2008年度第7回国連研究プロジェクト研究会(議事録概要)
「国連における人権関係の議論」
作成:都築正泰(東京大学大学院法学政治学研究科)
(研究会議事要旨)
○冒頭、志野・外務省人権人道課長より報告。主な内容は、国連における人権関係の議論の現状、日本の存在価値、今後の展望について。
○その後全体で自由討論。主な論点としては、アメリカ新政権が人権理事会に参加する可能性、UPR、自由権規約政府報告審査をめぐる国内外の諸課題。
1.出席者
北岡伸一(主任研究員)、志野光子(外務省人権人道課長)、岩沢雄司(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、坂根徹(東京大学大学院法学政治学研究科、日本学術振興会特別研究員)、鶴岡公二(外務省国際法局長)、中谷和弘(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、蓮生郁代(大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授)、福島安紀子(国際交流基金特別研究員)、片山正一(東京財団研究員)、関山健(東京財団研究員)、大沼瑞穂(東京財団研究員)、都築正泰(東京大学大学院法学政治学研究科)
2.日時・場所 : 12月18日18:30~21:00、東京財団A会議室
3.報告者 : 志野光子氏(外務省人権人道課長)
4.報告
(1)国連における人権関係の議論の現状
・アナン前事務総長のイニシアティブで近年「人権の主流化」が推進されてきたが、現在では、あまり明確な動きとなっていない。また最近では一時期よりも人権の主流化が強調されることが少なくなってきたように思われる。
・2006年6月に人権委員会が人権理事会に改組。その背景にあった課題は人権問題の政治化をできるだけ抑え政治的対立に陥るのをできるだけ避けるため、人権の専門家が主導する客観性の高いメカニズムを構築することであった。人権委員会は年に1回であったのに対して人権理事会は年に3回開催。しかし政治的対立の解消には至っていない。ジュネーブとニューヨークの双方で典型的にみられるのは、OICを中心とするイスラム諸国グループとEUを中心とする西欧諸国グループの対立。
・人権理事会は、人権委員会のときには53カ国あったメンバーを47カ国に削減。そのうちOIC諸国は現在17であり、特別会合を招集するのに必要な三分の一を確保しており、OICが結束すればある程度自由に特別会合を開催することができる。西欧諸国との対立の争点は、表現の自由や宗教の自由、イスラエルなど。OICと西欧諸国の対立が拡大することは有益ではない。人権を普遍的な価値とした上で協調と対話によって問題解決を図っていこうというのが当初のねらいであるにもかかわらず、人権を軸とした原則的対立に陥ってしまう。
・人権理事会の創設によって、ジュネーブとニューヨーク(国連総会第3委員会)の間の役割分担と作業の効率化が期待されたが、実情では重複することがしばしば。ニューヨークでは広範なテーマを扱っていることから人権とは異なる力学も働く。しかしジュネーブでは先述のとおり原則的対立に陥ることがある。人権分野においてジュネーブとニューヨークどちらが有用か問われても、それぞれ一長一短があり一概には言えないのではないか。
・2006年の人権理事会創設に伴い新たに導入されたUPR(普遍的・定期的レビュー)。この趣旨は、人権問題において特定の国をピンポイントで批難するのではなく、すべての国を等しく審査の対象とすること、また各国の人権状況について他国からピア・プレッシャーを受ける状況を作ることにある。
・UPRの導入を理由にニューヨークの総会第三委員会で行う国別決議に反対する動きがみられる。確かにここで扱われているのは北朝鮮、ミャンマー、イランなど政治的に恣意的な選択がなされていないとはいいきれないかもしれない。しかし人権問題は多くの場合緊急性を持っており、4年に1度しか審査されないUPRのみでは対応が不十分。
(2)日本の存在価値
・アメリカは人権理事会には不参加。普遍的な価値として人権を共有するがEUではない、またOICでもない日本の存在意義はどこにあるのか。それは、EU対OICのブロック間対立に陥った際にサブスタンスを重視する方向に議論を主導することであろう。ところがこれはEUとOICの間のブロック対立が激化し団体交渉の様相となるケースでは困難。
