東京財団政策研究所CSR研究プロジェクトが、2017年12月に実施した第5回「CSR企業調査」の分析結果を、『CSR白書2018―CSRの意義の再確認』第1部企業アンケート分析「CSR成熟期にその本質を問う~「しなやかな会社」を目指して(倉持 一)」より一部抜粋し、ハイライトでお伝えします。
1.調査概要
2.回答企業の属性
3.企業が重要視している社会課題とは?
4.企業が重点的に取り組んでいる社会課題とは?
5.企業は社会課題解決に向けてどのように取り組んでいるのか?
6.企業はCSR活動を通じてどのような効果を感じているのか?
7.自社のCSR活動についての評価は?
8.まとめ
1.調査概要
東京財団政策研究所CSR研究プロジェクトでは、2017 年12 月上旬、公開情報をもとに、東証一部上場企業を中心とした約2,500 社に質問票を郵送した。回答期限は2018 年2月末日に設定し、郵送やメールでの回答を求めたところ、これまでの5回のアンケート調査の中で最多となる288 社から返信を得た。なお、前回の第4回と今回の第5回の調査に連続で回答していただいた企業は148社、第1回から第5回までのすべての調査に回答いただいている企業は66社である。今回の調査で大きく回答社数が増えたとはいえ、ある程度の継続性が維持されていることをここに付記しておきたい。
2.回答企業の属性
回答企業288社の中心(最頻値)となったのは、「年間売上高1,000 億円超5,000 億円以下」(図表1)、「総従業員数1,000 人超5,000 人以下」(図表2)といった規模の企業である。これらの比率であるが、前回調査と比較すると、年間売上高および総従業員数ともに変化はない。したがって、本企業調査に回答していただく企業の規模は、概ね一定である。回答社数の増加(197から288 へ)の割に、これらの比率が大きくは変動しないところが興味深い。
3.企業が重要視している社会課題とは?
企業は各社会課題に対していかなる関心を持ち、取り組みを行っているのだろうか。現在、解決すべきものとして重要視している社会課題について、国内と海外に分けて回答を得た(図表3)。なお、社会課題については、前回調査に引き続き、SDGsに準拠した18項目(うち1項目は「その他」)に設定した。
全体として言えることは、重要視の度合いが、国内の社会課題と海外の社会課題とで大きく異なるということである。例外として、貧困と飢餓の両社会課題については、国内よりも海外の方が、重要視度が高い。経済成長面ではもたつきが見られる日本であるが、世界的に見れば依然として経済大国であり、貧困や飢餓が日本国内で喫緊の課題となっていないという事情があるだろう。とはいえ、昨今では日本国内でも子どもの貧困が社会課題として認識されつつあり、今後、貧困については日本国内の社会課題としても重要視度が高まるかもしれない。
企業の重要視度が高い社会課題を5つピックアップすると、①経済成長・雇用(国内)、②気候変動・災害(国内)、③健康・福祉(国内)、④ジェンダー(国内)、⑤生産消費(国内)、になる。①と⑤は、日常的な企業活動と極めて密接な社会課題である。これを肯定的に捉えるのか否定的に捉えるのかは、評価が分かれるところだ。肯定的に捉えるのであれば、日本企業における本業とCSR との統合が進んだためと言えるだろうし、否定的に捉えるのであれば、単に日本企業は手のつけやすい社会課題を重要視しているだけ、とも言えるからだ。そして、重要視度が上昇している社会課題は、やはり日常的な企業活動と密接なものが多い。本業とCSRとの統合の動きは、ややもすれば、CSR の本質である社会課題の解決よりも本業優先へと結びつきがちとなる。CSR の戦略性向上が問われている今だからこそ、理念あるCSR 活動が求められるのではないか。
4.企業が重点的に取り組んでいる社会課題とは?
