上智大学総合グローバル学部教授
前嶋和弘
民主党大統領候補指名争いで、一時期は一気に求心力を失うかとみられたバイデン氏の支持率がまだ、首位にとどまっている。この「底力」は何に起因するのか。そして、バイデン氏は本当にこれからも勝ち抜けることができるのか。今後のシナリオを展望してみたい。
10月の「危機」
「バイデンはもう予備選に勝てない」――。
左派の声を代弁する形で支持率が急伸していたウォーレン氏が話題になった10月半ばころ、民主党の関係者は私にこう言った。「もし今日、あなたの州で民主党の予備選や党員集会が開かれたら誰に投票するか[1]」と尋ねるいくつかの支持率調査で、短期的ではあったが、ウォーレン氏がバイデン氏を上回ったときだった。
「ウクライナへの軍事支援の代わりにバイデン親子の捜査をトランプ大統領が要求した」というウクライナ疑惑が発覚したのが9月末。大統領の不正疑惑を解明していく過程で、息子のハンター・バイデン氏のウクライナのエネルギー企業重役への就任や不正摘発逃れに、バイデン前副大統領がどのように関与していたのかも明らかになる可能性がある。
ウクライナ疑惑に関する下院での弾劾調査開始について、前述の民主党関係者は「ペロシ下院議長はバイデンを切った」とも言い切った。前回のコラム[2]でも述べたように10月の段階では、バイデン氏の急失速も想定されていた。
「不死身のバイデン」
しかし、その後の展開はちょっと異なっている。ほとんどの支持率調査ではバイデン支持は20%台後半をまだ、割っていない(例えば、比較的誤差が少ない調査で知られるモーニングコンサルトの調査なら、2019年10月16日から20日の調査[3]が30%、11月21日から24日の調査[4]が30%)。
一方で、10月半ばにはバイデン氏に肉薄していたウォーレン氏の方が勢いを落としてしまった(上述のモーニングコンサルトの調査で10月16日から20日の調査が21%、11月21日から24日の調査が15%)。10月上旬に心臓発作が発覚し、体調が危ぶまれたサンダース氏が11月末の段階ではウォーレン氏を抜き返している調査も少なくない(同調査で10月16日から20日の調査が18%、11月21日から24日の調査が21%)。
ウォーレン氏のつまずきについては、「富裕税」「GAFA解体」「保険国有化」など同氏の左派のような政策について、同氏が支持率のトップに立ったことに注目したメディアが「ウォーレン・リスク」と一斉に否定的に報じたことが影響していると考えられる。アメリカだけでなく、日本でも株式市場関係者の間で「ウォーレン大統領の登場で株式市場はパニック安になる」などの言説が広く共有されるようになった。
前回のコラムでも論じた、「フロントランナー」に対抗馬が現れると、対抗馬を肯定的に報じるが、その勢いが下がると今度は対抗馬の資質のあら探しをするアメリカの「予備選報道の方程式」の通りだった[5]。この報道のパターンにウォーレン氏は苦しんだといえるだろう。
「ただ、ウォーレンでは本選挙でトランプ大統領に勝てない」――。「バイデンはもう予備選に勝てない」と言った冒頭の民主党関係者はこうも続けていた。1930年代の左派のような政策では、景気後退を恐れる人たちから支持されないという意味だ。
バイデン氏の場合、支持率の推移を見ると、むしろ底力がみえてくる。各種支持率調査では、3月の立候補宣言には20%台後半だった支持率が徐々に上がり、5月は30%台後半までになった。その後、何回か開かれた討論会で他候補に叩かれると一時的に下がるが、すぐに盛り返す傾向が続いてきた。結局、3月の立候補の時の数字から現在も大きく変わっていない。「不死身のバイデン」といったら言い過ぎだろうか。
バイデン氏の強み
何がバイデン氏の強みなのだろうか。やはり、「トランプと渡り合える唯一の候補」という印象が強いかもしれない。白人ブルーカラー層に訴えかける気さくさに加え、アフリカ系からの支持も厚い。抜群の安定感もある。アフリカ系からの支持については、オバマ前大統領との緊密な関係も影響している。また、オバマ氏は前大統領という立場上、表立ってはバイデン支持を表明はしていない。ただ、民主党立候補者の「極左傾向」に警告するコメントをオバマ氏は何度も発しており、バイデン氏を間接的に助けようしているのは明らかだ。
中道からはブーティジェッジ氏に加えて、ブルームバーグ氏も出馬を決めたが、いずれも知名度の点でバイデン氏が上回っている。
左派候補が「グリーン・ニューディール」と呼ばれる温暖化対策や環境保護の政策を前面に出しているが、製造業が集中するいわゆる「ラストベルト」の各州では、左派候補が「グリーン・ニューディール」を叫べば叫ぶほど、逆効果になり、バイデン支持に向かう傾向にある。
大統領弾劾プロセスが与える影響
これからもバイデン氏は勝ち抜けることができるのか、いずれ消えるのか。今後のシナリオは何とも断言しにくい。民主党へのオンライン献金を促進する政治行動委員会(PAC)であるアクトブルー(Act Blue)が左派候補を集中的に応援していることもあり、バイデン氏への献金は伸び悩んだままだ。
