒューマンネットワークの構築

(3)かかりつけ医の負担軽減と在宅医療連携
・在宅医療連携拠点“菜のはな”開設
・在宅医療総合相談窓口“菜のはなコール”開設
・とねっとの普及を通じた救急バックアップ
・在宅を中心とした地域連携の構築

(4)住民エンパワーメント
・市民シンポジウムの開催
・地域住民へ向けた定期巡回出前講座
・在宅医療啓発資源の開発(カルタプロジェクト)
・在宅医療啓発パンフレットの作成

(5)在宅医療を支える資源の確保
・幸手メソッド・サマーセミナーの開催
・連携、強化型在宅療養支援診療所の開設
・地域協働による訪問看護ステーションの開設

▽医療以外で解決しようとしている代表的なコミュニティ資源を2つ紹介する。1つ目は地域の高齢者がカブトムシをエサに、下校中の小学生を引き寄せて、それをネタに高齢者用サロンに高齢者を引き込もうとしている。

▽2つ目は団地内に設置されている喫茶店。小泉圭司さんはスーパーマーケットの経営企画部門で働く社員だったが、スーパーで寂しそうにしている高齢者を見て、「彼らを救うのは自分だ」と思い、家族の反対を押し切って団地の一角に喫茶店を開設した。夜中にバイトしながらセニアカーを買ってレンタルし、高齢者の外出支援に取り組んでいる。

▽地域には、こういう方がいる。地域と行政の間に入る「キャスト」と呼べる人で、彼らを応援することが住民主体を成り立たせるポイントと思っている。今、幸手では地域コミュニティのネットワークが急速に広がっている。地域包括支援センターが構築していた自治会、地区民生委員との関係だけでなく、商工会、青年会議所、まちづくりNPO、子育て・障害者支援団体、偉大なる「おせっかいさん」など。ヘルスケアの専門職が繋がっていないだけだ。

▽地域の将来を担う地域リーダーの育成を目指し、コミュニティデザイナー養成講座「幸TED」を始めた。保守的な地域では大きい声で言いにくい風土があるので、何とか打開したいということで、自分達の夢を語れる場を作った。

▽住民のカウンターパートナーを作る観点で、2014年1月に開催された国土交通省の「広域間恊働型大規模災害訓練」に参加した。地域防災は医療機関と住民が共通で話し合えるプラットホームであり、地域のリーダーと呼ばれる方々が多く関与している。そこで、地域防災にワーキンググループを設置して積極的に取り組むことで、地域住民のリーダー達とのネットワークを広げた。

▽2012年度から始まった多職種共同学習会は医療、介護、福祉にまたがる様々な人が加わっており、「互いの想いを語り合うことから始めよう」という観点でスタートし、トータルで1200人が参加した。

▽最近は「ケアカフェ」と名前を変えて合計10回開催した。今年から地域再生に関わる住民も参加するようになり、職域や組織の枠を越えた実務レベルの地域ネットワークが広がっており、医師会館で開催した会合の講師は住民3人。医療・介護従事者に対して「地域はこうなっているんだ」と話して貰った。多職種連携のネットワークを構成するコミュニティ、ケアの統合を図るディスカッションを徹底してやっている。

▽その結果、様々なコミュニティが統合しており、2014年3月には在宅医療を考える市民の集いを開催した。400人を越える方々が、健康や死生観などについて考えた。さらに、「とねっとシンポジウム」では、繋がりを深めた地域のカウンターパートナー達が地域医療を守るための寸劇を開催してくれた。これは千葉県のNPO法人「地域医療を守る会」の「くまさん先生のSOS」という寸劇で、「救急車の乱用、医師の過重労働を防ぐことで地域医療を守ろう」という内容。こうした活動を通じて、地域との連携は急速に深まっている。

(住民主体の協議会)
▽こうして「役者」は集まって来たので、いよいよ住民主体の地域包括ケアシステム構築という課題になる。地区把握でくまなくフィールドリサーチ、ヒアリングを実施する。これで地域課題を把握し、ある程度の地域課題を抽出されれば、住民との対話を通じて「住民主体でやるんだったら手伝うよ」と伝えて合意形成する。そこで住民が立ち上がれば協議会を立ち上げる。住民主体を裏付けるポイントは3つ。1つは協議会トップにコミュニティのトップに就いて貰うこと。2つ目は地域包括ケアシステムのプロジェクトを協議会の事業に組み込んで貰うこと。3つ目は我々が動く際、招聘状を貰うこと。

