株式会社オルタナ代表取締役・「オルタナ」編集長、武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授
1.CSRの構造と領域はいまだに曖昧な点も
CSR(企業の社会的責任)の定義については、2010年に発行されたISO26000で明確になされた。すなわち、
組織の決定及び活動が社会及び環境に及ぼす影響に対して、次のような透明かつ倫理的な行動を通じて組織が担う責任
・健康及び社会の繁栄を含む持続可能な発展への貢献
・ステークホルダーの期待への配慮
・関連法令の遵守及び国際行動規範の尊重
・組織全体に統合され、組織の関係の中で実践される行動
――である。
だが、いまなおCSRと社会貢献領域(寄付やボランティアなど)を同一視したり、単なるコストセンターと考えたりする経営者は、少なくない。この数年のサステナブル投資の流れの中で、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)を重要視したり、SDGs(持続可能な開発目標)をサステナビリティ報告書に取り入れたりする動きはあるものの、本格的なCSRの社内浸透や社員の意識改革にまで踏み込めている企業はまだ少ない。
一方、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)によるPRI(責任投資原則)の署名(2015年)をきっかけにESG投資が日本でも急速に拡大している。短期的成果や財務パフォーマンスだけでなく、中長期視点やESGなどの非財務情報の重要性が高まる中、いま一度、CSRの定義と機能、領域を改めて明確にすることが重要になってきた。
本稿では、これまで曖昧だった面がある「CSRの構造と領域」を改めて明らかにするとともに、ESG時代・SDGs時代にふさわしいCSRの取り組みとは何かを探っていきたい。
2.ネスレや積水化学工業は独自のCSRピラミッド
Corporate Social Responsibility という言葉を世界で初めて論文で使ったのは、イギリスの経営学の泰斗、オリバー・シェルドン(1894~1951)である。1924年に執筆した論文『経営の哲学』で「社会への奉仕は産業の主たる動機であり、基礎である」と説いた。
経営学者のピーター・ドラッカーも最も有名な著書『マネジメント』(1973年)で、第4章をまるまる「企業の社会的責任」に充てた上、企業の社会的責任について「第一に、自らの活動が社会に対して与えるインパクトから生ずる。第二に、自らの活動とは関わりなく社会自体の問題として生ずる」と論じた。
このうち前者については、廃棄物や騒音、公害などネガティブなインパクトについては企業や組織に積極的に解決を促したが、後者のように、人権や貧富格差など社会全体が抱える課題については、むしろ消極的な姿勢であったとされる。
アメリカでのCSR研究の第一人者とされたのは、ジョージア大学経営大学院のアーチー・B・キャロル教授で、90年代に「フィランソロピー」(慈善)をCSRに統合した概念図を発表した。(図1参照)
キャロルは、四層のピラミッド図を使い、最もベーシックな領域として「経済的責務」(雇用や納税などの経済的責任)、その上に「法的責務」(いわゆる法令遵守)を置いた。さらに、倫理的責務(法的水準を超える領域)を位置付け、その上に、「個々の企業の裁量に委ねられ、参画しなくとも非倫理的とならない領域」として「裁量的責務」を掲げた。
CSRの概念を三角形で表す手法は、その後、多くのグローバル企業も取り上げ、独自のピラミッド図が数多く生まれた。ここではネスレと積水化学工業を紹介する。
ネスレのピーター・ブラベックCEO(当時)は2007年ごろ、CSV(共通価値の創造)を社内で提唱し、それを2011年にマイケル・ポーター・ハーバード大学ビジネススクール教授が論文化したことで知られる。このCSVの発想は、今なお世界の経営者に少なからず影響を与え続けている。
ネスレの社会ピラミッド(図2)は、一番下の第1層に「コンプライアンスと人権」を置き、第2層に「環境の持続可能性」を、そして最上位の第3層に「CSV」を置いた。
図2 ネスレの社会ピラミッド
出所:Nestle「Creating Shared Value and meeting our commitments 2012」を基に下田屋毅氏作成
このピラミッド図の主意は、CSVを実現するためには、コンプライアンスと環境への配慮が欠かせないというものだ。同社の製品の多くは、コーヒー豆やカカオなど熱帯地域の第一次産品に依存しており、そのサプライチェーンにおいて人権問題や、気候変動への対応は同社の将来の成長に大きな影響を与える要因であることを、この図は物語っている。
