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安保理の店子、大家を掣肘す―安保理作業方法ハンドブック誕生記

July 23, 2007

松浦博司(外務省経済局経済統合体課長)

常任理事国は大家、非常任理事国は店子

風変わりなタイトルになってしまったが、安保理関係者の実感はこれに極めて近い。国際社会における紛争解決に大きな役割を果たす国連安保理において、P5と称される5つの常任理事国(米、中、露、英、仏)が強大な力を持つことはよく知られている。非常任理事国(E10)が、時に自らを卑下して「通りすがりの旅行者」と呼び、P5を安保理のオーナーと呼ぶのは、このことに基づいている。その力の根源は拒否権にありとされるのが通常であるが、実は拒否権行使には直接関わらず、単に「安保理に常にいる」ことを源泉として発揮されている力が相当にある。その全容について解明する作業は別稿にて準備中であるが、今回はそのうちの重要な一側面である、安保理の作業方法を取り上げたい。

というのは、前回日本が安保理非常任理事国をつとめた2年任期の後半である昨2006年、この作業方法に関し、透明性や開放性を改善することを通じて、安保理の決議・決定の正統性を高め、もって安保理が紛争解決に果たす役割の実効性を向上させるためのささやかな改革が行われたが、これは日本がその年の安保理文書手続作業部会の議長として主導して行われたものであるからである。その成果は、昨年7月19日に採択された安保理議長ノートS/2006/507に集大成された。さらに、その年後半の検討を通じて、右議長ノートの内容をよりわかりやすく、使いやすくするための作業部会議長ノンペーパーにいくつか合意した。そして昨年末に、議長ノートとこれらノンペーパーに加え、既存の安保理仮手続規則(S/96/Rev.7)を合本にし、使いやすいハンディな製本にまとめた「安保理作業方法ハンドブック」を作成・配布するに至ったのである。議長ノートのテキストは、国連ホームページ(www.un.org)から安保理ページへアクセスし、同ページの安保理議長ボタンから議長ノートのボタンへと進めば入手できる。ハンドブックについては、現時点では限定数の出版にとどまっており、広く入手可能ではない。

安保理の作業方法とは何か

説明が前後するが、作業方法とは、議題の決め方、議事の進め方、決議案の準備の仕方、安保理メンバーでない国連加盟国(非メンバー国)や紛争当事者、関係NGO等との協議の仕方、決議案の審議・採決の仕方、審議予定の非メンバー国への通知の仕方、審議内容の非メンバー国への事後説明(ブリーフィング)の仕方、国連総会への活動報告の仕方などなど、会議の運営全般にわたる。理論的には、拒否権行使のあり方も含まれうる。
拒否権行使のあり方は大きな政治的問題であるが、それ以外はおよそ地味な、技術的な問題のように見える。内部の関係者以外興味の持ちにくい問題である。なぜこの作業方法問題が重要なのか。実は、安保理の権能を定めた国連憲章の関連規定以外に、安保理の作業方法を定めたものは、上述した仮手続規則が唯一のものである。この仮手続規則は安保理発足直後の1946年に制定されて以来、実質的に改訂されていない。国連公用語が追加されてきた事実を反映した修正が行われてきたのみである。同手続規則は作業方法の基礎を定めたものではあるが、その後60年にわたる安保理の活動の積み重ねの中で、膨大な新規の非公式のルールが蓄積されているし、仮手続規則の内容が実体的に変更を受けている規定、もはや使われなくなっている規定も多い。60年経っても「仮」の文字がとれないゆえんである。