▽発足した「幸手団地健康と暮らし支えあい協議会」は自治会長をトップに、1)重症化予防により健康推進へと繋ぐ、2)自立した生活への支援へと繋ぐ、3)コミュニティ再生と見守りによる孤立防止―を目的とし、東京都新宿区「戸山ハイツ」で始まった「暮らしの保健室」を暖簾分けして貰った。同時に、石巻市の「アセスメント調査」をロールアウトとして、コミュニティ再生に取り組むことにした。我々が自治会を支援すると、自治会加入率を高める自治会にとってもプラスになるので、主体的になって貰える。

▽暮らしの保健室の要素としては、(1)居場所(2)コミュニティ再生(3)プログラム(4)ハブ―の4つ。しかし、建物を構えて随時運営するのは大変であり、10万人に1カ所では機能しているとは言い難い。そこで常設型ではなく、随時開催する形を採るとともに、地域の女性リーダーを「コミュニティデザイナー」として養成して彼女らの事業として居場所づくりとコミュニティ再生を進めて貰い、我々がプログラムとハブとして入っていく形で事業を進めることにした。最近は寺の住職が「念仏を唱えるだけが僧侶の仕事ではない」ということで、寺で暮らしの保健室を開催するまでに至った。

▽しかし、暮らしの保健室に来られない人への対応、所謂「孤独を愛する方々」にどうするか。保健室に参加できない“孤独を愛する”住民に対しては個別訪問を通じた「健康生活アセスメント調査」を実施している。

▽さらに、健康生活アセスメント訪問調査や暮らしの保健室よろず相談を単なる調査/相談に終わらせず、実際のケアに結び付けることが肝要。得られたアセスメント調査の調査表をクラウドデータベースに入力し、問題点を抽出する仕組みを構築した。その後、データベースを活用して対象者を絞り込み、地域ケア会議を通じて必要な支援を抽出するコーディネートを行うことにした。

▽まず、暮らしの保健室では、レクリエーションや講話など、健康・生活に関するよろず相談を実施しており、2012年8月~2013年3月まで160人、のべ183件の相談を受け付けた。そのうち、医療機関に繋いだのが72件あり、東埼玉総合病院と連携したケースが35件(専門外来14件、受診後終診10件、入院4件、かかりつけ医に逆紹介3件、死亡1件、未受診1件、不明2件)、かかりつけ医が34件、かかりつけ歯科医が3件という内訳。心理社会的な問題50件、生活健康問題が61件だった。

▽看護師でも重症か軽症かの判断がつかなかったケースは、かかりつけ医の負担を考慮して、まずは東埼玉総合病院に受診させたため、東埼玉総合病院の受診者が多くなった。一方、受診者には入院に至ったケース、重症と判断されて専門外来に通院しているケース、死亡したケースも見られた。つまり、「地域コミュニティには重症な状態なのに医療に適切に受診できない住民が相当する潜在している」という可能性を示唆している。今後、高齢化が進めば、健康リスクを抱えながらも患者が潜在するケースが増加し、状態の悪化後に急性疾患や救急搬送者数の増加という形で顕在化する可能性が懸念される。

▽幸手市における暮らしの保健室は非常設型の健康イベントなので、年齢と人数で調査対象者は限られる。アセスメント調査は広い年齢層で、多くの方々の調査を行える。他方、暮らしの保健室はアセスメント調査に比し、コスト面で優れる。既にコミュニティが構築されていれば暮らしの保健室を、コミュニティへの参加が無い人に対してはアセスメント調査を用いて、コミュニティを作っていく方向に誘導する作戦を採っている。

▽「暮らしの保健室」「健康生活アセスメント調査」で情報が集まって来ると、住民達が解決する方向に動こうとする。そこで、全国初の住民主催による地域ケア会議が開催され、自治会や民生委員が抱え込んでいるケースなどについて、「如何に必要な保健・医療・介護・福祉・人権擁護・住宅などのサービスに繋ぐか?」といった点を話し合い、地域ケア会議を住民主催で運用できるまでになった。参加者は自治会を中心に、幸手団地自治会、幸手市介護福祉課、東埼玉総合病院、幸手東地域包括支援センター、民生委員・管理事務所など。

