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第3回国連研究会から-人権理事会の現状について

September 21, 2007

2007年8月10日
於 東京財団

<木村徹也・外務省人権人道課長報告>

人権理事会の創設決議は去年の3月にNYの国連総会で採択されました。人権理事会が創られた大きな流れには2つあって、1つは、人権の主流化(メインストリーミング)の流れがあります。これはアナン前事務総長により、国連改革を考えるときに、国連の三本柱、平和、開発、人権、それを密接に連携させ、特に国連の活動を考えるときに、常に人権の視点から物事を考えるべきであるという考え方が提示され、この流れの中で人権理事会が創設されたということがあります。もう1つは、人権委員会の行き詰まりがあって、南北対立により国別人権状況決議といったものが通らなくなる等機能不全に陥り、これを打開しなければならないということがありました。

人権理事会創設決議については、非公式協議が延々と続いて、最終的に去年の3月に決議が採択されるわけですが、議長がいろいろ苦労して、必ずしも、落としどころが見出せないまま議長最終案を採決にかけ、アメリカを含む反対票4票、棄権3票で採択されました。選挙手続き等をより厳しくしたいと考えていたアメリカにしてみれば、不十分な形となりましたが、これ以降も人権理事会をめぐる議論では、先進国と途上国のせめぎ合いが続くことになりました。

この人権理事会の位置づけについては、国連の主要機関という形ではなく、総会の下部機関という形で落ち着きました。これも、途上国の反対もあり、とりあえずは総会の下部機関で始めて5年後に見直すということになりました。人権理の特徴は、人権委員会と違って、少なくとも、年3回、合計10週間以上開催するという形で定例化することです。1年目は人権理事会が5回行われました。ニューヨークでも第3委員会をやっておりますので、1年中、どこかで人権について話をしているという状況です。

理事国の地域配分については、理事国数が53から47カ国に減少しましたが、例えば、アジア、アフリカだけで26カ国ということで、過半数を途上国が占めているということですので、以前にも増して途上国の影響力が、少なくとも、短期的には強くなった点が重要です。

更に、新しいメカニズムとして各国の人権状況の普遍的・定期的レビュー(UPR:Universal Periodic Review)が導入されました。これは、192カ国について、1カ国ずつの人権状況をレビューする、いわゆるピアレビューのシステムが導入されるものです。また、特別会合が理事国の3分の1の要請で開けることになりました。それから、総会の3分の2の多数決による人権侵害国の理事国資格の停止も新しい仕組みになっております。これらを大枠として、では、どういう組織に具体的にしていくか、どういう活動をしていくのかというのを1年以内に決定するというのが決議の内容です。

次に、では、1年間の人権理事会の評価はどうかということですけれども、一言で言うと、当初の高い期待が満たされていないというのが一般的な見方だと思います。第1回の会合が象徴的ですが、人権委員会時代の対立的な構造を反省するということで、人権理事会が始まったときに「対話と協力」が1つのキーワードになり、第1回目は、他の国を批判することもなく、対話と協力の精神で始めようというのが共通の理解でした。ところが、第1回のセッションの最終局面で途上国が、パレスチナの人権決議、それから、宗教の冒涜決議を提出して、数の力で採決が行われました。こういう状況が尾を引いて、その後、先進国と途上国の対立が続いて、一般的には、途上国の関心を反映し、コンセンサスを形成できない、それで議事の見通しもなかなか立たないというのが2回、3回の人権理事会の状況でした。

結果的に、特別会合が1年目に4回、招集されましたが、その内3回はイスラエルをターゲットにしていました。これは、47カ国のうちイスラム諸国(OIC)が17カ国を占めていて、3分の1で特別会合を招集できるということで、いつでも特別会合を招集できるという状況だったということが背景にあります。

こういう中で先進国側としては、国別の問題とか緊急の問題を取り上げたい、実質的な議論をしたいということだったのですけれども、1年目は、先ほど申し上げた組織改革に集中すべきだ、対話と協力で国別の問題を取り上げない、あるいは、国別決議そのものを廃止するのだというようなことを途上国が主張したこともあり、組織改革を行いながら実質的な議論を行うというのが、1年間、非常に難しかった点です。

こういう中でも、我が国は、例えば、人権高等弁務官や北朝鮮の人権状況に関する特別報告者が報告を行う際に、北朝鮮の人権状況を取り上げて議論をする、あるいは、ハイレベル・セグメントでスピーチでも同様に取り上げてきたところです。

こうして1年目の人権理事会が2回、3回と会合を重ねるにつれて、やはり人権理事会は失敗だったのではないかというような論調がメディアの中でも見受けられるようになってきて、少し妥協の方向を探るような動きが出てきました。1つの例が、ダルフールの問題で、先進国が取り上げたいテーマとし提起したのですけれども、最初の会合では、途上国は受け入れず、第2回会合では、結局厳しい内容のEUの決議案とAUの決議案と2つ提出されて、妥協は成立せず、AU案が賛成多数で採択されました。その後、12月に特別会合が招集されて、ダルフールの問題について議論され、まずは評価ミッションを派遣するということで一応コンセンサスができました。しかし、評価ミッションも予期した形で現地調査は行えず、その後、今年の3月に第4回会合が開かれましたが、そこでの結論は、報告書に留意をしつつ、今後は複数の特別報告者から成るグループに看視をさせてフォローアップをするということでした。 この例からわかるように、メカニズムをつくるだけで半年近くずっと議論をするということで、一応、妥協ができたということでは人権理事会の中では一歩前進ということなのかもしれないのですが、こういう状況で議論が行われたというのが1年目でした。

