核兵器の実戦配備の段階へ?
2006年10月以来の二度目となる北朝鮮の核実験は、その実験規模や爆縮技術の信頼性がどの程度確保されたのかを含め、未だに不確定な要素が多い。しかし、少なくとも北朝鮮が前回よりもはるかに精度の高い核実験を成功させたことにより、核爆縮技術の信頼性を高め、核兵器小型化への道筋をつけたことは、ほぼ間違いないとみられる。
仮に核兵器の小型化が可能となった場合、いよいよ北朝鮮の核兵器が実戦配備されるという現実に、我々は向き合わなければならない。核兵器の実戦配備が北東アジアの安全保障環境にもたらす影響は甚大であり、日本の安全保障政策にも新しい段階が到来したと判断するべきときがきている。
北朝鮮はこれまで核開発を通じて、軍事的には対米抑止力の確立を目指し、外交においては交渉上の最大のカードとして位置づけ、抑止力・交渉力の双方の強化を図ってきた。もっとも、北朝鮮は使用済み燃料の再処理によって得られた兵器級プルトニウムを貯蔵しているものの、実際にそれが核兵器として軍事的に有効な技術水準に達しているかどうかについては、多くの専門家が疑問を呈してきた。
核兵器の実践配備(事実上の核武装化)のためには、核兵器と運搬手段を結びつける必要があり、そこには少なくとも?兵器級のプルトニウムの抽出、?精度の高い爆縮技術の獲得(兵器化)、?(ミサイルの弾頭部に搭載するための)小型化、?ミサイルの正確な誘導・再突入の技術が必要とされている。
北朝鮮はこれまで、延辺の5メガワット実験用原子炉から抜き取られた使用済み燃料棒を再処理することによって、兵器級のプルトニウムを蓄積してきた(北朝鮮の2008年の申告では26kg、米シンクタンクの推計は28-50kg・核兵器5-12個に相当)。しかしこれを正確に爆縮させ、小型化し、ミサイルに搭載するまでには、なお技術的に途上にあるとみられてきたのである。
しかし今回の核実験が、前回よりもはるかに高イールド(10~20キロトン)の核爆発を起こすことに成功していることからも、北朝鮮は爆縮技術の精度を高め、また核兵器の小型化に対しても、重要な技術的な壁を超えたとみられる。米科学国際安全保障研究所(ISIS)やインターナショナル・クライシス・グループ(ICG)のレポートは、すでに北朝鮮は核兵器をノドンミサイルに搭載することが可能であると分析している 1 。
こうした見解を総合すると、北朝鮮の核能力はすでに実戦配備の段階、もしくはその一歩手前の段階に入ったと見るべきであり、その軍事的な評価の確定を日本の政策判断として早期に確立すべきであろう。
「過去のゲームの繰り返し」という前提を超えて
北朝鮮による「実質的な核武装化」という新しい段階は、これまでの状況をどのように変えるのだろうか。2009年に入ってから北朝鮮は、4月4日のテポドン2ミサイル(改良型)実験、そして5月25日の第2回核実験と、矢継ぎ早にミサイル・核開発の技術段階を更新させていった。
しかし、日本国内・国際社会は世論やマスコミを含めて比較的落ち着いて対応しているようにみえる。そこには「危機を創出し、交渉によって実利を得る」という北朝鮮の交渉パターンに対する耐性が広く共有され、「過去のゲームの繰り返し」への慣れと倦怠が漂っているようである。
たしかに、北朝鮮の国家目標が自らの体制(レジーム)の維持と発展に置かれ、金正日体制の政策決定が合理的だとすれば、北朝鮮が冒険主義的な行動を取る可能性は低いとみるべきだろう。過去の事例の蓄積(1994年の核危機、2002年以降の第二次核危機に際する交渉パターン)から考えても、北朝鮮は危機を高めつつも、軍事的な対峙を慎重に避けてきた。
また米国側(ブッシュ政権)も、北朝鮮の通常戦力による対韓国・対在韓米軍に対する攻撃能力を認識し、北朝鮮に対する限定的空爆・本格的な軍事介入の双方を抑制してきた。かつてクリントン政権で国防長官を務めたウイリアム・ペリー氏が「レッドライン」と呼んだ警戒線をはるかに踏み越えた活動をしても、実際には米国は軍事オプションをとることができなかった。
そして六者協議の合意、日朝平壌宣言の合意、国連安保理決議などの合意の束が形成され、部分的に履行されたものの、北朝鮮の核・ミサイル開発を止めることはできなかった。
中国は「北朝鮮を追いつめ暴発・崩壊させてはならない」という配慮から、厳しい制裁措置に一貫して反対の立場をとり、その一方で北朝鮮に対する食料・エネルギー援助を継続することによって、北朝鮮が国内の社会的安定をかろうじて保つことに貢献している。
