片野洋平
明治大学農学部食料環境政策学科准教授
はじまった寄付事業
不在所有者が地域に所有する資産のゆくえが問題になっている。放置された資産は自然環境・社会環境に対して悪影響を与える[1]。この問題は、昨今の所有者不明の土地問題と重なる部分が大きい。筆者は、特に地域社会に放置される山林、家屋、農地を中心に同問題を分析、考察してきた。さらに、考察の成果を地域社会に還元する取り組みも行ってきた。具体的には、過疎自治体が、主に都市に在住する不在者の使用する見込みのない資産を、寄付として引き受ける事業である。鳥取県日南町で故増原聡町長のリーダーシップのもと開始された本事業に、筆者も非常勤の同町職員として取り組んでいる。昨秋、その成果の一部を本ウエブサイトで紹介した(「地域社会における放置資産問題――日南町寄付事業の取り組み」2018年9月18日)。以下では、本寄付事業の進捗と実際に取り組む中でみえてきた課題を報告したい。
これまでの経緯
地域社会では、不在所有者の放置資産をめぐる問題が国の政策を待てないくらい深刻化している。農地、山林、土地・家屋など、不要な資産であれば、売却すればよいではないか、という意見をよく聞く。しかし残念ながら、地域社会では、そうした資産の買い手がつきにくいのが現実だ。都市に在住する不在所有者は、生まれ育った地域に帰ることもなく、子も都市に住み続けることが多いため、使用機会の失われた資産は放置されつつある。そうした放置資産は、所有者に子や近い親戚があれば、書類手続き上それらの方々に託すことも比較的容易であるが、子も連絡を取り合う親戚もない高齢の所有者の場合にはどうしようもない。
日南町では、こうした苦境にある方々が増えている現実、同時に、山林を有効活用し林業振興を図る等の目的から、希望する不在所有者からの放置資産の寄付(無償譲渡)を、山林に限って受けることにした。
本事業では、寄付を受ける山林については、以下を条件とした。
1. 抵当権などないこと
2. 分筆登記が完了していること(登記が本人に属していること)
3. 共有林については全員から同意があること
4. 管理上支障がないこと
5. 固定資産税の未納がないこと など
以上の条件を確認した後、プロジェクトメンバー(専門部会メンバー)の一人であるベテラン森林組合員が現地確認を行う。並行して、同メンバーの一員である司法書士が書類手続きの整理を行う。次いで、筆者、司法書士、ベテラン森林組合員、森林系NPO法人職員によるプロジェクトメンバーによる専門部会からの情報提供および方針案の提示を受け、町の課長クラスからなる審査会で議論と判断が行われる。受け入れが決定すれば、土地の所有者から町へ登記の移転を行う。寄付された山林は町が管理責任を有する町有林となる。
寄付事業の進捗状況――予想された困難はどれもあてはまった
本事業では、2019年10月までに7名の不在所有者を対象に手続きが行われ、4名から7ヘクタール(ha)ほどの山林を譲り受け、町有林化した。事業の進捗状況は計画通り順調に進んでいるとはいいがたい。寄付希望者数は想定していたより多く、さまざまな困難や課題も浮かび上がってきている。
本事業を開始するにあたり、複数の困難や課題が予測されたが、それらはおおむね現実のものとなっている。具体的には、以下のようなことである。
・山林だけでなく、家屋や農地も寄付したい、という声が高い
・譲り受けた山林を町は本当に活用できるのか
・リスクのある資産を引き受けて大丈夫なのか
・即譲渡可能な法的・物理的にクリーンな土地・森林(人工林)はそもそも少ない
・共有林はどうするのか
特に問題となったのが、一カ所のみであったが、災害リスクの高い山林の扱いであった。寄付希望の山林が今にも崩れそうな崖にあった。この山林・土地の受け入れについて最終決定がなされる審査会では大きな議論があったようだ。「なぜ、個人所有の土地におけるリスクを町が引き受けなければならないのか」という意見と、「このまま放っておいても誰も管理しない。今町が引き受け、補修することで町民に対する災害リスクが最小限に抑えられる」という意見が対立したという。筆者は後者の意見に同意するが、前者の意見も理解できる。結果的に、町は当該山林を引き受けることを決定したが、今後、災害リスクの高い山林を引き受けるか否かについては、責任の所在や災害対策上のコストなどを考慮して基準を設定することが必要であろう。今後の課題である。
いくつかの困難――やってみてわかったこと
本事業実施前には気づかなかった、あるいは想像していた以上に大変だったこともある。以下ではそうした困難や課題を二つほど紹介する。
想像を超える書類手続きの煩雑さ
ひとつは、書類手続きの煩雑さである。寄付条件として「登記が本人に属していること」が明記されているにもかかわらず、寄付希望者の多くが登記を完了していない。「この土地は私がずっと管理しているが、私の名義となっていない」土地が多い実態がある。実際のところ、そもそも条件に該当しない資産のほうが多いのではないかという懸念は以前からあった。登記を本人に帰属させるには、費用も知識も必要である。
