浅野貴昭
研究員
日米による経済対話が、4月18日、麻生副総理・財務相とアジア4か国歴訪の途上、訪日したペンス米副大統領の下で開催された。両国政府は、(1)貿易、投資のルールや課題、(2)経済や構造政策に係わる協力、(3)インフラ、エネルギー等の分野別協力の3つの柱で対話を進めていくとの方針を示したが、この枠組みは今年2月の首脳会談ですでに合意されていたものを再確認した形だ。2月の段階では2国間貿易が議題の3番目に挙げられていたが、今回発表された共同プレス・リリースでは、3本柱の筆頭に「格上げ」されており、2国間交渉を通じて実利獲得にこだわるトランプ政権の意思をここに読み取れるのではないか。日本側としては、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉の成果を踏まえた高水準の経済ルール作りを前面に押し出すことで、農産品や自動車に関わる市場開放や通貨政策等についての米国の圧力をなんとか散らしたかったはずだ。
報道によれば、麻生・ペンス経済対話は1時間ほどで終了し、日本側が懸念していたような日米FTA(自由貿易協定)交渉の開始、個別分野における市場開放要求といった展開にはならなかった。4月14日に発表された米国の為替報告書にて、引き続き日本は為替操作の監視リストに載せられたものの、通貨政策は、経済対話とは切り離して両国の財務担当相間で協議を進めていく方針で既に合意済み。そもそも、通貨政策を通商の文脈で語ることは、両国の実務担当者が嫌うところでもある。将来的に日米FTA交渉へと発展させていきたいという意向も、ペンス副大統領、そして同じく訪日をしていたロス商務長官の両者が明らかにしたが、現在、米通商政策の上でプライオリティはNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉にある。そして、新たな通商交渉の開始を連邦議会に通告し、大統領府と立法府の円滑なコミュニケーションの仲立ちをするのは商務長官でも、財務長官でもなく、通商代表の役割であるが、ライトハイザー次期USTR(米通商代表部)代表はいまだ上院本会議の人事承認を得られていない。
今次のペンス副大統領のアジア歴訪は、米国による同盟政策継続のシグナルを送るのが大きな目的である。同様の趣旨で今年2月にペンス副大統領は欧州を訪問しており、米ワシントンポスト紙はペンス副大統領を「安心感担当長官」(The secretary of reassurance、4月16日付記事)と呼んだ。それであれば、朝鮮半島情勢をめぐって緊張が高まる中、同盟国である日米が自動車や牛肉をめぐってもめる姿を晒すわけにもいかなかったであろう。
就任3か月を経たトランプ大統領による君子豹変も、存外おとなしく始まった日米経済対話の背景の一つだ。「NATO(北大西洋条約機構)は時代遅れ」、「中国を為替操作国に認定する」、「イエレンFRB(米連邦準備理事会)議長は更迭」、「米輸出入銀行は廃止」等々の認識や公約を、トランプ大統領は早々に翻し始めた。統治モードに移った新政権が選挙公約を反故にすることは決して珍しくはないが、トランプ大統領の君子豹変は際立っている。「合衆国大統領職に伴う重責を実感し始めた」、「政策案件の複雑さにようやく気付いた」、「最後に会った人の言に左右される」等、既に様々な解説が流布している。
しかし、対外政策における現実路線への修正は世論調査の数字と重ね合わせると、決して不合理なものではないことが分かる。シカゴ・グローバル評議会が行った米国外交についての世論調査によれば、グローバル化の意義を認め、米国が積極的な対外関与を継続して、既存の同盟関係を重視していくことについては、若干の温度差はあるものの、党派を超えた支持がある。有識者と一般市民の間でも、あるべき米国外交の方向性については概ね一致しており、この点においては、エスタブリッシュメントに反発する市民の声を汲むトランプ政権、という構図は成り立たない。トランプ大統領の下、米国が内に引きこもることなく、国際情勢に対する関心と関与を継続し、同盟関係を重視していく姿勢は、むしろ世論の期待により合致することになる。
米国の有識者と一般市民で認識のズレが生じてくるのは、自由貿易と雇用の問題、そして流入する移民の問題においてである。有識者は支持政党に関わらず、自由貿易が既存の国内雇用にダメージを与えかねないことは認めつつも、一方で雇用創造にもつながる可能性を6割前後が信じている。それに対して、自由貿易が雇用について良い影響をもたらすと考える一般市民は共和党支持者で30%台、民主党支持者で40%台しか存在しない。そもそも、国内雇用を守ることが米国外交の重要な目的の一つであるべきだと考える共和党有識者は25%、民主党有識者は37%しかいない中、一般市民のレベルでは共和党支持者の78%、民主党支持者の74%が外交のゴールとして雇用保護を掲げるべきとの立場をとっている。
移民の流入についても、有識者と一般市民との間では大きな意識の差が見られる。今後、国益を侵す可能性のある脅威として、移民の大量流入を挙げる有識者は共和党支持者で19%、民主党支持者で5%に過ぎないが、共和党を支持する一般市民の67%、民主党支持者では27%が移民問題のリスクを重視している。
この世論調査は、トランプ政権による君子豹変は、実は一般市民レベルの外交感覚に忠実に寄り添ったものであって、雇用や移民といった政策課題については今後、強硬策を繰り出してくる可能性を示唆している。ウォール・ストリート・ジャナール紙のインタビューにてドル安容認発言をするなど、トランプ大統領自身は、米国の貿易赤字拡大は他国による為替操作の結果だと強く信じているようだ。今は経済外交に関しては、国家経済会議や財務省を中心に実務家が着々とチームを築き、既成事実を積み上げようとしているが、こう着状態にある政治任用が進むようになれば、また異なった政策展開となる。日本としては、トランプ大統領からの無理難題をいかにかわすか、というだけではなく、アジアの経済秩序という大きな絵を描きながら交渉に臨む必要があるのだろう。