2018年9月、北海道胆振東部地震による山腹崩壊 写真提供 Getty Images
大石久和
一般社団法人全日本建設技術協会会長
凶暴化する気象、頻発する地震
2018年は災害の多い年だったと記憶されることになるだろう。大阪北部地震があったかと思えば、西日本豪雨で200名からの命を毀損し、北海道では胆振東部地震が41名もの人命を奪い、山腹崩壊や液状化に加え、全道で停電するなどの被害をもたらした。
気象の凶暴化は日本だけの現象ではないこともはっきりした年だった。アメリカでは巨大化したハリケーンが繰り返し襲ったし、フランスのブドウ畑は浸水し沈んだ。ポルトガル、スペイン、イタリアも洪水の被害を受け、ベネチアでの異常な水位上昇は11名もの命を奪った。
北海道の地震での山腹崩壊は驚くべき風景をもたらしたが、熊本地震の時もこのような斜面崩壊があったように、専門家によると震度7が発生すると、こうした山の崩壊は防ぎようがないという。われわれ日本人は、世界的規模で凶暴化する気象と頻発する地震の脅威にさらされているといっても過言ではない状況なのだ。
気象の凶暴化現象がなくても、わが国は「脆弱列島」と名付けていいほどの災害を呼び込みやすい国土なのである。日本人であるから日本国土のことをわかったつもりになっているが、真の理解は「他との比較」のなかで得られる。
脆弱列島日本、10の特徴
北米大陸やヨーロッパとの比較を念頭に日本列島の厳しい条件を整理すると、次のようになる。アメリカやフランス、ドイツの国土を想定しながら、以下をお読みいただきたい。
(1) 南北、東西ともに2,000キロメートル(㎞)という長細い国土(最大幅はわずか250㎞)であること
ヨーロッパに置けば、ジブラルタル付近からデンマークを超える長さとなる。これが、ヨーロッパに比べ都市間距離が長いという特徴をもたらしている。都市と都市が連携し役割分担をする時代となるとやっかいである。
連携には、交通と通信が不可欠だが、距離の長さが大きな負担となるのだ。
(2) 国土の主要部が、四島に分断されていること
近年、本四連絡橋と津軽海峡トンネルで国土全体が一体化できたが、海峡部が脆弱ポイントであることには変わりがない。北海道地震の際に、本州からの送電能力の小ささが問題となったが、陸続きであれば、このようなことは起きなかったのである。
(3) 国土の中央を標高1,000~3,000メートル(m)級の脊梁山脈が縦貫していること
脊梁山脈が全体にわたって国土を分断しており、日本海側と太平洋側は距離的には近いのに相互の交流や連携を阻んでいる。たとえば新潟が東京と何らかの交流をしようとすれば、交通も通信も大山脈を越える必要があるのだ。
大河川のほとんどが、この脊梁山脈に発して海に注いでいるから、河川が急勾配で延長が短く、一降雨域に一河川がすっぽり収まることもあり、上流にも下流にも降雨があって水位の上昇が短時間で起こってしまうのである。
日本の大河川である一級水系の平均流域面積がわずか2,300平方キロメートル(km²)。フランスのロアール川の流域面積は11万km²もあるという違いなのだ(図1)。
図1 降った雨が一挙に流れ下る日本の河川
(4) 山岳地質が風化岩で構成され、地震や降雨によって簡単に崩壊すること
日本の氷河時代には、山岳部にしか氷河がなく、氷河期が終わると風化した岩を山に残してしまった。この風化岩が豪雨や地震があるたびに崩落する。
これは、ヨーロッパが全土にわたって何㎞もの厚さの氷河に覆われ、氷河期が終わる時に、氷河が地表の風化岩をすべて削り取りながら海に流れ、跡にはフレッシュな岩が露出したのとは大きな違いとなっている。
(5) まとまった広い平野がなく、山間部に盆地、海岸部に最近造成された三角州や扇状地という小さな平野が点在していること
これもヨーロッパには、ドイツ平原やフランス平原が大きな広がりを持っているのに比して大きな違いである。このために鉄道や道路を建設する際には、わが国ではトンネルと橋を多用しなければならず、建設コストの面で大きな差異を生じさせており、大きなハンデとなっている。
