意外と大きな社会参加活動の健康維持効果 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

意外と大きな社会参加活動の健康維持効果

November 27, 2018

なぜ社会参加活動に注目するのか
今回は、町内会活動やボランティア活動など、社会参加活動の話を取り上げてみる。この「税・社会保障調査会」の「論考」シリーズでは、税や社会保障のお金に絡む話が常に登場する。今回取り上げる社会参加がそれとどう関係するのか、疑問に思う読者も多いかもしれない。

しかし、社会参加活動は税や社会保障の在り方に意外と重要な役割を果たすのではないか、というのが筆者の推察である。高齢化が進むと、医療や介護にかなりのお金がかかる。そのお金を節約するためには、予防医療や予防介護が有効だという主張もよく耳にする。社会参加活動は、お医者さんや介護士さんは直接関与しないものの、予防医療や予防介護と同じような役割を果たす可能性がある。

実際、町内会など社会参加活動を行っていると要介護状態になるリスク、あるいは死亡リスクが低下することを示す実証研究は、老年学や社会疫学等の分野でかなり蓄積している。しかし、これまでの研究は高齢者を対象とした者が多く、健康状態に問題がある高齢者はそもそも社会参加活動を行えないのではという疑問もある。そのため、筆者はこれまでの研究結果に少し懐疑的だった。

社会参加活動で生活習慣病を防げるか
そこで筆者は、兵庫県立大学の菅万理教授といっしょに、分析対象を出発点が50歳代の中高年へともう少し引き下げてみた。そして、社会参加活動を行っていると、糖尿病や脳卒中、心臓病など生活習慣病にかかるリスクがどこまで低下するかを調べてみた。用いるデータは、厚生労働省が2005年に50歳代だった3万人超の男女を毎年追跡している「中高年者縦断調査」の10回分のデータである。

ここで厄介なのは、健康状態がよくないと社会参加活動ができなくなるという可能性をどう処理するかという問題だ。筆者らは面倒な処理は行わず、「同調査」の第1回調査、つまり2005年時点で健康だった者に分析対象を限定し、その時点で何らかの社会参加活動を行っていたかどうかだけをチェックした。そして、第2回から第10回調査のいずれかの時点で発症する確率が、活動の有無でどこまで異なってくるかを調べてみた。

結果を見ると、がんや高脂血症、心臓病などはあまり関係ないことが分かる。しかし、糖尿病になるリスクは男性で14%、女性で25%ほど低下する。脳卒中なら男性で17%、女性では22%ほどの低下だ。高血圧は、男性では関係ないが、女性では9%ほど低下する。

図は、糖尿病を例にとってその結果を視覚的に見たものである。ここでは、第1回調査時点(2005年)で糖尿病にかかっていなかった人が、その後の調査時点で糖尿病にならずに済む確率を、第1回調査時点における社会参加活動の有無で比較している(こうした階段状のグラフを「カプラン・マイヤー生存曲線」という)。社会参加活動によって健康面で無視できない違いが生まれることは、この図からも明らかであろう。

医療・介護費の節約効果も期待
社会参加活動を行っていると、糖尿病や脳卒中になるリスクが男女ともに2割程度低下する。2割という数字が高いか低いか判断するのは難しいところが、投薬や特別な予防医療以外でリスクがここまで削減できるのはやはり無視できない。筆者らは、生活習慣病だけでなく、抑鬱になったり、日常生活に何らの支障が出たりするリスクについても社会参加活動の有無の影響を調べた。影響は、生活習慣病の場合を大きく上回る。

このように考えると、社会参加活動による医療費や介護費の節約効果は潜在的にかなり大きいことになる。社会参加活動の政策支援なんて、医療・介護に掛かる政策費用に比べたら無視できるほどの経費で済むだろう。厚生労働省や財務省はもっと注目してよい。

もちろん、こうした議論の進め方に対しては批判が十分あり得る。社会参加活動を行う・行わないはその人のパーソナリティーや家庭環境、これまでの人生の過ごし方など、個人の属性に大きく左右されるはずである。だから、社会参加活動が健康リスクを左右する要因だと考えるのは適切ではない、と。

この批判は重要である。社会参加活動による社会保障費の節約効果を過度に期待するのは危険だ。しかし、社会参加活動を行う・行わないが、その後の健康変化を予測させる有効な「シグナル」として機能していると捉えてみればどうか。そうなると、社会参加活動の健康維持効果に関する研究から得られた知見が、予防医療を始めとする医療政策に役立つという別の展開も見込める。一方、ここで紹介した分析は社会参加活動に就労を含めていないが、含めるとその健康維持効果はさらに高まるかもしれない。社会参加活動はなかなか面白いテーマである。

図 社会参加活動の有無によって、糖尿病にならずに済む確率はどこまで違ってくるか

(出所)厚生労働省「中高年者縦断調査」より筆者ら推計。

    • 小塩隆士
    • 一橋大学経済研究所教授
    • 小塩 隆士
    • 小塩 隆士

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム