岡元譲史
大阪府寝屋川市職員/迷子不動産活用プロジェクトチームリーダー
問題は現場で起きている
「事件は…現場で起きているんだ!」という名ゼリフがある。「所有者不明土地問題」においても現場の実態がまだまだ知られていないように感じる。本稿では、最前線で問題解決にあたる自治体職員である筆者の経験を、実例を踏まえて紹介する。
筆者が所有者不明土地問題に関わったきっかけは、固定資産税の滞納に対処する職務に就いたことである。
2011年度に市税等の徴収専門部署に異動した筆者は、不動産公売を担当することとなった。不動産公売とは、税金等の滞納があった場合に、滞納者が所有する不動産を差し押さえて強制的に売却する手続きである。
さまざまな不動産を公売し、滞納案件を整理していく中で、特に対応が困難で手を焼いたのが所有者不明の不動産であった。
こうした所有者不明不動産の代表的な事例には、以下の3つがある。
(1)実態のない会社が所有していた事例
不動産登記上の所有者は建設会社であるが、その所在地を訪ねるも、会社としての実態はなく、書類も送達されずに返戻される。問題の不動産は、住宅を開発した際の残地。放置されて荒れ地となり、夏場には虫が大量に発生し、近隣住民から「なんとかしてほしい」と苦情が寄せられていた。
調査の結果、法人代表者と接触することに成功し、事情を説明した上で不動産公売を実施。隣接する駐車場所有者が落札し、土地をかさ上げして駐車場が拡張される形で活用された(写真1、2)。
近隣住民にも喜ばれ、この経験から筆者は「所有者不明不動産の解消は、回収額以上の効果がある」との確信を持った。
( 写真1)実態のない会社が所有し、荒れ地状態となっていた。
(写真2)隣接する駐車場所有者が落札し、駐車場が拡張される形で活用された。
(2)相続人の行方がわからない事例
問題の不動産の所有者である男性は、海外渡航中に現地の女性と婚姻。帰国後に亡くなってしまった。子はおらず、両親は死亡しており、兄弟は全員相続放棄をしたため、一度も来日したことのない外国人妻を唯一の相続人として対応することとなった。
調査の結果、婚姻当時の外国人妻の住所を把握できたため、国際郵便で納税通知書を送付するも、「宛て所に尋ね当たらない」として返戻される。さらに、法務局からは「男性の死亡時における外国人妻の生死が確認できないため、外国人妻が相続人であるかどうか判断できない。したがって、不動産公売は不可」との見解が提示された。
領事館に照会し、現地の法律に詳しい弁護士にも相談するなどあらゆる手段を講じるも解決に至らなかった。最終的には、外国人妻に係る「不在者財産管理人」の選任を家庭裁判所に申し立てて、当該管理人を書類送達先として、不動産公売を実施。近隣の方が落札して、ようやく解決した。
(3)相続が幾重にも重なり、相続人が膨れ上がった事例
特に解決に費用・時間・労力を要するのが、所有者が亡くなっているものの相続登記がなされないまま放置され、その結果として相続が幾重にも重なり、現在の所有者が誰なのか、何人いるのかが容易には判別できない案件である。
この案件を解決に導こうと、相続人調査を行い、把握した相続人に対して念のため相続の意向確認通知を送るのだが、「自分が相続人とは認識していなかった」と、困惑する者が多い。
なぜ、そのようなことが起きるのか。その主な原因の一つに、「先順位の相続人が相続放棄したことを知らない」ことが挙げられる。
相続には順位があり、先順位の相続人が相続放棄をしたり、死亡等で既に存在しなかったりする場合は、次順位の相続人へと相続が移る。例えば、不動産所有者が死亡した時に配偶者と子(第一順位)が全員相続放棄した場合、まずはその所有者の直系尊属(両親や祖父母/第二順位)に相続が移る。直系尊属が既に死亡している場合は、第三順位の兄弟姉妹が相続人となる。この兄弟姉妹が死亡している場合は、その子である甥や姪にまで相続が及ぶのである。
先順位の相続人が相続放棄をしても、裁判所から通知があるわけではない。いきなり市役所から通知が届き、「まさか、遠縁の叔父の財産を自分が相続することになるなんて」と、すぐには状況を理解できない者が少なくなかった。
また、この認識不足が「数次相続」に繋がり、相続人は雪だるま式に増えていく。
例えば、不動産所有者であるAが死亡した後、その相続人であるBが、「自分がAの相続人であること」の認識がないまま死亡する。認識はないが、法律上はA死亡時に相続が発生しているため、Aからの相続分はBの相続人であるCにまで及ぶ。これを「数次相続」という。
数次相続人であるCも当然、自分がAの財産を相続している自覚がないため、Aの相続財産について相続放棄の手続きをすることはない。その繰り返しで、Aの財産の相続人の数は膨れ上がる。
こうして、気が付けば「不動産の所有者は推定100人以上」といった所有者不明状態の土地や建物が全国で多数生み出されるのである。
相続人が雪だるま式に増えた案件の解決方法
こうした案件を、どう解決に導くのか。
現行制度上、われわれに示される解決の道は、多大な費用・時間・労力を要する過酷な、まさに「茨の道」である。
まず、死亡した所有者について、戸籍謄本などの必要書類を集め、相続関係図を作成する。筆者が経験した案件では、相続人の数は多くて20名ほどであったが、それでも50~60枚の書類が必要であった。これが100名ともなると、必要書類は数百枚規模になると予想される。
次に、特定した相続人について、家庭裁判所で相続放棄の有無を確認する。
そして、相続放棄をしていない相続人に対して相続意向確認通知を行う。諸事情により必要な書類が手に入らない場合もあり、ここまでで相当な費用・時間・労力を要する。しかしながら、ここがようやくスタートラインであり、問題の解決は、まだ先にある。
相続の意向確認通知を受けた相続人の反応は、大きく以下の3パターンに分かれる。
