トランプ政権下の米議会で税制改正法案が可決され、10年間で約1兆5000億ドルの大型減税が実施される見通しになった。最高税率の引き下げや遺産税の軽減など、法案は中間層への恩恵に乏しく、富裕層優遇との批判もある。同様に富裕層に手厚い税制とされるブッシュ減税がアメリカ社会に残したものについて、アトランタ近郊で起きている所得の再分配を巡る地域論争を通じて考えてみたい。
■白人富裕層が「独立」
アトランタ北郊のサンディ・スプリングス市は人口約11万人、白人富裕層が多く暮らす街だ。家計の年間所得の中央値は約6万4000ドルと、全米平均(約5万9000ドル)を大きく上回る。サンディ・スプリングスは2005年、カウンティー(郡)から独立して市になった。高額な固定資産税を支払っているのに、税金の多くは南部に住む貧困層のために使われ、自分たちのために使われていないとして、不満を募らせた住民が独立運動を起こしたのだ。
カウンティーから独立したサンディ・スプリングスは、固定資産税率を固定し、税率を上げる場合、住民投票で承認を得なければならないと市民憲章で定めた。カウンティーの固定資産税率は2007年以降上昇したが、サンディ・スプリングスは独立後も上がっていない。
官民パートナーシップを積極的に導入し、業務委託、人件費抑制など効率的な行政運営で、治安の改善とインフラ整備などを進めたサンディ・スプリングスには近年、大企業が続々と拠点を移し、めざましい経済発展を遂げている。サンディ・スプリングスの成功は周辺地域に暮らす白人富裕層の独立運動に火をつけた。新たに7市がカウンティーから独立し、その結果、高所得者層を失ったカウンティーは財政が悪化した。とりわけ警察予算が大幅に削減され、低所得者層が多く暮らす南部の地域は治安がいっこうに改善せず、経済開発から取り残された。一方、北部の独立市には投資が集まり、南北の地域格差がより一層広がっている。
カウンティーの行政に失望した南部のコミュニティーは、住民自治を求めてカウンティーからの独立を決めた。これまでに2市が誕生し、他の地域でも独立運動を展開中だ。いずれも住民の9割以上がアフリカ系アメリカ人という、人種構成が著しく偏った自治体となり、北部に白人富裕層、南部に貧困層のアフリカ系アメリカ人が暮らす「南北分断」を象徴する出来事となった。
■イデオロギーの二極化
コミュニティーが分断され、人種や経済レベルが異なる者同士で対話する機会が失われた結果、南北の住民の間で所得の再分配を巡るイデオロギーの対立がより深まった。ある北部の住民は「所得の再分配は、低所得者層が貧困を脱し、高所得者層が生産性を高める動機付けを同時に奪ってしまう」と全否定し、「所得の再分配はある種、泥棒のようなものだ」とまで言い切る。一方、南部の住民は「税金は弱者の生活を支えるためのもの。余力のある者が地域のために貢献するのは当然だ」と主張し、「相互互助はアメリカ建国の精神だったはず。今のアメリカはそれが失われつつある」と嘆く。
両者のイデオロギーの対立は、そのまま共和党と民主党の対立の構図にも表れている。北部の白人富裕層は共和党、南部のアフリカ系アメリカ人は民主党を支持しており、一昨年の大統領選、上院議員選の結果にも鮮明に表れている。
■ブッシュ減税の功罪
こうしたイデオロギーの対立を深める要因となったのがブッシュ減税だとの指摘がある。ブッシュ(子)政権は2001年以降、10年で総額1兆ドル超の大規模減税を行った。個人所得税の引き下げの他、遺産税の廃止、贈与税の引き下げ、配当・キャピタルゲイン税の減税など、富裕層に手厚い減税政策が行われた結果、富裕層の資産形成が加速し、経済格差が拡大した。ジニ係数は2000年の0.357から2015年には0.39に上昇した。この間、G7諸国ではドイツを除き、ほとんど変化がみられないにもかかわらずだ。
経済格差の拡大とともに、高所得者層と低所得者層、白人とアフリカ系アメリカ人の居住地域の分断はより一層深いものとなった。居住地域の分断によって多様性を欠いたコミュニティーが形成された結果、異なる主張に耳を傾けることのない生活が当たり前となり、イデオロギーの二極化が進む要因となったと考えられる。
ブッシュ減税で資産形成に成功した富裕層を中心とする共和党支持者は、その後のオバマ民主党政権下で減税が廃止され、オバマケアが実施されるなど、所得の再分配政策が揺り戻されたことが我慢ならないようだ。「共和党支持者は民主党がやってきたことが大嫌いだからね。トランプのような候補でも、民主党に票を入れるよりはましだと思ったのさ」。共和党支持者が多数を占めるサンディ・スプリングス在住で長年民主党を支持する白人の男性は、一昨年の大統領選をそう振り返った。
■混沌増すアメリカ社会
サンディ・スプリングスのような白人富裕層のコミュニティーが独立する動きは全米に広がっているわけではないが、いくつかの州で論争が起きている。白人とアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックなど、人種による居住地域の分断はアトランタのみならず、シカゴやニューヨーク、ロサンゼルスなどの大都市でもその傾向が顕著に表れており、多様性を欠いたコミュニティーが増えているのは事実だ。
ブッシュ減税を上回る規模となるトランプ減税は、さらなる格差拡大を促し、社会の分断をより一層深いものにする恐れがある。所得の再分配や社会保障政策を巡る共和党と民主党のイデオロギーの対峙は、歩み寄りをすることなく、二極化の道を突き進んでいくことになるだろう。国民的コンセンサスが得られないまま重要政策が決められ、不満を抱えた社会層が多く存在する。アメリカ社会はこうした不安定さを抱えながら、混沌を増していくだろう。
(略歴)2002年、読売新聞東京本社入社、経済部財務省担当などを経て現在国際部記者。安倍ジャーナリスト・フェローとして2017年4月、アトランタに滞在。