積水化学工業は2017年に新たなCSR概念図を策定した。同社のピラミッド(図3)は、「理念体系」(図の左側)と「CSR概念」(図の右側)を統合した形だ。ベースとなる経営戦略の中には「事業プロセスにおける社会への責任」と「事業を通じた社会課題解決」が含まれている。2017年には統合思考のための組織変革を行い、経営戦略部にCSR経営と環境経営を取り込んだ。
図3 積水化学工業のCSR概念図
出所:積水化学工業
3.CSRの構造と領域を4つの象限で表現
このように、各社のピラミッド構造は少しずつ異なっている。業種や事業領域、社会的背景などが異なるからであり、それは当然のことだが、こうした「百花繚乱」の状況がCSRの全体像を俯瞰する上で妨げになっていた面は否めない。
そこで、弊社オルタナ総研の川村雅彦所長・首席研究員と筆者が共同で作成した「CSRの構造と領域図」(図4)を紹介し、批判を仰ぎたい。この図はピラミッド型(三角形)ではなく、4つの象限からなる四角形だ。
図4 CSRの構造と領域図
出所:[新]CSR検定2級テキスト(2017改訂版)
まず、第3象限(左下)は「狭義のコンプライアンス」。日本ではコンプライアンスを「法令遵守」と訳すことが多いが、専門家の間では「それは一部に過ぎない」との見解が主流だ。
コンプライアンスとは「法令遵守」のほか、社内規範やマニュアルの遵守と、社会の常識・良識などの「社会規範の遵守」に配慮し、ステークホルダーや社会からの要請に対応することまでを指す(『[新]CSR検定3級公式テキスト』第1章5項「コンプライアンスの本質」=田中宏司著)ことが常識になっている。
こうした企業の社会対応力、すなわちソフト・ロー対応(法令以外の規範や要請に対応すること。ISO26000やSDGsなどを含む)やサプライチェーンの人権問題などCSR調達としての対応を、「広義のコンプライアンス」として第2象限(左上)に位置付けた。
この領域は、ドラッカーが定義した「企業の社会的責任」の2つ目の項目に当たると言ってよい。当時、ドラッカーはこの部分の対応について積極的ではなかったが、いまやISO26000やSDGsなど社会からの要請が1980年代とは比べ物にならないほど大きいため、企業は対応しなければ自らが存続できない状況に変わった。このような変化は、社会の状況が企業や組織のCSRの領域を大きく変える典型的な事例であろう。
第4象限(右下)は「社会貢献/フィランソロピー」だ。伝統的な寄付行為、 NGO/NPOへの助成、ボランティア、清掃活動、植林活動などを指す。近年では税務やウェブ制作技術など、個人の資格や技術を使ってNGO/NPOに貢献する「プロボノ」などの形態も日本で広がってきた。
4.「アウトサイド・イン」の重要性高まる
第1象限(右上)には「価値創造型CSR」の領域を設定した。「価値創造型CSR」は「CSV」とほぼ同義だ。このうち「アウトサイド・イン」は最も重要な概念で、SDGsのビジネス指南書的な存在である「SDGsコンパス」も言及している。
「アウトサイド・イン」とは社会を「アウト」、企業・組織を「イン」と見立てて、これまでの「プロダクト・アウト」「マーケット・イン」を補完する存在として、社会課題の解決を起点にした新たなマーケットの創出を意味する。
「アウトサイド・イン」の最大事例はトヨタ自動車によるハイブリッド車「プリウス」の開発と市場投入であろう。1997年の気候変動枠組条約締約国会議(COP3、京都会議)に合わせて発売し、その後、日本や世界で年間で最も売れた乗用車になった。
この「CSRの構造と領域図」を縦軸に沿って半分に切ると、右半分(第1象限と第4象限)は、企業や組織にとって社会からのレピュテーションの向上など「ポジティブ・インパクト」の拡大が期待できる領域だ。そして、左半分(第2象限と第3象限)は、ドラッカーが指摘したようなネガティブ・インパクトの低減を図るエリアだ。企業や組織にとっては、ネガティブ・インパクトの縮小に向けた努力が、自組織のリスクを低減する作業にほかならないのは言うまでもない。
この図を横軸に沿って上下に分けると、上半分(第1象限と第2象限)は企業にとって価値創造を期待できる領域になり、下半分(第3象限と第4象限)は価値創造があまり期待できない部分と言える。
ここで議論になるのが、「社会貢献/フィランソロピー」の位置付けだ。価値創造型CSRやCSVに重きを置く経営者や投資家の中には「社会貢献は企業に価値を生まないので無用だ」と主張する人もいる。
