長屋 忍
三井住友信託銀行信託開発部長
はじめに
財産を管理する手法の一つに「信託」がある。信託は、財産を他人に“信じて託す”、他人に財産の管理や処分を委ねる制度である。その他人は、託された目的に従って、自らの名義で財産の管理や処分を行う。信託が、昨今の土地をめぐる問題を解決する一助とならないだろうか。
信託とは
信託とは、委託者が、信託行為(信託契約)によって、その信頼できる者(受託者)に財産を移転し、受託者は、委託者が信託行為に定めた信託目的に従って、受益者のためにその財産(信託財産)の管理や処分などをする制度で、信託法により規律されている。
信託制度においては、所有権そのものが受託者に移転する。不動産など登記・登録ができる財産については、所有者名義も受託者に変更される(あわせて、信託登記も行われる)。受託者は所有権に基づいて(名義によって)、財産の管理・処分を行うことができる(図1)。
図1 信託スキーム
なお、信託制度は、法的には委託者、受託者、受益者の三者による関係で構築されているが、実務的には、所有する財産を信託した委託者本人が受益者となるケースが多くみられる。
委託者から受託者へ所有権を移転させるにあたって、受託者から対価の支払は行われないが、受益者は、信託財産の給付を受ける権利(受益権)を取得する。すなわち所有権が受益権に変換されることで、その経済的価値は保証される。当然ながら、受益者は、受益権を売却して換金することもできるし、死亡した場合には受益権が相続財産となり、実質的に信託財産を承継することができる。なお、受益権の譲渡や相続があったとしても、信託財産の所有者は受託者のままであり、土地などの登記の名義を変更する必要はない。
所有権そのものが移転することで、受託者はその財産について排他的な管理・処分権を有することになる。このため、信託法は、受託者に対して厳しい義務を課している。具体的には、善管注意義務はもちろんのこと、信託目的に従って、もっぱら受益者のために信託財産の管理や処分を行うこと(忠実義務)、信託財産と自分の財産とを区別して取り扱わなければならないこと(分別管理義務)などである。
信託を使った土地の管理
相続したものの、遠隔地に所在していて、もはや自ら利用することはなく、また管理や売却するのも困難といった土地が増えている。近隣にその土地を利用したいと考える人がいても、所有者が遠隔地にいて、しかもその土地が複数の相続人による共有になっていたりすると、スムーズな交渉が難しいと考え、敬遠されがちである。結局、その土地は誰にも利用されず、管理もされずに放置されてしまう。
こうした土地が信託されていたらどうだろう。受託者は、信託目的に従って、その土地を管理し、利用したい人に貸し付けたり、売却したりして、その賃料や売却代金を受益者に交付する。利用したいと考える人は受託者と交渉すればよい。受託者が誰かは登記簿で所有者を調べればすぐにわかるし、受託者は信託目的に沿った話であれば、交渉に応じるだろう。
信託をどのように活用するか
土地の信託の受託は、土地の購入や収用と違って対価の支払が発生しないので、受託者は、経済的負担(財政負担)なく、その土地の管理・処分権を取得することができる。
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、土地所有者が土地を信託銀行に信託し、信託銀行は受託者として資金を借り入れてビルを建設、それを賃貸して収益を得る「土地信託」が隆盛を見せた。土地の売買による地価の高騰を招くことなく土地開発を実施する手法として有効であったためである。土地信託では、信託銀行は、事業計画を立案し、資金調達や建設業者等の選定・発注、テナント付けなどの物件管理等を担い、その事業収益(賃貸収益)を受益者へ配当するところで信託報酬を収受する。
こうした土地開発による収益獲得を目的としなくとも、信託の活用余地はある。たとえば、受託者として、隣地と調整して道路付け(接道条件)や地形を整えたうえで、売却・賃貸するといったコーディネート機能を果たすことが期待できる(この売却や賃貸で得た収入は受益者に配当することになる)。また、都市計画に適う開発を促すような形で売却・賃貸する、あるいは、すぐに利用が見込めなくとも、公共事業等で将来利用を見込んでいる土地や災害発生時の利用が見込まれる土地などを確保しておくといったことが可能となるだろう。こうした信託は、公益法人やNPOなど公的性格を有する法人や国・地方公共団体が担うのが適当ではないだろうか。