▽幸手市の地域包括ケアシステムは住民主体の地域ケア会議を中心に、コミュニティの医療機関や介護施設を「道具」に代えてしまう。同時に、地域コミュニティに潜在する患者を抽出して適切な受療に導くことで、地域の需給ギャップを是正してケアを均等に提供する。

▽さらに、在宅医療推進へ向けた有識者会議を2014年1月に開催し、医師会、歯科医師会など在宅医療に関わる全ての職域団体が集まり、これからの幸手市の医療について討論した。会合には青年会議所、商工会青年部、まちづくりNPOなども参加し、高齢化社会を乗り越えていく「チームオール幸手」が結成された。今後は有識者会議として改組する。

▽役割分担としては、健康と暮らし支えあい協議会が住民主催の個別ケースの検討や地区診断などを担う場に、有識者会議は行政区域レベルのマクロな課題を話し合う場として発展させたいと考えている。

▽さらに、健康と暮らし支え合い協議会は人口3000~5000人程度に住民主体で設立。コミュニティーケアと見守りの連携拠点としての役割を担う。

▽これらの取り組みを通じて、在宅医療連携拠点がコーディネーター役を勤めつつ、専門職がIntegrated careを提供する一方、健康と暮らし支えあい協議会が健康生活アセスメント調査やコミュニティデザイナーの育成、暮らしの保健室開催、民生委員との協働などを通じて発展していくモデルを作り上げたい。

※なお、とねっと、幸TEDの様子はyou-tubeで閲覧できる。

とねっと:
https://www.youtube.com/watch?v=xHnCq9GXlEA&list=WL241516FD1BF53E84&index=14


幸TED(コミュニティカフェを経営する小泉圭司さんの講演):
https://www.youtube.com/watch?v=65a4YGBeTuI

(3)ディスカッション

(地域包括ケアの考え方)

▽(全国国民健康保険診療施設協議会としては)地域包括ケアシステムは「少子高齢化時代に重要」と提案してきた。政府レベルの議論では当初、介護の世界から始まった感があったが、今は医療も取り込んでいるので、極めて良くなった。医療が前面に出て肩で風を切るのは良くないが、支える点で極めて重要。平等な形で医療も入ったので、国の絵は完成に近くなった。しかし、どう実現するかという点で見ると、地域が持っている資源や住民の考え方(に色々と違い)があり、工夫しなければならない。

▽地域包括ケアという考え方や、ケアのインテグレーションを通じた住民の課題解決という目的には同意している。しかし、住民が主体的に地域活動する場合、自分達の課題を自分達が解決するのは住民から見れば当たり前。「言われなくてもやっている」と思われるかもしれない。地域で完結できなくて一部公助の場合もあると思うが、住民がコミュニティで主体的に活動しようとするのは普遍的な問題と言える。

▽しかし、地域包括ケアというと噛み合わない部分が出て来る。医療は本来、暮らしの一部であり、方法論の一つ。コミュニティヘルスでは医療よりも予防医療、保健が中心。コミュニティに上手くフィットさせて制度を落とし込まないと、住民に使って貰えない。

▽地域の規模でも変わってくる。色んな(バックボーンの)人が住んでいる地域では、住んでいる地域をホームと感じたとしても、市役所はアウェイ的な存在になりかねない。町に一つ図書館を造っても責任を果たせない。自分達の生活範囲にサービスのチャンネルがあることが上手く回る大前提になる。

▽地域の課題、地域資源は様々。しかし、現在のように国が一律で基準、報酬で縛って上手く行くのか。同じ自治体内でもコミュニティは様々であり、一概に言えない。それにもかかわらず、一つの地域で上手く行ったからと言って、それを広めるための制度・法律を作って上手く行くのだろうか。もっと現場に近い所に決定権を委ねるべきではないか。

(住民の参加意識)
▽住民を上手く巻き込むのは極めて大切。地域づくりは専門職や行政主体では上手く行かない。田舎の方は従順な人が多いので割と言うことを聞いてくれるが、長続きしない。病院を開設する際、健康推進員制度を組織化した。以前から保健協力員、食生活改善推進員が制度化されていたが、同じことをやっている割に意外と仲が悪かった。これを一緒にして住民主体の健康づくりの源になった。しかし、27年もやると、制度疲労を起こしてマンネリ化している、やらされている感覚が強くなり、モチベーションが下がって来る。これを改めて元気付けるのは工夫が必要で、その方策を考えている段階だ。