ある企業のCSR担当者は、ESG投資を担当するアナリストからヒアリングを受け、「貴社の社会貢献活動が価値創造を生まないのであれば、それはコストと見なします」と言い放たれたという。
筆者は、「社会貢献/フィランソロピー」の領域をコストとしか見ない考え方には抵抗がある。日本では多くのNGO/NPOが企業からの寄付や助成に頼っている現実があり、寄付が大きく減らされた場合に、その活動が行き詰まることは明白だからだ。
もちろん、日本のNGO/NPOもアメリカやヨーロッパのように、個人からの寄付を増やす努力をすべきだが、状況は早急には変わらない。NGO/NPOは、企業の委託を受け、社会的課題の解決に努力している面もある。
「CSRの構造と領域図」のもう一つの特徴は、第4象限から第1象限に、第3象限から第2象限に伸びる「矢印」だ。これは「社会貢献も大事だが、今後は価値創造型CSRも目指すべき。法令遵守も大事だが、今後は社会対応も強化すべき」というメッセージを込めている。
「アウトサイド・イン」でもう一つ興味深い事例はオムロンである。同社の立石一真創業者は1959年、「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という「社憲」を定めるとともに、顧客ニーズから一歩踏み込んだ「社会ニーズ」への対応を社員に呼び掛けた。
その精神によって、交通信号制御システム、駅の自動改札機、金融機関のオンラインATM(現金自動預払機)、高速道路交通管制システム、電子体温計など、さまざまな社会的課題を解決するようなサービスが生まれた。同社は今、第三者機関による「サステナビリティ評価」を業績評価に盛り込み、取締役・役員の中長期業績連動報酬に反映させている。
経営陣がサステナビリティ(非財務指標)と財務指標の両立を明確に掲げることで、社員一人ひとりも単に売上高や利益を追うのではなく、社会との共生を見据えた行動規範が浸透しているという。
CSRやアウトサイド・インの取り組みは、なにも大企業によるものだけではない。弊誌『オルタナ』が2018年3月に開催した「第2回グリーン・オーシャン大賞」(社会的課題の解決を起点にしたビジネスモデル表彰)では、萱葺屋根の技術を保存したり、地域と萱の生産で協働する「山城萱葺」(京都府城陽市)に環境大臣賞が授与されたほか、買い物難民問題の解決のために移動スーパーを展開する「とくし丸」(徳島市)など、数多くの中小企業の事例が発表された。
5.SDGsの取り組みは「参照」から「変革」へ
いまやSDGsは、アウトサイド・インだけでなく、企業のCSRの取り組みにおいて、大きな影響力を発揮し始めたと言ってよい。政府がSDGs推進本部を立ち上げたほか、日本経団連が企業行動憲章の改訂(2017年11月)においてSDGsを大きく取り込んだことも影響した。SDGsが国連で採択されたのは2015年9月だった。 2018年の秋でそれから3年が経つ。当初の3年は、SDGsの17ゴールのうち自社事業に関係がありそうなものを選び、サステナビリティ報告書やCSRレポートに、そのピクトグラム(絵文字)を貼りつけていれば評価された面がある。
だが、今後は、特にグローバル企業にとっては、こうしたレファレンス(参照)の作業だけでは、社会や投資家から評価されるのは難しい。自社事業に社会的課題解決の視点を組み込み、事業や組織を「変革」していくことが必要だ。
その意味で、社会課題の解決を起点に置いた「アウトサイド・イン」ビジネスの掘り起こしが急務だ。それも旧来のビジネスの延長線上にある「リノベーション」ではなく、旧来ビジネスとは領域も手法も違う「イノベーション」をどう起こすかが問われている。さらに企業は今、社会からも投資家からも、長期目標の設定と、それに向けたロードマップづくりが求められている。
日本企業で最も有名なのはトヨタ自動車の「環境チャレンジ2050」だろう。1) 2050年に新車のCO2を2010年比で90%削減する、2)クルマの素材製造から部品・車両製造、走行、廃車までの全ての工程を含むライフサイクルの全体で、CO2ゼロに近づけるを目指す――など6つの目標を掲げた。
これは、トヨタ自動車が2050年に向けて、従来型のガソリン・ディーゼル車やハイブリッド車から、EV(電気自動車)やFCV(燃料電池自動車)などに事業領域を大きくシフトすることを意味する。