次に、企業が重点的に取り組んでいる社会課題についてである(図表4)。これは、企業との意見交換などの際に「企業はSDGsの17 目標の全てに対応できるわけではない。だから、自社のリソースに合わせてマテリアリティの絞り込みをしている」との意見が出されたことなどから、各企業が重点的に取り組んでいる社会課題を5つに絞り込んでもらうことにした。
先程の重要視度よりもさらに、国内と海外の社会課題の差が大きくなっている。つまり、日本企業の多くは、海外の社会課題を重要視しているが解決に向けた取り組みの段階には入っていないということである。これに関しては、「海外の社会課題にも取り組みたいが、それだけのリソースがない」などと、悔しい思いをしている企業や担当者もいるだろう。あるいは、「海外の社会課題の解決も重要だとは分かっているけれど、我が社では無理」などと諦めている企業もあるだろう。
さまざまな事情が絡んでくるとはいえ、日本企業のCSR はとかく「内向きにガラパゴス化している」と指摘されることが多い。自社のリソースだけでなく、海外のステークホルダーと手を組むことで取り組み可能となる場合もあるかもしれない。日本企業には今一度、「どうすれば取り組み可能となるか」を、広い視点から検討してもらいたい。
取り組みに力が入っているのは、いずれも国内の経済成長・雇用、健康・福祉、気候変動・災害といった社会課題である。ここにジェンダーが入ってこないところにも注目すべきだろう。日本企業の多くは、国内・海外のジェンダー問題を社会課題として重要視しているが、実際の取り組みとなると格段に慎重になっているという事実。この原因はどこにあるのだろうか。
CSRに関連してジェンダーが取り上げられると、大半の企業・有識者からは「役員・管理職への女性の登用」に関する意見などが出される。女性管理職の比率向上は、2014年10月に新設された「すべての女性が輝く社会づくり推進室」が進める諸政策の中でも重点課題とされており、日本が国家として力を入れている取り組みである。日本企業のジェンダー関連のCSR活動の取り組みに立ち遅れが見られるのだとすると、政策と現場との間に若干の齟齬があるのかもしれない。その原因を追求し、働く女性の立場に寄り添った取り組みを再考していく必要もあるのではないか。
5.企業は社会課題解決に向けてどのように取り組んでいるのか?
われわれは、企業の社会課題解決に向けた取り組みを、
- 金銭や物品の寄付、無償提供、社員のボランティア参加などといった社会貢献(社会支援)活動を通じた社会課題解決
- 調達、製造、物流などといった事業プロセスや、雇用・人事管理を通じた社会課題解決
- 社会課題解決に直接的に寄与する製品・サービスの研究開発や販売を通じた社会課題解決
の3つに大別した。この3つに優劣はないというのがわれわれの立場である。あくまでも手段の違いであり、社会課題の解決に一歩でも近づくのであれば、自社リソースとの兼ね合いで3つの内のどれを選択してもそこに優劣は生じないからだ。本調査が設定した18 の社会課題全てに対する取り組みを集計した結果が図表5である。
結果を見ると、aが少なく、bとcとがほぼ同数である。aは、寄付やボランティアといった、いわゆる伝統的なCSR活動である。資金や人員の拠出であるため、あらゆる企業が取り組み可能であることから、最も多くの企業が選択している可能性もあったが、実際は異なった結果となった。日本企業の本業とCSRとの統合の度合いは、先ほどの重点的に取り組んでいる社会課題の結果と合わせて考えると、想像以上に進んでいるのかもしれない。
6.企業はCSR活動を通じてどのような効果を感じているのか?
CSR 活動を通じて、自社にどのような効果があったと認識しているのかを尋ねた。回答結果は図表6の通りである。
最も効果を感じているのは、bの人材面、すなわち組織面である。本業とCSR を統合していこうとすれば、それは、リーダーシップに加え、企業全体での認識共有などが求められる。企業組織全体にCSR を染み込ませていくと表現すれば良いだろうか。
積極的なCSR 活動がそうした組織面での充実化を後押しする。そして、それがさらなるCSR 活動をリードしていく。こうした好循環が生まれることが、日本企業のCSR全体の底上げにつながる。いわゆるCSRランキングなどで上位にランクインする企業は、順位に若干の変動があると同時に、メンバーとしては固定化の傾向にあるが、こうした企業が好循環企業なのだろう。?
7.自社のCSR活動についての評価は?
最後に、企業は自社のCSR活動についてどのような認識を有しているのかを見てみたい(図表7)。
結果を見ると、経営陣のリーダーシップに対して最も肯定的に捉えている。次に、社会課題解決に向けた取り組みと事業との結びつき、社会課題解決への寄与と続く。一方で、予算・人員の不足感はこれまでと同様に大きい。しかし、経営陣のリーダーシップが本当に発揮されていれば、CSR 活動に資する予算や人員はそれなりに手当されるのではないだろうか。企業市民協議会(CBCC)の調査結果でも、CSR 推進に向けた課題として最もあてはまるとされたのは、「経営層によるリーダーシップ」である※1。
これは推測だが、経営陣はCSR 活動そのものに対して賛意・支持は表明しているものの、社内リソースをCSR 活動そのものに多く振り向けることには消極的なのではないか。CSR担当部署・CSR担当者の「予算や人員がもっとあれば、これもできるのに」という声が聞こえてくるような結果となった。
だが、本調査に回答してくれた中小企業の中には、予算・人員面を含め、自己認識に対する質問項目のほとんどに肯定を示している企業もある。与えられた予算・人員で最大限の効果を発揮することが重要であり、可能な限り社会課題の解決に向けた予算・人員を手当することも重要である。?