1年目の終盤が近づくにつれて、1年以内に人権理事会の制度構築について決定しなければならないという課題が意識されることとなりました。この決定ができるかどうかというのが、人権理事会が失敗と言われないための試金石とされました。6月18日が期限だったのですけれども、その前の1週間に人権理発足一年目最後の人権理事会を設定して、第5回の人権理事会が開催されました。

制度構築については、論点が幾つかあるのですけれども、1つは、最初に申し上げたように、新しいピアレビューの仕組みであるUPRをどうやって行っていくのか。それから、2つ目が、途上国が廃止すると主張していた国別の特別報告者、国別人権状況決議、これをどうするかということです。3つ目が、アジェンダをどうするのかという話です。また、中国も、国別人権状況の関係では提案を行いました。それは、今後、国別の人権状況決議を採択するには、3分の1の共同提案国と3分の2の多数の賛成が必要だという、敷居をかなり上げたものでした。

1年目の議長はメキシコの常駐代表(大使)でしたが、テーマ毎のワーキング・グループでの議論を踏まえ、二国間、あるいは地域グループとの会合を重ねて、各国、各グループの関心に微妙なバランスをとった、議長提案を第5回会合の1週間程度前に提出しました。ただ、ここでも、先程挙げたような非常にセンシティブな論点についてはあえて言及がなされませんでした。その後、引き続き交渉が行われましたが、日本としては、1つは、国別報告者、国別人権状況決議を維持すること、特に北朝鮮の国別報告者のマンデートを維持すること、もう1つが、UPRのシステムについて協力的なメカニズムをつくるとしても、非協力的な国に対してはフォローアップのメカニズムをつくるべきだということ、その2点を強く主張して交渉しました。

最終的には、議長が期限の直前に最終案を提示して、これでコンセンサスが成立しなければ議長案を取り下げるという形でコンセンサス合意を各国に迫りました。その後、週末をはさんで、議長が非公式に調整を行い、期限の18日の深夜5分前に公式会合を再開し、議長が最終的な妥協案を示し、拍手の中会合が終了しました。

この制度構築の内容ですが、UPRについては各国4年に1回レビューを受けることになりました。4年に1回ということは、1年間に48カ国で、1カ国当たり4時間程度の審議の中で各国の人権状況をレビューするということですので、一定の制約があるということだと思います。ただ、日本が主張したフォローアップの手続きというのは認められています。

それから、2点目が国別報告者の維持ということですけれども、この国別報告者というのは、人権委員会時代に議題9というのがあって、これは非難決議と言われていたのですけれども、非難決議に基づく国別報告者というのが、キューバとベラルーシと北朝鮮、ミャンマーの4カ国です。結論から言うと、キューバ、ベラルーシは廃止になって、北朝鮮とミャンマーは延長ということになりました。どうして北朝鮮とミャンマーだけ残るのだというところは、手続的な議論として、北朝鮮、ミャンマーについては次期総会に特別報告者が報告を行うことになっており、次期総会に実施すべき任務があるからマンデートを延長するのだという説明が行われました。全てのテーマ別及び国別報告者について今後1年をかけて改めて見直しが行われるということになっています。

特別報告者については、行動規範というのが設けられます。これは、特別報告者は、個人資格で、例えば、国別であれば各国の状況を、訪問したり情報収集したりして人権状況を評価して勧告を出すわけですけれども、特別報告者に対しては、ある程度、行動に縛りをかけなければいけないというのが途上国の意見で、それで行動規範について議論が行われて、最終的に採択されたわけです。先進国の中では縛り過ぎるのはどうか、独立性を持たすべきだということだったのですけれども、やはり、全体の大きなパッケージの中でいろいろな形で妥協がなされました。

中国提案については交渉が難航しましたが、最終的に、これまで通り国別決議は過半数の賛成で採択可能である点は維持された上で、「国別人権状況決議の提案国は予め可能な限り広い支持(15カ国が望ましい)を確保する責任を有する」ということで、ある意味で、努力規定、努力目標であり実質的に問題にならないことから先進国により受け入れられたということです。

それから、議題ですけれども、議題は、途上国はパレスチナの人権というのを恒常的な議題にし、発展の権利を入れるべきというのが主張です。先進国は、国別人権状況を取り上げられる議題が必要であると主張し、「人権理事会の注意を要する人権状況」という議題が入り、そこで途上国の主張とのバランスが図られました。
人権理事会諮問委員会、これは人権委員会時代に人権小委員会という専門家の委員会を改組するものですが、人権理事会が委託するテーマについて、しかもテーマ別の問題のみについて助言を行う、諮問を行うという機関という形で、機能が明確化されて、委員の数も26名から18名とストリームライン化されました。

もう1つ、このメカニズムで個人通報手続きというのがあるのですけれども、これは個人通報をもとに、重大な人権侵害が行われている場合には、国別の人権状況について審議するというものです。これは、大枠、メカニズムがそのまま残ったのですけれども、関連WGの委員の任期及び選定方法がより透明性のあるものになりました。

こういう形で妥協が図られたわけですけれども、18日の次第は先ほど申し上げたとおりですが、19日には、ルーマニアの常駐代表(大使)が議長を引き継ぎ、18日に組織構築に関する前議長のテキストについて合意があったとの確認について投票を求め、カナダ以外の46カ国の人権理事国が賛成し、決定が行われました。
これが1年間の事実関係なのですけれども、評価に関してお話をすると、いわば綱渡り的な道筋を経て制度構築について合意にたどり着いたという意味で、これは、人権理事会の構成、途上国と先進国の対立構造というのを、やはり反映していると思います。議長は、その間、各国の関心をそれなりに満足させるような形で議長テキストをつくったというのがまとまった背景にあると思います。

