神余隆博 (国連代表部大使・次席常駐代表)
2007年を振り返って
私が国連代表部に着任した2006年は、国連にとってもまた、日本外交にとっても激動の年であった。北朝鮮のミサイル発射、核実験等安保理における決議案をめぐって日本の国益をかけた外交が展開されたことは記憶に新しい。また、その年の10月には安保理において日本の議長下で次期国連事務総長に韓国外相(当時)の潘基文氏が選出された。アジアからの事務総長として実に35年振りのことであった。安保理メンバーとして日本はその存在感を十分に発揮した「動の年」であった。
これに対して、安保理を出た2007年は相対的には「静の年」であったといえよう。安保理を離れ「普通の」メンバー国になると、途端に他のことに振り向ける時間的要素が増えてくる。いわば2007年は、次なる飛躍に備えた準備期間であるとともに、総会や各種委員会等で日本の存在感をアピールする地道な活動の期間であった。幸いに、平和構築委員会(PBC)の議長に大島前大使が、また、高須大使着任後は同大使が就任し、2年目に入ったPBCの活性化(対象国の拡大=ギニアビサウや安保理、総会等主要機関との調整の強化等)と今後の活動指針(組織委員会の役割見直し等)の確立に向けて指導力を発揮している。PBC議長就任は、平和構築(平和の定着と国づくり)を外交の柱の一つに掲げる日本にとって最も相応しい役回りであるとの評価が先進国、途上国を問わず与えられており、この方面での日本のイメージが国連の中でも定着していることが確認された。
2007年は国連改革の面でもあまり動きのなかった年であった。安保理改革については後述するが、ファシリテーター(調整者)プロセスで明け暮れ、これまでの議論の繰り返しであった。その他マンデート・レビューは動かず、総会改革も総花的な議論で越年した。事務局改革だけが大きな動きを見せ、潘事務総長の唐突な改革(PKO局を再編し、フィールド支援局[DFS]を新設、軍縮局を廃止し、事務総長直属の軍縮室に改組)が紆余曲折を経て実現したが、新設のDFSの長たる事務次長の任命がないまま越年した。
2007年は次期2ヵ年の予算を決めるいわゆる予算年にあたり、予算の大幅な拡大を懸念する日、米、EU等の先進国と、開発面での予算の拡大につながらないことに不満を有する途上国側との間でクリスマス前まで調整が続いた。事務総長の提案する予算が小出しで、放置すれば総額が52億ドルにもなる(25%増)として危機感を持った米国が最後まで抵抗し、予算はコンセンサスで決めるとの慣行を破り投票が行われた(米国のみ反対)。結果として予算は当面総額約42億ドル(前年同額)で承認された(但し、追加予算については春の再開会期で審議)。
2008年は「動の年」となるか
国連と日本の外交にとって新しい年がどのようなものになるのか予測は難しいが、以下の理由により2008年は大きな動きのある年となるのではないかと思われる。
国連を取り巻く政治環境を俯瞰するに、今年は国連の出番が増える可能性がある。イラク、イランともに出口が見えない上に、昨年末のブットー元首相殺害事件を契機とするパキスタン情勢の混迷とそれがアフガニスタン情勢およびテロ対策に及ぼす影響は計り知れないものがあると思われる。ケニアの大統領選挙に伴う混乱においてもアナン前事務総長が解決に乗り出している。また、コソヴォ独立の動きがとりあえずは国連を迂回するとしても、制御可能なものかどうかも含めていずれ安保理と国連の本格的な出番が来るかもしれない。 これらの不安定要因は、夏以降本格化する大統領選挙による米国の内向き志向に乗じて振幅を強める可能性がある。
昨年来、国連では気候変動の問題が加盟国はもとより、事務総長および総会議長の最大の関心事のひとつとなっている。バリ・ロードマップにしたがって、2009年に向けて交渉が本格化する中で、国連システムが果たすべき役割は何かをめぐる議論が継続されよう。そのような議論の場を提供するものとして、総会議長は2月11、12の両日、気候変動に関するハイレベル会合を開催する予定である。2008年はまた、ミレニアム開発目標(MDGs)の中間年にあたり、開発に関する様々なハイレベル会議が予定されている。開発問題は気候変動の問題と並んで途上国の最大関心事であることから、途上国側の要請が強まることが予想される。具体的に予定されているものを挙げれば、4月1-2日の総会議長主催のMDGsに関するハイレベル会合、6月10-11日のHIV/AIDSハイレベル会合、9月22日のアフリカ開発に関する首脳会合、9月25日の事務総長と総会議長共催のMDGsに関する首脳会議、11月末から12月初のドーハにおける開発資金ハイレベル会合等である。