・しかしアジアの人権問題では日本の存在意義は発揮しやすいだろう。たとえばカンボジアのケース。OICは関心が薄く、またEUのなかで意見の相違がある。原理原則的に人権状況の改善を要求するイギリス、オランダやドイツがいる一方で、フランスなど漸進的な状況の改善を前向きに評価し今後の進展に期待しようという立場もある。日本はカンボジアとEU双方からの信頼が厚く、両者を建設的に結び付けてきた。アジアの人権問題では、宗教やイデオロギーのブロック間対立から脱却し、純粋に普遍的価値として人権を議論する土台を構築することが可能であり、そこで日本の存在価値が十分発揮されうる。
(3)今後の見通し
・次の2点の動向が重要であろう。
・1)米国の新政権。人権を外交においてどのように位置づけていくいか明確にしていく過程で、人権理事会へのアメリカの参加が期待される。
・2)2011年の人権理事会のレビュー。考えられるのは2011年3月に議論を開始、その結果を国連総会に提出してそれが採択されるという流れであろう。ここで重要なのは、2011年をむかえるまでに人権理事会をポジティブに評価できるようなアジェンダを中心的に扱っていくこと。その一方で、ダーバン・レビュー会議などブロック間対立を助長しかねないアジェンダもあり、人権理事会の限界を表面化させ2011年に向けて幕引きを図ろうとする動きもあるかもしれない。これを阻止する上でもアメリカの関与は重要。
5.議論
(1)アメリカ新政権、人権理事会参加の可能性
・現在人権理事会がうまく機能しない主な要因はアメリカの不参加。人権理事会の創設に反対したブッシュ政権が退く。問題となったアブグレイブ、グアンタナモ各収容所は閉鎖される方向。またオバマ新大統領のバックグランドからみて、これまでとは違う新たなアプローチがとられるだろう。司法長官に黒人のエリック・ホルダー氏を指名したのも重要。このように客観的に条件が良くなくなるなかで、アメリカが人権理事会に参加する可能性は高まっている。アメリカの参加によって、OICとEUのブロック対立から対話を重視する形に人権理事会が改善されることが望まれる。
・注目が必要なのは、オバマ新大統領自身がどの程度人権理事会にコミットするのか、あるいはヒラリー国務長官がその中心になるのかという点。
・アメリカ政府はニューヨークの国連大使の人事を重視するが、オバマ新政権がジュネーブ代表部の大使にどのような人材を充てるのかにも注目したい。
・人権理事会へのアメリカの参加は、新政権の最初の3か月から半年で方向が決まるであろう。しかしアメリカが参加しない人権理事会は定着化している。新政権が前政権とは異なり人権理事会を機能させることを重視して、ある程度腰を折ってでも入ろうとした場合、ある種の土下座を要求する課題設定がなされるだろう。懸念されるのは、これによってせっかくのアメリカの意欲が挫かれ、人権理事会に完全に背を向けてしまうこと。ここで日本の積極的な行動が必要。アメリカに過剰な期待を持たせずに、人権理事会に関与していく道筋をつけていく役割を日本が果たすべき。アメリカに強く反発する国は少なくないが、同時に人権理事会の議論をより重みを持ったものにする上でアメリカの参加が不可欠と考える国が多いのも事実。これらの国々を結束させることが重要。
・アメリカは現在オブザーバーの資格で参加。また人権理事会の理事国であるカナダを使って自国の主張を展開することがある。
(2)UPRの諸課題
・アメリカはまだUPRを受けていない。UPRを受ける際、アメリカがどのように対応するのか、他国がアメリカをどのように批判するのか、注目したい。
・中国は2009年2月、北朝鮮は12月にそれぞれUPRが予定されている。北朝鮮がUPRを受けるほぼ同時期に国連総会で人権状況決議の採択が行われる見込み。この際、UPRを行うのになぜ国別決議を行うのかという声が一層高まるのではないかと懸念される。
・北朝鮮の問題などを考えると、人権をジュネーブとニューヨークの双方で扱うことは日本にとって悪いことではないのではないか。人権理事会は47理事国によって構成されるが、総会は国連全加盟国によって構成されるので、ニューヨークで人権問題を取り上げることにはやはりそれなりの意味がある。そこで問題になるのは、ジュネーブの役割は何か。
・人権状況に問題がなくてもすべての国を審査の対象にする、あるいは特定の問題国を非難するのみではないという点にUPRの存在意義がある。同時に深刻な人権問題国に対しては国別決議で対応する。このようにジュネーブとニューヨークの間で役割区分をすることが可能ではないか。
