4.会場との討論:深読みし過ぎたか
ベテランジャーナリストのクリス・ネルソン氏が発した会場からの質問からは、ワシントンが共有するこの問題への当惑ぶりが感じられた。「我々米側は普天間問題に対する当初の民主党の動きについて、深読みをしすぎたのだろうか?日本人が防衛観として持っているコンセンサスを何か見落としているのだろうか?」
これに対し山口氏は、「日米関係については米側が心配してしすぎるということはないと思うし、それは東京側にしても同じこと。しかし普天間問題に関して言えば、当初、民主党は何もかも手がけようとしてしまった。困難な課題に対して決定をしようとする場合には、分かっておくべきことをちゃんと分かった上でなさなければならないが、一部の民主党首脳はそれを十分にしないまま、移転問題や候補地についてコメントしてしまった。そして多くの技術的専門的質問を浴びせられてしまった。たとえば、そこで必要なヘリコプター設備やその役割についてなどだ。本来、こういうことは彼らが自分の考えを公表するまえに知っておかなければならないことだった。今は民主党もそれに気づいたし学んだと思う。
主客逆転については、同盟を主、そのマネジメントを客とした場合にもあてはまる。同盟のマネジメントにとらわれて同盟そのものが危うくなるという状況はあり得るわけだから、心配し過ぎるにしくはない、ということ。もっとも日米関係がどん底まで行ったらあとは上昇するのみ。自分は希望を持っている」とコメント、また、渡部上席研究員は、「自分も普天間問題をきっかけにして日米同盟までおかしくなるという風には思わない。民主党は同盟に対するポジティブな評価を認識する必要があろう」と付け加えた。
このあと、ジェームズ・スタインバーグ国務副長官によるランチョン・スピーチ(非公開)を経て、午後からは「The Japan-US Alliance at Fifty: Where We Have Been; Where We Are Heading(日米安保50年:これまでとこれからと)」と題する公開セッションがおこなわれた。野上義二国際問題研究所所長、加藤秀樹東京財団会長の開会コメントにつづき、北岡伸一・東京財団上席研究員(東京大学法学部教授)、ウィリアム・ペリー=スタンフォード大学教授、リチャード・アーミテージ前国務副長官、岡本行夫前総理補佐官の4人が登壇、パネルディスカッションを行った。この模様は パシフィック・フォーラムCSISのウェブサイト で閲覧できる。
セミナーに同行して
今回のセミナーを機に、久しぶりにワシントンで日米関係にかかわる人々と話をする機会を得たが、「日米には何の問題もないからすることもない」などとささやかれていた5年前とは様変わりしていた。彼らの多くが「普天間の問題が、日米の友好関係をも不安にさせるほど大きくなるとは」と嘆くのを聞き、東京で感じているよりも米側のリアクションが深刻なことにいささか驚いた。日本においては政権交代にともなう、過渡期特有の変動の一部と受け止められていることが、太平洋を隔てたワシントンでは戦略的に分析されて疑心を増幅し、それが日本に還流してさらに不安感が広がる面があるのだろう。米国のベテラン政治ジャーナリストからの「アメリカは深読みしすぎたのか?」との質問にもその感覚はにじみ出ていたと思う。半世紀ぶりの政権交代が米国の「知日派」と呼ばれる人々に与えた不安、ひいては彼ら自身がいかに自民党ジャパンというイメージに慣れ親しんでいたかを感じた瞬間でもあった。
5年前すでに、米国の外交大学院でジャパン・スタディースを専攻する学生が減少していることや政策シンクタンクの日本研究プログラムも続々中国にとって代わられていることなどから、米国における日本への関心低下を嘆く声は聞かれていたし、日本側も「内向き」志向を反映するかのように、米国への留学生はここ10年で1万3000人も減少している(朝日新聞09年12月20日夕刊)。二国間関係を深めていくには、互いの国家や文化が異なっているということを前提にしつつ、自分を大切にしながら相手とも折り合いをつけるような直接体験が欠かせない。違うけれども認める、というような多様性への認識がなければ、持続可能な共存が望めないからだ。その意味で、太平洋の両岸で双方に対する無関心が広がっているとすれば事態は確かに深刻である。
しかし、このほど「同盟」の関係者と2日間を過ごしてみて実感したことは、このような留学や研究など交流の停滞の問題と、政治的約束事としての同盟関係とは、また論点が違うということだった。安全保障専門家や防衛関係者との会話からは、驚くほどぴったりとした「同盟」に関する統一見解を聞くこととなった。どんな質問でも、どんな話題でも、まるで金太郎あめのように日米両国の専門家のコメントにブレがない。「安全」の保障と「有事」というリスクが常に近接しているという緊張感が、寸分の認識の「違い」も許さない体制を作り上げているのである。条約という人工的な約束事による構造を、実に60年にわたって連綿と築いてきた日米両国関係者の歴史を実感させられた瞬間だった。
日米関係には常に「メンテナンス」が必要だとよく言われる。また、グローバル化時代の「メンテナンス」は、同盟体制をさらに深くもっと広い課題に拡大させていくことであるとも指摘されている。そのためには、日米関係という縦糸と、環境問題や貧困対策など地球規模の課題というヨコ糸を組み合わせた対話の場を多層的に創出していくことが必要だろう。その意味で、われわれのような民間独立のシンクタンクがこれから取り組むべき課題を見る思いがした今回の訪米であった。
今井章子
米国ハーバード大学ケネディー行政大学院行政学修士。ジョンズホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所客員研究員、東京大学法学政治学研究科客員研究員を経て、現在、東京財団広報部ディレクター、昭和女子大学非常勤講師。
共訳書に 『あなたのTシャツはどこからきたのか』 、 『暴走する資本主義』 、 『チャイナフリー:中国製品なしの1年間』 、 『ザ・パニック:1907年金融恐慌の真相』 (以上、東洋経済新報社)。