佐野 秀太郎(防衛大学校教授)
モディ政権成立以降、日印関係が「特別戦略的グローバルなパートナーシップ」に引き上げられたことを受けて、日印新時代を迎えることとなった。安倍首相が言及したように、日印関係は「世界で最も可能性を秘めた二国間関係」であり、今後日印両国は経済、エネルギー・気候変動、ガバナンス、安全保障といった様々な分野において協力を強化していくことになろう。
しかしながら、安全保障分野に目を向けた場合、安全保障政策を巡る日印両国の基本的考え方が必ずしも合致するものではないことを忘れてはならない。無論第二次大戦以降日本の安全保障政策の骨幹は米国との同盟関係であり、日本政府はトランプ新政権誕生以降もその基本方針を貫いていく覚悟だ。インドとの関係については、日米安全保障体制の枠組のなかで推進していくというのが日本のスタンスである。これに対し、インドはモディ政権の発足以降、日米豪といった国々との安全保障協力を積極的に推進しようとしている。日本との関係については、あくまでも日印二国間の枠組みのなかで関係強化を図るべきだとの強い認識がインド人有識者の多くのなかにあるように、インドが日米同盟の枠組みのなかで日本との関係強化を図ることについては消極的だ。また、伊藤融氏の指摘の通り、インドが独立以降掲げてきた非同盟政策から確実に脱却を図っていると捉えることは時期尚早であろう。これらのことを踏まえれば、日本が安全保障の分野においてインドとの関係強化を図っていく際には、その進展を過度に期待して早急に成果を追求するのではなく、むしろ現実的に一歩一歩進展させて協力関係の実績を着実に積み上げていくべきであろう。
それでは、日印両国は安全保障の分野においてどのような形で協力できるか。それは、国連の平和維持活動(PKO)及び人道支援・災害救援(HADR)といった国際貢献の場においてとりわけ自衛隊とインド軍が現場で積極的に協力していくことだ。それは、① 今日国際社会がPKOやHADRに対処していくなか、各国軍の役割拡大に対する期待が益々拡大していること、② 自衛隊及びインド軍がその経験や教訓を共有できる分野が増大していること、③ PKO及びHADRの現場では現地国及び現地住民を直接的に支援していくことが最大の目標であることを受けて、日印両国を含む各国が綿密に調整・協力することが求められており、安全保障政策の相違によって日印両国の国益が直接的に衝突する危険性が少ないことといった要素が、日印協力を着実に促進できる要因となっている。
近年、日本は国家安全保障戦略の新設、防衛計画の大綱の改定、また平和安全法制の整備など数々の国家安全保障政策に取り組んできた。これは日本が国際協調主義に基づく積極的平和主義の旗印の下、アジア・太平洋地域及び国際社会の平和と安定のためにこれまで以上に積極的に寄与していく決意があることを示したものだ。日本は国際社会の一員に復帰して以来、冷戦終結まで専ら財政的支援及び非軍事的側面において国際貢献してきたが、湾岸戦争を境に軍事的にも目に見える形で国際貢献に従事するようになった。1992年に自衛隊がカンボジアのPKOに派遣されて以来、自衛隊は世界各地に展開してPKOに従事することになった。この間日本は自衛官を国連PKO局に派遣するようになっており、2008年以降ではアフリカのPKOセンター13カ所に財政支援を実施したほか、ケニア、ガーナ、マリ、カメルーン、エジプト、南アフリカ、エチオピアのPKOセンターに対して自衛官を派遣している。また、日本は国連PKO部隊のマニュアルの策定にも貢献しており、能力支援及びアフリカにおける早期展開支援の場においても国際の平和維持のために責任を果たし始めている。一方、インドが国連PKOに従事してきた経験は長く、その実績は多大なものである。これまで44以上の任務に約18万人規模の兵士を派遣しており、そのなかには施設部隊を主体とした日本の状況とは異なり多くの歩兵部隊も含まれている。また、インドはPKOに従事した際にこれまで多くの犠牲(2015年6月現在、24任務において159人の兵士が命を失っている)を被っているが、今後も引き続きPKOに積極的に貢献していく構えだ。このように日印両国が積極的にPKOに従事していることを受けて、両国が密接に連携を図って活動する機会は確実に増えている。実際、南スーダンでは、現在インド隊の一部が日本隊と同様にジュバに展開して活動しており、両国間の交流が深まっている。また、2015年に入り自衛官がインドのPKOセンターにも派遣されたが、この動きは日印両国の協力関係を現場レベルで着実に推進できる重要な一歩だ。一方、日印両国は現在カーンクエストといった国際平和維持活動に係る多国籍訓練に参加しているが、PKOの現場で今後一層両国の関係強化を図れるよう、このような共同訓練に引き続き積極的に従事していくことが重要である。
HADRも日印両国が積極的に協力関係を着実に強化できる場だ。今日、世界で発生する天然災害の約70%がアジア・太平洋地域で生起しているため、日印両国が協力してリーダーシップを発揮することが可能である。これまでにも日本はJICAを中心にHADRに従事してきたが、1998年以降自衛隊もその活動に積極的に従事するようになっている。2014年にアフリカ西部でエボラ熱が発生した際には、ドイツの米アフリカ軍司令部に自衛官が連絡官として派遣された。一方、インドも近年HADRに積極的に取り組んでいる。スリランカやアフガニスタンなどの国々では人道支援活動に従事し、スマトラ沖地震(2004年)、フィリピン台風(2013年)及びネパール大地震(2015年)が発生した際には、災害救援活動にも積極的に貢献している。また、インドは近年HADRに係る能力強化についても努力を図っている。2007年には米国からドック型揚陸艦(LPD)を購入したほか、日本からは現在海上自衛隊の救難飛行艇US-2の導入を検討している。HADRに係るインド軍の能力向上は日印両国が協力できる機会を増大することになろう。
一方、日印両国は、現場での協力に加え、ARFといった地域機構の枠組みのなかでHADRについて協力することも可能だ。2011年に設立されたAHAセンター(ASEAN防災人道支援調整センター)は、平時からASEAN域内における災害の継続的な監視及び災害状況のリスク評価を実施し、災害発生時にはASEAN各国と災害情報を共有して緊急対応を図る役割を担っているが、ARF加盟国である日印両国にとってAHAセンター等の場はASEANの国々と共に関係強化を図ることのできる貴重の機会となろう。
これまで安倍・モディ首脳会談において強調されてきたように、日印両国は仏教遺産を含む共通の文化的伝統によって結ばれ、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値観を共有している。また、今、日印両国はドイツ及びブラジルと共に国連安保理常任理事国入りを目指しており、国際社会の平和と安定のためにより一層責任を果たそうとしている。そして、昨今日印関係は「特別戦略的グローバルなパートナーシップ」に引き上げられ、両国が今まで以上に積極的に協力していく決意があることが確認された。そうはいえども、安全保障政策の基本方針が異なる日印両国が過度な期待感を持っていたずらに協力関係の成果の最大化を図るべきではないであろう。地道かもしれないがまずは着実に協力関係を強化することのできる国連PKO及びHADRといった国際貢献の現場での協力を最大限に追求していくことが現実的な道だ。