各国の公式見解は、一般には、各国とも合意に至ったことはよかったけれども、当初の期待ほどの成果がないというようなラインだと思いますが、実は、この議長テキストに、各国それなりに満足していて、仮にこれに反対をすれば、パンドラの箱をあけるということになって、それぞれ各国が確保したものを失ってしまうということで、この議論をリオープンしたくないというのがほとんどの国の考え方だと思います。

他方、先進国から見れば、先ほどの議題や行動規範もそうですし、国別報告者について廃止されたものができたというようなことも含めて、やはり、期待されたものに比べて途上国がかなり縛りをかけたという部分もあると思います。特に米国等は不満を表明しています。

人権理事会の制度構築の議論が詰まり切っておらず、詰めなければいけない点があって、それは9月の会合でまた議論するということになっており、まだまだ制度構築の議論が続き、また、新しいUPRというメカニズムも来年2月から始まる予定ということになっていますので、そういうノルマを果たしていくだけでもかなり大変です。今後とも議論の推移を注視していく必要があります。

<質疑応答>

【北岡】どうもありがとうございました。 地理的配分でやれば途上国が増える、それはもう決まっているんですよね。その原則が決まった途端に議論がしんどくなるのは目に見えているのです。 けれども、長い目で見ることが必要ではないかと思っているので、これを前向きに動かしていた国々があるわけです。例えば、地元スイス、それから、ミドルパワーといわれるニュージーランドとかノルウェーとか。ほかの国々はどう評価しているのかを教えてください。

【木村】やはり、先進国の中でも特に人権重視を標榜する国は、例えばキューバとかベラルーシの特別報告が廃止されたというところについては、やはり受け入れられないというところがありますが、全体としての評価は先程述べた通りです。

【小沢】辛口なんですね。僕から見ると、かなりいいんじゃないかという感じがしますよ。ニューヨークにおける議論では人権理事会をつくったのはいいとして、(ジュネーブでは人権委員会の重要な活動を)全部守っていけるのだろうか、という危機感があったんです。(ジュネーブにおける)仕上がりを見ると、よくやったというのが私の印象です。
1つ質問すると、確かに、キューバ、ベラルーシ(の特別報告)が廃止となったとはいえ、(特別報告の有無の)基準が総会の未実施の部分が存在するか否かということであれば、これは特別報告が復活し得ると考えられ、第3委員会の議論いかんによって、将来またキューバ、ベラルーシの特別報告もあるんじゃないですか。

【木村】それは、仕組みとしては、これで今後、改めて決議を出して報告者マンデートをつくることも当然理論的にはできるのですけれども、実質的には難しい面があると思います。

【小澤】キューバについては第3委員会は通らないと思う。しかし、ベラルーシなんかは、第3委員会を通る可能性がある。そして、通れば、ここでまた復活するという基準になっているということですね。

【木村】先程申し上げたのは、マンデート延長の基準なので、今後は通常通り人権理で議論することになります。

【小澤】ああ、そうなんですか。

【北岡】これは時期も悪くて、2006年の4月、5月と予算問題で途上国と対立して採決になるし、それで、中東でまたドンパチやるし、アメリカもグアンタナモやアブグレイブがあったりと。キューバとアメリカとどっちがひどいのだという国すらあるんですよね。私は、もちろん、政治的な人権、長い歴史を持つ論争ですから重要だと思うけれども、たとえばマクロの指標で見られるような、医者がどれくらいいるかとか、平均余命はどれくらいとかいうのも1つの重要な指標です。私は北朝鮮とキューバは全然違う国だと思うんですけれども、それについては議論されていないと。

【小澤】今、北岡大使が言われたとおり、2006年には南北の対立がニューヨークで高まっている。それがちょうど人権理事会をつくって、その手続をいろいろやっていかなければいけない時と重なった。その過程で、アメリカが陰に隠れてしまった。 アメリカは、グアンタナモとかアブグレイブの問題を抱え、いろいろ人権の場に出て行くとたたかれるので、自ら守るためにも消極的に行動していたと思う。 本当はアメリカがもっと身軽であれば、もう少し熱心に参画して理事会づくりに貢献したのだろうけれども。

【岩沢】 2つ質問させていただきたいと思います。1つは、人権理事会創設決議の採択時の状況です。6月に制度構築の議論がされる直前は、私はかなり悲観的に見ていたのです。その時点では、理事会は期待外れあるいは失敗だったというような見方がかなり強くあり、創設時に先進国が早く妥協し過ぎた、あのような地理的配分の下ではこうなることは見えていたはずなのに先進国がカードを早く切り過ぎたという意見を聞いたのですが、実際はどうだったのでしょうか。
もう1つ。6月の制度構築は結果的には予想以上にうまくいったと思うのですが、EUの役割が相当大きかったと思うのです。アメリカが人権理事会にあまり関与しない構造の中で、日本はこれからどういう形で関与しどうしていくべきなのか、お考えをお聞きかせください。

【北岡】それは私が関係した案件なんですけれども、新しい組織をつくったら地理的配分になるに決まっているんですね。それをアフリカ、アジアは人権が遅れているから議席の数は少しにするということは絶対に不可能だと思います。

【小澤】経緯から言うと、日本はアジアグループの中で、あらゆるジャンルでアジアグループは地理的配分で損をしているという主張をして、アジアグループの中で作業部会をつくって、アジアグループ史上初のサブスタンスのある作業部会の議長をやったんですね。作業部会は終わりましたけれども、あらたな理事会をつくるにあたって、アジアグループ全体の利益を考慮に入れて、きちっとアジアグループが地域配分上、損をしないようにしようということをみんなに言って回った。実際にそうすると、こと、人権については先進国側の意向が通りにくくなるということもわかった上で、それはやっていった。人権理事会というのをつくるという話が出てきた時、先進国には、人権委員会を改革する方が有利であろう、日本は適正な地理的配分を主張すると伝えていた。 でも、2005年にあれをつくっていく過程では、何となく、人権委員会は失敗した委員会なので、人権理事会をつくっていくのだということが決まっていってしまって、先に新組織ありということになってしまった。