これら関係国の行動の束こそが、北朝鮮の度重なる約束違反にもかかわらず、「早期解決」が先延ばしされている理由である。こうして北朝鮮は、米中朝間の「暗黙の均衡」(tacit balance)・「ハイリスクな共存」(high-risk coexistence)とも呼ぶべき関係の「意外なまでの安定性」に自信を深めていったと考えられる。
しかしその「暗黙の均衡」がもたらした対価は高かった。過去7年間を振り返っても、兵器級のプルトニウムは着実に蓄積され(年間で核兵器1.2個分のペースで増加)、核実験によって兵器化に向けた技術が更新されていった。またミサイル能力に関しても、テポドン2、テポドン1、ノドン、スカッドC、短距離ミサイルなどの多種類のミサイル実験を断続的に実施し、その能力を系統的に高めていった。
そして「実質的な核武装」が現実のものとなれば、北朝鮮の対韓国、対日本、対米軍に対する攻撃能力は、飛躍的に高まることとなる。とりわけ約200~320発(推計値は異なる)が実戦配備されているノドンミサイルの射程圏内にある日本の防衛政策は、その脅威の見積もりを大幅に高めて行く必要がある。
北朝鮮との「ハイリスクな共存」によって、いまや日本の安全保障は、かつてなく脅威の烈度の高い状況を迎えようとしているのである。一見安定的であるかにみえる「過去のゲームの繰り返し」により、北朝鮮の軍事能力は着実に高まっているという事実を、我々はけっして過小評価してはならないだろう。
北朝鮮の「非核化」過程の戦略融合が必要
いまや、日本はこうした事態を招いてきた「ハイリスクな共存」路線を、慎重に見直す時期にきているのではなかろうか。
北朝鮮が「すべての核兵器と核開発計画を放棄する」(第4回六者協議共同声明<2005年9月>)目標(非核化)については、全ての関係国が合意している。しかし、この目標を早期に実現することがいかに難しいかは、過去3年9ヶ月の外交過程が示してきた通りである。
その間、当初目標とされてきた「全面的で検証可能な不可逆的な廃棄」(CVID)路線は退潮し、ブッシュ政権後期では「核開発能力の無能力化を通じた現状凍結」(disablement)路線が追求された。そして格下げされた目標でさえも、あえなく核実験によって頓挫してしまった現在、「ハイリスクな共存」によって非核化を達成することは、もはや不可能であると判断すべきである。
「ハイリスクな共存」に変わる新しい政策体系は存在するのだろうか。ここで再度、北朝鮮の核問題に対する日米中三ヶ国の個別の懸案(いわば大目標を達成する過程における具体目標)を確認しよう。
日本の防衛・安全保障政策に引きつければ、当面の目標は「北朝鮮の『実質的核武装化』を阻止する」ことになろう。既に述べたとおり、実戦配備された核兵器に対峙する日本の防衛政策への意味はきわめて重い。また、米国のプライオリティが「核関連物質の第三国移転阻止」「米国本土に対する攻撃能力の獲得阻止」にあることも相当程度明らかである。そして中国の政策目標は「北朝鮮の暴発リスク(軍事行動)・崩壊リスク(崩壊による難民の発生/米軍の中朝国境への展開)の回避」ということになろう。
こうした各国の戦略目標の融合(コンバージェンス)なしには、現状の「ハイリスクな共存」に変わる政策的選択肢は実現しそうにない。
新しい政策フレームワーク:「複合的圧力の強化」
北朝鮮が核兵器を廃棄する戦略的決断をするためには、核兵器を廃棄せざるを得ない状況へと追い込んでいくしかない。そのような状況は、1. 米国による軍事的な圧力、2. 中国による経済的な圧力、3. 六者協議で核廃棄に対する報償・対価を示す(安全の保証・国交正常化・エネルギー支援等)4. 国連安保理決議による経済・金融制裁の4つの方法の組み合わせしかないように思われる。しかし路線が「ハイリスクな共存」としてしか機能しない以上、非核化を実現するためには1. ~4. を組み合わせ「複合的な圧力」を強化していく必要がある。
そのベストミックスを実現するためには、三つの段階を経ることが重要であろう。第一は、当面の焦点である国連安保理での制裁決議が、北朝鮮の違反行為に対して相応の対価としての罰(punishment)と損失を効果的に与えなければならないことである。
