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集団的自衛権論議の展開

September 4, 2014

秋山 昌廣
理事長・上席研究員

我が国では今年、集団的自衛権行使の是非、あるいはそのための憲法第9条の解釈変更の是非が、政治のみならず社会においても大きな議論となったし、これからも厳しい議論が続きそうだ。政府は従来、憲法第9条の解釈として、日本は個別的自衛権を行使できるが集団的自衛権は行使できない、としてきた。安倍政権は、これを変えようとしているのである。因みに、集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていない場合でも、実力をもって阻止する権利のことである。

議論の前提―憲法第9条の解釈

何故この集団的自衛権が、今大きな問題となっているのか。理由は日本国憲法の記述そのものにあるので、問題の憲法第9条をまず見ておこう。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第9条、特にその第2項の字面だけみると、そもそも日本に何故自衛隊が存在するのか疑問に思う人が多かろう。まず、自衛権保持が問題とならないことに関しては、第2項冒頭の「前項の目的を達するため」という文言から、第1項にある「国際紛争を解決する手段としては」、「陸海空軍その他の戦力」を保持しないのであって、自衛のための戦力の保持は否定されていないという読み方がある。これは、法律家、専門家に多い。一方で政府は、憲法前文で「国民の平和的生存権」が確認されていることや憲法第13条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めていることを踏まえ、憲法第9条が、我が国が自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない、という考えをとっている。そして、憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限ものに限るとしてきた。

このため政府は、自衛力の保持及びその活用に対しては、憲法第9条の解釈として極めて厳しい制約を課してきた。兵器に関しては、性能上専ら相手国国土の壊滅的破壊のためのみ用いられる兵器、例えばICBM、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は認めないほか、運用では、海外派兵の禁止、(他国の行う)武力行使への一体化と見られる運用の回避、自衛隊による武器使用の厳しい制限とあわせ、集団的自衛権の行使は憲法上許されないとしてきた。それも、日本は集団的自衛権を保有するが行使はできない、という奇妙な解釈であった。法制局を中心とした、まことに観念的な議論から出てきた解釈が幅を利かせていたのである。

首相の私的懇談会提言

この間、国際安全保障環境は大きく変わってきて、以上のような制約の中では自国の防衛及び世界の平和と安定のための適切な活動ができなくなってきた。

2007年、第1次安倍政権において、安全保障の法的基盤再構築の検討が、民間議員で構成する懇談会で始まり、集団的自衛権の行使が必要ではないかという観点から、4つの類型への対応に関して提言が行われた。類型自体が安全保障の環境変化を示しているので、それを示しておきたい。

第1は公海における米国艦船の防護、第2は米国に向かうかもしれない弾道ミサイルの迎撃、第3は国際的な平和活動における武器使用、第4は国連PKO等に参加している他国の活動に対する後方支援、いずれも日本があるいは自衛隊が行う、という意味での分類である。これらはいずれもこれまで、憲法解釈上実行が不可とされてきた。しかし、集団的自衛権との関係でいえば、全てが集団的自衛権の行使に関するものではない。1の公海における米艦の自衛隊による防護はまさに集団的自衛権の行使であり、2のICBM迎撃もそうである。しかし、3のPKO活動における武器使用は範疇としては国連における「集団安全保障」の問題であり、4の他国活動への後方支援は、前述の「武力行使一体化」回避に係る問題である。懇談会では、いずれの類型に対しても、自衛隊が実施できるようにすべきとの提言がなされた。しかし、2008年安倍首相は健康問題で突如退陣し、これが実施(含法整備)されることはなかった。

2012年、第2次安倍政権が誕生すると本問題が再燃した。というか、安倍首相の考えが再び政治の場に躍り出た。5年前と同じ懇談会、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が再スタートし、2014年5月に最終報告書が提出された。

4類型からさらに多くの類型が提示され、また、集団的自衛権に限らず在外自国民保護、国際治安協力、武力攻撃に至らない侵害への対処など、これまでの制約で日本が適切に安全保障上の対応ができなくなってきた問題について議論され、提言された。

閣議決定をみる―3つの自衛隊運用方針

政府は2014年7月1日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する閣議決定を行い、政府として取り組む基本方針を明らかにした。今後、法整備を含めた体制整備が進められることになる。しかし、今でも大議論となっている「集団的自衛権」という文言が閣議決定の文書のタイトルには入っていない。理由は2つあり、1つは集団的自衛権行使に対する連立与党公明党の強い反対と厳しい世論、もう1つは、内容そのものがおよそ国際通念上の集団的自衛権の行使とは異なる、いくつかの自衛隊の運用の適正化であったことである。

