評者:手賀 裕輔(二松学舎大学国際政治経済学部専任講師)
フリードバーグによれば、中国はアメリカにとってグレーゾーンにある単純明快には割り切れない存在であるという。なぜなら、「中国は主要な貿易相手だが民主主義国ではなく、また現時点において信頼できる友好国でもなければ不倶戴天の敵でもない」からである。そして「それゆえに、中国の台頭は、物質的な側面の分かりやすさとは異なり、アメリカの戦略家、さらにアメリカという国家に対して、大きな知的難題を突きつけている」(5頁)のである。この「知的難題」に真正面から取り組んだ成果が本書であるといえる。
第1章では、中国が大国として登場するまでの歴史的過程を概観する。18世紀半ばの産業革命を契機として優位に立った西洋によって半植民地化された中国は、第二次世界大戦後、中華人民共和国の成立とその後の改革開放を経て、急激な経済成長を遂げる。その結果、21世紀の現在では、中国は世界の行方を左右する大国にまで成長することになったのである。
第2章では、マクロな視点から台頭する中国と覇権国アメリカの将来を形成する7つの要因について分析がなされている。これらの要因は大きく分けて、米中対立を悪化させる要因(①縮まる国力のギャップ、②イデオロギー・政治体制の相違)と米中関係に協力と平和をもたらす要因(③経済的相互依存、④中国の自由民主主義への移行、⑤中国の国際社会への統合、⑥米中共通の脅威の存在、⑦核兵器の存在)とに分類することができる。このうち、①と②が米中関係において決定的な重要性を持ち、他方で、③と⑦は関係悪化をある程度緩和するが、大きな限界が存在する。また⑤や⑥は、筆者によればほとんど影響を及ぼさない。最後に残る④が現実のものとなれば、米中関係は根本的に改善されるであろうが、その徴候は全く見られない。以上の7つの要因を総合的に勘案すると、中国が成長を続け、一党独裁体制を継続する限り、米中関係は悪化し、競争的になることは避けられないということになる。
第3章から第7章にかけては、米中両国政府の指導者による思考・決断・戦略などよりミクロな要素に分析の焦点が絞られる。なかでも第3章と第4章は、アメリカの対中政策についての考察にあてられている。フリードバーグによれば、アメリカの対中政策は20年ごとに変化してきた。1949年から1969年は中国を孤立させるための「封じ込め」、1969年から1989年はソ連を共通脅威とした「連携」、そして1989年以降は協調と競争の二つの要素が混在する政策が追求されてきたのである。ここで、筆者は1989年の天安門事件以降現在までアメリカがとっている対中政策を「封じ込め」(Containment)と「関与」(Engagement)を統合したコンゲージメント(Congagement)戦略と呼んでいる。このコンゲージメント戦略とは、一方で中国に関与することで中国の国際社会への統合や民主化を促進しつつ、他方でアメリカの軍事力を維持し、同盟国との関係強化を通じて中国の軍事的台頭を封じ込めることを眼目とする。
他方で中国の対米政策はどのようなものなのであろうか。この問題は、第5章から第7章で詳細に検討されている。中国は基本的に「平和と発展」を現在の世界の基調と認識しており、冷戦後のアメリカの優位に不満を抱きながらも、「一超多強」のシステムを受け入れてきた。しかし、中国にとって最大の脅威は一貫してアメリカによる「和平演変」と軍事的封じ込めであり、近年のイラク問題や金融危機でのアメリカの躓きによって、新たな形の二極体制が出現しつつあると考えるものも中国には現れつつある。
こうした現状評価を踏まえ、中国はどのような原則に基づいて対米政策を展開しているのであろうか。トウ小平の言葉を借りれば、「韜光養晦(能力を隠して好機を待つ)」と約言できる。中国はアメリカがテロリズムの問題に集中する2000年から2020年までの20年間を「戦略的好機」と捉え、総合的国力を増強しようとしている。しかし、十分な国力を蓄えるまでは、アメリカの警戒感を引き起こし、衝突に至ることを避け、あくまでも漸進的に国力を増強することを原則としている。ただし、近年の中国の急速な台頭に伴い、こうした協調的な姿勢を放棄し、より強硬な立場をとるべきとの声が増しているという。