【北岡】それでおもしろいのは、途上国の中に、より民主的で人権愛好的な国が長期的に出てくる可能性もあるわけです。インドの立場はどうですか。

【木村】途上国については、共通のスタンスをとることが多く、インドも例外ではありません。

【北岡】EUとともにOICじゃないんですか、非常に強力なのは。

【木村】結局、いろいろな議論を実質的に主導しているのは、数から言ってEUとOICであるという側面があります。

【中谷】AUは1つのまとまりで強いと。

【木村】AU、アフリカグループというのがあるのですけれども、アフリカグループも1つのまとまりですが、余り結束は強くない。2つ目のアメリカがいない中で、ということで、第3委員会もそうなんですけれども、やはり人権の問題を、アジェンダを推進しようとすると、EUと一緒にやっていくということがどうしても必要です。

【北岡】  アメリカとコンセンサスをとろうとなると、特に人権規約などになるとどうにもならんですね。

【池内】この人権の問題に関して、イスラムと中東という問題が絡むと、潜在的に厳しい対立をもたらす争点になりかねません。一つは、議論のフレームワークや理念の問題で、スタンダードそのものの問題、つまり人権とは何かという問題で、そこについてイスラム諸国は常に何か含むものがあるんです。常にそれを主張していくわけではないのですが、潜在的に常に何らかの理念上・原則上の問題を秘めている。人権というものを認めないわけではないけれども、それを超えた価値があるということをイスラム諸国は、場合によっては強く主張すると思うんです。これまでにそういう場面があったか、なかったかというのはぜひお聞きしたいのです。イスラム諸国の立場からは、人権というのはそれはそれでいいけれども、その上に宗教といいますか、神の権利みたいなものがあるととらえる。人権は絶対ではなくそれを超える規範がある、その上位の規範に触れるような意味での人権の主張というのはあり得ないということを、場合によっては主張する。
2番目はもう少し政治的なもので、特にパレスチナ問題です。 紛争が絡んでいて、イスラム諸国側がその紛争において不利な立場にあるということになると、イスラム教徒側の被害は、それは単に戦争に負けているということではなく、人権問題であるという主張をする。この2種類の議論があります。多分、この二つの、理念の問題と政治的な主張の問題はごちゃごちゃになって主張されることが多いと思うですが、それについてこれまで、具体的にどういう議論が出たのか。 むしろ、1番目の、理念の「そもそも論」の問題で、人権というのを彼らはどの程度認めていて、どの程度認めていないのかをぜひお聞きしたい。特に問題になるのが人権の不可欠の要素としての信仰の自由で、イスラム教は信仰の自由は西洋的なやり方では根本的に認めてない。イスラム諸国も信仰の自由は強く主張するのですが、それは彼等にとっての「正しい宗教を信じる自由」を主張するものであって、これが根本的に西洋近代の信仰の自由とは平行線を辿るのですけれども、それがどの程度、人権理事会の場で顕在化しているのだろうか、それはぜひお聞きしたい。

【木村】ジュネーブの世界というのはいわば人権屋の世界で、やはり、人権というのは国際的な関心事項であり、普遍的であるということを前提にして議論します。そういう意味から言うと、なかなか、人権を共通テーマとして議論をしている中で、イスラムを前面に打ち出すということは、ジュネーブの世界では余り行われていません。ただ、例えば、最初に申し上げたように、宗教的冒涜について、これは、デンマークの風刺画の話があって、宗教と言いながら常にイスラム教が冒涜をされているということが強調されますが、 そういうところではイスラムが出てきているということだと思います。
紛争が絡むと、確かに、この1年間、4本のイスラエルをターゲットとした決議が出てきていることは指摘できます。

【池内】宗教の冒涜という問題は、イスラム教の文脈では「背教」の自由、改宗の自由と裏表です。イスラム教では信者が信仰を放棄することを認めていないんです。他の宗教からイスラム教に変えるのはいいのだけれども、逆方向は許さない。イスラム教のこの部分は基本的には欧米でも触れないことになっているようですが、人権理事会のマターに政治状況によればなり得る。
しかも、アメリカ議会は1998年に国際宗教自由法というものを作って、毎年、監視して報告書を出させている。そこでイスラム諸国は宗教を変える自由を認めていないという点で実は、厳格に審議すると全部バツになってしまう。この問題はものすごくイスラム諸国では警戒している。これは、人権理事会という場で潜在的には争点となる可能性がある。例えば、宗教の冒涜というものを叩いていくというのは、逆に、イスラム教が宗教の自由を認めていないというのを叩かれるということに対する、先制攻撃のようになっている。しかし宗教の冒涜だといってあまり叩くと、表裏一体である「背教の自由」の問題が帰って浮き上がってくる。

【木村】そうした議論は、人権理事会では行われていません。

【池内】イスラム諸国会議機構では1990年に、世界人権宣言の向こうを張って、カイロ・イスラム的人権宣言というものも出しています。そこではやはり、人権というのは普遍的なものだと言いながら、その前提に正しい宗教=イスラム教を信じる自由があって、神の命令に従って義務を果して生きていく権利があるのだ、改宗は許されないのだ、と主張されています。

