榎並利博
富士通総研経済研究所主席研究員
1.なぜ今、データ整備なのか
世界時価総額ランキングでGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)が上位を独占したことは記憶に新しい。かつてWintelと称されたマイクロソフトとインテルもまだ頑張ってはいるものの、GAFAの勢いには敵わない。一方、平成初期に上位に入っていた多くの日本企業やIBMは現在では見る影もない。情報技術の世界ではメインフレームからIT/ICT(情報通信技術)の時代へと移り、今またAI(人工知能)/IoT(モノのインターネット)の時代へと変化しつつある。その背景には、IoT技術、ビッグデータの処理技術、情報を解析するAI技術、オープンデータという4つの技術革新や潮流がある。
これらの技術も依然として重要だが、GAFAの強みはプラットフォーマーとしての大量データの蓄積とその活用にある。政府のIT戦略もすでにIT普及からデータ活用へと舵を切り、官民データ活用推進基本法が制定され、戦略名称も「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」と「データ活用」が付加された。ここでは「全ての国民がIT・データ利活用の便益を享受するとともに真に豊かさを実感できる社会」を実現すると謳っており、データ利活用の重要性が明確に打ち出された。
AI/IoTの時代においてはデータの重要性がますます大きくなると予想されるが、データが大量にあるだけではデータ本来の力を発揮することはできない。AIとて質の悪いデータで学習すれば間違った回答をするだけであり、いかに正確かつ精緻なデータを整備できるかが鍵となる。特に、個人に関して質の高いデータを整備するならば、個人を確実に特定できるマイナンバーが欠かせない。
わが国における社会課題の解決や政策立案においても、質の高いデータを活用することでデータに基づく現状把握や分析・シミュレーションが可能となる。しかし、戸籍と不動産登記という国家基盤に関わるデータでさえ実は心もとない。これらのデータの現状と整備・活用について考えてみたい。
2.戸籍データ整備の現状
10年ほど前、戸籍上「生存」しているが実際にはすでに死亡している所在不明高齢者の問題が取り上げられた。そのきっかけはミイラ化した高齢者の発見であるが、死亡者の年金を受給し続けるために同居家族が死亡届を出さなかったことによる。法務省の調査では戸籍上「生存」している100歳以上の高齢者が20万人以上にも上り、戸籍と実態のかい離が問題となった。
わが国はすでに高齢化社会となり、高齢者が多数死亡する多死社会へと足を踏み入れている。2017年の死亡者数は年間130万人を超えており(うち75歳以上は100万人超)、2040年まで増え続けると推計されている。このような状況で戸籍データが不正確であれば社会保障制度に歪みをもたらすばかりか、死亡した被相続人の相続権者の調査などにも影響が出てくる。特に近年、土地所有者不明が社会問題となっており、登記簿上の所有者から戸籍を辿って真の所有権者を探す苦労が生じているが、データが不正確であればこのような調査にも支障をきたす。
正確な戸籍データの整備には個人を確実に特定できるマイナンバーの活用が不可欠である。戸籍へのマイナンバー導入については「日本再興戦略改訂2014」で取り上げられ、法務省の「戸籍制度に関する研究会」が動き出した。そして「日本再興戦略改訂2015」では「2019年通常国会を目途に必要な法制上の措置を講ずる」ことが明記され、今国会に戸籍法改正案が提出されている。
戸籍事務は法定受託事務として自治体が行い、戸籍システムは自治体ごとに開発・運用されている。しかし、戸籍は国民の国籍(血縁関係)と相続における身分を証明するための制度であり、業務運用が自治体ごとに異なることもなく、全国1,700以上の自治体がシステムを個別に管理・運用する必要性はない。
戸籍のクラウド化、つまり全国のデータを一元管理してシステムを一つにすれば、国民にとっては相続時に分散した戸籍謄本などを取り寄せる苦労がなくなるだけでなく、自治体にとってもシステム経費の大きな節減になる。
3.戸籍法改正への期待と課題
戸籍へのマイナンバー導入とクラウド化は次のようなメリットをもたらす。
- パスポート申請や児童扶養手当の申請、運転免許証の申請・更新などにおける戸籍謄抄本の添付や自動車売買における戸籍附票の添付などが不要になる。
- 親族の死亡時における相続権の確認において、戸籍謄本が全国どこからでもオンラインで入手できる。また、死亡者も含めすべてマイナンバーが記載されていれば、自動的に相続関係図を作成することもできる。