フリードバーグによれば、以上のような現状評価と原則を掲げる中国の最終目的は、アジアにおいて支配的・優越的な地位を持つ大国になることである。ここで筆者が注意を喚起するのは、こうした中国の目的が単なる国力増大の帰結ではないことである。中国の対外的目標や目標追求の手段は、権威主義体制という国内政治システムによって大きく規定される。国内統治の正当性に不安を抱える中国共産党は、一党支配体制にとって安全な国際環境を維持するために優越的支配を追求せざるをえないのである。そして、中国は最終的にはアジアにおけるアメリカのプレゼンスと影響力を低下させ、排除したいと目論んでいる。
続く第8章と第9章では、上記の分析を踏まえて、米中間の「支配への競争」が現在どのような状況にあるのかが検討されている。第一に筆者が注目するのは、「ソフト」で無形の影響力をめぐる米中間の競争である。ここで特徴的な議論は、アメリカが中国へ影響力を行使するために関与政策を重視すべきとの主張を筆者が強く批判する点である。関与政策を支持する人々は、中国の国際社会への統合や民主化促進のために対中関与を推進すべきと説く。しかしフリードバーグは、これまで関与政策をとってきたにもかかわらず、中国の行動は何ら変化せず、依然として民主化運動は抑圧され、国際社会への中国の協力は不十分であると反論する。それどころか、中国は政治的抑圧と経済発展を組み合わせた「権威主義的資本主義」モデルを作り出そうとさえしている。他方で、中国は巧みな広報外交やアメリカ国内に存在する産業界・金融界・政治家・元政府高官・研究者からなる「上海グループ」を通じてアメリカの政策や世論に強い影響を及ぼすことに成功しているのである。
第二に筆者が議論するのが力の均衡、すなわち米中間の軍事的競争である。通常戦力と核戦力の両面においてアメリカは世界最強の軍事力を保持している。しかし、中国は通常戦力に関しては、「接近阻止」・「領域拒否」(A2AD)戦略を導入することで、西太平洋での米軍の行動の自由を大きく制限しようと試みている。また核戦力の面でも、中国は新たな大陸間弾道ミサイルの開発などによって報復能力を確保しつつあり、アメリカの優位性は急速に失われようとしている。しかしながら、中国は貿易に死活的に依存しているにも関わらず、海洋をはじめとするグローバル・コモンズを支配することはできておらず、大きな戦略的脆弱性を抱えている。さらに長期的に見れば、出生率の低下や急速な高齢化に伴う経済成長の鈍化(「富む前に老いる」)など中国にとって大きな懸念材料となりうる問題も存在する。
最後の第10章と第11章では、米中の「支配への競争」の現状を踏まえて、アメリカはどのような対中政策をとるべきなのかという問題が考察される。まず、フリードバーグは中国に対する対決政策と宥和政策という両極端の政策を斥ける。中国への対決政策は戦争のリスクを増加させ、同盟国の懸念と中立化を招きかねないばかりか、中国国内の国家主義や反自由主義を強める結果を招く。他方で、アメリカの相対的な力の低下を前提に米中二極共同統治を容認する宥和政策は、中国の拡張主義的行動を増長しかねない危険性を抱えている。
以上のように考えれば、アメリカのとるべき選択肢はやはりコンゲージメント戦略ということになる。ここで焦点となるのが、コンゲージメント戦略を構成する要素のうち封じ込めと関与のどちらの要素をより強化すべきなのかという点である。フリードバーグの立場は前者の立場、つまり封じ込めの要素を重視し、バランシングを強化すべきというものである。なぜならば、関与政策は結局中国の国際社会への統合や民主化を実現できておらず、失敗した政策をさらに深化させる必要性はないためである。筆者の分析によれば、米中間の協力失敗の原因は対話の不足ではなく、根本的に異なる国益にあった。また中国の軍拡へ消極的姿勢をとれば、中国の誤解や誤算など意図せざる紛争のリスクを増加させてしまう危険性がある。さらに同盟国はアメリカがバランシングを軽視すれば、アメリカの決意に疑念を抱き、見捨てられる恐怖から対中宥和政策をとる可能性も出てくる。こうした問題点を勘案すれば、アメリカは海洋での支配を維持し、「ハブ・アンド・スポークス」の強化に努めることを通じて、友好国・同盟国とともに、中国による強制や武力行使を抑止するために十分な軍事的優位を維持すべきだというのがフリードバーグの最終的な結論である。
