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先送りされた財政健全化目標と社会保障改革

September 10, 2018

無理が出てきた高成長シナリオ

政府は6月20日、「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」を閣議決定した。新たな財政再建目標は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)をこれまでの目標より5年遅い2025年度に黒字化するというものである。

目標達成に向けた財政再建計画では、19年度からの3年間、社会保障費の伸びを抑える目安の数値は盛り込まず、「高齢化による増加分に相当する伸びにおさめる」という表現にとどめている。25年度までの中間年の21年度には、国内総生産(GDP)に対するPB赤字や債務残高、財政赤字の割合を「中間指標」とし、計画の進み具合を確かめるとしている。

もちろん、財政健全化の目標先送りはきわめて残念である。しかし、それは、社会保障関係費がこれまでの想定以上に膨らむ見通しになったからではない。内閣府が公表している「中長期の経済財政に関する試算」を見れば分かるように、PB試算の前提となる名目経済成長率の将来見通しを下方修正したことが主因になっている(注1)。

内閣府はこれまで、経済の実勢から見て高すぎる経済成長率を設定し、税収の順調な自然増による財政健全化の道筋を描いていた。しかし、その成長率の設定に無理があるという批判は当初からあり、内閣府は今年1月にその見通しを幾分引き下げている。20年度のPB黒字化は、当初の成長率の見通しの下でもかなり難しかったが、見通しの修正で目標達成の時期の5年先送りが決定的になった。

内閣府内部でも、高めの成長率を無理やり設定して財政健全化を進めるというこれまでのシナリオを、このまま維持するのは難しくなったという判断が働いているはずである。この判断の修正は当然のことと言えよう。むしろ、これまでが出来過ぎだった。

 

意外と落ち着いている社会保障給付

一方、社会保障関係費の見通しについてはどうか。意外と落ち着いている。内閣府の「試算」では、17年度の32.2兆円から25年には41.2兆円に増加しているが、名目GDP比で見れば6%前後でほぼ横ばいである。しかし、PB黒字化といった財政健全化の話で取り上げられる社会保障関係費は、毎年120兆円ほどに上る社会保障給付費の3割程度にすぎない。給付費のうち公費(税)で賄う分に、財政論議の関心が集中するからである。社会保障の全体像は、政府が設定する財政健全化の議論の枠組みでは、はじめから十分把握できない形になっている。

だとすれば、公費(税)だけでなく社会保険料収入で賄う分も合わせた、全体としての社会保障給付費はこれからどんどん膨らんでいくのだろうか。社会保障給付費の政府見通しは、12年3月に厚生労働省が発表したのを最後にこれまで示されなかった。ところが、内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省は今年5月、共同で「2040年度を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」を経済財政諮問会議に参考資料として提示している。

その推計結果(図1)を見ると、18年度で121.3兆円となる社会保障給付費は、団塊世代が75歳以上となる25年度には約140兆円、団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢化のピークを迎える40年度には約190兆円となる。名目GDP比で見れば、18年度の21.5%から40年度には23.8-24.0%に上昇する。25年度までなら、ほぼ横ばいにとどまっている。

おそらく、一般の国民の間では、高齢化の進展で社会保障給付が膨らむというイメージが共有されていると思うが、今回の試算結果は意外と落ち着いている。一部報道では、40年度には社会保障給付は現在の1.6倍に増える、といった形で試算結果が紹介されている。しかし、名目GDP比で見れば、社会保障給付が雪だるま式に拡大して手に負えなくなるとはけっして言えない。

12年に厚生労働省が示した試算は25年度までだが、そこで推計された25年度の給付額は148.9兆円だったから、今回の推計では同年度時点で約8兆円少なくなっている。給付費が節約できているのは、12年以降進められてきた一連の社会保障改革の効果が盛り込まれているからだ。

例えば、医療では、薬価制度の抜本改革、地域医療構想、第3期医療費適正化計画などが決められ、一部はすでに着手されている。介護では、要介護度が低い軽度者に対する介護サービスの選定、施設から在宅への誘導、長期療養する高齢者の医療を介護保険で手当てする医療機関の見直しなどが行われている。年金では、いわゆるマクロ経済スライドという仕組みが給付水準の上昇に対する重石となっている。以上の結果、社会保障給付費の増加は基本的に制御可能な程度にとどまっている。

 

2つの対応策:負担と「支え手」の引き上げ

もちろん、こうした社会保障給付の効率化が計画通り実施されなければ、絵に描いた餅になってしまう。政府は着実に改革を進めるべきだろう。また、この連載コラムで西沢和彦氏が指摘しているように(「年金問題を覆い隠す政府見通し」、2018年6月5日付)、年金の将来見通しについては、これまでほとんど発動されなかったマクロ経済スライドが順調に実施されると想定するなど、楽観的な側面が強い。しかし、政府がすでに発表した改革の着実な実施に努める限り、給付水準が制御可能な範囲にとどまるというシナリオ自体は、それほど大きく揺れないだろう。

したがって、財政健全化に社会保障サイドから貢献するとすれば、給付面だけでなく負担面における取組がこれまで以上に重要になるというのが、今回の試算から受ける筆者の印象である。冒頭に紹介したように、PB黒字化の5年先送りは、高成長に依存して税収の自然増に期待するという姿勢に無理があることを政府自らが認めたことを意味する。したがって、とるべき対応策は基本的に2つある。

一つは、当然ながら、保険料率や消費税率の引き上げなど、負担増である。社会保障給付費は18年度から40年度にかけてGDP比で3%ポイント前後増加するが、消費率換算では6%ポイント前後である。したがって、最終的な消費税率として10%台後半から20%前後を想定してもけっして不自然な姿とは言えない。

しかし、負担増は経済を疲弊させ、政治的にも難しい。だとすれば、社会保障、ひいては社会全体の「支え手」を増やす方策も併せて進める必要がある。内閣府の「高齢社会対策大綱」(2月16日閣議決定)が提唱しているように、とりわけ60歳台後半層の就業拡大が必要となる。公的年金など現行制度の下では「支えられる」側に回りがちな人たちに、無理のない形でできるだけ「支える」側にとどまっていただければ、その分だけ社会保障の財政基盤が強固になり、財政健全化も進めやすくなる。

(注1)より具体的に言うと、内閣府が予測する名目経済成長率が描く経路は、全要素生産性(TFP)の上昇率という、計量モデルの外から与えられるパラメータの設定によってほとんど決まる仕組みになっている。内閣府はそのTFP上昇率について、2017年7月発表の「中長期の経済財政に関する試算」までは、足元(2016年度)の0.6%から20年代初頭にかけて2.2%程度に上昇すると想定していた。しかし、2018年1月発表の「試算」以降になると、1.5%程度までの上昇に抑えている。その分だけ、名目経済成長率や税収の増加ペースの将来見通しが下方修正されたわけである。

    • 小塩隆士
    • 一橋大学経済研究所教授
    • 小塩 隆士
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