8.まとめ
今回の調査の主眼は「CSRの意義の再確認」であった。この背景には、昨今の日本企業のCSR の取り組みに対する厳しい指摘がある。
2018年3月13 日に開催された「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」の第15 回会議では、「コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について(案)」が発表された。そこでは、日本版スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの両コードの持つ意義、役割、効果に対し一定の評価がなされている一方で、いまだ経営層の意識改革には遅れがある点や投資家と企業との対話が形式的なものにとどまっている点などに厳しい意見が示されている。
また、企業に対する信頼にも陰りが見られる。2018 年3月に公表された「第21回生活者の“企業観”に関する調査報告書」※2 によれば、企業の社会的役割や責任などの観点から判断した企業に対する信頼度は、肯定的評価が「信頼できる」の3%と「ある程度信頼できる」の34%であり、合計すると37%であった。これは「信頼できない」の2%と「あまり信頼できない」の15%を合計した17%の2倍近い。2016年度に実施された前回の調査では、肯定的評価(信頼できる、ある程度信頼できる)が43%であり、今回の調査は6ポイントの低下となった。一方で、否定的評価(信頼できない、あまり信頼できない)は前回の調査の9% から8ポイント増加している。全体として、社会の企業に対する懐疑的な見方は増しているようだ。それでは、日本企業は社会に対して無責任なのだろうか。CSR の取り組み状況などを見ると、決してそうではない。
では、日本企業のCSRのある意味良好な実践状況と、企業に対する懐疑的な見方の増加状況という、不思議な不一致は何を意味しているのだろうか。それは、日本のCSRが成熟期に入ったためではないか。というよりも、日本企業のポテンシャルをもってすれば、すでに成熟段階に移行していなければならない。われわれは暗黙的にそう考えている。だからこそ、日本のCSR に対しては導入段階や普及段階とは異なる厳しい見方がなされる。今回の調査では、社会課題解決と事業活動との関係性を中心に設問項目を設定した。それにより、日本企業のCSR の成果や問題点を明らかにし、意義を再確認したいと考えたからだ。
戦略的CSRやCSVの考え方が急速に普及した現在、経営戦略の文脈にCSR を落とし込むことは、学術的にも実務的にも珍しいことではない。逆に、寄付やボランティアといった伝統的な社会貢献を中心としてCSRに取り組んでいる企業の方が少数派であろう。しかしわれわれ東京財団政策研究所は、そうした社会課題解決の手段の変化というCSRの時代的な流れを良し悪しでは捉えていない。本業にCSRを統合していくこと、そして、それにより社会からの多様な要請に応えられる「しなやかな会社」を目指していくことが何より重要だと考えている。当然ながら、しなやかさには手段の多様性も含まれている。CSR は目的ではなく、社会課題解決という人類共通のテーマに対するアプローチなのだ。
※1 公益社団法人企業市民協議会(2017)『「CSR 実態調査」結果』
※2 一般財団法人経済広報センター(2018)『第21回生活者の“企業観”に関する調査報告書』
本稿は、『CSR白書2018―CSRの意義の再確認』第1部企業アンケート分析「CSR成熟期にその本質を問う~「しなやかな会社」を目指して(倉持 一)」より一部抜粋したものです。
原文はこちら
- 書籍販売
アマゾンにて販売『CSR白書2018―CSRの意義の再確認』(外部サイト「Amazon.co.jp」へ)
- PDF版:こちらよりダウンロード
倉持 一(くらもち はじめ)
東北公益文科大学公益学部准教授
立教大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。専門領域は、高い倫理観と透明性を土台とし、社会と企業とに高い付加価値をもたらすビジネスモデルの探求。特に、同ビジネスモデルに効果的な企業と外部組織との協働に必要となる信頼とコミュニケーションに強い関心がある。著書に『中国のCSR(企業の社会的責任)の課題と可能性-善きビジネスの実現に向けて-』など。