本書の第二の特徴は、上記の説明とは一見矛盾するが、関与政策に対して学術的な観点から体系的批判が加えられている点である。1990年代はじめ、冷戦終結による中国の戦略的価値の低下と、天安門事件を通して中国の政治体制の異質性を目の当たりにしたアメリカでは、中国との関係を維持する必要性に対して疑問の声が高まった。しかし、こうした懐疑的な見方に対して、中国を国際社会に取り込み、経済成長を通じて民主主義を促進するためにもアメリカは中国への関与を継続すべきであるとの立場は大きな支持を得てきた。フリードバーグも指摘するように、こうした考え方は、経済的利益を重視する経済界や政策コミュニティ内のリベラル派からの強い支持を受けることができたからである。こうした関与重視論に対して、筆者は中国が依然として国際的規範を遵守しているとは言えず、民主化も停滞している現状を指摘し、関与政策の妥当性に疑問を投げかける。さらに過剰な関与政策は、中国の拡張主義と同盟国の不安をともに助長する危険性があるとも指摘する。従来の関与政策に対する批判はイデオロギー的色彩の強いものが多かったが、現状を踏まえ、アメリカの世界戦略・アジア戦略の観点から批判を行っている点が本書の議論の特徴である。こうした筆者の主張については議論の余地があるであろうが、どのような立場に立つにせよ、アメリカの今後の対中政策を考える上では、筆者が提起した関与政策の問題点について検討することを避けては通れないであろう。
第一点は、筆者が主張するバランシング強化が抱える潜在的な危険性である。フリードバーグはコンゲージメント戦略の枠内でのバランシング強化こそがアメリカのとるべき対中政策であると説く。確かに、再三論じてきたように関与政策は多くの問題を抱えており、また近年の中国による積極的な海洋進出に対して、アメリカは一定のバランシングによって明確なシグナルを伝達すべきとの意見には一定の説得力がある。しかしながら、フリードバーグ自身も極端な選択肢であるとして中国との対決政策を理論上は排除しているものの、本書で提案されるバランシングの強化を際限なく進めていけば、実質的には対決政策との境界線は曖昧となり、全面的な米中対決へと陥る危険性があることも認識すべきであろう。言うまでもなく、バランシングと対決政策を明確に区別する基準は存在せず、主観的な要素に左右される可能性が多分に存在する。中国の行動を注意深く見極めながら妥当なバランシングを模索していく必要性があるであろう。
第二点として、上記のコメントと関連するが、コンゲージメント戦略自体が抱える問題点も指摘したい。コンゲージメント戦略が理想的に機能した場合には、関与政策によって中国と良好な関係を維持しつつ、封じ込め(ヘッジ)政策によって台頭する中国の国力に不安を覚える同盟国へ安心を供与することが可能となる。この時、アメリカが得られる経済的、軍事的利益は最大化することになる。しかしながら、関与と封じ込めの均衡が崩れた場合、同盟国はアメリカの対中関与政策の行き過ぎに不安と不信を抱くようになる一方で、中国からは強硬な封じ込め政策に対する反発を招くという結果に陥る可能性がある。このような事態に陥れば、アメリカはアジアにおいて同盟国からの協力を得られず影響力を低下させた状態で、中国による国際的なルールを逸脱した行動に対処しなければならなくなる。この点から見ても、コンゲージメント戦略で関与と封じ込めの均衡を保つことはアメリカにとって大きな課題となるであろう。
