税制と社会保障制度の一体改革に向けて(2) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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税制と社会保障制度の一体改革に向けて(2)

August 12, 2010

問題の要約と改革の方向

90年代以降、日本で格差の拡大について関心が集まったが、2000年代前半にかけては、所得水準が低下している。小塩(2009)によれば、所得格差の縮小が同時進行しており、これは、所得の散らばりが所得水準の低下ペース以上に縮小しているからであるとする。1990年代半ばからの10年間で、総所得階級別・年齢階級別でみて、どの階級でも当初所得は減少しているが、低所得者の減少率が大きい。しかし、社会保障給付がこの期間中増えており、総所得はそれほど大きく減少していない(年齢別では減少幅に相違がある)。年金世帯も当初所得は減少し、年金等の給付も足元では若干減少しているものの、90年代半ばからみれば年金等が当初所得の減少を補っており、総所得はそれほど減少していない。社会保障給付は、低所得者ほど高いわけではなく、200~300万円世帯が最も高い。3税合計の負担率は、100万円以上の世帯では累進的であるが、若年者(25~34歳)が高齢者(65~74歳)より1%ポイント強高い程度であり、また、給与世帯は年金世帯より3%ポイント強高い程度であり、負担の差はそれほど大きくない。高齢者・年金世帯の負担が低いのは社会保険料であり、それは主に、年金・雇用保険料の差である(医療・介護保険料は高齢者・年金世帯が高い)。保険料の負担は逆進性が強いが、特に、年金世帯において顕著である(給与世帯は800万円程度までは定率)。また、保険料は種類により、負担の構造が大きく異なる。税・保険料の負担の構造は、所得源泉や年齢によって相違があるが、年金世帯等同じ属性の中でも所得に応じた負担になっているとは限らない。

負担の構造についての問題は、税(所得税・住民税・消費税)と社会保険料(医療・年金・介護・雇用)の負担の構造が種類毎に大きく異なることから、所得が減少するなかで、所得の種類や雇用状況、所得の水準、年齢、保険の加入状況などの属性や条件により、負担率に大きな不平等や不合理が存在すること、そして、それが部分的に拡大していることである。

これらの問題の根源は、それぞればらばらに制度設計がなされており、整合性がないことである。税については、財政赤字が拡大するなかでの財源調達の在り方、消費税の逆進性・直接税の累進性、そして本稿では明示的に議論しなかった資産課税などの問題があるが、基本的な問題は、直接税について同じ所得水準でも年齢により負担率に相違があることである。高齢者でも、給与所得と年金所得を受給している恵まれた者が存在し、彼らの負担率が非正規雇用者のそれより低い合理性は乏しい。ライフサイクルで考えれば、高齢者は常に優遇されているわけではないとも考えられるが、世代会計の視点からは、若年者は割を食っている。

そして、負担の構造を歪めているのは社会保険料である。そのポイントは、第1に、いうまでもなく、保険料負担の逆進性である。保険料には累進性を求めないとしても、所得水準に応じて負担するという定率負担になっていない。給与世帯の年金保険料などは、一定の所得水準で定率負担になっているが、100万円の世帯から負担率が低下する介護保険料などがあり、低所得者の負担感を強めている。定率負担になっていない大きな理由は、厚生年金や健康保険組合の保険料の賦課対象に下限と上限があること *3 、国民年金の保険料が定額負担であること(一定の低所得者に減免はある)、国民健康保険の保険料が応能性と応益性が混在した負担となっていること、である。国保医療保険料は、直接税や他の保険料と異なり、年金世帯は優遇されていないが、典型的には、ストックはあるがフロー所得が少ない者に逆進的な負担を課すという問題がある。若年世代で医療保険料負担が給付を大きく超過し、高齢者世代では給付が負担を大きく上回るという医療サービスの消費についての非対称性の問題があるが、医療については、若年者であっても、あるいは高所得者であっても、心臓移植など高額医療に罹る可能性があることから、一概に、若年世代が不利であるとはいえない。

保険料の第2の問題は、社会保障給付との関係である。保険料負担が逆進的であっても、保険料と給付が明確にリンクしているのであれば、「払わざる者食うべからず」という論理は正当化できるかもしれないが、近年、保険料と給付のリンクは、ますます一般財源の投入によって弱くなっている。基礎年金制度など、被保険者一人が一体いくら負担しているかもよくわからない「保険制度」になっている。他方で、全ての保険制度に、一般財源が相当の割合で投入されているのが実態である *4 。つまり、無保険者の税負担で、被保険者の社会保障給付の一部を賄っているかたちになっている。

今後検討されていく税と社会保障に一体改革は、これまで分析したように税・社会保険料負担の構造の実態を把握することから始めなければならない。その基本原則は、厳しい財政事情のなかで、国民生活を保障していくために、より恵まれた者に負担を求めることである。具体的な改革の方向は以下のとおりである。

直接税の累進性強化
所得税・住民税については、年齢による負担の差を解消する。特に、給与・年金の2つの所得がある者の控除を縮減する、あるいは一方の控除を廃止する。控除を見直すとともに、累進度を高める。

高齢者に年金や雇用保険料の負担を求めることは難しいので、高所得の高齢者の課税を強化すべきである *5 。また、在職老齢年金制度は廃止し、就労のインセンティブを高める。

