第3回東京財団フォーラム「ヴィラデストは食の安全をどう考えるか―ワイン作りと科学技術―」を6月6日に開催いたしました。
御厨貴主任研究員は、オーラルヒストリーで政財界の大物を対象にして磨かれた話術で玉村豊男さんの数々の体験談を引き出し、ほのぼのとした雰囲気に包まれた楽しい対談でした。
東京で生まれ育ちエッセイストとして都心で活動していた玉村豊男さんが、ある夏に翻訳の仕事をするために軽井沢での居候生活をきっかけに、その後奥さんと二人で長野と東京との二重生活を経て、現在の東御市に土地を購入し、農業をはじめたこと、そして現在のワイン製造販売・カフェの営業に携わるまでのいきさつについて紹介がありました。
ムラの共有財産の会費を過去に遡って納めさせられたり、近所から好奇の目で見られたりなど、農村での「寄り合い」に溶け込むまでの苦労を、そんな苦労をまったく感じさせない軽妙な語り口でお話いただきました。玉村さんは、都会生活に慣れている人が煩わしいと思いがちなことも、そういう風習だと割り切り、ゆっくりと着実に仲間に加わっていったら、今では心を開いて酒を酌み交わすまでの関係になったとおっしゃいます。これから地域に戻っていく団塊の世代にもおおいに参考になる話なのではないでしょうか。
玉村さんは、ワインの味がブドウの品種だけでなく、その土地の風土の影響を色濃くうけることが楽しく感じられ、また周辺のワイナリーとの競争は、優劣を争う競争ではなく、個性の磨きあう競争であることがワインつくりの真髄であると考えています。こうしたワインを造る玉村さんのヴィラデスト(villa d'est)には、今では大勢の方が訪れるといいます。
また、ハーブやズッキーニをはじめとする近所では出荷されていない西洋野菜を栽培し、農協の既存の販売ルートではない独自の販路を開拓して成功したことたなど、実例をもって近所の農家に土と共に生きる新しいライフスタイル、ビジネススタイルを示しました。
こうしたことの結果、今では近所でいくつかの農家がワインを創りはじめているといいます。これまでは、農業政策は農業政策、地域起こしは地域起こし、グルメはグルメで別々にとりあげられてきました。玉村さんは、肩の力が抜けた、自然なライフスタイル、ビジネススタイルを自ら実践することで、新しい文化を地域に作り上げようとしているのです。
最後に、会場に来られた皆様との質疑応答も活発に行われました。特に、玉村さんの近著「田舎暮らしができる人できない人」で紹介している団塊世代の田舎暮らしについてのアドバイスがありました。
御厨主任研究員を中心として、東京財団では本年度より「安全・安心と科学技術研究」が開始いたします。これまでサイエンティストの世界が中心だった科学技術政策を、社会との関係で捉えたらいったいどのような政策体系ができあがるのか、まずはその見取り図を作っていきます。政策の縦割りを超えたところに新しい文化が生れる、そんな研究を目指してまいりますので、どうかその成果にご期待ください。