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私のグローバル化論「倫理観のグローバル化—東西倫理の共通性」

May 15, 2008

ハンス・クーング
世界倫理財団理事長、独テュービンゲン大学名誉教授

多くのヨーロッパ人はアジアがヨーロッパのような地域統合を達成することは難しいと考えているようだ。しかし、私はこれに異論をはさみたい。なぜなら、ヨーロッパの統合は安定した共通の倫理的基盤に支えられているが、アジアにも同様の基盤が存在する。さらに、アジア諸国は高度に発達した道徳律をもち、その一部はヨーロッパにおいて道徳律が形成されるはるか以前からアジア文化の根幹をなしていた。そして、世界共通の倫理はいまだ構築されていないが、私はこれらのアジア的原則がその構築に貢献できると考えている。

確かに、ヨーロッパはユダヤ教とキリスト教ならびに啓蒙主義を中核とする求心力の高い文化をもっているが、アジアはこれに比肩しうる文化をもっていない。しかし、だからといってヨーロッパ人が胸を張ることはできないだろう。なぜなら、米ブッシュ大統領が「新しいヨーロッパ」に「古いヨーロッパ」を対置したように、ヨーロッパの文化基盤に近年、亀裂が走っているからだ。また、世界を震撼させた2001年9月11日の同時多発テロはイスラム教に対する人々の信頼を失墜させた。さらに、米軍を中心とする多国籍軍が虚偽の情報に基づいてイラク侵攻を強行したことはキリスト教と西洋の価値観を損ねることになった。

アジアの倫理的一貫性

一方、アジアにはヨーロッパのような文化的中核は存在しないが、長らくアジア諸文化に規律を与え、アジア共通の倫理基盤を育んできた倫理的一貫性が存在する。そして、ある側面においては、アジアはヨーロッパを上回る文化的相互作用を経験しているのだ。たとえば、仏教は紀元前3世紀にインドからスリランカさらには東南アジアへと平和的に伝播し、紀元1世紀にはシルクロードを経て中央アジアと中国へ伝わった。そして、その数世紀後に韓国と日本にまで達した。

また、日本は民族的に均質な国であるが、それでいて神道、儒教、仏教の三つの宗教が平和的に共存するばかりか、互いに混交している。イスラム教は中東、インド、北アフリカにおいては軍事的征服に伴って普及したが、東南アジアにおいては商人、学者、布教者たちにより平和的に広められた。

さらに、中国においては早くも紀元前5世紀に倫理を重んじる人道主義が存在していた。儒教の「仁」は西洋における「人間性」に相当する概念で、中国思想の根幹を形成している。

儒教はまた互恵主義の黄金律を最初に定式化した思想であり、「己の欲せざる所は人に施すなかれ」という『論語』の教えがそれである。漢字の普及に伴って「仁」と黄金律は中央アジア、台湾、韓国、シンガポールなど中国の影響下にあった広大な地域に伝わった。

この黄金律は一方、インド文化にもみられる。ジャイナ教は「人は生きとし生けるものを己を遇するがごとく遇するがために遍歴すべし」と述べ、仏教は「己にとり好ましからず愉快ならざる境遇は他者にも不快なり。しからば、己にとり好ましからず愉快ならざる境遇を何ゆえ他者に課さんや」と諭している。そして、ヒンズー教は「人は他者に接するにあたり己にとり認容しがたい風に接すべからず。これ道徳の要諦なり」と教えている。

黄金律はさらに一神教の諸宗教にもみられる。ユダヤ教の指導者ヒレルは紀元前60年に「汝に害悪なる事々を汝の隣人になすなかれ」と語り、イエス・キリストはより肯定的に「万事において、汝が他者に欲する事々を他者に施さんことを」と諭している。そしてイスラム教も「彼の人が自ら欲する事々を彼の人の隣人に願ってこそ、これ信仰なり」と教えている。

人類共通の黄金律

さらに、このような共通性は人間性の原則と互恵主義の黄金律のみならず、他の倫理観にもみられる。たとえば、「殺すなかれ」「盗むなかれ」「嘘をつくなかれ」「姦淫するなかれ」という四つの具体的な倫理的徳目は、仏教においてはヨガの創始者であるパタンジャリによって立てられたが、中国文化、一神教の三大宗教にも同じ徳目が存在する。

そして、このような文化横断的な倫理的徳目は、人類共通の倫理的基盤を形成し、アジア的価値観と西洋的価値観の根深い相克を無意味なものにしてしまう。また、もしアジアがその文化横断的な倫理観に着目するなら、全く新しい連帯意識を構築することが可能である。そして、その連帯意識は軍事力ではなくソフトパワーによって支えられ、敵は存在せず、パートナーと競争相手のみが存在する世界が現出するであろう。こうして、アジアは文化的統合において西洋に肩を並べるばかりか、極めて平和的な新たな世界秩序を打ち立てる可能性を秘めている。

また、この新たな世界秩序への道は、西洋における自然法思想に支えられた人権獲得の闘いとは異なり、諸々の価値観や準則、倫理的・宗教的伝統を統合していく過程となるであろう。これらの価値観や伝統は、個々の文化ごとに多彩な様相を呈するが、諸文化を横断する共通性をもち、それゆえ宗教的信仰をもたない人々の支持をも集めるであろう。

(ポリシーシンジケートウェブサイトより翻訳転載。Copyright: Project Syndicate/Internationale Politik, 2007. www.project-syndicate.org)

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