▽しかし、2008年度に特定健診が義務付けられた時、「今まで健康づくりに力を入れて来たので、主体的に受けてくれる。県内で1番」と思っていたら、県内で最下位から2~3番目だった。これが健康推進員のプライドを傷つけたため、必死になった。

▽「限られた資源で、急速に進む高齢化にどう対処するか」が最大のテーマ。在宅医療だけでは無理という大前提に立つ必要がある。年間何百人も看取れるスーパースターがいれば別だが、普通いないし、少なくとも埼玉には見当たらない。私自身も家庭を顧みずにやるわけに行かないので、地域の資源を組み合わせて全部で支えるしかない。そうなると、受け皿となる住民のカウンターパートナーが必要。

▽この取り組みを我々は慈善事業でやっている訳じゃない。200床の民間病院の経営は厳しい。しかし、強みは在宅、外来、入院を使える点。地域密着病院は地域を(面として)確保しなければならない。しかし、全部来られるとキャパシティーを超えてしまうので、東埼玉総合病院に来るべき人が来るのは経営的にOKと見て、人件費を出している。

▽しかし、暮らしの保健室の年間予算3万円。コミュニティデザイナーが自分達で企画・運営しており、生き甲斐としている。実際の費用はサロンなどを作る別の予算から取って来ている。サロンを作っているのに、色んな物をくっつけていなければ勿体無い。その形こそ医療が大きな顔をしないで地域コミュニティにチャンネルを設ける考え方にフィットしたので、結果的に上手く行った。

▽住民に当事者意識を感じさせ、住民の参加意識をどう醸成させるかが大事。しかし、地域の課題は様々であり、解決策は地域それぞれ考えるしかないのではないか。

(先進事例を広げて行くための方策)
▽住民の考え方や地域資源に違いがあり、それぞれの地域に地域医療があるので、どのモデルが向いているのか地域が考えるしかない。資源についても、すぐに住民は「何もない」と言いたがるが、意外と見付かる時もある。それを利用していくリーダーも必要。我々は以前から「総合医」の育成を働き掛けているが、病気を診て治すだけでなく、地域を診る医師として総合診療医に期待している。しかし、これは必ずしも医師じゃなくても良い。地域で夢中になる人を見付けて、そういう人を支援する所から広くのではないか。100の地域があれば100通りのやり方があるのではないか。

▽都市部、郊外、山間・離島で事情は違うので、我々のモデルは一般化できない。郊外地域に限って言うと、地域コミュニティにチャンネルを設けて、しっかりとトリアージしつつ、必要なヘルスケアサービスに繋げるのが大事。それが郊外型の地域包括ケアシステムの根幹。

▽郊外と言っても資源がない訳ではない。例えば、患者が大病院に来ると「紹介状なしでは診られない」と言われて戻って来るとか、介護保険を使ってみようかというと「何のサービスを使いますか?」と聞かれてデイサービスと答えられずに困ってしまうケース。つまり、資源は意外とあるのに、キチンと繋がっていない。何処に行ったら良かったか、どういう言い方だとやって貰えるか、コーディネートできる人が地域レベルでニーズを繋いでいくユニットが必要。この機能を私達は暮らしの保健室や協議会に見出している。これから一年後に発展し、制度化できているかもしれない。

▽責任主体の明確化が大事。単なる連携では無責任になるリスクもあるので、責任主体の候補として総合診療医が一つの役割を果たすのではないか。そうした責任主体を制度として位置付けるべきだ。

▽地域包括ケアは「ケアを通じたまちづくり」であり、サービス体制を整備しただけでは完結しない。住民が主体的に参加しなければならない。

▽地域の課題が見えてないと、地域包括ケアはできない。地域における課題や資源がバラバラであり、やり方は千差万別。地域資源や課題を把握しなければ、地域包括ケアの入口に入れない。地域の疾病構造や課題、地域資源を把握する必要がある。