以上に見てきたように、フリードバーグの議論は終止一貫しており、主張は明確である。それゆえ、読者の賛否も明確に分かれるかもしれない。しかし、本書では非常に包括的な論点に関して丁寧な議論がなされており、その主張は知的に真摯な態度に裏付けられている。筆者が導きだした結論に賛成するにせよ、反対するにせよ、米中関係と今後の日本外交を考える上で、本書が提示する論点や問題点を議論することは避けて通れないであろう。日本ではとかく単純化された米中関係についての議論が多く見られがちであるが、本書は米中関係が持つ複合性と多層性を理解することの重要性に気づかせてくれる。本書のように学術的価値が高く、研究者のみならず、実務家や学生にとっても有益な視座と情報を提供してくれる研究書が翻訳され、日本語で読めるようになったことを歓迎したい。
1. はじめに:中国という「知的難題」
本書は、アメリカと中国の間で現在繰り広げられているアジアをめぐる熾烈な「支配への競争」の現状を分析し、アメリカがとるべき対中政策について論じた著作である。著者のアーロン・フリードバーグはアメリカを代表する国際政治学者の一人であり、 The Weary Titan(1988)や In the Shadow of the Garrison State(2000) などの著作で知られている。これらは、19世紀末のイギリスの衰退、米ソ冷戦期のアメリカの国家のあり方に関する研究であり、権力移行や大国間政治に一貫して関心を寄せてきた著者が、次の研究対象として21世紀の世界を大きく規定する米中関係を選んだことは、自然なことであったと言えるだろう。また、フリードバーグはブッシュ(子)政権においてチェイニー副大統領の国家安全保障担当副補佐官を、2012年大統領選挙では共和党のロムニー大統領候補の外交政策顧問を務めたことでも知られている。「訳者あとがき」にもあるように、まさに「学究と政策の双方の最高峰を往来して活動してきた」人物と言える。フリードバーグによれば、中国はアメリカにとってグレーゾーンにある単純明快には割り切れない存在であるという。なぜなら、「中国は主要な貿易相手だが民主主義国ではなく、また現時点において信頼できる友好国でもなければ不倶戴天の敵でもない」からである。そして「それゆえに、中国の台頭は、物質的な側面の分かりやすさとは異なり、アメリカの戦略家、さらにアメリカという国家に対して、大きな知的難題を突きつけている」(5頁)のである。この「知的難題」に真正面から取り組んだ成果が本書であるといえる。
2. 本書の概要
以下本節では、本書の議論の概要を見ていきたい。第1章では、中国が大国として登場するまでの歴史的過程を概観する。18世紀半ばの産業革命を契機として優位に立った西洋によって半植民地化された中国は、第二次世界大戦後、中華人民共和国の成立とその後の改革開放を経て、急激な経済成長を遂げる。その結果、21世紀の現在では、中国は世界の行方を左右する大国にまで成長することになったのである。
第2章では、マクロな視点から台頭する中国と覇権国アメリカの将来を形成する7つの要因について分析がなされている。これらの要因は大きく分けて、米中対立を悪化させる要因(①縮まる国力のギャップ、②イデオロギー・政治体制の相違)と米中関係に協力と平和をもたらす要因(③経済的相互依存、④中国の自由民主主義への移行、⑤中国の国際社会への統合、⑥米中共通の脅威の存在、⑦核兵器の存在)とに分類することができる。このうち、①と②が米中関係において決定的な重要性を持ち、他方で、③と⑦は関係悪化をある程度緩和するが、大きな限界が存在する。また⑤や⑥は、筆者によればほとんど影響を及ぼさない。最後に残る④が現実のものとなれば、米中関係は根本的に改善されるであろうが、その徴候は全く見られない。以上の7つの要因を総合的に勘案すると、中国が成長を続け、一党独裁体制を継続する限り、米中関係は悪化し、競争的になることは避けられないということになる。