【木村】二国間で話をする場合にはそういう議論はありますがマルチの場で強調するという印象はありません。

【藤重】結局、私がよくわからなかったのは、日本として人権理事会でどういう立場のスタンスなのか、特に、このプロセスの中でどう関与していくかはもちろんそうなのですけれども、もうちょっと大きな話で、マルチの外国の場というのは当然、日本の外交にとって具体的にどういった政策目標を出したいのか。人権というのは、一般的、普遍的な理念、規範であることにもちろん異論はないのですが、やはり、日本の外交とかを考えると、もうちょっと具体的な政策論議があってもいいかと。

【木村】人権外交をどうやっていくかという話は、1つは、去年の11月ですが、「自由と繁栄の弧」の演説を麻生大臣がされたということもあって、そこで普遍的な価値を重視していくことが打ち出されました。そういう意味では、それをどう具体化するのかが課題になって、今年の2月、シンポジウムで自由と繁栄の弧を踏まえて日本型の人権外交に関する議論を始めたのですが、なかなかすぐに結論が出てくるような話ではありません。日本は今まで各国の協力を慫慂するような形で働きかけるということをずっとやってきたところがあるので、そういうような日本的な人権外交という考え方をわかりやすい形でやっていければいいと考えています。

【小澤】今の質問に関連するのだけれども、日本はキューバとかリビアとか、(人権問題を抱える国との対話を重視して)国別人権協議をやってきておられるわけですが、そういう方面は最近はどうですか。

【木村】最近、イランとウズベキスタンとの間で対話を行いました。ウズベキスタンは外交当局間協議の中で対話を行いました。

【北岡】比較的に、人権外交と銘打ってやっているわけではないけれども、ヒューマン・セキュリティなんかは、あれは日本の人権外交の1つのアプローチではないかと思います。

【木村】弱者の保護という観点からこれまでも取り組んでいます。

【北岡】やっていると宣伝してみたらいいと思います。それから、先ほどのご報告の中で、Universal Periodic Previewが始まって、1年、48カ国、1カ国4時間で、4時間あればかなりいろいろなことが議論できるような気もするんですが。4時間あれば、この国はこんな欠点があるというのは随分、悪口が言えますね。

【木村】各国の報告に基づき議論を行い、結論まで含め全体で4時間程度です。このために3種類の報告が作成されます。自国のカントリー・レポート に20ページ、他の国連文書を人権高等弁務官事務所が10ページにまとめるものがあり、また、同様にNGO等関係者の意見等が10ページにまとめられ、全部で40ページとなります。

【北岡】40ページもあると何でも書けますね。多少、問題があるけどというのは書くんですか、やっぱり。何の問題もないというのも。

【小澤】異論が出てくる。

【鶴岡】自分から今の問題をちゃんと提示することによって、昔の問題を避けているではなく理解していることを示すことも可能ではないか。

【北岡】だから、例えば、女性の参加が低いとか、いろいろな理由はともかく、こういう課題を抱えているぐらいに言っておけば別にいいのですが、現在について、ほかでもいっぱいあるけれども、客観指標で出せるのは、よそから言われて反論もできないし。
うちの法学部は3人しか女性がいない。青学なんかは多いんじゃないですか。

【青井】我が学科は去年まで私一人でした。私、最初だったんですよ、雇われるのが、女性で。国際政治は特に安全保障学会なんていっても女性、いないですよね。

【北岡】慶応は何人ですか。

【細谷】慶応は政治学科だと最近まで30分の0でしたね。去年になって32分の1に(笑)。

【木村】外務省としては、関係省庁と協議しつつまとめる必要があります。

【鶴岡】条約の解釈の問題で、人権規約のように条約の国内的な実施について考える必要があります。形式的に就職時に機会均等になっているだけではなく、実質的にはどうかとか、あるいは、就職するときに性別や年齢を問われることが条約上適切かとかそういうのをちゃんと議論するべきだ。他国に言われて法律論を展開して一生懸命にいい訳わけするよりは、こういう問題がまだあるので、これから改めるのでと言ったほうが、絶対、僕は話の仕方としてはいいと思う。でもそれは外務省が見逃してきているからね、今さら何を言うのだと言われるけどね。

【小澤】各省協議の結果は見えているね。

【鶴岡】いや、だから、それは手法の問題なんだけども、新しい理事会が創設されたことでもあり、1つの模範的な例として条約の国内実施について、各国が自ら報告する仕組みをつくるのでとりあげたいと。

【北岡】結果として出ているものは、日本は何でもかんでも問題がないと言うのが問題で、欠点は素直に認めたほうがいいと思うんです。

【鶴岡】今のはただ先例の問題だけではなくて、日本国内の人権状況をよくするために人権理事会を活用するという、さっき皆さんが言っていた、何のためにこれを使うんですか、何の理事会ですかと。日本はやはり、ある意味で、中途半端先進国みたいなところがあるから。かといって、今やっていることが全部いいと、本当に思っている立場かどうか。せっかく理事会でそういうことをやるのだったら、我々も日本国内の制度を改善するために理事会の権威を活用しようと。それは外務省しか言い出しっぺはいないわけです。

【北岡】「ヒューマン・トラフィッキング」はそれでやりましたよね。

【鶴岡】あれは、ミラーというアメリカの大使に殴られて、それでやっているんですよ。最初は全部、日本は完璧だというところから始まるから(笑)。だって、あれ、最初に言われたときには相手にせずに、横にやっておいて。 そのうち、米国国務省の報告で北朝鮮と同じランクにするよといわれたから、オットットッと・・・(笑)。すべからくそういう思想が多いので、逆をとって、今までと違う、2005年の国連首脳会議でつくられた新しい組織の使い方としては できなかったことをできるようにするための報告として使うべき。あんまり受けないんですよね、こういう発想は。