要するに、今の時点で見れば文書化されていない非公式な慣行の集積が安保理の作業方法の大部分を占めているのである。これは一面で現実的である。世界の紛争やそれを巡る状況、解決に取り組む国際社会の側の政治状況など、刻々と変化しているので、固定的な作業方法を金科玉条のごとく掲げていては、有効な紛争解決ができない。安保理の介入により不利を被る紛争当事者に固定性が悪用されるリスクもある。他方で、この柔軟性はP5にとり一方的に有利な状況である。なぜなら、ある時点における安保理の作業方法が何であるか、権威をもって確言できるのは、常に安保理にいるP5だけだからである。「通りすがりの旅人」たるE10諸国は、非常任理事国任期が始まる1年目の1月に、P5諸国から「今の安保理ではこれが作業方法だ」と解説を受け、必死になって習得し、議長国を経験したり、重要決議の審議で揉まれたりするうちに、ようやく作業方法の全体系をマスターして、自分なりに操れるようになった頃には、2年目の12月、すなわち「卒業」である。非メンバー国にとっては、ますますもってブラックボックスであり、安保理メンバー国、なかんずくP5に、いいようにあしらわれてしまう分野である。

安保理改革の一つの主要な柱

こうしたことから、安保理の役割が飛躍的に拡大した90年代前半以来、作業方法の改善は国連加盟国の大きな関心の的となった。安保理がその拡大した役割を実効的に果たすためには、安保理の決定を国際社会が広く受け入れる正統性がなければならない。安保理の意志決定過程のあり方がP5により独占的にかつ不透明に操作されていては、そのような正統性は早晩脆弱になる。どのような作業方法で意志決定するかを、透明性をもって安保理外に明らかにし、また安保理外(非メンバー国、紛争当事者等)からの有益なインプットを審議過程に取り込む開放性を増進することが必要である。作業方法改善の検討は、国連総会の安保理改革に関する作業部会と安保理内部の文書手続作業部会の双方で行われた。安保理内部における検討は、いうまでもなくE10が推進役である。E10諸国にとり、総会の安保理非メンバー国は自らの選出母胎であり、作業方法改善を安保理内で取り上げることを通じ、総会の利益を安保理において代弁するという意味もあった。安保理内部の作業部会における検討は、いくつかの議長ノートとなって結実したが、総会における作業は、検討対象がいたずらに拡大するばかりで焦点を絞った検討作業とならず、「課題リスト」作りに終始する結果となった。手続き問題のみでなく、制裁措置の是非等安保理のとりうる介入措置の内容にも踏み込みがちなのも総会での作業の特徴であった。

安保理作業方法の改善は、本質的に、歴史上人類が経験してきた国内政治の民主化と似ている。マグナカルタの例を持ち出すまでもなく、民主化の過程は、典型的には王権による法令の恣意的改廃を被支配層(貴族、都市民、僧侶、農民等)が制限することにより、法令の透明性を確保するという手続き的要求の実現からスタートしてきたからである。周知の通り、世界の諸国家は民主化により新たな統治の正統性を獲得し、実効的統治を拡大してきた。

日本、作業部会の議長となる

かくして、作業方法の改善は安保理拡大と並んで、安保理改革の二本柱と位置づけられてきたのである。しかし90年代の試みられた改善努力もやがて一巡し、2002年以降は安保理内部の文書手続作業部会は、ほとんど開かれず、休眠化していた。2005年に始まった前回の日本の非常任理事国任期も、一年目は作業方法の習得に必死であった。これが一服した同年の末、日本は作業方法の改善を安保理内部において本格的に進めるため、ある提案をした。それは、それまで毎月ローテーションで交替する安保理議長が、文書手続作業部会の議長を兼任するというこれまでの慣行を改め、同作業部会議長職を半年ないし1年の長期任期とすることにより、作業の継続性を確保するという提案である。ローテーション制自体が、作業方法の改善をスローダウンさせることを通じて、P5が彼らの共同権限を守るための装置とも言えた。従って、議長任期長期化案に対してP5は抵抗した。しかしP5の中にも立場の違いがある。米、中、露とは異なって、今やそれぞれ欧州連合の加盟国であり、昔日の大帝国宗主国の面影を失った英仏は、作業方法改善を通じて安保理の正統性を増進することが、安保理の機能を高め、それを通じて自らの国際政治における影響力を維持することにつながることを明確に見て取っている。日本は、まず英仏を説得し、その後残り3国に当たった。いうまでもなくE10諸国は日本の提案に賛成である。米中露の説得は一筋縄ではいかなかったが、最後は「日本が議長をするのであれば受け入れる」というところまでもっていった。このことの意味は後述する。