この閣議決定では、3つのカテゴリーにおける自衛隊の運用について実施できる方針が示された。1つは、武力攻撃に至らない侵害への対処である。純然たる有事でも平時でもない事態、例えば尖閣諸島を巡る対立の中で想定される武装漁船を使った外部勢力による同島占拠といった事態において、海上保安庁、警察、自衛隊がその権限の範囲でシームレスな対応が必要であるとした。このため共同訓練を進めるとともに、自衛隊に対する治安出動あるいは海上警備行動発令の迅速化のための方策を検討する。また、平時における米国艦船に対する外国からの攻撃が、結果として「武力攻撃」(「武力攻撃」とは、日本の憲法解釈上、国家的機関による組織的、継続的な軍事的攻撃をさし、単なる武器使用(それが軍組織による場合であっても)とは区別している。以下同じ。)にまで拡大していく惧れがある場合、自衛隊による、受動的かつ限定的な必要最小限の武器の使用を可能とするよう法整備を進める。

2つは、国際社会の平和と安定への一層の貢献である。国連決議に基づき一致団結して対応するようなとき、正当な「武力行使」を行う他国軍隊に対して自衛隊が支援活動をする必要がある。これまで、「武力行使との一体化」の惧れがあるとして自衛隊の活動は「後方地域」に限るとしてきたが、積極的平和主義を進める立場から、現に戦闘行為を行っている現場以外の地域ならどこでも活動できるようにする。国際的な平和協力活動に伴う「武器使用」については、国連PKO活動におけるいわゆる「駆けつけ警護」に伴う武器使用あるいは「任務遂行のための武器使用」(国連の定めるB類型)を認め、国連PKO活動に積極的に参加する。

また、海外における邦人救出における、自衛隊の武器使用も認める。

3つは、憲法第9条の下で許容される自衛の措置である。憲法9条により、「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処するための必要最小限度の武力行使」は許容される。これまでは、この考えを自国に対する攻撃があった場合に限っていたが、日本と密接な関係にある他国に対する攻撃があった場合でも、このような考えを適用しうるとした。この点が、国際法上は集団的自衛権が根拠となると付言している。今回、集団的自衛権の行使を憲法9条の解釈変更で認めることとしたというのではなく、これまでの憲法9条の下で許容される自衛の措置の範囲内の変更であるとしたのである。分かりにくい点だが、批判のある「解釈改憲」を避けるための政府の知恵である。知恵にとどまらず、この結果およそ集団的自衛権として一般的に理解される、「同盟国たる関係国が外国から武力攻撃を受けた場合日本がその外国に対して反撃をする」という構図ではなく、その関係国に対する攻撃があくまでも「日本の国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態」に限定される、すなわち従来からの憲法9条が許容する範囲での活動と位置付けている。

今回の集団的自衛権行使の議論は以上のとおりであり、集団的自衛権そのものの議論はその一部である。その派生的な活動、国連による集団安全保障の範疇のもの、それ以外の自衛隊の海外における活動、平時における活動などが大半を占める。日本社会では、これらが、便宜一括して「集団的自衛権」の議論として行われてきた。

集団的自衛権の行使は、個別自衛権の行使と同様、日本ないし日本に密接な関係を有する関係国が武力攻撃を受けた場合のことであり、それらは、現行の法制で言えば自衛隊法にいう防衛出動発動後、すなわち自衛のための戦争行為の段階の話である。

東京財団が、2013年11月に発表した提言、 「海洋安全保障と平時の自衛権」 では、有事に至る前の平時における自衛権の行使のための体制整備を主張した。提言では、「平時」におけるグレーゾーン事案における自衛権の行使の容認と、これに関する政府の意思決定体制の確立、自衛権行使に関する政府統一見解、とりわけ第一要件である急迫不正の侵害の解釈を柔軟にすべきであること等が指摘された。今回政府が行った閣議決定で「武力攻撃に至らない侵害への対処」として平時における外部からの侵害への対処が項目立てされた点は評価するが、「平時における自衛権の行使」については付言されていない。今、日本の安全保障にとっての喫緊の課題は平時の自衛行為である。平時における離島の防衛は、治安の問題すなわち警察活動の対象ではなく、日本の国土防衛の話だから、現行法制では規定されていない平時の自衛権行使ができるようにする必要がある。今後の法制化の過程で、再考されることを強く願う。

◆英語論考はこちらから→
Redefining Self-Defense: The Abe Cabinet’s Interpretation of Article 9

    • 元東京財団理事長
    • 秋山 昌廣
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