【木村】人権の世界では、批判がどうしても厳しくなってしまう傾向があり、これへの対応が難しい面があります。

【北岡】それを何とかしようというのもここの出発点にあったわけで、もうちょっと協力的な関係で人権何とかしようというのもあったんですけど…。

【木村】個人的には、対話と協力の精神は、それなりにいいのではないかという気がします。途上国が議論に少し縛りをかけている分、途上国も人権を議論されることを受け入れる雰囲気が少し出てきています。緊張感がなくなってしまうという逆の問題点はありますが、余りみんなが批判する一方というよりは、議論をする雰囲気が出てくることも重要であると思います。

【北岡】岩沢先生のこの1年の経験で何かつけ加えるがあったら教えてください。

【岩沢】今年1月に自由権規約委員会委員に就任し、3月にニューヨーク、7月にジュネーブで、それぞれ3週間の会期に出席して帰国したところです。スーダンは7月の会期の審査対象国でしたので、スーダンの人権状況を国家報告に基づいて審査し総括所見を出すなどの作業をして帰ってきたばかりです。
国家報告は大体1回に3カ国くらい審査します。今回はスーダンとザンビアとチェコの3カ国を審査しました。チェコで問題になったのは、ロマ人の差別、精神病院における檻ベッドの使用、ロマ人の女性に対する強制不妊手術などです。でも、報告書を比較的期限を守って出し、質問票に対しても詳しい回答を出しましたので、委員の印象は悪くありませんでした。スーダンはいろいろ問題を抱えていますので、時間を延長し、大きい部屋に場所を移して、多くのオブザーバーが出席している中で審議しました。
個人通報についてはあまり知られていませんが、最近は件数が増えており、1回の会期3週間で30件くらい処理しています。

【北岡】専門家チームは結局、スーダンに入れなかったんですね。これは、1人、スーダン政府が気に入らない人間がいるからというわけで。つまり、専門家集団をカテゴリーカリーに受け入れないと言っているわけではないわけですね。その人だけ行かない、ほかの人は行くというわけにはいかないわけです。

【木村】逆に、チームからすれば、1人が受け入れられなければみんな行かないということになりました。

【鶴岡】ちょっと話が違うのかもしれないのですが、2005年のとき、人権委員会を新しく立ち上げて対立が基調の人権委員会を国際社会共有の課題への取り組みに変質させようとの意図があったと思います。2005年から2007年の間に例としては必ずしも良くないかもしれないけれど、依然としてダルフールなどの問題がありますが、毎日、人権侵害が起きている中で主権国家の壁という、旧態然たる無意味な思考で議論を回避する傾向が次々と出たんです。このことがもう最大の失敗だと思うのですけれども、途上国の問題を手当しようという話は、MDGではやっているけれども、人権理事会ではほとんどやっていない。MDGの方の話になると、特に途上国はしっかりやる。本当は途上国は自分の国の中で死んでいる人達をまず手当てするべきなんですけれども、人権理事会の議論は、下手をすると国連が無意味であることの象徴に使われてしまう恐れがあって、もう少し現実の問題に引き寄せた形での評価できるような、そういう人権理事会の活動の仕方はないんですかね。

【木村】人権理事会は、テーマ別の議論も行っています。テーマ別の特別報告者も任命されています。例えば、水へのアクセスの権利といった別の切り口で同じような開発の問題等を議論をしている部分も実際にはあるわけです。 必ずしもMDGそのものを議論しているわけではありません。

【小澤】発展の権利。

【鶴岡】MDGという言葉が定着して強くなり、国連のあらゆる会議で言及されるようになったが、人権理事会では出てこない。

【小澤】発展の権利のところで出てくるんじゃないの?

【鶴岡】例えば、みんなが演説をしたり議論をしたりするときに、MDGがなぜ達成されないのか、何が問題なのか、と言う問いかけで、MDGが1つの主要課題として認識されていると思います。MDGの達成を妨げる問題としての紛争が議論される。その中で人権理事会ではMDGが言及されない、ちょっと特異な委員会じゃないかなという気がします。

【小澤】議題として、発展の権利というのがあるんだったら、そういう議論をしているのではないですか。日本ではそれほどでない。

【鶴岡】ああ、出てこないからわからないのか。

【木村】例えば、発展の権利というのも、途上国が主として主張するのは、これは発展の権利、国の権利ですから、先進国は援助しなさいと、そういう切り口になってしまう面があります。

【鶴岡】それはMDGの本質的な議論じゃない。

【小澤】でも、国連における途上国の議論はそれが中心。

【鶴岡】いやいや、だって、それは伝統的に南北対立の議論であって、MDGはそうではなくて、国際社会が共有できる指標を立てて、例えば現場の人々の生活環境をどういうふうにするか、だから……。