さて、明けた2006年1月末に、ようやく「日本を議長として、議長任期の長期化を試行する」ことで安保理はまとまり、作業方法改善の検討作業が始まった(文書手続作業部会のメンバーは15安保理メンバー国)。著者は、作業部会の議長に就任した大島賢三大使(常駐代表)、北岡伸一大使(次席大使)、政務部長の羽田浩二公使、著者と同じく政務部員の山本武臣書記官(いずれも当時)とともに、担当の参事官としてこの作業に携わった。我々は、過去の安保理および総会における検討作業の中で、検討課題とされたものを一つ残らず包括的にリスト化し、取り上げる意味があると考えられるもの、現実的改善の選択肢があると考えられるものはなるべく多く取り上げるとのアプローチで準備を開始した。こうしてふるいにかけた検討課題を改めて分野別に整理し直し、作業部会では、その整理に従って分野ごとに、その分野で取り組むべき課題についての自由討論、討論結果をベースにした議長としての改善提案の提示、議長案に沿った検討という手順で、月1~2回の頻度で、速いテンポで議事を進めた。会合の合間には、周到な根回しを行った。特にP5諸国の手続き問題の大御所たちとは、毎週のように頻繁に交渉し、7月初旬までに全分野の項目につき作業部会としての検討を了して、合意内容を安保理本体に提案した。安保理がこれを議長ノートとして採択したのは前述の通りである。

P5諸国とのせめぎ合い

よく知られているとおり安保理の公式会合は9票以上の多数で票決ができる。これに対し、非公式会合や作業部会はコンセンサスによる意思決定である。一国でも反対すれば決定できない。P5が嫌がる提案も、ある程度はE10の数の力で押していくことができるが、ある一線を越えると、妥協のためにまとめに入らざるを得ない。特に作業方法の改善問題は、何を決定しても、それを長期的に責任もって履行できるのはP5だけなので、P5が守るつもりがないものを押し切って決めることは全く意味がない。かくして、合意内容は現状からの微細な改善にとどまらざるを得ない運命にある。E10諸国が、総会の大向こうに受けることをねらって、安保理審議の効率性を大幅に犠牲にすることを承知で行うような提案が、議論の過程で消えていくことは当然である。また、拒否権問題はP5の権限の根幹に関わる問題であり、この行使のあり方についてE10諸国とP5が対等に検討することについても、現状では望むべくもないことであった。これらに比べれば、よほど現実的でかつ安保理の正統性増進に寄与するポテンシャルがあったにもかかわらず、P5諸国がこぞって後ろ向きであったために議論の過程で潰えてしまった提案の一例を挙げたい。それは、議題リード国(安保理においては、個々の紛争事案について、決議案の起草、専門家レベル会合の主催、非公式・非公式と呼ばれる大使レベル会合の主催等を通じ、実質的に審議をリードする役割を非公式にメンバー国間で割り振っており、これを議題リード国という。たとえば東チモール問題では日本がリード国の一翼を担った)のあり方についての提案である。作業部会では、リード国運用の透明性を高めたり、運用に際してP5とE10間の協力を強化したりする提案がなされたが、実現しなかった。P5としての利害に直結した問題であることがうかがえる。

