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「イスラーム国」による2邦人殺害を受けて ~邦人保護と身の安全

February 2, 2015

宮原信孝 研究員

1.後藤健二氏の殺害

2月1日午前、後藤健二氏と見られる男性が殺害される動画がインターネット配信されたとの報道がいっせいになされた。一週間前に湯川遥菜氏の殺害動画がインターネット配信された後の報告で、筆者は、イスラーム国(IS)の「要求が身代金2億ドルから捕虜交換に変わった」ことから、「交渉の余地が生れ」、「粘り強い交渉で」「時間はかかっても解放」される可能性があるかのように書いた。このような早い時期に、しかも最悪の結果になってしまったことについての不明を恥じるとともに、湯川遥菜氏及び後藤健二氏の冥福をお祈り申し上げる。

上記ISの動画では、後藤氏が殺害されたばかりでなく、日本人をどこであっても殺害対象にするという脅し(*1)がなされた。これを受け、日本政府は、国内外の邦人及びわが国利益の安全措置を強化している。しかし、その内容は海外在留邦人については、注意喚起、日本人学校との連携強化、及び治安当局に対する日本人学校への警備強化の要請(*2)である。在留邦人以外の海外渡航者については、トルコのシリアとの国境地域を退避勧告地域に指定しただけ(*3)である。結局、海外にいる邦人は自分の身の安全は自分で守るしかない、という当たり前の結論に行き着く。

2.イスラーム国の敵意からの

とは言え、多くの日本人が仕事その他で海外に行かざるを得ない。また、海外と一言で言っても、やはり、その危険度は千差万別である。以下、筆者の外務省での経験とその後の考察を基に、ISの敵意からどう逃れるかについて以下所見を述べる。

1) イスラーム国の影響

ISは、日本を敵である反IS有志連合の一員と規定し、日本人を殺害対象と宣言した。先の報告でも指摘したように、ISはカリフを頂くイスラーム共同体を標榜しており、論理的にはカリフの指示はどの国に暮らそうが全てのモスリム・モスリマ(イスラーム教徒男女のこと、以下「MSLM」)に及ぶ。もちろん16億人のMSLM全てが従うわけではなく、それどころかほとんどのMSLMがISの行為を反イスラームと捉えているだろうが、世界の1%のMSLMがISを支持したとすれば、その教えが過激であることから、あらゆるテロ行為が、ISの影響を受けたMSLMが多く住む国で起こりうることになる。そのような国はどこかと言えば、ISに多く兵士を送り出している諸国と見るのが一番妥当な推論であろう。中東・北アフリカ、中央・南西アジア、インドネシア・マレーシアなどのイスラーム諸国に加え、MSLMの移民が多く住む欧州諸国、豪州、米・加なども十分な警戒が必要である。

政府が危険度を上げたトルコのシリアとの国境地帯は、日本のマスコミの取材の必要があるだろうが、できるだけ現地の信頼の置けるクルーを雇用し、邦人記者はベテランに絞り数を減らすべきである。2月1日のTV報道でイスラーム国が撮影した同地域の邦人記者群の動画が映されていたが、自分は監視されているという意識を常に持つべきだ。これは、危険度が高い地域だから言うのではなく、平時であっても中東では日本人は見られているからであり、それが有事に近い地域であれば、監視に変わるからである。監視しているのは、イスラーム国だけでなく、現地政府、現地人、シリア自由軍関係者もあり得ることも忘れてはならない。

2) 邦人保護の考え方と実力

日本が持つ、海外邦人の安全を守るための手段は極めて限定されている。パスポートを見ていただければ分かるが、日本国外務大臣が各国の関係諸機関にパスポートの持ち主の安全な通行を依頼している。つまり邦人の海外での安全は、滞在国の安全確保能力による。国によってその能力は千差万別であるし、ISのように欧米ルール、つまり現行国際法を無視する地域では全く安全の保証はない。滞在国が日本とどれだけ友好な関係を保っているか、そしてその治安能力はどの程度かを見極める必要がある。

従って、外務省の邦人安全対策の第1は、できるだけ危険な国・地域に邦人を行かせないことになる。筆者は、1991年1月の湾岸戦争開始直前にイラク周辺国からの邦人退避計画策定に参画したが、基本は、在留邦人に十分な安全な情報を付与し事前かつ自主的に退避してもらうことであった。危険度の設定もこの原則に従っている。一見危ないとまでは言えないであろうと思われる国・地域でも安全情報を出しつつ「渡航の是非を再検討する」などの注意を発している場合もある。