- 自治体では不動産所有権や親権確認などの業務で本籍地自治体へ問い合わせをしたり、公用で謄本を取り寄せたりしている。戸籍クラウドがあれば口頭による間違いや郵送によるタイムラグが無くなり、事務が効率的かつ正確になる。
- 戸籍クラウドの実現で、各自治体が戸籍システムの保守・運用や更改のコストを負担することが無くなり、コスト負担が大幅に軽減される。
- 戸籍事務は法務局が審査権を持っており、認知症につけ込む「虚偽の養子縁組」を防止するなど判断が難しい案件は法務局が担当するという役割分担が可能となる。
しかし、研究会の結論として戸籍のクラウド化はせず、各自治体が管理している戸籍システムをネットワーク化することになった。一元化ができない最大の理由は文字である。一元化すると氏名に使用している字形を変更しなければならず、些細な部分にこだわりを持つ国民の不満を招いてトラブルになることへの懸念が背景にある。
法案では「戸籍の記載の正確性を担保するための措置」が盛り込まれ、調査権の明確化や訂正手続きの見直しによって、正確なデータの整備に資する内容となったことは前進である。また、戸籍証明書の広域交付や戸籍謄本の添付省略は国民の利便性を向上し、戸籍事務内の情報利用は自治体事務の効率化にもつながる。
しかし、個人単位の戸籍関係情報の連携ではマイナンバーが特定されていないと相互の関係性がわからない。つまり、亡くなった被相続人の相続権を持つ親族を探す場合に自動的に辿れず、相続関係図の自動作成ができないという課題がある。
4.土地所有者不明問題と不動産登記データ
土地所有者不明は大きな社会問題であるが、筆者はその大きな原因である相続未登記を防ぐため、正確な不動産登記データの整備という観点から研究を行い、次のような提言を行った。
- 台帳の正確な記録を確保するために、権利者に不動産登記簿への所有者登録(マイナンバーも登録)を義務付ける。また、住基ネット(または戸籍クラウド)からの死亡者通知と所有者のマイナンバーが一致した場合は、権利者に相続登記を促す。
- 不動産登記法に登記官の「責務」や「正確な記録」という条文を追加し、登記官に実質的な審査権限を付与して登記内容と現状との一致を図り、登記簿に実質的な公信力を付与する。
- 相続未登記については登記官によって相続権者を特定(遺言調査も含む)し、まず職権による共同登記(所有者のマイナンバーも登録)を行う。そして相続権者に対して一定期限内に登記の整理を要請し、登記内容の変更(権利者の絞り込み)を促す。
- 不動産登記簿に登録されたマイナンバーを活用して逐次住基ネットとチェックし、権利者の基本4情報を最新状態に保つ。
この問題はマスコミでも大きく取り上げられ、ようやく2017年10月に法務省主催の「登記制度・土地所有権の在り方等に関する研究会」が発足し、所有権や不動産登記法など踏み込んだ議論が始まった。データの正確性を担保するための不動産登記の申請義務化、登記手続きの簡略化、不動産登記情報の更新、土地所有権の放棄などが議論され、所有者不明問題を予防すると同時に、所有者不明土地を利用する仕組みについても検討された。
「中間とりまとめ」では不動産登記と戸籍の間に「ID等による情報連携」という記載が見られ、マイナンバー活用によるデータの正確性担保という方向性がうかがえる。すでに変則型登記の解消については2019年の通常国会に法案が提出され、2020年には民事基本法制の見直し、土地基本法等の見直し、登記簿と戸籍等を連携するための制度整備が計画されている。
課題としては、登記申請義務の徹底や氏名変更等の手続きなどの議論が従来の紙ベースで行われており、マイナンバーや住基ネットなどの仕組みがよく理解されていない懸念がある。デジタル時代であることを前提に、効率的な方法で不動産登記情報を正確かつ精緻なものに整備していくことが必要である。
5.不動産登記における地図データの問題
土地については不動産登記のみならず、付随する地図データも重要である。昨今、未曽有の大雨が各地に多大な被害をもたらしたが、土地の復旧には現地復元性のある地図が欠かせない。これが登記所に備え付けられている(不動産登記法の)法14条地図と言われるもので、地籍調査などで作成される。
ただし、地籍調査の進捗率は都市部(人口集中地区)に限ると25%と思わしくない。地籍調査が完了していない地域では暫定的に公図という古い図面が備え付けられているが、精度が悪くおおよその区画がわかる程度である。境界が公図と異なっていると土地の取引にも支障をきたし、早急に法14条地図データの整備が求められる。