【小澤】それは日本の希望しているMDGの議論だ。

【鶴岡】いや、いや。

【小澤】違うよ、彼らからすれば0.7%とか、そういうふうになっちゃう。

【鶴岡】0.7は、8の中に入っていない。

【小澤】MDGの重要な柱だという位置づけだと思う。

【細谷】 先ほど少し出た日本の立場と関係してくるのですが、先進国と途上国では非常に明確に立場が分かれるという問題が大きいということをおっしゃっておりましたのは、その通りなのだろうとお聞きしました。一方で、先進国間では、どの程度まとまりがあるのでしょうか。直接、人権理事会の問題とは関係ないかもしれませんが、例えば、グアンタナモとか、ブッシュ政権のアメリカの人権状況に対してEUが非常に批判的です。48年に世界人権宣言が出たときは冷戦という状況で、共産主義に対して西側世界が比較的一体となっていて、いろいろなものをつくりやすかった。ところが今は、西側の先進国の中でもかなり人権の解釈が違う。日本と韓国でも、同じ西側かどうかは別として、人権の価値観がまた違う部分もあると思う。もちろん、途上国とは全然議論のレベルが違うのかもしれませんが。少なくとも、先進国諸国間である程度議論をまとめ、一体となってイニシアチブを取れるようにして、そして途上国を説得するというルートが重要ではないでしょうか。例えば、フランスがフランス連合の枠組みを使ったり、イギリスがコモンウェルスの枠組みを使ったり、EUがバルセロナ・プロセスとしての地中海対話を使ったり、先進国諸国がばらばらに行動しているのでしょうか。それとも、ある程度それをまとめる上で、先進国側で1つの規範をつくって、それを途上国に説得するというような流れができそうなのでしょうか。
もう1つは、その中で日本がどうするのかという問題です。 安倍政権が普遍的な価値、人権ということを言って、そして、広げるということまで外務大臣が言っている。それと、少なくともお話を伺っている限りでは、人権理事会でも日本の政策、政府の立場というものが、それ以前の立場とそれほど変わらないような気がします。つまり安倍総理、あるいは麻生大臣が普遍的人権を主張する外交をアピールする中で、何か具体的な内容が人権理事会での日本の行動にあるかというと、どうもそれが見えてこない。「人間の安全保障」という言葉について言えば、それはもう前の政権からやっていることですから、特に安倍政権になってどうのこうの、新しく始めたということでは当然ないわけです。日本政府の立場として、少なくとも何か人権理事会の中で人権に力を入れるという姿勢が政治レベルで見られるのでしょうか。つまり、今までと変わったのか、変わらないのか、どうかということを教えていただきたいと思います。もちろん、変えるべきかどうかというのは、また別問題ですけれども。

【木村】そもそも、人権理での議論が、どれだけ各国が自国の政策を主張しながらやっているかというと、もちろん、自国の政策を主張するということもありますけれども、やはり、人権理事会の中でのパワーポリティクス等の要因で動いている部分があって、そもそも先進国が非常に少ないという中で途上国対先進国ということになった場合に、一致して何かをしなければいけない場面が多いというのが一般的です。
もう1つは、こういう状況を少し打開するということで、アウトリーチの議論を、それぞれ影響力のあるところに、もう少し立場が穏やかな国に対して働きかけしようというようなことはありますが、やはり、各グループ毎に動いている面があります。
これから制度構築ができて、少しずつ議論が正常化してくるということになるので、そういう過程で日本的な主張をどうやっていくのかということを考えていかなければいけないと思います。

【北岡】ヨーロッパとの関係は、私は、いろいろなところでアメリカより付き合いやすいと思ったけれども。でも、石川さんなんかはヨーロッパはけしからんというんですね。

【鶴岡】きょう、何人もの方が指摘されたことは、日本としてどうするのだろうかというところからの問題提起だと思います。人権というのは日本の概念ではないので、あらたに日本的なものをつくらなければ、多分日本からの発言として説得力を持たないと思うんです。 人権の議論の特殊性というのは、絶対性なんです。人権は絶対不可侵なのだと、だから、白黒の世界で人権侵害か人権尊重かどっちかしかない、こういう議論です。僕はそれはそれで正しいと思うんですけれども、日本は自分の実践のことから考えても白黒式でやらなくて、悪い言い方で言えば、なあなあでやると。白黒をつけないところに、この1人1人の共生というか、お互いの、狭い社会の中で支え合う余地を残しておくという、いわば、村の生活の知恵みたいなものが国レベルに上がってきた珍しい国だと思うのです。それをすごく無理して、論理の飛躍をあえてすれば、人間の安全保障の考え方に転換しているわけです。
人間の安全保障の議論というのは、人権理事会でやると非常に危険なのは、人権の絶対性の重要性を軽んじるがために人間の安全保障の議論をする、というふうに誤解されやすいんです。ところが、人間の尊厳をちゃんと尊重していくために個々人に注目して、個々人の能力開発のためにこそ投資するべきだという人間の安全保障の考え方は、実は最も人権を尊重する開発とか、人道手法を提案しているわけです。だから、そこをもう少しうまく理論化して、日本が主張する1人1人の人権を守る具体的な行動規範であるという形で提案していけば、不毛な、お宅は監獄がよくないとか、それも大事なことだし、ないとは言わないけれども、人権理事会で議論する世界が、1つはやはり理念の世界の人権議論をやるべきだと思うのです。 21世紀の人権というのはどういうことなのか、と。
もう1つは、現場の実際に、人がそれぞれ苦しみ、あるいは、被害に遭っているような状況を是正するための勧告なり、事実関係の評価で、それを直すための認識を共有した上での具体的措置、そういうことがあるだろうと思います。一番最初の理念のところが、ヨーロッパ的にはもう決まっている。あなたたちは、もうそんな理念も、人権後進国の日本から人権のことなんか聞きたくもない、こういう感じのところがちょっとあるので、途上国になれば、なおさらそういうふうに扱われてしまっている。僕は、途上国の失敗は、その議論に対して、オックスブリッジなんかで勉強した途上国の人がヨーロッパの論理を駆使して反論することです。 自分たちの論理ではなくて。だから、いつまでたってもヨーロッパの土俵でやっているから、それは老舗が勝ちますよ、最後は。そこをどういうふうに変えて、文化をもう少し混ぜるような議論ができるだろうかと。道具は英語かもしれないけれども、中に入っているものがもっと違う文化、文明の育ててきた考え方みたいなものを出せないかなと常々思っているんですけどね。