日程的には、アイオワ州党員集会(2020年2月3日)、ニューハンプシャー州予備選(同2月11日)で誰かが圧倒的な票を集めた場合、例年なら指名獲得に一気に近くなると言われている。しかし、いずれの州でもバイデン氏は旗色が悪い。
アイオワ州の場合、中道のブーティジェッジ氏が少しずつ支持を固めつつある。ブーティジェッジ氏は、予備選段階の最初の戦いとなるアイオワ州からも遠くないインディアナ州出身(現同州サウスベンド市長)であるという地の利もある。アイオワ州に頻繁に入って選挙運動をしていたウォーレン氏やサンダース氏がバイデン氏よりも数ポイント上回る調査も少なくない。例えば、11月15日から19日に実施されたアイオワ州立大学の支持率調査では、ブーティジェッジ氏が26%、ウォーレン氏が19%、サンダース氏が18%となり、バイデン氏は12%とやや水をあけられている。ニューハンプシャー州でもバイデン氏はサンダース氏らの後塵を拝している。エマーソンカレッジなどの支持率調査(11月22日から26日実施)では、サンダース氏26%、ブーティジェッジ氏22%に続く、14%でバイデン氏は3番目に甘んじている(ウォーレン氏も 14%だった[6])。
ただ、トランプ大統領の弾劾訴追を下院が決めた場合、上院での動きがちょうどアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選と重なってしまうかもしれない。そうなるとメディアの注目が弾劾と分散し、両州での勝利者への「モメンタム」はいつもより減ってしまう可能性がある。そもそもウォーレン氏、サンダース氏は上院議員であるため、世界的な注目が集まる弾劾裁判に欠席することは想定しにくく、その分、選挙運動に割く時間は限定されるかもしれない。そうなると、大統領弾劾プロセスがバイデン氏の生殺与奪の権を握ってしまう可能性もあろう。もし、バイデン氏が踏みとどまれば、献金の流れも変わってくるはずである。アイオワ州、ニューハンプシャー州に続く、サウスカロライナ州での各種支持率調査ではバイデン氏が圧倒的に他候補を上回っている[7]。
バイデン氏がこれまでのような「不死身さ」をみせれば、「トランプを倒せるのは、やはりバイデンしかない」という声も高まってくるかもしれない。今回の制度改正で、夏の全国党大会で特別代議員が影響を及ぼすのは、1回目の投票でどの候補も過半数を取れなかった場合に限られることになった[8]。しかし、もし、実際にどの候補も過半数を取れなかった場合、2回目の投票では、党のボスである特別代議員たちにはなじみがある「安定感のバイデン」が勝ち抜く状況も大いにある。
「噂」が実現されるか
もし予備選をバイデン氏が勝ち抜いた場合のことだが、バイデン氏に近い識者から聞いた興味深い噂話がある。それは、本選挙に向けた秘策についてで、副大統領候補にオバマ前大統領のミッシェル夫人を擁立するという案である。その識者によると「現在はミッシェル側が固辞している」という大きな前提付きだが、もしミッシェル夫人が副大統領候補になれば、77歳というバイデン氏の高齢問題も吹き飛ぶような斬新な「チケット」になるかもしれない。まだ噂話段階だが、実際に予備選をバイデン氏が勝ち抜き、オバマ夫妻が本格的にバイデン支援運動を始めた場合、このミッシェル夫人の擁立も選択肢の一つになりえる話だろう。
[1] 以下「支持率調査」と表記する場合はこの設問を意味する。
[2] 前嶋和弘(2019)「現時点からみる今後の民主党指名候補争いの展開」東京財団政策研究所 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3237
[3] https://morningconsult.com/wp-content/uploads/2019/10/Morning-Consult-Political-Intelligence-10.21.19.pdf
[4] https://morningconsult.com/wp-content/uploads/2019/11/Morning-Consult-Political-Intelligence-11.25.19-min.pdf
[5] 脚注2に同じ。
[6] http://emersonpolling.com/2019/11/27/new-hampshire-2020-sanders-jumps-to-lead-buttigieg-surges-while-warren-and-biden-slip/
[7] たとえば、クイニピアック大学の調査は次のとおり。https://poll.qu.edu/south-carolina/release-detail?ReleaseID=3649
[8] 前嶋和弘(2019)「早くも本格化する民主党の2020年大統領選指名候補争い:ルール改正と見えにくい勝利のシナリオ」東京財団政策研究所https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3057