第3章から第7章にかけては、米中両国政府の指導者による思考・決断・戦略などよりミクロな要素に分析の焦点が絞られる。なかでも第3章と第4章は、アメリカの対中政策についての考察にあてられている。フリードバーグによれば、アメリカの対中政策は20年ごとに変化してきた。1949年から1969年は中国を孤立させるための「封じ込め」、1969年から1989年はソ連を共通脅威とした「連携」、そして1989年以降は協調と競争の二つの要素が混在する政策が追求されてきたのである。ここで、筆者は1989年の天安門事件以降現在までアメリカがとっている対中政策を「封じ込め」(Containment)と「関与」(Engagement)を統合したコンゲージメント(Congagement)戦略と呼んでいる。このコンゲージメント戦略とは、一方で中国に関与することで中国の国際社会への統合や民主化を促進しつつ、他方でアメリカの軍事力を維持し、同盟国との関係強化を通じて中国の軍事的台頭を封じ込めることを眼目とする。
他方で中国の対米政策はどのようなものなのであろうか。この問題は、第5章から第7章で詳細に検討されている。中国は基本的に「平和と発展」を現在の世界の基調と認識しており、冷戦後のアメリカの優位に不満を抱きながらも、「一超多強」のシステムを受け入れてきた。しかし、中国にとって最大の脅威は一貫してアメリカによる「和平演変」と軍事的封じ込めであり、近年のイラク問題や金融危機でのアメリカの躓きによって、新たな形の二極体制が出現しつつあると考えるものも中国には現れつつある。
こうした現状評価を踏まえ、中国はどのような原則に基づいて対米政策を展開しているのであろうか。トウ小平の言葉を借りれば、「韜光養晦(能力を隠して好機を待つ)」と約言できる。中国はアメリカがテロリズムの問題に集中する2000年から2020年までの20年間を「戦略的好機」と捉え、総合的国力を増強しようとしている。しかし、十分な国力を蓄えるまでは、アメリカの警戒感を引き起こし、衝突に至ることを避け、あくまでも漸進的に国力を増強することを原則としている。ただし、近年の中国の急速な台頭に伴い、こうした協調的な姿勢を放棄し、より強硬な立場をとるべきとの声が増しているという。
フリードバーグによれば、以上のような現状評価と原則を掲げる中国の最終目的は、アジアにおいて支配的・優越的な地位を持つ大国になることである。ここで筆者が注意を喚起するのは、こうした中国の目的が単なる国力増大の帰結ではないことである。中国の対外的目標や目標追求の手段は、権威主義体制という国内政治システムによって大きく規定される。国内統治の正当性に不安を抱える中国共産党は、一党支配体制にとって安全な国際環境を維持するために優越的支配を追求せざるをえないのである。そして、中国は最終的にはアジアにおけるアメリカのプレゼンスと影響力を低下させ、排除したいと目論んでいる。
続く第8章と第9章では、上記の分析を踏まえて、米中間の「支配への競争」が現在どのような状況にあるのかが検討されている。第一に筆者が注目するのは、「ソフト」で無形の影響力をめぐる米中間の競争である。ここで特徴的な議論は、アメリカが中国へ影響力を行使するために関与政策を重視すべきとの主張を筆者が強く批判する点である。関与政策を支持する人々は、中国の国際社会への統合や民主化促進のために対中関与を推進すべきと説く。しかしフリードバーグは、これまで関与政策をとってきたにもかかわらず、中国の行動は何ら変化せず、依然として民主化運動は抑圧され、国際社会への中国の協力は不十分であると反論する。それどころか、中国は政治的抑圧と経済発展を組み合わせた「権威主義的資本主義」モデルを作り出そうとさえしている。他方で、中国は巧みな広報外交やアメリカ国内に存在する産業界・金融界・政治家・元政府高官・研究者からなる「上海グループ」を通じてアメリカの政策や世論に強い影響を及ぼすことに成功しているのである。