また、人権理事会の理事国数については、EUとAUの間、25から53の間でという議論が当時あった。結局そのなかでは後ろの数で決着したわけである。理事国数が20代であれば状況は違っていたかもしれない。
・UPRが導入された時から国別決議に反対する動きが出ることは予想されていた。北朝鮮決議に反対した国や棄権した国が理由に挙げたのは国別決議自体への反対だった。
・UPRがより機能していくなかで、このように国別決議に反対するトレンドが一層定着化していくことが懸念される。
・確かにUPRは国別決議に反対する口実の一つになっている。しかしそれは重大視する問題ではない。国別決議への各国の投票態度を評価する際、賛成か反対かもあるが、棄権か反対かの分かれ目がより重要。何らかの問題意識が共有されれば、たとえ国別決議に反対する国でも棄権に抑えるわけである。またその国は結果として外交上日本に対して一種のアドバンテージを得る。賛成にまわる国はなおさらのことであるが。UPRを受ける際の質問票は各国に共通するものなのか。
・自由権規約委員会が出すような質問票はない。UPRは3つの文書に基づいて行われる。まず、被審査国が提出する20ページ以内の報告書。その他に人権高等弁務官事務所が準備する10ページ以内の文書が2つある。1つは、条約機関や特別手続に含まれる情報をまとめたもの。もう1つは、NGOなど関連利害関係者が提供する情報の要約。審査にあたる諸国は、条約機関が出した勧告をかなりの程度参考にしているように見える。
(3)自由権規約政府審査報告を終えて
・日本は2008年10月に自由権規約の政府審査を終えた。今回で5回目。委員会からの指摘で大きなポイントは、以前の第4回の最終見解から現状が変わっておらず、日本は同じところで問題点を指摘されているがなぜだという問題提起。また日本では政府審査と呼んでいるが、委員会は行政府のみではなく立法府と司法府に対する審査としても考えている。
・具体的には何が問題点として挙げられたのか。
・死刑制度。その透明性、再審可能性、処遇の問題も制度自体とあわせて指摘。その他には代用監獄制度。さまざまな面における差別的待遇。ジェンダー、マイノリティー、また同性愛者への差別。アイヌ、沖縄、同和問題。従軍慰安婦問題も言及があった。慰安婦問題は1979年に日本が自由権規約に加入する以前の問題であるが、被害の継続性の観点から取り上げられたようだ。同時に東京大空襲も取り上げるように求めるNGOがあったが、これは却下されたようだ。
・たとえ国内でいろいろな議論があり変更が難しい問題であっても、委員会が日本が自ら身を正すべきところを指摘していれば、何らかの改善が中から起こりうる。例えば死刑制度や代用監獄の問題は、法律自体は難しいが運用において改善する余地はある。しかし問題の取り上げ方が恣意的であると、委員会の権威や信頼性を失墜することになるし、また自発的な変革の意欲を妨げ逆効果。
・表層的な制度だけではなく、その背景にある社会や文化など日本の特殊事情に対する体系的な理解が委員会の側に不十分。また法体系の面からみても、自由権規約が原理原則的に用いられていて、他の条約との整合性はあまり考慮されていない。自由権規約の政府審査は、被審査国政府と委員会の間の書面と公開の場所でのやりとりが主であるが、それとは別途にNGOと委員会が非公式なブリーフィング・セッションを行っている。そのため比較的NGOの主張が最終報告に反映されやすい。委員会が政府とも非公式な接触することが必要で、そのなかで被審査国に対する理解をより深めるべきであろう。
・日本の刑事制度は犯罪者の更生を非常に重視している。たとえば、法務省に矯正局が設置されている。これは他国の司法省ではあまりみられない。死刑制度を考える上でこのような日本の特殊事情についても委員会の理解が求められる。
・日本の報告書審査には、150くらいのNGO関係者から参加申請があったと聞いている。日本の場合、オブザーバー参加するNGOが多い。
・政府とNGOの間のコミュニケーションがさらに必要。たとえ反政府であっても構わないが、NGOも国際社会に出ている以上は日本の一翼を担っているわけである。彼らが最低限国際水準を満たす議論を展開できるようにさまざまな形で政府が支援するべき。それは資金面に限られたことではなく、NGOのアドボカシー能力を向上させる面でも重要。
・アジアでは中国、パキスタン、マレーシア、シンガポールなどがまだ自由権規約の締約国になっていない。日本がアジア諸国に自由権規約の批准を働きかけることも重要と思う。