これまでの制裁措置として最も機能したのは、米国が2005年9月に実施したマカオの「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」の資金凍結措置とみられることから、金融制裁を強化することは有効であろう。新決議ではさらに広範な金融資産を対象にした資産凍結を実施し、北朝鮮の国際金融機関へのアクセス制限を含む、徹底した措置を講じることが望ましい。
第二は、中国が厳格な経済制裁の枠組みに参加することである。既に述べたように中国は、北朝鮮を追いつめれば、さらなる強硬手段を誘発したり、体制崩壊につながりかねないとして、慎重な姿勢を保っている。
中国のより積極的な姿勢を引き出すためには、中国のこうした懸念を緩和するための再保証(リアショアランス)のメニューを日米韓が相当程度働きかける必要がある。中国の懸念が1. 北朝鮮の暴発的行動によって軍事的対立に発展する、2. 中朝国境に大量の難民が押し寄せること、3. 崩壊プロセスにおいて米軍が統一朝鮮全域に駐留し中朝国境で対峙する可能性があること、にあるとすれば、このリスクを低減するための再保証の枠組みをつくることが重要ということになろう。
具体的には、1. 日米中韓4カ国による北朝鮮との軍事衝突のエスカレーションを抑制するための国防当局間の共同計画の策定、2. 日中韓3カ国による難民発生の際の国境管理と難民対処に関する計画の策定、3. 米中韓3カ国による北朝鮮の体制崩壊の際の、治安維持、核兵器の管理、統治メカニズムに関するスキーム作りを独立・並行して実施することが重要である。仮にこうした計画・スキームが中国政府に再保証としての安心感を抱かせることができれば、中国は上記の制裁措置についてはより毅然とした対応をとる土台をつくることができる。
第三は、米国の軍事的圧力である。北朝鮮が依然として非武装地帯付近に多数の歩兵を配置し、ソウルを射程圏内におく長距離火砲を配備している現状においては、北朝鮮に対する先制攻撃(部分的爆撃・全面侵攻)は、依然として困難な選択肢であることには変わりない。
しかし、仮に北朝鮮が軍事的な威嚇行動を起こした場合、米韓同盟/日米同盟がかかる行動を即座に無力化できる能力を示すことは、きわめて重要である。今後、船舶検査への妨害行動や、南北国境における小競り合い、米偵察機への攻撃などは十分に想定されうる事態である。こうした小衝突を本格的な軍事紛争へとエスカレートさせないためにも、事態を圧倒する軍事態勢を整える必要がある。そのためには、米国が韓国・日本双方への防衛コミットメントを明確に示して拡大抑止を支えることに加えて、米韓・日米双方の軍の即応態勢を高めることが重要である。
そして最後に、北朝鮮が「戦略的決断」によって核廃棄に向けた行動を取った場合には、以上の制裁を段階的に緩和しつつ、対価としての報償がある枠組みも、依然として維持しなければならない。そのためには、北朝鮮に無条件で六者協議に復帰する道筋を残し、日朝平壌宣言についてもその効力を維持しておくべきである。北朝鮮国内の強硬路線に行き詰まりが見えたとき、常に柔軟路線が対価を得られる枠組みを準備しておくことが肝要である。
北朝鮮の核問題を本格的に解決しようとすれば、以上のような「複合的な圧力」を強化していく必要がある。それぞれの選択肢はリスクを伴うものであり、多くの政策決定者ができれば避けたいと思うのも無理はない。しかし北朝鮮の核兵器との共存を是認できないとすれば、新しい政策フレームワークを導入して、北朝鮮の判断を促す必要がある。日本政府も戦略的判断を下すべきときがきている。
1 David Albright and Paul Brannan, “North Korean Plutonium Stock: February 2007” Country Assessments: North Korea (20 February 2007) http://www.isis-online.org/publications/dprk/DPRKplutoniumFEB.pdf; The International Crisis Group ”North Korea’s Missile Launch: The Risk of Overreaction” (March 31, 2009) http://www.crisisgroup.org/home/index.cfm?id=6030