▽政策決定の分権化が重要であり、地方で主体的に判断できるようにするべきだ。その場合、地域に差異や格差が出て来ると思うが、その差異を見せることで、「何故ウチの自治体はやらないのか?」といった形で住民の議論を喚起させることが可能になる。そのことを通じて、地域包括ケアの基礎となる住民の当事者意識、住民自治を喚起できるのでは。

(4)フロアとの意見交換

(医療と介護連携の在り方)

▽確かに治療の観点で見れば医療は広範囲になるが、高齢者が暮らす点で見ると、医療と介護の分離は難しい。臓器別専門医のエリアは15~20万人ぐらいの単位で置くべき。コミュニティレベルでは医療・介護を一体で提供し、総合診療医が統轄すべきと考えている。

▽医療に介護が必要な生活上のリスクを抱える患者が多数潜在しており、介護にも医療が必要な健康リスクを抱える利用者が多数潜在している。医療と介護は突き止めていくと別物だが、シェアすべき情報はある。例えば、少しだけ口腔ケアを提供すれば自宅での生活を送れる人の場合。しかし、結果的に誤嚥性肺炎で入院した場合、介護から見るとマイナスになる。一方、自宅での生活を重視する余り、医療側が何か助言しても「悪くなったら救急車を呼びますので、大丈夫です」と言って関係が切れる時もある。医療側から見ると、生活の視点がないので、脱水症状で入院して胃瘻を付けるケースも起きてしまう。

▽「医療・介護で情報をシェアすべきだ」という議論が多いが、何処が共有されるべき情報なのかを明確にすべき。最初に「見える化」したのが加齢の悪循環スパイラル。グループワークでワークシートとして使いつつ、ディスカッションする。グループワークをやると、お互いの違いに気付く。例えば、病院に勤めている人であれば退院支援でしか見られないし、民生委員は歯が抜けるリスクしか書けない。しかし、多職種でディスカッションすると全部シートを埋められる。すると、「今度は何処に気を付けなければならないか?」という視野が初めて出て来るので、「事前に情報を共有すれば良い」「ここの部分で連携すれば良いと」という連携になる。一つの事例として、肺炎を起こした場合に早く、慢性腎炎の人が3キロ増えたら医療機関に連絡すれば入院せずに済むので、多職種で連絡し合う「見守りパス」という活動をやっており、先日に地域包括支援センターから「利用者の3キロ体重が増えた」という連絡が入り、初めて機能した。こういう形で事例を蓄積し、モデル化してワークフローに落とし込んで、共有すべき情報は何なのか示していくべきだ。

(地域包括ケアにおける住宅の在り方)
▽何処に住むかは重要な課題。我々の地域では多くの住民が自宅を持っている。しかし、高齢者にとって自宅はバリアだらけだし、風も入る。キチンと住まいを整備すれば施設に入らなくても自立できる高齢者は多いし、高齢者住宅を整備して専門職が行けるようなシステムを整備すれば生活できる。医療から見ると、住民がバラバラに住んでいる地域に訪問診療すると効率が悪い。しかも中心地域が空洞化して店がなくなっており、高齢者は買い物に行けなくなる。役所や駅の近くに高齢者住宅の整備を進めるべきではないか。

▽地域に産業がないので、住民は東京に通勤して生活を成り立たせている。その結果、地域から若者がいなくなるので、自治会で何かやろうとしても高齢者と子供しかいなくなり、地域文化の継承が繋がらなくなる。そこで、我々の地域ではドロップアウトした人のインターンシップ、グリーンツーリズムのプログラムを作ることで、地域に若者が帰って来やすい取り組みを作ろうとしている。病院が「住民の一員」として地域で活動することと思っている。だからこそ相談して貰えるし、住民の家に上げて貰える。しかし、若者が生計を立てられない現状は問題として考えなければならない。

▽首都圏近郊は殆どのインフラを東京に依存し、埼玉県には家とスーパーしかないという地域が多い。そういった人は地域に戻って来ても生活が成り立たないし、その地域に以前から住んでいる人とも相性が合わない。会社時代の名残を引きずったまま、自治会で業務命令をやる人も出て来る。

(地域包括支援センターの強化)
▽多くの市町村が財政的な面だけで民間に委託しているのは残念。自治体は主体的に取り組むべき。地域の課題を把握する上で保健師は重要であり、保健師を配置して市町村が責任を持って運営すべきだ。