社会保険料の定率負担の徹底
全ての社会保険料は所得に対して定率負担とする。また、賦課対象の上限は撤廃するとともに、下限を大幅に引き下げ、所得の低い者についても一定の負担を求める(保険料率は賦課対象を広げることにより引き下げる)。

税と社会保険料の賦課対象の一元化
現在、所得税・住民税は、収入から、次のような算式で計算している。

A(収入)-B(必要経費・所得計算上の控除)=C(所得金額)
C(所得金額)-D(所得控除)=E(課税所得金額)
E(課税所得金額)×F(税率)-G(税額控除)=H(税額)


他方、社会保険料は、国民健康保険料(税)の資産割などの賦課方式はあるものの、賦課対象は収入である。通勤費なども賦課対象となっている。税と社会保険料の賦課対象が相違している状況を見直し、これを同一の賦課対象とする。現在の厚生年金保険などで使われている標準報酬制度は廃止する。同一とする方法にはいくつかの考え方があるが、例えば、オランダの例などが参考になる。オランダでは、保険料は所得税と同時に徴収し、賦課ベースは給与所得者・自営業者ともに収入から諸経費・各種控除を引いた後の課税所得(使用者負担はない)であり、同じ保険料率を適用している。

再分配原理と保険原理に基づく役割分担
社会保険とは、本来、負担と給付がバランスすることにより、ガバナンスが効く仕組みであるが、日本の社会保険は一般財源が多量に投入され、再分配なのか保険なのか曖昧になっている。そこで、本来のあり方に立ち戻り、社会保険は、基本的には、保険原理が貫く仕組みとすべきである。そこで問題となるのが基礎年金の問題である。基礎年金の在り方を巡っては、スウェーデンのような最低保障年金を導入すべきといった提案がなされているが、スウェーデン方式を日本に導入するためには、解決すべき課題が多い。そこで、基礎年金は一般財源によって手当し、文字通りの「国民皆年金」として、再分配原理に基づく年金制度とする。他方、厚生年金は定額部分を切り離し、保険原理に基づく制度とする。基礎年金の財源を何に求めるかにもよるが、基礎年金の税方式化によって、高齢者や自営業者にも応分の負担を求めることができるし、社会保険料控除の縮小により、所得税及び住民税が増収になる。

医療保険や介護保険については、直ちに年金のような2階建制度にすることは難しい。両者はサービスなので、サービスを効率化させるインセンティブが必要である。一般財源を投入するとしても、努力して支出を節約した者が報われる仕組みが必要である。

財源調達としての消費税・資産課税
現在は、直接税の負担は累進的であっても、社会保険料の負担の逆進性が強いので、消費税を含めると、税・保険料負担はフラットに近い累進である。社会保険料の負担が定率になれば、消費税の逆進性は負担全体でみれば弱まる。所得の相当低い者に焦点を絞った給付面での対策(給付付控除、児童手当など)で再分配を行う。また、消費税だけではなく、固定資産税等資産課税を強化し、社会保障給付に充当する。

結論

日本の財政赤字は、OECD諸国中最悪であり、また当面対GDP比で増大する見通しである。財政が一層厳しくなるなかで、少子高齢化対策の充実が求められており、その財源として消費税の増税に関心が集まっている。確かに、欧州諸国の付加価値税の税率(20~25%)と比べれば、消費税の税率は低く、引き上げる余地がある。速やかに、低所得者対策を含めた消費税率の引き上げに向けた検討を行っていく必要があるが、消費税だけに焦点を当てることは、木を見て森を見ない結果になる。直接税にも多くの問題があるが、社会保険料こそ負担の構造を歪めている主因である。税制と社会保障制度の一体改革、なかんずく負担の面については、改革の優先順位が重要である。直接税・社会保険料・両者の徴収面での一元化、保険制度の再設計、そして消費税・資産課税である。

※筆者は、2010年7月31日まで東京財団研究員。


参考文献
小塩隆士(2009)、「社会保障と税制による再分配効果」、国立社会保障・人口問題研究所編『社会保障財源の効果分析』、東京大学出版会

田中秀明(2010)、「税・社会保険料の負担と社会保障給付の構造」、一橋大学経済研究所世代間問題研究機構、ディスカッション・ペーパー、CIS-PIE DP, No.481


*3 :厚生年金については、報酬月額の10.1万円(9.8万円)未満、上限60.5万円(62万円)(2009年9月から)であり、健康保険については、報酬月額の下限6.3万円(5.8万円)、上限117.5万円(121万円)(2009年4月から)である。

*4 :一般財源の投入割合は制度により異なる。基礎年金制度については、給付費の1/2が国の負担である。後期高齢者医療制度については、給付費の50%を国・都道府県・市町村が4:1:1で負担する。介護保険については、給付費の50%を国20%、都道府県12.5%、市町村12.5%、調整交付金5%で負担する。雇用保険による失業給付については、一般求職者給付に13.75%の国庫負担がある。

*5 :カナダでは、高所得の高齢者に対して、"recovery tax"と呼ばれる特別の課税があり、基礎年金の給付額を実質的にカットする仕組みがある。日本においても、いわば、「高齢者連帯税」という税を導入し、恵まれた高齢者の基礎年金相当額をカットすることを導入すべきである。

    • 明治大学公共政策大学院教授
    • 田中 秀明
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