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「本命」バイデンの憂鬱な今後
2019年5月18日、フィラデルフィアで演説するバイデン氏 (写真提供 GettyImages)

「本命」バイデンの憂鬱な今後

May 24, 2019

上智大学総合グローバル学部教授
前嶋和弘

2020年の大統領選挙の民主党指名候補争いに向けて、候補者はほぼ出そろった感がある。その数は20人を超え、近年では例がない多数となっている。中でも、4月末の出馬表明以後、各種世論調査ではトップを走る、ジョー・バイデンに対する期待は高い。

気さくなバイデンなら「トランプにとられた白人ブルーカラーを奪い返すことができる」という見方がある。何といってもオバマ政権の副大統領であったことが大きく、バイデン氏の向こう側には、リベラル派にまだ絶大な人気があるオバマ氏の幻影が見え隠れする。

バイデン氏が出馬直後1日で集めた献金はオルーク氏の610万ドル、サンダース氏の590万ドルを超える630万ドルとなり、献金の過去の記録を塗り替えた。世論調査は「現在の支持」、献金は「今後への期待」とみると、民主党の予備選段階は今後もバイデンを中心に動いていくようにみえる。早くも「本命」という声すら出ている。

ただ、バイデンの今後はかなり不透明だ。

過去の例でいえばやや語弊があるかもしれないが、敗退する可能性が既視感のようにみえている。

1.長すぎる華麗な経歴

そもそも、近年の大統領選挙を見ると、2016年選挙のジェブ・ブッシュ(共和党)、2008年のミット・ロムニー(共和党)、ヒラリー・クリントン(民主党)、2004年のハワード・ディーン(民主党)らのように、予備選開始の10カ月から半年前の「影の予備選」段階における世論調査の「フロントランナー」がそのまま勝利することは少ない。

それはなぜか。いくつか理由があるが、何といっても他の候補者からの集中砲火を一身に集める傾向があるためだ。今回の場合も6月末の討論会では、20人を超えるライバルたちのターゲットとなるのがバイデンであろう。

バイデンの政治経歴は長く華麗だ。バイデンは憲法上に規定された上院議員の有資格年齢である30歳を1カ月上回った最年少で1973年に議員に就任した(規定が厳密に適用されていなかった時代もあったため、年齢としては史上「6番目」の若さ。当選した1972年の段階では、29歳だった)。

それから46年。上院議員としては当選連続7回で在籍36年。司法委員長や外交委員長も歴任した。副大統領としては8年。副大統領退任後も様々な発言が注目されてきた。

ただ、長いだけ、たたけば埃は出る。

バイデンの放言癖は「気さくさ」を示すが、かつてなら許されたような様々なセクハラ発言や行為に対して、出馬表明前からすでに激しい批判が起こっている。76歳という高年齢に「Me too」の時代の基準を理解させるのはなかなか難しい。1991年のトマス判事の任命承認公聴会で、セクハラ問題を摘発したアニタ・ヒルに辛辣な言葉を続けたことも蒸し返されている。各種のセクハラの映像を集めた偽物のバイデン氏の選挙サイト「Biden for President[1]が公式の選挙サイトよりも人気を集めている。

80年代から90年代にかけてはアフリカ系に対して厳しすぎるとみえる薬物犯罪摘発のための法整備を行ったことも「アフリカ系に厳しい」という見方につながっている。88年大統領選挙予備選に出馬した際に発覚した学生時代の剽窃問題も、バイデンの人格を語る中で、「昔からそういう人」と、再び俎上にあがるだろう。

外交委員長や副大統領の経験から外交政策に詳しいはずだが、それもリスクはある。もし民主党の指名を獲得しても本選挙でのトランプ大統領との討論では「自分が就任してから、徹底的に強く対応してきた中国の台頭を許し、北朝鮮に約束を守らせなかった張本人」とののしられるのは必至だ。

2.「予備選報道の方程式」

さらに、今後の予備選報道もバイデンにとっては逆風となる可能性がある。

それには、ハーバード大のトマス・パターソン教授が長年指摘する、アメリカのメディアの「予備選報道の方程式」が関係する。

選挙におけるメディアの「競馬予想」にはパターンがある。予備選は「どの候補が勝つか」という「競馬予想(ホースレース)」の観点からメディアは選挙を伝えることが非常に多い。分かりやすく伝えるため、「競馬予想」には「本命」や「負け馬」が不可欠である。予備選、党員集会が始まる「影の予備選」の段階で、メディアは過去の経歴や知名度、資金力から予想し、「本命」を決める(筆者は競馬には疎いが「オッズ」そのものだ)。

