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1カ月を切った中間選挙:「セクハラ公聴会」は民主党の「ダメ押し」となるか

October 9, 2018

最高裁判所判事に承認されたブレット・カバノー氏(2018年10月6日) 写真提供 Getty Images

上智大学総合グローバル学部教授
前嶋和弘

「もしかしたらこれが“ダメ押し”となるかもしれない――」。

友人の民主党系の政策関係者は9月27日の公聴会の直後、筆者にこう連絡してきた。

この公聴会は、いうまでもなくトランプ大統領が最高裁判所判事に指名したブレット・カバノー氏の性的暴行疑惑についてのものだ。上院司法委員会の公聴会は告発したフォード氏の質疑だけでも約4時間、休憩をはさんでのカバノー氏への発言まで含めると約7時間に及んだ。その間、ケーブルのニュース専門局だけでなく、地上波の3大ネットワークがすべて中継した。同時多発テロやイラク戦争並みの国民的な関心事となった。

この公聴会を経て、カバノー氏は10月6日に50対48というぎりぎりの数字で上院で承認されたが、反対派の怒りが全く収まりそうにない。

1. 「共和党=トランプ=女性の敵」というレッテル

各種選挙予測サイトでは、いずれも下院では民主党がかなり優勢となっている。「Five Thirty Eight」のように「民主党が多数派を奪還する確率は73.9%」(10月6日現在 [1] )という驚くほどの数字もある。一方、上院の場合、共和党側の改選が極めて少ないため、民主党がそもそも不利であるとみられている(Five Thirty Eightの同日の予測では、上院で民主党が多数派になる確率は22.2%と試算されている [2] )。

友人がいう「ダメ押し」は下院の趨勢についてだ。下院で民主党が多数派となれば、ロシア疑惑でのトランプ氏の弾劾訴追が可能となる。自身の性的暴行疑惑について、取り乱すような怒りをあらわにしながら否定したカバノー氏について、友人は「カバノー氏を任命したのはトランプ大統領。Me Too運動の究極の敵をトランプ氏と位置づけることが可能になった」とみている。

好景気の中、民主党としてはこれまで統一した選挙運動スローガンがぼやけていた。貿易問題も一部の産業には痛手となっているが、まだアメリカ全体としては深刻さはみえない。何よりも失業率は今年初夏から4%を割っており、好景気が続いている。

カバノー氏をめぐる衆人環視のアメリカの今年一番の政治ショーを通じて、「共和党=トランプ=女性の敵」とイメージが刷り込まれたという論理である。「女性の敵」というスローガンは投票率が極めて低い中間選挙では有効かもしれない。

2. 怒りが決める中間選挙

そもそも中間選挙の投票率は4割以下と極めて低い。大統領選挙の投票率よりも2割ほど低いため、関心の高い大統領選挙には行くが、議会選挙には棄権する人もかなりいる。選挙に勝つポイントは、潜在的な支持者をどれだけ投票所に行かせるかに限る。

それには怒りがカギとなる。

第二次大戦後(1945年)以降、下院の多数派が交替したのは7回あり、そのうち、中間選挙で多数派が変化した選挙は1946年、1954年、1994年、2006年、2010年だ。近年の3回のいずれも「怒り」が目立った。2010年選挙はオバマ政権に皮膚感覚的に強く反発した白人層のティーパーティ運動が下院での共和党を後押しし、64議席増となった。2006年選挙はブッシュ政権のイラク戦争に対する不満が民主党の31議席増という躍進の原点となった。54議席増で共和党の40年ぶりの多数派を奪還となった1994年選挙では後に下院議長となるギングリッチ氏が規制緩和などを強くうたった「アメリカとの契約」が印象的である。同年選挙では、12年ぶりの民主党政権(クリントン政権)に対して、リベラルに対する怒りを鮮明化させた宗教保守層が組織的に選挙運動をし、共和党の「地上戦」の核となった。