しかし、地籍調査を担当する自治体は人的・財政的な困難を抱え、都市部の進捗率の伸びはこの3年でたった1%と事態は好転しそうもない。その一方、表題登記や土地分筆登記などの登記事件数は年間100万件以上にも上り、法務局に提出しないものも含め土地家屋調査士では広大な土地の境界確定測量のデータを持っている。
民間が作成・保有している測量図も一定の精度が確保されていれば利用可能であり、これらの地積測量図等のデータを世界測地系の座標で一元的に管理すれば、相互の整合性を確保しながらジグソーパズルのように貼り付けて法14条地図を作成することができる。土地の異動が頻繁な場所から地図が整備され、効率的な地図作成が可能となるだろう。
国土交通省では、「地籍整備プラットフォーム・オープンデータサイト」の構築を計画しており、地籍調査で整備した官民境界データ等を登録・公開すると同時に、地籍調査以外の測量成果や民間が作成した地積測量図等の測量成果を登録・公開するという。このように民間の成果を活用した取り組みにより、法14条地図データが整備されることを期待したい。
なお、地図データと物理的な空間を繋ぐものが基準点である。この基準点は国や自治体が管理しているが、自治体では人的・財政的な面で管理が困難な状況になっている。基準点の消失・傾き・ずれが生じており、日本測地系と世界測地系の座標の混在も見られる。基準点についても官民による共同管理体制をつくり、正確な管理を行っていくべきである。
6.理想的な国民と国土のデータ整備に向けて
戸籍と不動産登記について見てきたが、国民と国土という国家の基盤となるデータでさえ、その正確性に関しては非常に危うい。データが正確に管理されていれば、水源地買収問題などにおいてもその実態がすぐに把握できたであろう。これがデータを活かすということである。今後国家基盤に関わる問題が浮上した場合、データを活用して現状の把握・分析を行い、対策のシミュレーションができるよう、データ整備を推進することが喫緊の課題だ。
正確なデータとはその内容が正しいだけでなく、すぐに活用できるよう標準化され、統一的なIDで管理されている必要がある。しかしわが国の場合、文字のデータについても不安を抱えている。文字コードは経済産業省のJIS、総務省の住基統一文字、法務省の戸籍統一文字・登記統一文字とバラバラのままである。そしてコード化できない文字も多く、戸籍では改製不適合戸籍として紙で管理されている。
データ活用の期待が大きい医療分野を見ても同様である。NDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)、KDB(国保データベース)、DPC (診断群分類包括評価)データベースという悉皆性の高いデータベースがあるものの、加入保険・個人情報・病院などが変更になると情報が引き継げないなどの問題を抱えている。
ここで一度データを活用するという観点から、戸籍・不動産登記のデータ整備についても抜本的に考え直してみたらどうだろうか。例えば、戸籍については本籍地や筆頭者の概念および外字を廃止し、マイナンバーを活用して家族の身分関係のみをデータベースで管理するクラウドを構築する。韓国ではすでにそのような制度へと変更しており、我が国で実行できない理由はない。このような仕組みが構築できれば、被相続人の相続権者を一覧表で出力することが可能となり、スムーズな相続手続きに寄与するだろう。
また、不動産登記については前述した方策のほか、住基ネット・戸籍クラウドとマイナンバーで相互連携した仕組みでデータの正確性を保ち、行政機関相互のデータ連携についても推進していく(図を参照)。さらに、自動運転や自動飛行などで精緻な地図データが求められる時代を見据え、民間と行政の共同で地図データや基準点の整備・管理を行う体制づくりをしていったらどうだろうか。
図 戸籍と不動産登記のデータ整備と行政機関相互の連携
榎並利博(えなみ としひろ)
1981年東京大学卒業、富士通株式会社入社。1996年株式会社富士通総研へ出向し、電子政府・電子自治体および地域活性化・地域情報化の研究に従事。この間、新潟大学・中央大学・法政大学の非常勤講師、早稲田大学公共政策研究所客員研究員、社会情報大学院大学教授を兼務。『医療とマイナンバー』(共著)、『実践!企業のためのマイナンバー取扱実務』、『共通番号(国民ID)のすべて』、『地域イノベーション成功の本質』、『自治体のIT革命』など、電子政府・電子自治体・地域活性化関連の著書多数。
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