(1)相続人が自分たちで解決する
通知をきっかけに、相続人同士が互いに連絡を取り合って自分たちで不動産を処分する場合である。これが一番理想的な形である。
(2)全員が相続放棄する
全員が相続放棄した場合、不動産は誰の管理下にも置かれず、権利が宙に浮いてしまう。この不動産を処分するには、家庭裁判所に対し「相続財産管理人」の選任を申し立てる必要がある。申し立てには、予納金として原則100万円(地域によって金額は異なるようだが)もの大金を用意しなければならない。不動産がなかなか売却できず長期間が経過する場合、予納金は選任された管理人の報酬に消える可能性もある。相続放棄される土地は資産価値の低い不動産であることが多いため、大きなリスクである。
(3)相続放棄もせず、連絡もない者が残る
筆者の経験上、相続人の大半は相続を放棄する。しかしながら、中には相続放棄をしない者もいる。このような場合、残った者を相続人として固定資産税の納税通知書を送付する。納付がなければ督促するが、その後も滞納が放置される場合には、強制的に相続登記を行い、残った相続人へと名義変更した上で差し押さえ、不動産公売を行う。無事に落札されれば、一件落着である。
このように、徴収職員には不動産の名義を強制的に変更して処分できる強力な権限があるため、所有者不明土地問題を解決する最前線で活躍できる存在であると筆者は考えている。
迷子不動産活用プロジェクトを立ち上げて
これまで述べたように、所有者不明状態の不動産を解決に導くには多大な費用・時間・労力を要する。また、解決に尽力したところで実際に売却に至るのか、努力に見合うだけの回収額が見込めるのかといった費用対効果上の不安も大きい。
ほかにも滞納案件はあり、そちらに費用・時間・労力を投じた方が高い効果が見込めるのであれば、そうすることが「最少の費用で最大の効果を」という地方自治法の理念にも合致するからである。
そうしたさまざまな要因が絡み合って、所有者不明不動産の滞納案件は着手が躊躇される。ありていに言えば「後回し」にされがちである。
確かに純粋な回収金額だけを見れば、費用対効果は悪いかもしれない。しかしながら、所有者不明状態が解消されないまま放置された場合、その土地は事実上、使用不可となる。極端に言えば、「国土が喪失する」のである。加えて、相続人増加に伴う追加調査費や空き地・空き家が引き起こす防災・防犯・環境衛生上の問題に対応する職員の人件費などが必要となる。これらの総額を考えるならば、案件を後回しにせず、速やかに対応することが、長期的に見て最も費用対効果が高いのではないだろうか。
徴収の専門部署として求められるのは高額案件の徴収であったが、上司の理解もあり、通常業務の傍ら、著者は少しずつ所有者不明不動産の解決に取り組んできた。その経験に基づき、2017年度には自主研究グループ「迷子不動産活用プロジェクトチーム」を立ち上げ、おおさか市町村職員研修研究センター(愛称:マッセOSAKA)より助成を受けて、所有者不明土地問題の解消方法を固定資産税滞納整理の観点から調査・研究した。
その内容をまとめた 報告書 は、実際の起案文書や様式、参考資料等も添付することで、この問題に取り組む全国の同志にも「使える」「役に立つ」内容となるよう心掛けた。
制度整備を待つ間も、行動を絶やさずに
上述のとおり、自治体の徴収現場において所有者不明土地の問題と向き合い、茨の道を歩んできた筆者としては、日本においても一日も早く米国のランドバンク制度のように一定条件化において所有者不明土地を自治体が取得し、活用できる制度が整備されることを望んでいる。
2018年6月に「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」が成立し、使用権の設定など、制度整備の土台ができつつある。一方で、土地の所有権という財産権にかかわる内容であることから、引き続き慎重な議論が必要であろう。望む状態の実現には、長期間を要することを覚悟しなければならない。当然、実現しない可能性もある。
ただ、制度が整備されるまでの間にも、毎年のように不動産所有者は亡くなり、所有者不明土地問題は深刻化する。茨の道はさらに険しくなる。
しかしながら、それでもなお茨の道を進み、解決に取り組まなければ、所有者不明土地は使い物にならなくなる。繰り返しになるが、これは「国土の損失」に等しい。
自治体においては、この問題に対してはさまざまな部署が連携して対応していく必要がある。自部署だけの利益を最優先させ、セクショナリズムに囚われていては解決が遠のく。「国土である、私たちのまちの一部が損失することを防ぐ」という同じ目標を持って、セクショナリズムの壁を越え、複数の部署で問題解決に取り組んでいくことが必要ではないだろうか。重要なことは、「茨の道をともに歩む同志を一人でも多く増やすこと」だと筆者は考えている。
※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織を代表するものではない。
岡元譲史(おかもと じょうじ)
1983年大阪市生まれ。2006年大阪市立大学生活科学部卒業。同年大阪府寝屋川市役所入庁後、12年間にわたり市税等滞納整理業務に従事し、2018年より経営企画部都市プロモーション課係長。2017年に自主研究グループ「迷子不動産活用プロジェクトチーム」を立ち上げ、所有者不明土地問題の解消方法を固定資産税滞納整理の観点から調査・研究。この問題に関する論文として「空地・空家対策を滞納整理の観点から」『税』2018年3月号、「 迷子不動産活用プロジェクト報告書 」(おおさか市町村職員研修研究センター)がある。
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