今回の公聴会が国民的関心事となる中、セクハラ問題が民主党支持者の怒りの源泉になるかもしれない。これで女性を投票所に向かわせることができる統一基盤ができた感もある。前述したように可能性は高くはないものの、「あわよくば上院も」という声が民主党側からは上がりつつあるという。

3. 「ピンク・ウエーブ」の可能性

女性候補者 も今回の選挙では数多い。民主党で下院の予備選を勝ち抜いた女性は183人と過去最大となっている。上院も15人の女性が民主党候補となっている。36の知事選もあるが、3分の1の12州で民主党の候補が女性である。選挙の大勝利を波が来ることで「ウエーブ選挙」と近年呼ぶようになったが、今年は女性が多数勝利する「ピンク・ウエーブ」が来るという民主党側の指摘もある。中間選挙ではないが1992年の選挙では、それまで1人だった上院の女性議員(ミカルスキー)に加え、4人の女性(マレー、ボクサー、ファインスタイン、モスリー・ブラウン、いずれも民主党)が当選し、「女性の年(The Year of the Women)」と呼ばれた(下院でも女性議員は前年の28から47議席に増えた。そのうち35が民主党、12が共和党)。この前年の1991年秋には今回と同じようにセクハラが問題となった1991年のトマス判事の任命公聴会での告発者ヒル氏の発言はやはり国民的関心事となった。直接の影響がどれだけあったか実証できないが、この公聴会が「女性の年」を迎えた遠因になったというイメージがアメリカ国民には共有されている。

4. 予断できない情勢

ただ、もちろん、民主党にも死角がある。92年の場合、セクハラは「女性の争点」化していったが、現在は分極化が進んでおり、民主党側の主張を打ち消す情報もすぐに飛び回っている。今回の上院司法委員会の公聴会直後のフォックス・ニュースの人気番組「ハニティ」では、公聴会でカバノー氏を擁護したグラム上院議員がさらに徹底してカバノー氏の無実を声高に主張し、告発したフォード氏と民主党側の組織的な関与を糾弾した。

共和党側でも下院で52人、上院でも7人の女性候補が予備選を勝ち抜いている。民主党との女性同士の争いの選挙区もある。その中でセクハラは「女性の争点」としにくいケースも出てくるだろう。

セクハラ告発に対して怒る共和党支持者、特に男性が逆に投票所に向かう可能性も残されている。何といってもトランプ支持者は全く離れておらず、3割程度の共和党支持者からはいまだ8割程度の支持を受けている。

さらに、今回の人事は長年重要な判決の雌雄を決めた中道派のケネディ判事の後任であり、「明らかな保守」とみられているカバノー氏の任命で、一気に保守的な判決に傾く可能性がある。連邦レベルでの妊娠中絶容認をこれで違憲に5対4で持ち込めるとみる宗教保守もいる。しかし、オバマケア審理の際に賛成票を投じたロバーツ長官が保守の中でも揺れる可能性がある。宗教保守としては妊娠中絶の違憲は千載一遇の機会であるため、健康問題でいずれは退任するギンズバーグ判事の後任を保守派にさせるために、承認のカギを握る上院での共和党多数派維持を目指し、宗教保守の中間選挙での動員にも熱が入っている。

前述の「Five Thirty Eight」は2012年大統領選挙で各州の選挙人獲得動向を全て確実に予測したことで一躍名前が知られるようになった。しかし、2016年選挙では選挙直前まで民主党大統領候補のヒラリー・クリントンの勝利の可能性は極めて高いと算出し、大きく外している(選挙1カ月前の10月8日で81.6%、選挙当日の11月8日で71.4% [3] )。

大統領選挙よりも中間選挙は低い投票率であることを考えると、「セクハラ公聴会」は民主党の「ダメ押し」となるかどうかは、まだ予断するのは早すぎるかもしれない。

[1] https://projects.fivethirtyeight.com/2018-midterm-election-forecast/house/

[2] https://projects.fivethirtyeight.com/2018-midterm-election-forecast/senate/

[3] https://projects.fivethirtyeight.com/2016-election-forecast/

    • 上智大学総合グローバル学部教授
    • 前嶋 和弘
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