こうした議論の結果採択された議長ノートの内容については、「現状からの微細な改善」ということを超えて詳細に解説する紙幅の余裕がないが、これまでの作業方法改善プロセスにはなかった、新たな成果であったと我々が自負する点を2点紹介したい。第一に、採択された議長ノートは、90年代以来の作業方法改善プロセスの結果をすべて反映させているということである。「微細な改善」部分が文書化されているのはもちろんのことであるが、現在の安保理における慣行のうち、透明性・開放性の向上の観点から有意義と考えられることはあまねく文書化した。これにより、透明性・開放性が後退しないためのストッパー機能が期待される。そして、過去の議長ノートで導入された改善措置についても、今回の改善措置により塗り替えられたものを除き、すべて再録した。つまり、2006年時点で「生きている」透明性・開放性向上措置については、もれなく一覧できるようにしたわけである。

第二に、冒頭述べたとおり、議長ノートを「より使いやすくする」という観点から作成したいくつかのノンペーパーと、仮手続規則をハンドブックに盛り込んだ。これにより一覧性がさらに格段に向上した。ノンペーパーのうちでも、「安保理メンバーによる会合の種類」と「安保理による行動の主要な類型」の2つは、そのものズバリの一覧表である。これまで安保理において「暗黙知」とされ、熟練者が「生き字引」として伝承してきた事項を顕在化させただけのものであって、それ自体何ら作業方法の新規の改善措置を含んでいるわけではない。しかし「暗黙知」が一覧表になってしまったことにより、一気に安保理の作業方法の透明性が向上することとなった。

ハンドブックへの評価、日本への信頼

このようにして昨年末に誕生したハンドブックであるが、安保理メンバー、非メンバーを含め、安保理関係者から絶賛されている。作成に携わったものとしては大変うれしい限りである。非メンバー国、E10からは、これまでに比し特に透明性の観点から大幅な前進であったとの評価を受けている。とりわけ、安保理改革の二本柱の一つとして作業方法改善を重視してきた国々は、日本は安保理拡大のみでなく、作業方法改善にもコミットしていることが実証されたとして、極めて高く評価している。透明性の向上による安保理の正統性増進の利益を強く認識している英仏も同様である。米中露はもう少し複雑であろう。透明性が増進することは、これまでP5が独占していた作業方法の操作権を弱めることになる。特に、ハンドブックに盛り込まれた内容が安保理の作業方法を固定化するものとなることはP5として受け入れがたいであろう。この点については、議長ノートで採択された内容は新たな議長ノートにより容易に更新可能であること、ノンペーパーについては何ら安保理で決定されたものでない(文書手続作業部会の議長が議長の責任で作成したものの内容について、作業部会メンバーである各安保理メンバーの理解と齟齬がないことが確認されているにすぎない)ことから、一定の柔軟性が確保されている。そして、今回盛り込まれた内容にはP5として決定的に利益を損なう内容は含まれていない。これらを総合的に判断して、このハンドブックによって作業方法の改善が見られたことをもって非メンバーからP5に対する批判を幾ばくかかわすことができるようになるメリットの方が、デメリットより大きいと評価しているというのが彼らの結論であろう。

米中露が、日本を議長とするのであれば作業部会議長の任期を長期化することに反対しないことに踏み切ったのも、結局日本であればそのラインで成果物をまとめるだろうとの読みがあったからだと思う。口の悪い国からは、日本はP5が安保理の現状を固定化するのに力を貸しているとの声も聞こえるが、これはうがった見方である。そうではなくて、日本が国際社会において、安保理を通じた紛争解決に対して真剣な関心を持つ、責任ある国であることについて信頼されていることの表れである。国連加盟国の中には、安保理作業方法の改善という、P5諸国との対立、対決を演出しやすい課題を、国連を舞台とする政治的・外交的ショーアップの手段とする国もある。こうした国が議長になれば、成果を目指さず、対決場面を衆目にさらすことを目指した振る舞いをとりかねない。安保理拡大を含む安保理改革を真剣に志している日本であれば、そのような非生産的なことは決してしないことについて、各国の一致した見解があったということであると思う。

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