TPP交渉をにらみながら、国内ではいわゆる「減反廃止」や農地中間管理機構などの農政改革が今年から本格的に動き出します。この現況を踏まえ、東京財団では過去の検証の必要性に立ち、ガット・ウルグアイラウンドの交渉経過とその後の対策について検証しました。多額のバラマキが行われたという通説の影で明らかになった実体と、そこから私たちは今何を学ぶべきなのか。検証からは、日本農政の根本的な課題も見えてきました。
1.ガット・ウルグアイラウンド交渉とその対策について振り返る意味
∘大規模な国内対策を伴った国際通商交渉は、ガット・ウルグアイラウンドが直近のもの。
∘ガット・ウルグアイラウンドの交渉及び対策の経緯を検証した政策研究はまだ多くない。
2.ガット・ウルグアイラウンド交渉過程から見えてきた課題と示唆
交渉過程の分析を通じて明らかとなった事実及び課題
∘具体的な関税の削減率などについて各国共通に適用されるルールがあらかじめ提案され、交渉が進められた。中盤、米国主導の「例外なき関税化」の主張にリードされた。交渉終盤には、「例外なき関税化」の例外として、コメの扱いが日米両国で協議され、これが全体の合意文書に採用された。これは一定の要件を満たす農産物について関税化を行わない特例措置を認めるものだが、日本においてはその選択の結果、代償を伴うものとなった。
∘代償は、関税化を行わないコメについて、最低輸入量のミニマム・アクセス機会を拡大すること。加重されたミニマム・アクセス米を国家貿易で輸入することになった。
∘日本は、合意実施期間途中の1999年4月からコメ関税化へ移行(ミニマム・アクセス米7.2%時点)。341円/kgという高関税の設定で、高関税を支払って輸入されるコメは年間100~200tというわずかな量に留まる。
∘当初より関税化を受け入れていれば、輸入する必要がなかった加重されたミニマム・アクセス米(7.2%-5%分)は、現在も輸入され続けている。
∘国内コメ市場への影響を最小にするという目的に照らせば関税化拒否は判断ミス。
∘コメの関税化反対という政治的な圧力が、日本の交渉の選択肢を狭め、冷静な判断を困難にした。
交渉過程の分析から得られる示唆
∘「聖域」に固執し本来の目標を見失うと結果的に不利なペナルティを受けかねない。
∘交渉にあたる行政府と最終的に批准の是非を判断する立法府と役割分担がある。受け入れ可能な合意内容にするためには、行政府と立法府の水面下での調整も必要であり、そのためには政治的な安定が重要な要素となる。
3.ガット・ウルグアイラウンド関連対策の課題と示唆
関連対策の分析を通じて明らかとなった事実及び課題
∘ガット・ウルグアイラウンド関連対策費は、当初政府から示された3.5兆円が政治主導により2日後に6.01兆円へと増額された。政治の関心はここに集中した。
∘肝心の対策の中身は、農業合意に伴う影響について評価分析をしたうえで優先順位が付けられた政策立案ではなかった。財源や政治状況などの制約により目的の設定や効果の予測が曖昧なまま政策が実行された。
∘対策費6兆100億円の半分が、農業土木である農業農村整備事業に費やされたが、当時の国の公共事業に占める農業農村整備事業の割合の推移を見ると突出したものではない。
∘メディアから、ガット・ウルグアイラウンド対策は農業振興等の目的から外れた事業があると批判されたが、実態は従来から行われてきた農林水産省の事業と同質のものであった。
∘欧州共同体(EC)はガット・ウルグアイラウンド交渉と並行して域内改革(生産者への直接支払いと輸出補助金の圧縮)を進めたのに対し、日本は当時直面していた食糧管理制度の改革を先送りしてしまった。
関連対策の分析から得られる示唆
∘政策実施プロセスをきちんと踏む(1目的の設定、2効果の予測、3政策の立案、4政策の実施、5効果の検証)。
∘対外的な交渉の前に、国内の構造的な課題に真摯に向き合う内発的な議論の積み重ねと問題意識の共有が重要。
∘今後の示唆としては、上記の課題に加え、現下日本の農政の状況も踏まえると、法律と法律に基づいて決定する計画の整合性がとれていないなど、依然としてその場しのぎの政策に陥りがちになっている。いわゆる「ゆるいフレームワーク」のもとで、政策決定が行われる日本の農政の危険性を認識する。