上席研究員
小松 正之
日本人になじみの深いマグロ類には、寒冷な海を好む「温帯性マグロ」と暖かい海を好む「熱帯性マグロ」がある。温帯性マグロには、北半球のクロマグロと南半球に生息するミナミマグロがある。クロマグロは大西洋クロマグロと太平洋クロマグロがあり、後者は北半球をフィリピンと台湾沖から太平洋岸と日本海を通過して、米大陸の沿岸のメキシコ半島沖まで回遊する。そのほか、身が白いビンナガマグロがある。
熱帯性のマグロではカツオ、キワダマグロとメバチマグロである。世界のマグロ類の生産量は521万トン(2014年)であるが、大部分がカツオで300万トンを占め、キワダマグロが147万トンである。日本人が大好きなクロマグロと南半球のミナミマグロを入れても世界の漁業生産量はわずか5万トンである。これは全マグロ類の漁業生産量の1%にすぎず、これを日本は過剰な漁獲と買いあさりを続けている。温帯性のマグロは寒い海を泳ぐので防寒用に脂が蓄積され、トロや中トロとして好まれる。
マグロは縄文の貝塚から骨が発見され、日本人が食した歴史は6000年以上に及ぶ。江戸時代には、ねぎま汁などが食されたが、刺身が食卓に上ったのは、冷凍・冷蔵食品を運搬するコールド・チェーンが発展した1970~80年代以降である。それまではトロの部分も腐敗の進行が早く、褐変し、マグロは下魚の扱いを受けた。現在では日本人の食文化の扱いをされるが、その食の歴史は最近30~40年のことである。
そのクロマグロをめぐって、日本は世界から反感を招き、責任ある国家として信用を失墜しかねない瀬戸際に立たされているが、水産行政、政治、流通と漁業者も切迫感が見られずに、規制措置を逃れて、漁獲増大できるかに腐心している。
8月28日から9月1日まで韓国・釜山で第13回中西部太平洋漁業委員会(WCPFC)の北委員会が開催された。この委員会は日本の近海を回遊するクロマグロを管理する役割がある。太平洋のクロマグロは歴史的に見て最低の資源の水準で、あわや絶滅の危機にあるといっても過言でない。昨年12月に開催されたWCPFCの本委員会でもクロマグロはその資源が過剰に漁獲された状態で漁業も過剰に漁獲していると断じられた。
日本は2002~04年の漁獲量水準から30キロ未満の未成魚の漁獲量を50%削減し、4007トンとすること、大型魚を含め漁獲効率を増加させない4882トンとすると、一方的に定めている。これは他の国際機関が採用している科学的根拠に基づく漁獲規制量(ABC)や総漁獲可能量(TAC)とは異なる。このような数値目標(レファランス)が設定されないことは科学委員会グループも問題視している。また、科学委員会を日本の科学者が委員長も含めて長年コントロールし、現在まで北委員会は日本人が議長を務めて、客観的な議論を阻害している。
WCPFCの本委員会がカツオ、メバチマグロの議論では独立した太平洋委員会科学部門(SPC)に科学的評価を委ね、その後各国の科学者がSPCの科学的評価を基に検討するのに比べ、クロマグロの科学評価は独立した検討になっていない。現在のクロマグロの資源状態は初期の資源量のわずか2.6%の状態で、本来であれば、即刻禁漁の状態である。初期の資源の7~10%の水準まで下がったものは貿易を規制する権限のあるワシントン条約では付属書1に掲載されて国際貿易が禁止になる。北東大西洋のクロマグロが付属書1への提案をなされたころの同資源はこの7~10%水準であった。
ところで米国内での世論と新聞の論調は「もし今回の北委員会が責任ある漁業管理に合意しなければ太平洋クロマグロ漁業を禁止し、太平洋クロマグロを食べるのをやめるべきだ」というものが目立ってきた。
今回の日本の北委員会での提案は2.6%から7%への24年までの回復の確率が60%を超えて65%の場合、漁獲量を増やせとのもので、科学的に見れば笑止に堪えない。それは単なる確率である。そして、40~35%も資源がさらに悪化する可能性がある確率を無視している。今の日本提案ではクロマグロ資源が増えても世界の禁漁水準の7%以下にしか回復しない。すなわち、禁漁をすべき時に漁業を拡大したいと言っている。本会合では65%に代えて75%の確率で、また、米国の提案の2034年までに初期資源の20%まで回復させることに合意した。
日本の水産庁は漁業者の願望をそのまま聞き入れることを行政と錯覚している。漁業者は「魚がたくさんいればもっと獲らせろ。いなければさらにもっと獲らせろ」というのが世界中どこでも同じである。このような願望を、科学と理をもって説得するのが政府の役割であるが、それが全くできていない。本来は3~5年禁漁をすれば資源は回復が早いので、それを提案すべきだが、米国の言う最初の資源水準の20%までの24年回復に最低限同意すべきだ。太平洋クロマグロは食べない方がよい。大西洋クロマグロ、ミナミマグロがある。
2017年8月31日『世界日報』を、一部加筆修正のうえ転載