本人が所有していると思っている土地を、法的にも本人に帰属させることの重要性を鑑みて、司法書士を含むプロジェクトチームは、試験的に、寄付希望者A氏の登記の手伝いを行った。以下ではその実際を紹介したい。
A氏の固定資産名寄証明書(名寄)[2]を入手するところからはじまった。名寄にはA氏名義の山林所有はなかったため、A氏が所有すると主張する山林(A氏が管理している山林)について、森林基本計画[3]の地番を頼りに、固定資産土地証明書[4]を得た。固定資産土地証明書には、A氏が管理する山林を最後に登記した名前(数世代前の親族)があったので、その親族とA氏の関係を明らかにするために戸籍謄本[5]を入手した。地域社会では、登記の移転は行われないことが多く、今回のケースでも、相続人が死亡して次の遺産相続が開始されてしまういわゆる数次相続が発生しており、継承者が多数存在する事態となっていた。
A氏以外の相続人の中には、自分に権利があることをはじめて知らされた者もあった。そのため、司法書士から連絡する際には、時間をかけた丁寧な説明が必要であるという報告があった。確かに、ある日突然、「あなたには土地の権利がある」といった類の連絡がくれば不審に思われる可能性がある。幸い、今回のケースでは複数人の相続人に対し、ことの経緯を説明することで納得いただき、最終的には、A氏に権利をまとめ、A氏から町への寄付が完了した。
「分筆登記が完了していること」という寄付条件は、自治体側に面倒な手続きがない点ではよいが、ほとんどの寄付希望者は、登記まで終わっていない。もう少し正確に表現すれば、寄付を希望するのは小規模面積所有者が多く、その多くは登記を終えていない。見方を変えれば、登記を終えている所有者は、中規模以上の所有者で、きちんと管理ができていると思われる。登記を終えていない所有者をどうやって本事業に参加させるかがポイントになる。こうした書類手続きは、通常、司法書士に依頼することになるが、利益が見込めないにもかかわらず少なくない費用がかかるため、いまのところ所有者に書類手続きを行う動機がほとんどない。書類手続きを依頼するのであれば、その手数料の割引が、自分で行うのであれば、そのマニュアル化あるいは簡便化が、そして、そもそも所有者の手続きを行う動機を高める方策が求められるであろう。
土地の現地確認はかなり難しい
書類手続きと並行して行った山林の現地確認についても想像以上の困難が生じた。現地確認を行うのは、おもに産廃など負の資産を引き受けないようにするため、また、どの程度の資産となるか事前に森林の状況を確認するためである。なお、本プロジェクトでは所有者の立会いのもとでの境界の確定作業までは行っていない[6]。
寄付希望の山林の現地確認をする場合、二つのパターンが存在する。当該山林の地籍調査が終わっている場合と、地籍調査が終わっていない場合である。地籍調査とは、国が、土地の所有者の、地番、地目、境界、面積を測定、測量し、地籍図という地図を作製する作業のことである。一般には、自治体から依頼を受けた業者がGPSを使って境界を確定し、境界に沿って一定間隔に杭を打っていく。
誰の土地がどこにあるかを確認する基礎資料となるこの地籍調査であるが、実はそれほど進んでいない。日南町の場合、地籍調査が終わっている林地は全森林面積約3万ha のうち3割程度である。日本全土ではどうかというと、国土交通省によれば、2018年度末時点の林地の地籍調査実施率は5割に達していない。
寄付希望の山林の地籍調査が終わっている場合、森林組合出身のプロジェクトチーム員が、固定資産名寄証明書、地籍図、公図[7]、森林基本図[8]のうち、固定資産名寄証明書、森林基本図、地籍図における地番をたよりに、GPS機材をもって山林に入り、現地を調査する。調査では、地番通りに現地が存在するか、不法投棄はないか、がけ崩れはないか、間伐回数、施業の状況などを確認する。
筆者も多くの現地確認に同行したが、想像を絶するほど大変な作業であった。少なくとも以下のような困難があった。
・地図上の地番違い……地図上のミス
・地番通りの場所に、異なる地番を示す杭がある……場所違い
・杭が存在しない……杭が流されているなど
・地形が変わっている……洪水などによる
・現地までたどり着けない……急峻な崖で登れない、背丈までの雑草が永遠に続くため一日でたどり着けない、がけ崩れの恐れがあるため先に進めない、など
・森林組合員の労力と時間を確保できない……他の業務で多忙
山間部では、豪雨の影響などで日々地形が変わっており、以前は存在しなかった小川や崩落後の斜面などに頻繁に出くわすことになる。結果的に、地籍調査が終わっていたとしても、地形が変わっている、あるいは杭が流されているといった場合、おおよその場所までしかたどり着けない。