大統領選挙の予備選段階で最も初めに開かれるアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選が「本命」に対する試練であり、もし、「本命」が両州で勝利した場合、「やはり大本命」という賞賛を受ける。もし、うまく勝利できない場合、大統領としての能力にメディアは疑問を投げかける。

過去の民主党の予備選段階に例を取れば、2004年の場合、前述のように影の予備選の「本命」はディーンであった。メディアは「本命」の候補に対して、徹底的に過去の経歴などを詮索する。2004年の選挙の場合でも「本命」のディーンに非常に厳しい報道が集中した。バーモントという小さな州の知事としての経歴だけで、ディーンには国政の経験はなく、政治的にあまりにもリベラルだったため、「選挙には勝てない」「大統領の器ではないかもしれない」という指摘が続いた。

一方、「本命」以外の候補がメディアの予想よりも「健闘」すると、「本命」の「対抗馬」として、また、「本命」や「対抗馬」と十分に戦うことができる隠れた穴馬「ダークホース」として、大々的に並列される。2004年選挙でアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選で勝利したジョン・ケリーは、外交を含む国政の経験が豊かであったため、一気にメディアの報道が好意的になった。こうしてケリーは輝かしい「対抗馬」に躍り出た。また、同じく両州で健闘したジョン・エドワーズは若々しく、南部での人気の高いことから、メディアは突然、「ダークホース」として注目した。実際にはエドワーズが各予備選挙で獲得した代議員数は非常に少ないのに、2月中には圧倒的な数のメディアが「民主党の指名候補争いは、ケリーとエドワーズの2人のマッチレース」と断言した。一方、両州で敗れたディーンに対しては、「本命」から「負け馬」というレッテルになり、ディーンに関する報道の絶対量も極端に減っていった。

2008年の予備選では、アメリカの新聞、テレビいずれも明らかに「対抗馬」であったオバマにやさしく、「本命」のクリントンに厳しかった。「本命」であったクリントンが予想にはずれて苦戦すると、メディアは一気にたたいた。また、一方で商業主義の立場から選挙戦を面白くさせたいからか、「フロントランナー」に対抗するオバマを応援することとなった。しかも、オバマが目新しい「ダークホース」であったため、全面的に応援に近い報道となった。特に2008年3月初めまでのアメリカのメディアは、やや直截的な言葉を使えば「クリントンをやっつければやっつけるほどうれしそうな状況」であったといっても過言ではなかった。

2016年の予備選では、「本命」のクリントンが逃げ切ったが、「対抗」(あるいは「穴馬」)のバーニー・サンダースが健闘した。メディアが「ヒラリーの弱点」を何度も報じたのも記憶に新しい。サンダースの扱いも次第に大きくなっていった(ただ、同年の場合、もちろん、それ以上の「穴馬」だった共和党のドナルド・トランプが報道や世論の関心を圧倒的に奪い去った)。

このように、報道そのものが、読者や視聴者に分かりやすい「競馬予想」になっており、特に党の指名候補争いの段階では、政策についての報道は極端に少ない。その分、「競馬予想」は人格攻撃となり、経歴が長い分、バイデンは不利ではある。

3.バイデンが勝ち抜くシナリオ

それではバイデンが勝ち抜くシナリオは何だろう。

そもそも、バイデンが注目されているのは、それだけ民主党が人材不足であるということも大きい。バイデンは各種世論調査で全体の40ポイント程度の支持を集めており、ほとんどの世論調査で2位となるサンダースを20ポイントほど離している。10ポイントを超える候補者は多くない。エリザベス・ウォーレン、カマラ・ハリス、当初は期待を集めたピート・ブーティジャッジあたりまでが5ポイントから10ポイント。ベト・オルーク、コーリー・ブッカーらは5ポイント前後の支持しかない。

様々な候補もいるが、颯爽と誰かが浮上する「モメンタム」がなければ、左派が目立つ立候補者の中では中道であるバイデンがすり抜ける可能性も十分ある。

特に、民主党の予備選段階の最大の目玉となる3月のスーパーチューズデーでは、前回の論考でカリフォルニア州が加わることが大きな変化であることにふれたが、同州出身のハリスや、やはり大票田であるテキサス州出身のオルークが健闘すれば、票が割れる可能性がある。割れた結果、そのまま状況が膠着し、バイデンが勝ち抜けるのもありえるだろう。

高い年齢もネックだが、トランプ氏がその「年齢の壁」を破った感もある。

印象的な若手候補の「成長物語」ではなければ「なんとなくバイデン」ということもありえる。

いろいろ想像はめぐるが、本選挙をみすえると、何ともいえない閉塞感がぬぐえないのは私だけだろうか。

 

[1] https://joebiden.info/

    • 上智大学総合グローバル学部教授
    • 前嶋 和弘
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