非正規雇用者増加の約6割は60歳以上
非正規雇用者の比率が上昇している。総務省「労働力調査」によると、雇用者全体の約37.3%が契約社員や嘱託社員、あるいはパートやアルバイトなどの非正規雇用者として働いている。1984年には15.3%だったので、比率の上昇ぶりには目を見張るものがある。非正規雇用者の体質改善、正規雇用者との格差是正は「働き方改革」の重要な論点となっている。しかし、最近の非正規雇用者の増大には、今後の社会保障改革にとって重要なシグナルも読み取れる。以下では、その点を簡単に指摘しておこう。
非正規雇用に関して私たちの頭にまず浮かぶイメージは、企業が人件費削減のために正規雇用者を減らし、その代わりに割安の非正規雇用者を増やすという姿だろう。現行の統計で比較可能な2002年以降の雇用者数の変化を見ると、2017年までの15年間で非正規雇用者は585万人増加している。一方、正規雇用者は66万人の減少にとどまっている。だから、正規雇用者が非正規雇用者に置き換えられてきた、とまでは言いにくい。
しかし、それ以上に注目すべきなのは、図に示したように、非正規雇用者の増加が高齢層で顕著になっている点だ。2002~17年における非正規雇用者の増加585万人のうち60歳以上は343万人、全体の58.6%に達している。アベノミクス期の5年間に限ると、非正規雇用者数218万人増のうち141万人、つまり64.7%が60歳以上である。これに対して、60歳以上の正規雇用者の増加は2002~17年で90万人、アベノミクス期では10万人にとどまっている(図には示さず)。高齢層の雇用増が、いかに非正規雇用主体であったかが分かる。
「高齢社会対策大綱」を先取りする動きも
しかも、これも図から分かることだが、アベノミクス期になると非正規雇用増加の主役がそれ以前の60歳台前半層から60歳台後半層にシフトしている。アベノミクス期に入る前に60歳台前半で非正規での就業を始めた層が、その後も就業を継続していること、またそれに対応するだけの高齢者就業への需要が続いていることが、その背景にあるのだろう。
高齢者就業の拡大は、政府の「高齢社会対策大綱」(2月16日閣議決定)で重要な政策目標として掲げられている。その最大の論点は、政策的にはまだほとんど手つかずの60歳台後半層の就業促進である。ところが、まさしくその60歳台後半層において、非正規雇用という形をとりながらではあるが雇用増が進んでいる。現実は、「大綱」の目指すべき方向を先取りする形ですでに動いているようである。
非正規雇用をめぐる議論は、正規雇用者との処遇格差など、いわば「二重構造論」的な色彩を持つことが一般的である。あまり明るい話は出てこない。もちろん、それは極めて重要な論点なのだが、非正規雇用の最近の動きからは、高齢層の就業促進という重要な政策課題に対して無視できない、そして幾分明るいシグナルも読み取れる。
60歳以降における非正規雇用者の増加は、定年後も会社に嘱託社員や契約社員として継続雇用されるという姿が一般的になりつつあることを意味する。公的年金の支給開始年齢が2001年以降、60歳から徐々に引き上げられ、年金受給が就業にブレーキをかける効果が弱まったことがその一因となっている。また、フル・タイムの正社員として働き続けると在職老齢年金の仕組みで年金受給額が削減されるので、年金受給者にとっては非正規雇用のほうが有利な面もある。そうした高齢者の行動が、人手不足に直面し、しかも人件費を削減したい企業の思惑とも合致し、高齢層における非正規雇用者の増大をもたらしている。
さらなる就業促進のために
社会保障を持続可能なものにするためには、その「支え手」を増やすことが最も効果的である。医療や介護の制度改革も、支え手が増えればその分推進しやすくなる。しかし、民間企業に対して定年の更なる延長を求め、高齢者をフル・タイムの正社員として継続雇用することを要請しても限界がある。また、高齢者にとっても、高齢になれば企業に拘束されず、多様な生き方の中で就業を位置づけるというライフスタイルの選択があってよい。
ここ数十年の変化は、非正規雇用、より広く言えば、従来型のフル・タイム正社員に限定されない、多様な就業形態が高齢層における就業促進の主軸になっていくことを示唆している。欧米ではすでに進んでいるが、これまで修得した技能や知識、経験を最大限に活かして、企業から業務を請け負って報酬を得る、という主体的な働き方が高齢者就業の主流になるかもしれない。その場合、正規か非正規か、フル・タイムかパート・タイムといった区別は意味をなさなくなる。
問題は、現在の非正規雇用がどこまで高齢者の自由な労働供給選択の結果なのか、である。必要以上の就業・賃金抑制が働いているとすれば、それを改める制度改革が必要となる。政府は今後、高齢者就業の促進を目指して、繰下げ支給の年齢上限の70歳超への引き上げ、そして、最終的には支給開始年齢の引き上げの是非を検討することになろう。高齢者がそうした制度改革に無理なく順応でき、効果的に就業促進を進めるためには、少なくとも次の2点に配慮する必要がある。
第1に、公的年金が人々の就業意欲にかけるブレーキを弱め、できるだけ就業行動に中立的な仕組みに改める必要がある。そのためには、賃金を得れば年金が削減される、在職老齢年金の仕組みをまず撤廃すべきである。せっかくの繰り下げ支給の仕組みがほとんど機能せず、必要以上の就業・賃金抑制に向かうのもこの在老の仕組みが原因になっている可能性もある。
第2に、就業継続のメリットを、保険料収入の増加を通じて将来の給付水準の引き上げにきちんと反映させる仕組みが求められる。そのためには、短時間の非正規雇用でも雇用関係があれば厚生年金の適用対象とすべきである。厚生年金の適用範囲拡大という年金改革が抱えるもう一つの大きな課題は、通常想像される以上に高齢者就業にとって重要である。この方向の改革が難しければ、個人で保険料を拠出し、それを将来の給付増に反映させる仕組みを新たに検討すべきである。
政府の「働き方改革」では、高齢者の就業促進策として、65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長を行う企業等に対する支援が検討されている。しかし、これは従来型の働き方の延長線上にとどまる昔ながらの発想であり、現実の動きに対応していない。高齢者の就業促進の成果を高めるためには、これから進む就業形態の多様化を念頭に置いた、より現実的できめ細かな対応が求められる。