ちなみに、東海道新幹線は東京-新横浜間というきわめて短い距離でも、3つものトンネルを必要としたが、フランス新幹線TGVのパリ-リヨン間直線距離で400㎞には「1つのトンネルもない」のである。
設計速度を時速140㎞とした新東名高速道路は、直線性を確保し路面勾配を緩やかなものにしなければならなかったために、トンネルと橋梁という構造物で構成された区間が延長の60パーセント(%)にもなってしまった。きわめて高価な道路となったのだが、フランスの高速道路の構造物比率はわずか4%程度であるから、このハンデもきわめて厳しいものがある。この違いは、新幹線についても同様なのである。
また、関東平野はいま大きな平野として利用できているが、これが可能になったのは、江戸時代初めの利根川の東遷や荒川の西遷などの事業によって、河川の流路固定ができた結果である。それまでは、河川は雨の大きさに応じて好きなように勝手に流れていたから、関東平野のなかの小高い土地しか利用することができなかったのだ。
実は、この平野が少なく分散的であることが、縄文時代から江戸時代までの日本の集落が400~500人規模と小さく、そこでほとんどの分野で自治による集落完結的な統治が行われた原因となっている。このことと紛争による虐殺が日本ではほとんどなかったこととあわせて、ユーラシア人と日本人を大きく隔てる要因となっているが、このことは機会があれば別途紹介したい。
(6) 軟弱地盤上に大都市が立地していること
日本の大都市は、すべて大きな河川が海に注ぐ位置に存在している。約6,000年前の縄文海進以降、海面低下に合わせて河川が押し流してきた土砂で形成された平野が、日本の大都市の地盤なのである。つまり、形成されて間もないしっかりと固まっていない軟弱な地盤なのだ。
この軟弱ぶりは、「ずぶずぶの」という形容詞がぴったりするくらいの柔らかさなのである。氷河が削った跡の岩盤のうえに存在しているパリやベルリンとは大違いなのだ。ニューヨークのマンハッタン島も一つの岩でできている。セントラルパークでは、その証拠に岩が露頭している様子を見ることができる。
コンピュータがない時代にエンパイア・ステート・ビルディングを建築できたのは、地震もないうえ、強固な岩盤のうえに置くように鉛直に立地させればよかったからなのだ。
ちなみに、いまの広島市の中心部は、平清盛が厳島神社を造営した頃には、ほとんど存在していなかった土地で、源平時代以降の河川の土砂掃流効果でできたものである。
(7) 全国どこでも大地震の可能性があること
このことは、海岸部では大津波の可能性があることでもある。よく理解しておきたいのは、ヨーロッパの主要部やアメリカ東海岸では、地震の可能性はまずないこと(図2参照)。これは、コスト一つ考えても、トンデモ級のわが国のハンデといっても過言ではない。
図2 地震力の違い
地震を考慮するだけで相当なコストアップになることは、その反面として、姉歯秀次元一級建築士が地震力の入力を小さくして設計したために、彼の設計ではコストが下がるとして注文が殺到したという事件が証明している。
橋などの構造物を多用しないと直線性を重視する高速道路や新幹線が建設できないのに、それには大きな地震力を考慮しなければならないという二重のハンデを背負っているわれわれなのである(図3参照)。
図3 フランスと日本の橋はなぜ違う
2018年6月、土木学会は国難級の災害による被害額を発表したが、最大の災害となる南海トラフ型地震が発生すると、施設被害と経済損失を合わせて1,410兆円(地震後20年間の累計値)となることがわかった。何らかの対策により被害額の低減を図らなければ、わが国が世界の最貧国へ転落することは必至である。
(8) 雨が豪雨となりやすく、たびたび洪水を引き起こすこと
日本では地球の地表平均の2倍もの降雨がある。一般的には、雨や水に恵まれた国土であるといえるのだが、この雨が梅雨末期と台風期に集中するという特性を持っている。近年、豪雨特性が厳しくなり、1時間に80~100ミリメートル(㎜)という恐怖心を抱かせるような豪雨が頻発するようになった。これらの豪雨の発生頻度は、近年は30年前の2倍にもなっているのである。