これはトヨタ自動車だけでなく、全世界的な潮流であり、自動車の部品メーカーにとっては死活問題だ。トップメーカーの長期目標に合わせて自社の事業を変革し、イノベーションを起こさないと存続できない。SDGsは本来的に、このように企業の存続に関わる大きな社会変革の潮流を示唆しているのである。
6.サステナビリティを掲げるブランドは成長が早い
グローバル企業の間では、このような長期目標を打ち出す事例が相次いでいる。玩具のレゴ社(デンマーク)は、2030年までにレゴブロックの素材にプラスチックを使うのをやめて「持続可能な新素材」に変えると発表した。そのために、今後15年間で10億デンマーク・クローネ(約186億円)を新素材開発のためのプログラムに投資する。
ユニリーバが2010年に発表した「サステナブル・リビング・プラン」は、「売上高を2倍に。環境負荷を2分の1に」する計画だ。2017年時点で、同社の400ブランドのうち、サステナビリティを中核に置く26のブランドは他のブランドに比べて46%早く成長しているという。
アパレルのH&M(スウェーデン)は、2030年には使用原料を「100%サステナブル」な素材とする目標を掲げた。海洋に投棄されたプラスチックのリサイクルを原料とする再生ポリエステル「バイオニック」や、オーガニックシルク、オーガニックリネンなども増やしていく。
いま世界でCSRリスクとして最も問題になっているのは「プラスチックごみ」だろう。ストロー、レジ袋、ペットボトルなどリサイクルされないプラスチックごみによる海洋汚染が各国で問題になり、さらには海を漂っている間に砕けて細かくなった5mm以下の「マイクロプラスチック」を海鳥や魚が食べ、海洋生態系に多大な影響が出ている。
イギリスのマクドナルドは2018年3月、国内の1300店舗でプラスチックのストローの提供を止め、試験的に紙のストローを使用すると発表した。アメリカ・ワシントン州シアトル市は2018年7月から、プラスチック製ストローやフォーク、スプーンの提供を禁止する。レジ袋については小売業に対し、あらゆるプラスチックバッグ(日本でいうビニール袋)の提供を禁止。大型の紙袋についても5セントの課金を求める方針だ。サンフランシスコ市も、世界の大都市としては初めて、ペットボトル飲料水の販売を公用地で禁止する条例を可決した。 日本では今後、どのような動きになるのだろうか。特にプラスチック製造・販売関連の企業にとっては、この流れは本業にとって大きな「逆風」に映るかもしれない。
しかし、企業にとっては、こうした社会的課題を新たな製品やサービスなどビジネスで解決できるチャンスでもある。例えば、ストローの原料を石油由来以外の原料のものや、リサイクル可能なものに変える。ストローを完全回収の上、ペレットに加工してサーマルリサイクル(燃焼)する。あるいは、ストローを使わなくても心地よくドリンクが飲める新たなツールを開発する――などが考えられる。
日本では急激な環境規制を国民は望んでいないと思う意見もある。だが、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで来日した外国人が日本のプラスチック製品やペットボトルを見て、国際的な批判につながる可能性は否定できない。
また、日本企業がグローバル展開をしているのであれば、あるいはその下請け企業であるのであれば、プラスチックをCSRリスクと認識できないことは、海外ビジネスにおいて大きなビジネス上のリスクを抱えることになる。
こうした事態を事前に察知し、早めに対応すれば、自社ビジネスのリスクを低減するとともに、新規事業を開発できるチャンスが生まれる。それこそが、企業がCSRに取り組む最大の意義であろう。
森 摂(もり せつ)
株式会社オルタナ代表取締役・「オルタナ」編集長、武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授
東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て1998年-2001年ロサンゼルス支局長。退社後の2006年9月、株式会社オルタナを設立、現愛に至る。主な著書に『ブランドのDNA』(日経BP社、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年10月)、『未来に選ばれる会社――CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年3月)がある。一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動方位人在外ジャーナリスト協会理事長。