また、個人が信託の受託者になることも考えられる。しかし、赤の他人に委ねるというのは、よほどの信頼関係がなければ難しいだろうし、個人が受託者の場合は、その受託者が死亡した場合のことも考えなければならない。ただ、家族間で、たとえば、親が委託者となって、地元に残る長男を受託者、長男を含む家族を受益者として信託を設定し、その土地の利用は長男に任せるといったことは考えられる。これにより、土地の利用にあたって必要な手続きは受託者である長男が単独で行うことができる(何らかの利益が出れば、受益者である各家族に配分する)。この受託者の地位を代々の長男が承継していくことで、土地の管理・処分権という観点で家督相続的な承継が実現する。なお、承継される際の土地の登記は、相続ではなく受託者の変更としてなされることになる。
所有者不明土地と信託
このように土地について信託が設定されていれば、後に相続が発生し、多数の相続人が現れたり、その所在が不明であったりしても、その土地の利用に当たって、相続人の探索・交渉が必要になるといった事態は生じない。土地の登記名義人であり、管理・処分権を有するのは受託者だからである。受託者さえしっかりしていれば(適切に登記を行い、管理・処分権を行使すれば)、所有者不明土地が発生することもなく、その土地の利用に支障が出ることがなくなる。
また、すでに所有者不明となっている土地についても、信託が応用できるのではないか。信託を設定するにあたっては、委託者(土地の所有者)が受託者に所有権を移転させる必要があるところ、所有者不明土地については、この委託者が見つからないという事態であるから、現行の信託法に基づいて信託を設定することはできない。しかしながら、立法措置により、用途や目的が一定の要件を満たしていれば、委託者が存在しなくとも、信託を成立させ、(不明の)所有者に受益権を取得させるような制度を創設することは考え得る。このような「法律によって成立せしめられる信託」は法定信託と言われ、日本においても過去に存在した実績[1]がある。こうした制度を準備しておけば、あらかじめ信託を設定しておく必要はなく、その土地を利用する段階で、信託を成立させればよい。また、所有者が判明した場合には、その所有者は受益権を取得しているので、土地にかかる経済的利益は確保されている。
ただし、信託を成立させるにあたって、(所在不明ではあるものの)所有者の同意なく所有権を受託者に移転させることとなるため、このような信託は、公共の利益に適う場合など一定の場合にのみ認められるべきであり、その受託者は、公的機関が担うことが望ましいのではないか。
おわりに
信託協会によると、信託銀行等の信託財産残高は、2018年3月末現在で1,000兆円を超えている。しかしながら、信託は、当事者が三人(委託者・受益者・受託者)存在するなど、いわゆる契約とは異なる特徴を有していることもあって、必ずしも、一般に馴染みの深い制度とは言い難い状況ではある。ただ、ここまで述べてきたように、実質的な経済的価値は手元に(受益者に)残しながら、排他的な管理・処分権を他人に委ねるという信託の制度が、自ら管理・処分することが困難な土地の利活用に役立つ局面はありそうである。信託を活用することで、日本の土地をめぐる問題のすべてが解決するわけではないが、その一助になりうる制度といえるであろう。
故・四宮和夫法学博士は著書[2]で「信託は、その目的が不法や不能でない限り、どのような目的のためにも設定されることが可能である。したがって、信託の事例は無数にありうるわけで、それを制限するものがあるとすれば、それは、法律家や実務家の想像力の欠如にほかならない」と述べられている。信託に携わる者として、肝に銘じて、この土地の問題の解決に今後も知恵を絞ってまいりたい。
[1] 旧担保附社債信託法94条2項、横浜正金銀行の旧勘定の資産及び負債の整理の特例等に関する政令(昭和22年政令115号)2条1項
[2] 四宮和夫『信託法〔新版〕』(有斐閣、1989年)15頁。
長屋 忍(ながや しのぶ)
三井住友信託銀行信託開発部長。北海道大学法学部卒業。1989年4月中央信託銀行(現三井住友信託銀行)入社、2017年4月から現職。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)、不動産鑑定士。 ※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織の見解を代表するものではない。
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