日本の関連で言っても、5月28-30日のアフリカ開発に関するTICAD?会合(横浜)、そして7月7-9日のG8北海道洞爺湖サミットは上記の国連における動きと連動する重要な外交行事であり、日本の手腕が問われることになる。
国連改革についても、安保理改革は政府間交渉の開始に向けて正念場を迎える。特に、米国が大統領選によるレームダック化現象で大きな決断が難しくなるのではとの見方もあり、本年夏頃までに改革の見通しがつかない限り相当長期間凍結されかねない。
なお、本年は安保理非常任理事国選挙、経済社会理事会理事国選挙、人権理事会理事国選挙という日本にとって重要な選挙が目白押しであり、きわめて忙しい年となろう。それにしても本年の3つの選挙はどれも落とせない重量級である。日本は昨年来、大陸棚限界委員会、ACABQ(スレート成立)、国際刑事裁判所(ICC判事補欠選挙)等連戦連勝であり、選挙には強いとの定評がある。選挙は外交による総力戦のひとつであり、また、その時点での日本の国際的な信用度を測るバロメーターともなる。油断と過信は禁物の手間隙のかかるマルチ外交の一形態である。
安保理改革は進むか
2007年の安保理改革は、ハリーファ総会議長(当時)の下で常駐代表レベルの調整者(ファシリテーター)を設けて、拡大の規模、代表性、拒否権等の5項目に亘る交渉要素に関する総会作業部会(OEWG)で集中審議を行った。その結果が2回に亘る報告として公表された。この調整者報告の特徴は、各国が引き続き自らの立場を維持しつつも、妥協可能な案として中間カテゴリーの議席の創設を含む暫定的(過渡的)なアプローチを提示したことであった。ただ、両報告とも論点の整理と改革の方向性の提示に留め、具体的な改革案は示していなかった。
2007年9月の第61総会の閉会に当たり、交渉が進まないことに業を煮やしたインド、南ア等20カ国が提出したいわゆるL.69と呼ばれる決議案は、政府間交渉を開始することおよびそのための交渉エレメントを記したものであった。
これが引き金となって、OEWGの決定においては、これまでに達成された進展と加盟国の立場ならびに提案を踏まえ、第62総会において政府間交渉を含む具体的な成果が達成されるべきであるとの表現で妥協が成立した。キーワードは「政府間交渉」であるが、この時点では誰がどのようにこれを進めるかは未知数であった。
第62回総会議長となったマケドニアの元外相のケリム氏は、総会審議において7つの原則を示し、その中で政府間交渉のためには交渉要素の確定が必要、OEWGは政府間交渉の枠組みと態様について協議すべきと提案した。他方、自ら議長案を提示することはせず、加盟国間の立場を超えた包括的(overarching)なグループを設けて、提案を行って欲しいと要請するとともに、新たに常駐代表の中から3人(ポルトガル、チリ、バングラデシュ)のOEWG副議長を任命し、自らを含め4人からなるタスクフォースを設置する旨発表した。
これを受けて現在ドイツが中心となってG4やその他の有志国を包摂する30-40カ国の包括的なグループが立ち上がっている(日本も参加)。このグループやそれ以外にもできるであろうグループが中心となって動くことにより、ブレークスルーとなる改革案(複数の可能性もある)ができるか否かが今後の試金石となる。再び、安保理改革の機運が訪れており、2月か3月中にそのような案がまとまるかが成否を分けるものとなろう。
国連をもっと活用するために
国連は加盟国に使われるためにある。国連が主人でわれわれが客ではない。しかし、国連を使うためには、本気で国連に向かい合って人も知恵も提供して様々な難問の解決に当たらなければならない。安保理とて同じであり、安保理が決めたことを金科玉条のものとするのではなく、積極的に安保理に働きかけねばならない。安保理メンバー国は常任・非常任を問わず、相互にないしは非メンバー国との間で様々な貸し借り関係があり、自国および誰かのために行動している。抽象的な国際公益や中立・無私の立場をとる国は皆無に近い。国連のその他の機関においても基本は同じである。極論すれば、自国の国益のために行動していることを如何に皆のためにやっていると思わせるかが国連外交の真骨頂であり、そのために金も出せば口も人も出すというのが国連の常識である。
この点でさらなる努力の必要があるのは軍縮なかんずく核軍縮の問題である。日本は総会では大活躍で、核軍縮決議案(「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意」)は昨年史上最多の170票で採択されたが、安保理における核軍縮の議論は皆無に近く、低調であり、不拡散への対応のみが対象となる。日本としてはP5に対し、核軍縮をもっと求めていくべきであろうし、軍縮局を軍縮室に改組して自らの配下においた事務総長に対しても努力を促すべきである。そのために口も人も出していかなければならない。
人の送り込みと価値の創造
その場合日本に不足しているのは、D1以上のハイレベルの邦人国連職員の存在と日本の関与(良い意味での口出し)であろう。最近分担率が下がり、また、自発的拠出金も減額されているので、日本にとって金がすべてという時代はすでに過ぎつつある。それでも暫くは、分担金では世界第2位の拠出国であるので、日本の発言は一目おかれる。その際、日本としてはPBI(追加的に発生する費用)の抑制やゼロ・ノミナル(名目)成長といった財政規律の問題に加え、決議案や案件の中身に関する主張をどしどし行わなければならない。うるさいぐらいが国連ではちょうど良い。問題はそのような主張をしておいて頑張った末にどこに落としどころを提供するかである。言い放しでは誰からも相手にされない。言った以上、最後まで面倒を見、解決策を見出すまで付き合うということである。
そのためには、マルチの経験としっかりとした主張ができる人間を国連代表部と国連事務局の幹部に送り込まなければならない。人の送り込みと言うは易いが、実際の国連の現場では欧米主要国のネットワークが張り巡らされており、優秀な日本人であってもなかなか入り込むことは容易でない。私が代表部に来てからも、ASG(事務次長補)レベルの高級幹部の送り込みやD1、D2レベルの幹部職員の採用についても何度か煮え湯を飲まされる思いをしたものだ。現在、NYの国連本部事務局には広報を担当している赤阪事務次長(USG)を除きD1以上の幹部(D1、D2、ASG)が誰もいないというお寒い状態にある。韓国は事務総長の他にASGが2人もいる。潘事務総長になってから韓国人のポストが25%も増えたとの報道もある。当面の課題は本部レベルでASG、D2、D1を最低1人ずつ確保することである。候補者はいないわけではない。今まで以上に、積極的に送り込み支援業務を行う必要がある。これが、われわれに課された具体的な2008年の目標である。
さらに日本らしい外交の推進がある。平和と繁栄、自由と民主主義といった戦後の日本を特徴付ける外交思想の実践は勿論であるが、それ以上に重要なことは、それらの価値観を世界で実現する際に日本がその伝統と国民性にもとづいて付加価値をつけたものを国連において主流化するよう努めることである。それは、単に東西、南北の架け橋になるとか中立的なまとめ役になるとかいった「お行儀の良い」外交を行うことではないはずだ。人間の安全保障、軍縮、平和構築などは日本が専売特許といっても良いイニシアティヴを発揮してきた分野であり、この面での国連外交を今後もかなりアグレッシヴに行っていく必要がある。幸いに人間の安全保障については、フレンズ・グループの構築と数次の会合を通じて加盟国間で理解と支持が深まっている。昨今、インドやエジプトあたりもこの概念への理解と関心を表明しており、人間の安全保障基金についてもスロベニアやタイが自発的な拠出を行うまでに至っている。更に、今年の前半には総会議長の主催で人間の安全保障に関する総会審議が行われる運びとなっており、日本発のイニシアティヴが徐々に実を結びつつあることは価値の創造という観点からも喜ばしいことである。
北欧諸国やスイスのように仲介外交を国是としてあらゆる外交資産を投入している国もある。通常、ミドルパワーと呼ばれる国はその傾向が強い。そのような役割を日本が担える面があることは否定しないが、それを行うためには、何よりも近隣諸国との関係を完全なものとし、足元を固めておく必要がある。そのような近隣外交をきちんとしておかなくて困るのは日本である。安保理改革にしても拉致問題を含む北朝鮮の人権状況決議にしても中国や韓国、ASEAN諸国といった近くの国からの支持が得られない状況では大きな国連外交は進められないことを痛感している。国連外交は近隣外交の延長のつもりで、たとえば日・中・韓あるいは日・ASEAN等で国連において共通の取り組みを主導していくことができれば、日本の主張がより一層普遍性をもつものとなるであろう。気候変動や災害等への取り組みなどがそのような契機となり得ると思われ、その方面での具体的な努力も行っていきたい。
(本稿は個人の意見であることを付記しておく)
(了)