第二に筆者が議論するのが力の均衡、すなわち米中間の軍事的競争である。通常戦力と核戦力の両面においてアメリカは世界最強の軍事力を保持している。しかし、中国は通常戦力に関しては、「接近阻止」・「領域拒否」(A2AD)戦略を導入することで、西太平洋での米軍の行動の自由を大きく制限しようと試みている。また核戦力の面でも、中国は新たな大陸間弾道ミサイルの開発などによって報復能力を確保しつつあり、アメリカの優位性は急速に失われようとしている。しかしながら、中国は貿易に死活的に依存しているにも関わらず、海洋をはじめとするグローバル・コモンズを支配することはできておらず、大きな戦略的脆弱性を抱えている。さらに長期的に見れば、出生率の低下や急速な高齢化に伴う経済成長の鈍化(「富む前に老いる」)など中国にとって大きな懸念材料となりうる問題も存在する。
最後の第10章と第11章では、米中の「支配への競争」の現状を踏まえて、アメリカはどのような対中政策をとるべきなのかという問題が考察される。まず、フリードバーグは中国に対する対決政策と宥和政策という両極端の政策を斥ける。中国への対決政策は戦争のリスクを増加させ、同盟国の懸念と中立化を招きかねないばかりか、中国国内の国家主義や反自由主義を強める結果を招く。他方で、アメリカの相対的な力の低下を前提に米中二極共同統治を容認する宥和政策は、中国の拡張主義的行動を増長しかねない危険性を抱えている。
以上のように考えれば、アメリカのとるべき選択肢はやはりコンゲージメント戦略ということになる。ここで焦点となるのが、コンゲージメント戦略を構成する要素のうち封じ込めと関与のどちらの要素をより強化すべきなのかという点である。フリードバーグの立場は前者の立場、つまり封じ込めの要素を重視し、バランシングを強化すべきというものである。なぜならば、関与政策は結局中国の国際社会への統合や民主化を実現できておらず、失敗した政策をさらに深化させる必要性はないためである。筆者の分析によれば、米中間の協力失敗の原因は対話の不足ではなく、根本的に異なる国益にあった。また中国の軍拡へ消極的姿勢をとれば、中国の誤解や誤算など意図せざる紛争のリスクを増加させてしまう危険性がある。さらに同盟国はアメリカがバランシングを軽視すれば、アメリカの決意に疑念を抱き、見捨てられる恐怖から対中宥和政策をとる可能性も出てくる。こうした問題点を勘案すれば、アメリカは海洋での支配を維持し、「ハブ・アンド・スポークス」の強化に努めることを通じて、友好国・同盟国とともに、中国による強制や武力行使を抑止するために十分な軍事的優位を維持すべきだというのがフリードバーグの最終的な結論である。
3. 本書の特徴:コンゲージメント概念の提示と関与政策への体系的批判
本書の特徴としては第一に、従来関与か封じ込めかの二分法で語られていたアメリカの対中政策を統合する概念としてコンゲージメント戦略を提示した点を指摘すべきであろう。冷戦後のアメリカの対中政策が論じられる際には、各政権が関与政策をとるのか、封じ込め政策をとるのかが注目されてきた。ブッシュ(父)政権は天安門事件に直面しながらも関与政策を維持し、クリントン政権とブッシュ(子)政権は中国に対する強硬姿勢を掲げて登場したものの、それぞれ経済的要因やテロなどの安全保障上の要因によって徐々に関与政策へと移行していった。さらに、オバマ政権は当初は関与政策の色彩を強く打ち出したものの、自己主張を強める中国の振る舞いに直面し、徐々に封じ込めへと移行していったと一般に説明される。しかし、各政権ともに緊密化した中国との貿易や投資を断ち切ったり、不透明な形で急速に軍事力を増強する中国に対して何ら行動をとらなかったりするということは事実上不可能であった。実質的にはアメリカは関与政策によって経済的利益を獲得しながらも、同時に封じ込め(ヘッジの方がより正確であろう)政策によって中国の軍事的支配を阻止してきたのである。こうした従来の二分法では見えなかったアメリカの対中政策の重層性を浮き彫りにし、より正確で柔軟な理解を可能にした点こそが、コンゲージメントという概念の有用性を示している。本書の第二の特徴は、上記の説明とは一見矛盾するが、関与政策に対して学術的な観点から体系的批判が加えられている点である。1990年代はじめ、冷戦終結による中国の戦略的価値の低下と、天安門事件を通して中国の政治体制の異質性を目の当たりにしたアメリカでは、中国との関係を維持する必要性に対して疑問の声が高まった。