▽地域包括支援センターが単独で全ての課題に対応するのは困難。地域のインフォーマルサービスを発掘し、課題や連携先を把握した上で方策を考えるべきだ。その昔、保健師は集団同士を引き合わせて地域課題を解決してきた。保健師が以前からやっていたことを重要視しており、保健師のやって来たことを復活させようというのが在宅医療連携推進室の役割と思っている。

▽行政はインフォーマルサービスと繋がりにくい。社会福祉協議会が地域通貨を使いつつ、地域支援事業的な「幸せ手伝い隊」という活動をやっている。65歳以上の高齢者を採用し、風呂掃除や窓ふきなどを介護保険でできないサービスを有償ボランティアで提供し、商品券として還元している。しかし、社協でやると縛りが出て来る。その一方で、コーヒー1杯280円で何時間も客が滞在するコミュニティカフェを「収益事業」と言われてしまう。地域資源を繋いで機能化していくための方策も見直されるべきではないか。

(地域医師会との関係)
▽まず、医師会内部の事情を理解する。例えば、「連携が難しい理由は何なのか?」などを把握する。医師会トップとしても(内部の)色んな意見をまとめて行くのは大変であり、新しい事業に飛び付くのも大変。幸手市のプログラムは在宅医療の推進ではなく、見守りに加えて「医師の負担軽減」を目的に掲げている。同時に、医療以外の問題で困っている住民が多いので、コミュニティナースが動いたり、我々が引き受けたりすることで、「これはイイね」と気付いて貰う。少しずつ信頼関係を作っていくことが重要。

▽「とねっと」のデータベースには口腔ケアが必要な患者のデータが入っている。患者データを関係者で共有することについて事前に了解を得ているので、これを地区の歯科医師に見せると一気に顧客リストに変わる。当然、歯科医師会は反応するし、地区歯科医師会は「誤嚥性肺炎を無くすことが役目」と言い始めてくれている。

(都市部を中心とした総合診療医の育成)
▽総合診療医は何でもできる医者として、「十種競技の選手であるべきだ」という意見がある。そうすると、内科、外科などの研修を何カ月も義務付ける話になるので、いつまで経っても総合診療医は生まれない。総合診療医は治療面でゲートキーパーとして振る舞い、むしろ「地域を診る目」を持つべきだ。専門分野は臓器ではなく、地域の資源、住民のニーズをつかみ取ることが総合診療医にとって重要であり、住民と医療のエージェントとなる存在。しかし、大学病院で教育は無理なので、教育プログラムではなく実際に経験できる「場」が大事。地域医療はニーズが色々とあるので、現場に行くしかない。地域の病院や診療所が教育の現場になるべきだ。

▽地域医療とは「地域で医療をやる」のではなく、「地域全体を診る」ことを意味する。地域課題も「地域の疾患」として治療することが地域医療の役目。独協医大越谷病院の総合診療プログラムに、東埼玉総合病院の研修を組み込んで貰った。研修では現場に来るのが一番。地域の食堂で話し、(地域住民の)本音や文句を聞き、そこから何を学び、誰と組めるのか、何をやっていくのか、どういうアウトカムを出して行くのか考えることが重要。

(成果指標、健康度の測定)
▽成果指標はカネではなく、限りある生を終えるに際して「もっと良い人生があったのか」と思うのではなく、「自分の人生悔いなし」と思えるのが究極の成果ではないか。

▽「末病」対策よりも、病気に罹った人の対策を重視している。高齢化が進んでいるので、10年前よりも発症予防よりも重症化予防にフェースが変わっている。特に認知症、慢性疾患。HER(電子健康記録)を使って集団疾病管理をやっている。

▽成果指標としては、孤独死の減少が分かりやすい。以前は1カ月、複数名の孤独死が出ていたが、半年以上ゼロが続いている。何らかの貢献ができたと思っている。

▽我々は需給ギャップ解消やケアのインテグレーションを目指しており、前者に関しては「地域コミュニティから潜在的なリスクを持つ患者のトリアージを通じて、必要なヘスルケアサービスに如何に繋ぐか」を指標にしている。後者に関しては勉強会の開催回数など。顔を見える関係づくりに向けて、ワークシートを使ってスキルアップしていくことは地域のレベルアップに繋がっていくと思っている。

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