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代表部便り4「キャラの後光 -ACABQ選挙を戦って」

February 22, 2008

嘉治美佐子 (国連政府代表部公使)

国連のランチタイム(午後1時から3時)

SUSHIはどうお? SAKEはやめとく? とにっこり。国連本部の斜め向かいにあるちょっとフュージョンの日本レストラン。高い天井とおしゃれめのインテリアも味方につけたいところ。先週首脳会談やりました、というのならこれ幸い。殺し文句はI have been to your beautiful country. 例えそれが10年前、観光で半日通りかかっただけだとしても、これは得点。
はたから見れば肌の色の違ったカップルのランチデート?にしてはよそよそしい?その実は真剣勝負。どうやってこの国から1票もぎとるか、その確約を得るべくサシで戦っているのだ。さりげない会話を仕向けながらこの外交官は国連の行財政システムに精通しているか、ふううん、ちょっととフランス訛り?おっと、38階(事務総長執務室のあるフロア)にアクセスがありそう、噂の中心某大使への評価はどうか、本国での現政権の旗色は? などなど探りつつ、核心に迫っていく。紙(口上書)を出すところまでコミットさせれば王手。そこまで行かなくても、日本にはいつもお世話になっているので普通は日本に投票するの、と自然に語ってくれれば脈有り。
外交官はみなその国を背中に担いでいる。貧しい国、新興国、内戦状態で国連の平和維持活動(PKO)が展開している国、難民をお世話している国、初めて地域連合の議長国となり張り切っている国、旧体制をひっくり返して日の浅い国、国連代表部の人員が大使一人の国、様々なキャラの国がある。選挙で勝つには191もあるこうした国々のひとつひとつから、支持をとりつけなければならない。
幸いなことに、日本は自由、民主主義、市場経済という、21世紀の世界では主流となっている価値を標榜している、敗戦でぺちゃんこになったのにがんばって経済大国にのし上がった、世界一のODA供与国であった、国連への財政的貢献額も192カ国中2位である、などといった、主として近い過去の遺産から、しばしば私の背後にはポジティヴな後光が差している。

「国連は人類を天国へ連れて行くためでなく地獄から救うために創られた」(ダグ・ハマショルド第2代国連事務総長)

選挙は総力戦である。候補者のランチの相手がその気になっても本国政府の方針にあわなければ票はくれない。東京や訪問先での外務大臣や副大臣をはじめとする幹部からの申し入れ、世界中の首都での訓令に基づく大使館からの支持要請、当地での常駐代表主催のレセプション、代表部員からの働きかけ、星取表を作って進捗状況を追い、口上書で波状攻撃をかける。候補者を出している国との相互支持や、そちらのあの選挙であなたに投票するからこちらのこの選挙で投票してね、というディールは常用される手法である。紙で支持確約をとりつけても、裏切られる率2~3割という経験則もある。
財政的な貢献度だけから言えば、国連は、象数頭とアリ百匹という世界である。年間20億ドルほどの通常予算は192の加盟国の分担金で賄われているが、現在のところ、経済規模を基礎に3年ごとに決められる分担率が0.01%以下の国は97もあり、このうち0.001%と言う国が54もある。最大の22%の分担率を持つ米国に次いで、日本は16.624%を負担する二番目の巨象であるが、上位5カ国で通常予算の6割、10カ国で7割5分以上を負担している。PKOについては、その任務が国家間の停戦監視から統治能力のない政府の肩代わりにまで広がって来たのに伴って、その予算は通常予算の3倍以上にふくれ上がっているが、安保理常任理事国に加重調整した分担率が適用されている。日本については通常予算と同率であり、どちらも誠実に支払ってきている。お金持ちは公共財を下支えする、という発想である。
これに対し、予算の承認などの総会の意思決定は1国1票。象もアリも1票。人間一人ひとりの命も負担も反映したものではなく、時の政権の拠って立つ価値が斟酌されるわけでもない。主権国家ということがクラシックに尊重されている。世界大戦に打ちひしがれた前世紀に、国同士が争って二度と殺し合ったりしないようにと、戦勝国の指導者達が精一杯考えて創った機構に内蔵されている仕組みが温存されている例である。

ACABQ(アジア4、アフリカ3、ラ米3、中東欧2、西欧北米他4議席)

去年の夏から秋、私たちが戦っていたのは、国連行財政問題諮問委員会、Advisory Committee on Administrative and Budgetary Questions (ACABQ)という世間一般には知られていないが、国連では誰もが知っている委員会の選挙であった。16人の委員は個人の資格でなるのであるが、日本の候補は日本政府が推す、という形をとる。めでたく当選した後も、各委員は個人の資格で発言することになっているが、勿論私の後ろには巨象の後光が差している。日本は70年代初頭から、明石康氏をはじめ間断なくACABQに委員を輩出してきており、再選禁止規定がないこともあって私は10代目である。国連の予算案は総会で承認する前に全てACABQで査定をする。総会はこれを指針に予算審議をするので、ACABQは、予算の使い方と総額に実質的な影響力を行使しているわけである。
今回は、2008年~10年を任期とするアジアの3つの改選議席をめぐり、中国、インド、パキスタンの候補と戦った。11月2日の投票日2週間前にして中国が立候補を取り下げたため私はインド、パキスタンの候補とともに投票なしで選出された。会計検査委員会、Board of Auditors (BOA)というもう一つの国連の機関の選挙に中国、インド、パキスタンが1議席を巡って立候補しており、投票日もACABQと同じ日であったが、これからはインドとパキスタンが辞退した。ACABQ選挙では10月半ば時点で日本はかなりの国から支持を取り付けるに至っており、日本の候補は強いとの認識が加盟国の間で浸透してきていたことが、他の3カ国をこのようなディールに追い込んだのだと自負している。刀の柄に手をかけて抜かずに勝った感覚だ。

国家繁栄の寿命(パックス・ブリタニカ、アメリカーナも百年か)

日本はなぜ、国連が何をやるか、お金をどう使うかについて、発言力を持ちたいのか。発言力をもっと発揮するには安保理の常任理事国になることが必要で、これは日本外交の課題となっているが、安保理に入る前にもこの設問は有意である。答は日本は国連の活動の六分の一のお金を義務として出しているのだから、口も出したい、ということか。もしそれが理由なら、日本経済の世界経済に占める割合が日本の人口減などに伴い小さくなれば、それだけ発言力も縮小してよいことになる。今、日本の享受している、世界希に見る安定と繁栄は、世界の平和と安定に負っているのだということを想い出せば、経済力のあるうちに、なくなってくればなおさら、ありったけの知恵と技術と政治力を駆使して、世界全体の運営・管理に携わっていかなければいけないことは明らかである。国連はそのための手段のひとつなのである。
将来、日本の外交官が、例えばACABQ委員の選挙運動をしたとき、彼、彼女にはどんな後光が差すのだろう。もし日本が、資源もなく、技術もなく、どけちで、ルール作りに知恵を出したりもせず、フィールドで汗を流す姿も見かけない、装備を備えた部隊がいても危険なところには出向かない、そんな国になっていたとすれば、例えTOFUはおいしくても、カーテンの間から昼下がりの陽光が差しているだけにちがいない。5年、20年、50年後にどうか。国に対するパーセプションは、タイムラグを伴って移ろうことを、胆に命じておくべきだ。

(了)

    • 国連政府代表部公使
    • 嘉治 美佐子
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