しかし、こうした懐疑的な見方に対して、中国を国際社会に取り込み、経済成長を通じて民主主義を促進するためにもアメリカは中国への関与を継続すべきであるとの立場は大きな支持を得てきた。フリードバーグも指摘するように、こうした考え方は、経済的利益を重視する経済界や政策コミュニティ内のリベラル派からの強い支持を受けることができたからである。こうした関与重視論に対して、筆者は中国が依然として国際的規範を遵守しているとは言えず、民主化も停滞している現状を指摘し、関与政策の妥当性に疑問を投げかける。さらに過剰な関与政策は、中国の拡張主義と同盟国の不安をともに助長する危険性があるとも指摘する。従来の関与政策に対する批判はイデオロギー的色彩の強いものが多かったが、現状を踏まえ、アメリカの世界戦略・アジア戦略の観点から批判を行っている点が本書の議論の特徴である。こうした筆者の主張については議論の余地があるであろうが、どのような立場に立つにせよ、アメリカの今後の対中政策を考える上では、筆者が提起した関与政策の問題点について検討することを避けては通れないであろう。
4. 論点とコメント:バランシングの危険性とコンゲージメント戦略の内在的問題
以下では本書について二点ほど論点を提示し、評者の考えを簡潔に述べたい。第一点は、筆者が主張するバランシング強化が抱える潜在的な危険性である。フリードバーグはコンゲージメント戦略の枠内でのバランシング強化こそがアメリカのとるべき対中政策であると説く。確かに、再三論じてきたように関与政策は多くの問題を抱えており、また近年の中国による積極的な海洋進出に対して、アメリカは一定のバランシングによって明確なシグナルを伝達すべきとの意見には一定の説得力がある。しかしながら、フリードバーグ自身も極端な選択肢であるとして中国との対決政策を理論上は排除しているものの、本書で提案されるバランシングの強化を際限なく進めていけば、実質的には対決政策との境界線は曖昧となり、全面的な米中対決へと陥る危険性があることも認識すべきであろう。言うまでもなく、バランシングと対決政策を明確に区別する基準は存在せず、主観的な要素に左右される可能性が多分に存在する。中国の行動を注意深く見極めながら妥当なバランシングを模索していく必要性があるであろう。
第二点として、上記のコメントと関連するが、コンゲージメント戦略自体が抱える問題点も指摘したい。コンゲージメント戦略が理想的に機能した場合には、関与政策によって中国と良好な関係を維持しつつ、封じ込め(ヘッジ)政策によって台頭する中国の国力に不安を覚える同盟国へ安心を供与することが可能となる。この時、アメリカが得られる経済的、軍事的利益は最大化することになる。しかしながら、関与と封じ込めの均衡が崩れた場合、同盟国はアメリカの対中関与政策の行き過ぎに不安と不信を抱くようになる一方で、中国からは強硬な封じ込め政策に対する反発を招くという結果に陥る可能性がある。このような事態に陥れば、アメリカはアジアにおいて同盟国からの協力を得られず影響力を低下させた状態で、中国による国際的なルールを逸脱した行動に対処しなければならなくなる。この点から見ても、コンゲージメント戦略で関与と封じ込めの均衡を保つことはアメリカにとって大きな課題となるであろう。
以上に見てきたように、フリードバーグの議論は終止一貫しており、主張は明確である。それゆえ、読者の賛否も明確に分かれるかもしれない。しかし、本書では非常に包括的な論点に関して丁寧な議論がなされており、その主張は知的に真摯な態度に裏付けられている。筆者が導きだした結論に賛成するにせよ、反対するにせよ、米中関係と今後の日本外交を考える上で、本書が提示する論点や問題点を議論することは避けて通れないであろう。日本ではとかく単純化された米中関係についての議論が多く見られがちであるが、本書は米中関係が持つ複合性と多層性を理解することの重要性に気づかせてくれる。本書のように学術的価値が高く、研究者のみならず、実務家や学生にとっても有益な視座と情報を提供してくれる研究書が翻訳され、日本語で読めるようになったことを歓迎したい。
0%