少しそれた話になるが、これだけ豪雨がきつくなって、各地で氾濫や土砂崩壊が頻発しているのに、世界のなかで日本だけが治水事業費の削減を続けてきたのである。アメリカなどが、この20年間で2倍にも増やして防災事業を強化しているのに、驚くべきことに日本は半額以下に事業費を下げてきているのだ。日本の政府や国会は国民の生命財産を軽んじているのである。
この豪雨が、先に説明したように脊梁山脈の存在と相まって洪水を頻繁に引き起こすのである。
(9) 台風による強風常襲地帯
赤道近くで発生した台風は北西に進んだ後、ほとんどが台湾から沖縄あたりで急に北東に進路を変更し、日本列島にピッタリと沿うように進んでくる。これが豪雨をもたらすとともに強風をもたらすのである。
2018年の台風21号は、危機管理がまるで不十分だった関西空港を機能不全にしたが、この台風はきわめて強い強風をともなっていた。看板や屋根はもちろん、太陽光の発電パネルも舞い上がって凶器となった。
ついでに紹介すると、この国の報道ぶりは常にバイアスがかかりすぎており、このパネル舞い上がりもメディアではほとんど紹介されなかった。太陽光発電装置の不完全さが原発促進に結びつくことを恐れているからである。
アメリカでもアジアモンスーン地帯でも強風によく襲われるが、幸運なことにヨーロッパでは台風やハリケーンのような強風は吹かない。日本の長大な吊り橋が、耐風安定性がきわめて重要な設計ポイントなのは、この台風のためなのである。インフラ整備などについて、ヨーロッパに比べて厳しい条件の一つとなっている。
(10) 国土の60%が積雪寒冷地帯
東京のような冬に降雪のないところに住んでいると感じられないが、国土面積の60%という広大な地域が積雪地帯か寒冷地帯(またはそのいずれも)なのである。冬ごもりで冬期間をやり過ごせばいい時代から、冬でも活発な生産・消費・学習などの活動をこなさなければならない時代となると、冬季の交通確保が大変に困難なこととなる。
年間の累計の降雪深が4mを超えるところに何十万人という大人口を抱えた都市は、わが国にしか存在しない。わが国より寒冷地であるところに存在する都市はロシアや北欧にあるが、降雪量ではわが国にかなわない。
ここでも、国土を一体的に使うための努力が並大抵のものではないことを実感するのだ。川端康成の世界では、「トンネルの向こうは雪だった」という太平洋側人間の「雪景色は素晴らしい」という感覚なのだが、新潟人の田中角栄には「トンネルの向こうは晴れているし、雪もないじゃないか」という怨念となるのである。
国土に働きかけて、恵みを得る努力を
国土の特徴を10の観点から見てきたが、これらがそれぞれ単独で日本のハンデであるだけではなく、これらが絡み合ってわれわれに悪さをしているのである。都市が軟弱地盤上にあるのに、そこでは大地震の可能性が常にあるといった具合なのだ。
しかし、われわれ日本人は、この国土に働きかけて、国土から恵みを得ないことには暮らしていけないのである。先人たちも、繰り返し襲った災害から何度も立ち上がり、より良い国土にしていく努力を積み重ねてきた。
それがまるで「賽の河原の石積み」のようであっても、そうすることで何とか自分たちの生存領域を確保してきたのだ。それが日本人の勤勉性を磨いてきたのだった。
他国との比較のうえで、国土の厳しい実態を認識することは、この国土に生きるわれわれの責務なのである。
大石久和(おおいし ひさかず)
1945年兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、建設省(現・国土交通省)入省。大臣官房技術審議官、道路局長、国土交通省技監などを歴任。2016年より一般社団法人全日本建設技術協会会長。公益社団法人土木学会第105代会長(2017~18年)。一般財団法人国土技術研究センター国土政策研究所長、京都大学大学院経営管理研究部特命教授を兼務。主な著書に『国土と日本人-災害大国の生き方』(中公新書、2012年)、『国土が日本人の謎を解く』(産経新聞出版、2015年)など。
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