その場合、重要なことはどれだけ正確な情報を収集できるかであるが、外交官・領事が駐在するのは、首都あるいは総領事館等のある大都市であるので、すべてをカバーしきれないか、首都・大都市中心の情報となる。遠隔地域の情報は何か事件がなければ集められないし、たいていが報道や政府役人からの聞き込みの2次情報である。十分とはいえない。先の報告で述べた30年前のIS支配地域への筆者の旅行はアラビア語研修生の武者修行として行ったものであるが、この地域で大使館の人脈を知ることはなかった。30年後の今日までにそのような人脈ができていたとしたら、今回の人質事件も別にやりようがあったであろう。ただし、味方する部族は石油収入の分け前を与え、そうでない部族は殲滅するというIS(*4)の前にはそれさえも効かなかったかもしれないが。

日本には海外諜報組織、いわゆるスパイ組織がない。偵察衛星などで、機械的に入手できる情報は増えたが、現場からの人的情報は今でも必要である。その分は在外公館が埋めなければならない。筆者は、1991年湾岸戦争後、邦人保護についての反省と提案を求められて、中東各国の地方有力者を邦人保護依頼者に指定して定期的に安全情報をもらい、いざという時には、邦人保護のために動いてもらう、という提案をした。もちろん、謝金は払うことになる。結局、この提案は一顧だにされず、筆者自身はアフガニスタンでの支援事業において個人的に一部実施したのみであった。今からでは遅いかもしれないが、まだ在外公館が駐在国・地域で動けるようであれば、実施してはどうかと考える。  邦人保護を図る上で、渡航邦人の情報をつかむことも在外公館としては重要な手段となる。従って、駐在する邦人には在留届を提出してもらうことにしている。また、最近では、短期の海外渡航者向けに外務省ホームページから海外渡航届けを出すことができるようにしている。これによりいざという時の対応が迅速に行えるし、在留邦人や短期渡航者は、当事者にならなくても在外公館からの連絡で問題についてのより正確な情報が得られることになる。

3) 海外における日本人の姿勢

ISとの関係では日本は敵国となった。日本人は敵国人である。その信頼度には一部条件をつける必要があるが、外務省の渡航情報・安全情報はよく確認し、特に退避勧告地域には行くべきではない。それ以下の段階の地域についても、自分で安全対策が取れるかどうかを考えて渡航の是非を検討すべきである。その際、自分を守ってくれる現地の信頼すべき者がいるかどうかが目安となる。

またISの影響下にあるMSLMはどこにもいる。日本人はどんな友好国であってもあくまでも、中東における客人であるという意識を持つ必要がある。日本では「お客様は神様」であるが、中東の客人は歓待されるが、3日たったら出て行かなければならないよそ者である。3日以上滞在するなら現地に如何に溶け込むかを考え、努力すべきだ。つまり滞在・訪問国の情報を十分に仕入れ、危険と思われるところには行かないし、目立った行動をしないことである。

在外公館に自らの安全を頼り切ることはできないが、在留邦人や短期渡航者が在外公館や外務省に届けを行うことは、安全情報を得る上で、また、困ったときに連絡を取る上で有効である。

  • (注)
  • (*1) 「安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう。」朝日新聞デジタル「後藤さんと見られる映像、メッセージの全訳」より(2015年2月1日06時05分) http://www.asahi.com/articles/ASH212243H21UHBI007.html
  • (*2)産経ニュース2015.2.1.14:21配信記事「菅義偉官房長官の午前の記者会見全文」より=「まず海外邦人の安全。1月21日に邦人の安全に万全を期すべく在留邦人への注意喚起、日本人学校との連携強化、さらに治安当局に対する日本人学校への警備強化の要請をとるよう在外公館に指示した。さらに25日、改めて指示を徹底した。」「昨日(1月31日)、トルコ国境地域で日本人記者をターゲットとした拘束・誘拐テロ、そうした被害が及ぶ恐れがあると考え、同地域の危険情報を一番高い「避難勧告」に引き上げた。また、本日、広域情報を発するとともに、改めて全在外公館に邦人社会の安全に万全を期すよう改めて指示をした。」 http://www.sankei.com/politics/news/150201/plt1502010036-n1.html
  • (*3)同上
  • (*4)2015年2月1日21:00-21:50NHK番組‘追跡「イスラム国」’では、反イスラーム国の活動家がもつ動画等を放映し、イスラーム国幹部が部族長らを石油収入の分配で協力させ、従わなかった部族2000人を虐殺したことが伝えられていた。
  • (*5)同上
    • 元東京財団研究員
    • 宮原 信孝
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