【北岡】この間、6月にイスラエル、パレスチナへ行っていたんです。 その中であるメンバーが「ヒューマン・セキュリティ」の話をする予定だったのですけれども、あそこでヒューマン・セキュリティの話をしたら、この差別を固定する議論だと思われますので途中でやめたんです。

【青井】ごめんなさい、鶴岡審議官がおっしゃる人権理念の議論の必要性に賛成いたします。そこで、人権理事会の位置づけなんですが、制度は変わりましたけれども、おそらく理念を議論するところという、そういう役割は昔から変わらないと思います。具体的な人権問題に関して政治的な対立をする場ですが、そういう対立を通して、理念を問題とする国際的な舞台なのでしょうね。私は、わりと、人権理事会はそのような目的にしか使えないだろうなと思いますし、おっしゃるように、むしろ人間の安全保障など他の場で起こっている具体的な問題や違う概念についてももっと議論できるような場にしていく必要があるかもしれないなと。そう考えたときに、今ある制度について、どういう期待がされているんでしょうか。今もそういう方向性は見出されているのかどうか。

【木村】人権という理念というよりは、「人権」という言葉を使って何ができるかという具体的な議論をするということが現実であると思います。 日本は先進国からも、一緒にやっていけるメンバーだと思われているし、途上国からもそれなりに日本の言うことを聞こうというところもあります。日本の立場はあいまいとの批判を受けないように注意は必要ですが、やはり、途上国と先進国をつなげられるような考え方を、今までもそういうことを日本がやろうとしてきた部分があり、それをもう少し理念というか、わかりやすく説明することは必要だと思います。

【北岡】今まで、とにかく、外務省の担当課長は、北朝鮮決議が通るかどうか、そういうことに圧倒的なエネルギーを割かなければいけない。それを超えてもっと人権というものを違ったアプローチを打ち出すとか、確立するというのが本当はすごく大事です。 そういう戦略的な取り組みは、外の研究の場とかがやってくれるといいのですが。

【青井】EUとか強いのは、おそらくそこでしょう。 自分たちの概念なんです、もともと。こういう場で自分の理念を通していく戦いでもあるわけです。そういう場所としているのだろうと。

【木村】EUは確かに、例えば、EUとOICが中心になって交渉をしている部分は、人権理事会において実際にありますが、EUがやっていることについて途上国が感謝するかというと、必ずしもそうではない。そういう意味では、日本としてもう少し途上国を引き出して、途上国からも感謝されるような形で全体をまとめるとか、そういうことができれば望ましいと思います。但し、以前にも増して先進国と途上国が対立している部分がかなり強くなっており、それをブリッジするというのも難しくなってきている現状等もあります。

【細谷】EUのあり方が、多分もう行き詰まっているんだと思うんです。90年代の半ばからEUは、安全保障政策はその当時は余りできないですから、人権外交で地中海諸国、中東諸国といろいろ対話をして人権状況を改善させようとした。しかしEUの中では、これは完全に失敗なんです。というのは、EUの人権外交というのは、加盟候補国に対しては、死刑制度廃止についてもそうですけれども、強制が可能です。特に東欧諸国ですけれども、かなり自信をつけて制度を変えてしまうわけです。ところが、加盟できない国や、する意思がない国に対してはほとんど何も効果がないのです。ですから、特に中東諸国、アラブ諸国、イスラム諸国に対しては、EUのこのやり方というのが、もうほとんど止まっていて動かない。悪い国を説教して、お仕置きをして、そして制度を変えさせるという、このEUのやり方で、どうも国連の場でやり続ける、ある種の閉塞感みたいなものがあります。

【青井】ただ、EUはすごく多層的ですよね。例えばユーゴスラビアの行動を是正ししようと厳しい経済制裁を中心になってやったのはEUですからね。こういう行動を国連などにおける批判、その他の外交圧力と組み合わせる。多分、人権理事会などもそういう多層構造の中の一つに位置づけられ続けるのだと思うんですけれども。

【岩沢】途上国の歩み寄りという点に関連して、特別手続の将来についてご質問します。国別手続もテーマ別手続も順次レビューされるということですが、途上国が重視するものが残り先進国が残したいものは消えていく、といったことも考えられますか。

【木村】先進国にしても途上国にしてもそれ程、どれかを絶対になくしたいと主張しているところがあるわけじゃない。そうすると、国連の世界でも何かをなくしてしまうとか、そういう力は余り働かない可能性があります。

【北岡】OICはなかなか変わらないでしょうけれども、でも、G77の中で、貧しいけれども、民主化しつつある国というのは多少、行動が分かれてきてもよさそうなものだと思うんですけれども。

【鶴岡】人権理事会はアメリカはいないけれども、かなり注目される重要な機関です。アメリカのいないところで日本が役割を果たすという形ですけれども、そこの部分をもう少し意識してやってもいいのではないかと思うんです。アメリカがいないときは日本は一生懸命にEUと一緒になろうと、その力学だけでやらないで、もうちょっと、アメリカがいないからこそ日本として、より自由に発想して動かせることがあるのではないかと思うんです。例えば、余り例にはならないけれども、UNIDOはアメリカが出ちゃっているから、日本が最大拠出国で、日本の発言は非常に尊重されるんです。EUが全体で一緒になって話をされちゃうと、日本がEUを押し切ることができないこともあるけれども、各国別で見れば、人権理事会の今の理事国の中では日本が相当な力を出しているはずなんです。そこをもう少し活用するという発想で、アメリカがいないところでどういうことができるかというのを何とか見せられないかなと。

(研究会での報告・発言をまとめたものです)

    • 外務省人権人道課長報告
    • 木村 徹也
    • 木村 徹也

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